ゴッドイーター、改め死神   作:ユウレスカ

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ep.18「心の闇」

 流魂街“戌吊”の外れにある森の中。

 夜遅く、誰もが寝静まったと思われるその時間に、彼らは集っていた。

 志波 海燕、ギルバート・マクレイン。そして――井塚 実灰。

 馴染みの三人がこんな時刻に集まったのは、もちろん交流を深めるため、ではない。そもそも、そういうことをしたいなら森の中に人目を忍んで集まる意味がない。

 刀に手をかけ、臨戦態勢を取るギルと、始解をした状態で待機する海燕の目の前の光景は――まさに地獄絵図だった。

「ぐ、あ、アァァァァァっ!」

「ほら、そのままだと呑まれるぞ?早く私を倒して見せろ」

 獣じみた咆哮を上げる井塚と、それを挑発する黒い少女――理性の神薙。一見すれば、よくある卍解の修行だが、井塚の容姿は様変わりしていた。

 青白い、硝子質の羽毛が右半身を覆い、その瞳は金色に染まりかけている。かろうじて斬魄刀は握っているが、その腕も刀と同化してしまいそうに見えてしまう。実際、握っている皮膚と癒着しかけているらしいが。

 彼女の卍解修行は、かなり特殊なものだった。

 通説ならば、卍解の修行は斬魄刀の意思の具象化をし、その者を屈服させることで、会得することが出来る。会得するまで最低十年、使いこなすまでにはそれ以上の月日がかかるというそれは使い手が少なく、故に会得したものは例外なく尸魂界の歴史に永遠に刻まれるという。

 だが、彼女の場合はそれだけではなかった。本能と理性に別れた斬魄刀の意思、彼らが出した卍解の為の修行。それは、生前の記憶を思い起こさせるものだった。

――内側からは“本能(アラガミ)”が、外側からは“理性(神機)”が迫る。“本能(アラガミ)”に吞まれる前に、“理性(神機)”に勝て

 それが、修行の内容だった。斬魄刀の意思を具象化し、修行を開始したのは今から一年ほど前。それから暇を見つけては、止め役として彼らを連れて、修行に励んでいるのだ。

 だが、未だに“理性”に対して有利に立ち回れたことは無く、いつも“本能”に振り回されるままに、辺りを破壊して終わってしまう。それほどまでの戦闘音を出していれば近隣の噂になるだろうが、そこは十数年前から密会の場所としていた土地。三人で協力し、霊圧と音を遮断し、人避けの効果を持つ結界を何年か前から地道に準備して張り巡らせていた。鬼道の面で優秀な才能を発揮していたギルや海燕がいて良かったと、井塚は擦り切れそうになる意識で思う。

「う、ぐ、ア」

 何とか“本能”を抑えようとするが、胸中から湧き上がる声は収まらない。しかもそんな時も“理性”は絶えず襲い掛かってくる。そちらの対処に回ると、今度は“本能”に流されそうになる。同時に処理しなければいけないのが、なんとも厄介だ。これなら、リンドウの神機に侵食されかけていた時の方が遥かにマシだ。

 パキ、と右半身を覆う羽毛が擦れ、砕ける音がする。少しずつ侵食してくるこれは、生前に勝てなかったアラガミ、イェン・ツィーを思い出す。第三世代の神機使い以外は対処できない感応種だったとはいえ、手も足も出なかった口惜しさは深く心に刻まれている。だからか、“本能”がこの形でもって自身を侵食してくるのは。

 結局この日も、吞まれかけたところをギルと海燕に止められ、屈服は失敗してしまった。斬魄刀の具象化が解けたことで、侵食していた霊子も溶けて霧散していく。

「大丈夫ですか」

 疲労困憊の様子で倒れ込んだ井塚を抱きかかえながら、ギルが心配そうに訊ねてくる。毎回の問いかけに、井塚は無言でうなずき、笑顔を見せた。最も、その笑顔も無理やり作り出したもので、口の端が引きつっているが。

