隊首会が行われた次の日。井塚は、浮竹に呼び出された。
井塚のみが呼び出された状況に、海燕は首を傾げていたが、こればかりは海燕にすらいえない。それは、浮竹の信頼を裏切る行為なのだから。
「隊長、井塚です」
「ああ、入ってくれ」
失礼します、と声をかけ、井塚は浮竹だけがいる隊長室に入る。窓際に佇む浮竹の表情は暗い。恐らく、昨晩の事件についての詳細が上がってきたのだと思うが。
浮竹が話し出すのを待ちながら、井塚はあたりの気配を伺う。万が一、誰かに気取られてしまっては、自分だけではなく浮竹にも迷惑が掛かるから。
「総隊長は、十二番隊隊長・浦原 喜助を件の下手人とした。加えて、彼に協力し、禁術を使用したとして鬼道衆総帥・大鬼道長の握菱 鉄裁、彼らを四十六室の招集から逃れさせたとして二番隊隊長の四楓院 夜一。この三人が、現在捜索されている」
そこに、井塚が脳裏に浮かべていた人間の名前はない。恐らく、斬魄刀の力でもって、アリバイを作っていたのだろう。
「被害者は昨夜の警鐘にあった六車 拳西、九南 白以外に救援に向かった鳳橋 楼十郎、平子 真子、愛川 羅武、有昭田 鉢玄、矢胴丸 リサ、そして猿柿 ひよ里」
「――随分な、損失ですね」
精神的にも、死神の戦力としても。隊長格ばかりが軒並みこれである。それほど、非道で、危険な実験を行っていたのだろう。浮竹の表情が暗いこともうなずける。
浮竹はその言葉に首肯し、話を続ける。
「今までの話を聞いて、率直な意見をくれないか。四十六室の決定は絶対とはいえ、正直、俺自身も納得がいっていない部分がある」
「率直な意見、ですか」
その言葉に、井塚は数瞬考えた後。きっぱりと告げる。
「その決定は間違っているかと」
はっきりと言うなあ、と浮竹が苦笑する。それに少しだけ笑うと、井塚はその根拠を述べていく。
「私、浦原隊長と親しくしてはいなかったので余り詳しくはないのですが、彼の性格から察するに、このような計画を立てたとしても、少々杜撰だと思うのです。彼ならばもっと隠し、仮令隊長格相手に実験を行ったのだとしても、自身がやったのだという物証は出ないように細工してくると考えます」
これが一つ、と井塚は人差し指を立てる。
「次に、四楓院隊長について。これまた親しくはありませんが、私の友人に彼女と親しい方がいます」
「――朽木 白哉か」
「はい。彼から聞く限り、そして彼と共にたまに会った彼女を見る限り、四楓院隊長は清廉潔白。いたずら好きですが、役目はきっちりと果す方とお見受けします。そんな彼女が罪人の脱走に手を貸す……何か裏があると考えるのがいいかと」
これが二つ、と今度は中指。
「最後に。今回の事件の下手人は別にいる可能性が高い、これが根拠の三つ目です」
断言する井塚に、浮竹が瞠目する。そこまでの根拠二つが、心証からくるものだっただけに、確信を得たような言葉が不釣り合いに聞こえたのだ。
驚いている浮竹を他所に、井塚は静かに話を続ける。
「見当をつけている人間がいるのは事実なんですが、何分物証がありません。加えて、その時間帯別の場所にいたという証言もあるでしょう」
「なら、何故その人物だと思うんだい?」
「その人の斬魄刀です」
ここが、ぎりぎりの境界線だ。井塚の斬魄刀のことは三人だけの秘密。だが、彼の――藍染の斬魄刀については、三人だけの秘密、とは言っていない。海燕はあの場以外では話さないと約束したが、自分はしていない。言葉遊びな上、約束を守ってくれている二人を裏切ったようなものだが、ここだけは話しておかなければ浮竹は納得しないだろうと、彼女は判断した。
「私はある偶然の積み重ねから、その人が、斬魄刀の能力を偽っていることを知りました」
そこで言葉を切り、深呼吸をする。緊張で心臓が爆発しそうだ。
「経緯は話せません。秘密にしようと、ある人たちと約束しましたから」
恐らく、誰との約束かはなんとなく察したのだろう。浮竹は落ち着いた様子で、先を促してくる。
「その人の斬魄刀の能力は、完全催眠。催眠にかかる条件は掴めませんでしたが、恐らくは現在所属している隊のほとんど、中でも隊長格は軒並み、催眠の餌食になるかと」
「……なんだって?」
さすがに予想以上の能力だったらしく、浮竹が再び瞠目する。つまり、井塚の証言を信じるならば、これまで得ていたこの事件の証言や物証、そのすべてが信じられなくなるのだ。
「無論、私自身もその斬魄刀の支配下にあります。本来の能力と、偽りの能力。その二つの記憶が、今も頭の中にありますから。その方の催眠を受け付けないのは、恐らくこれから死神になる者たちのみ。或いはその人物の協力者にも、催眠が効かない方がいるかもしれません」
「単独犯ではない、と」
「これほどの被害を齎したのです、単独犯とはとても思えない」
あの日からそれとなく観察していたが、彼は賢い。信頼しているかはどうであれ、自身の足が付かないように手足となる人物はいるだろう。
「――以上です。その者が今回引き起こした騒動の意味、これから先同じことを行うかは分かりませんが、可能な限り、情報を集めていきたいと思っています」
井塚の真剣な表情に対し、浮竹の表情は険しい。
「それが、どれほど険しい道かは、分かっているんだな」
「はい」
物証も、証言も、何もかもが真偽をつけられるものではない。自分自身の判断ですら、目で見たものですら、信じられない状況。真実に辿り着くことも至難の業であり、しっぽを掴む可能性は著しく低い。それを彼女は、単独で行うというのだ。
「彼に、協力は仰がないのかい」
「これ以上、彼を頼るわけにもいきません」
むしろ、情報を知る人間は可能な限り、少なくした方がいい。海燕が漏らすとは限らないが、いざという時に怪しい動きをしているのは、井塚一人でいい。
「浮竹隊長、もし私がやり玉にあげられたら、すぐに切り捨ててください」
今までの言動から、こう言われるのは察していたが、はっきりと捨て駒にしろと言われるのは堪える。しかし、隊全体のことを考え、そして浮竹の事を案じての提案だと思うと、断ることはできなかった。
――彼女なりの”誇り”のために、その道を歩もうとしていると考えたらなおのことだ。
沈痛な面持ちで、浮竹は首肯する。そんな時が来ないことを、祈りながら。
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「さて」
浮竹との密会も終わり、井塚は一人、流魂街の外れにある森の中に来ていた。
調査の手がかりもないが、自分にはいざという時に切り抜ける実力もない。対人戦の経験は積んでいるが、大半が浅打相手で、始解の死神との経験はほとんどなく、卍解は皆無だ。無論、鍛錬くらいで隊長格の面々が卍解をするとも思えないが。
経験もそうだが、彼女自身の力量も問題だ。浅打同然の神薙を振るい、情報を得たとしても、それを活用できる実力がないのでは意味がない。情報収集と同時に、今以上の鍛錬が求められる。そう考えた。
そして、その最終目的は、卍解。
神薙と対話した時、井塚は卍解の能力も聞いていた。屈服のさせ方は具象化できた時、と誤魔化されたが、恐らくはかなり険しいものになるだろう。あんな特殊能力だ、習得までの道筋が険しくないわけがない。
斬魄刀を振るいながらも、井塚は考える。どんな情報ですら信じられない現状。頼りになるはずの己の勘や経験ですら、本当に信じられるわけではない。ならばどうすればいいか。
答えは至極簡単だ、情報の質で判断ができないなら、量を稼ぐしかない。そのためには時間が必要で、そして時間を作るためには、卍解を習得するのが一番だった。それほど、この斬魄刀の能力は特殊なのだ。その分、使いこなすのはかなり難しい。
そして、ここから先は、本当に自分だけの戦い。浮竹にも、海燕にも、ギルにも、そして白哉にも。それぞれに共有し、それぞれに言っていない秘密がある。すべてを知っているのは自分ただ一人。
これは、雨宮さんのことを言えないな、なんて苦笑する。上司の榊博士の指示とはいえ、一人で抱えて、死にかけたかつての上司。彼とほとんど同じ状況になった自分を鑑みて、ふと思う。
「やっぱりさ、親しい人間なんて作るもんじゃないね」
その言葉は、空の彼方へと消えていった。
――もし気取られても、死んでしまうのは自分一人だけでいい
多分次で過去編はいったん終了、オリジナルの話をいくつか書いて、物語の始まりに行くかなと
主人公がどんどんリンドウとかジュリウスポジに進んでいるという