 よいしょ、と海燕に背負われ、隊舎に戻るべく結界の外に出て走り出す。何度かその道中を他の死神に見られことがあったが、「始解の修行」でなんとか騙せている。彼女の始解の見た目が浅打と変わらず、席官でありながらも未だに始解できずに躍起になっていると解釈されているからだ。おかげで「戦闘はできるが霊力の扱いがなっていないのでは」という疑惑も流れているが、鬼道もうまく使いこなせないのだから、半分は事実である。

「はぁ、今日もダメだった……」

「しょうがない。また暇のある時に俺たちも見るから、諦めんな」

「諦めるつもりは毛頭ありませんよ」

 そう主張する井塚に、ギルは渋い顔をする。

「本当に大丈夫ですか?今は運よく完全なアラガミ化は避けられてるとはいえ、いつまでも回避できるとは限りませんし」

「でも、こうなったからには手に入れないと」

 最悪の事態が起きた時、何もできないままなのはいやなのだ。死神の中に良からぬことを企んでいる人間がいる可能性が高い以上、怠けてはいられない。

 言っても聞かないといった雰囲気の彼女に、二人は苦笑を浮かべる。自分の意思はどうやっても通そうとするのが彼女だ、こればかりは治す気配がない。

 深夜帯の為、小声で話しながら宿舎へと戻っていく三人。途中で別の隊であるギルと別れ、十三番隊へと向かう。

 と、そう言えば、と井塚が口を開いた。

「最近、空木五席と仲がよろしいみたいですが、何か進展有りました?」

「ぐほぁっ!?」

 突然の問いに、驚いて変な声が出る。ねぇねぇどうなんです~?とさらに追撃してくる井塚は、きっとにやにやとあくどい笑みを浮かべていることだろう。

 気を取り直し、井塚を背負い直して宿舎に向かいながら、返事を返す。

「特に何もねぇよ。ただ偶然仲良くなっただけだ」

「ほんとですかぁ?」

 疑わしいという視線を寄越す井塚だが、海燕は詳しく答える気はない。というか、井塚について相談している、ということを本人に話すのは憚られた。

 その為か、口にしたのは答えではなく問い返し。

「お前こそ、隊長と結構な頻度でいるじゃないか。そっちは何かあったのか?」

「……隊長は色んな意味で気を抜ける相手なんですよ。共有する部分が少ないから、逆に気軽に接することが出来ると言いますか」

 恐らく、嘘は言っていないのだろう、嘘は。だが、それが本当とは思えない。何か浮竹と取り決めでもしたのかもしれないが、それでもやはり寂しいものがある。

 だが、それ以上追及するわけにもいかない。そうか、と返して、宿舎までは無言のまま、二人は進んでいった。

 

 

 

 

 

 宿舎の入り口まで送ってもらい、海燕と別れた井塚は、しかし自室には帰らずにある場所を訪れていた。

 そこは鍛錬場。卍解の修行はここではできないが、他の基本的な体の動きや、霊力の扱いはここでいつも、独自に研鑽を積んでいた。日常となった他の隊員との鍛錬は、能力の使い方や戦術の参考にもなったが、それを活用するためには何よりも体がついていかないとならない。

 今の自分はまだ生前の全盛期どころか、隊長に任命されたころにすら遠く及ばない。体がなまっている。偏食因子が魂魄になったことで無くなったのかもしれないが、だとしても今の自分の実力は酷い。

 だから、その差は努力で埋めなければいけない。こんな時間帯に努力して体を壊したらいけない、と言われるだろうが、他の人間が何もしていない時間に努力しなければ、生前のころには追いつけないと思っていた。

 英雄だと囃し立てられても、自分は所詮、ただがむしゃらに突っ走っていただけの人間だ。少しでも手が届く範囲を広げたくて、世界中を駆け回っていた。誰かが傷つくくらいなら、自分が傷つけばいい。その方が遥かにマシなのだから。

 そうやって、休む暇もなく走り続けていたからこそ、あの全盛期がある。だから、アレに追いつくには、寝る間も惜しんで鍛錬を積まなければいけない。実戦経験はどうしても埋められないが、下地としての能力なら、いくらでも積んでいける。

 明日に影響が出ないように、しかし最大限の努力を。目を瞑り、目標を思い浮かべる。相手は――藍染。

 彼が戦闘を行っている記憶は、入隊した年に受けた鍛錬、あの時以外にはない。だから、彼の実力は不明だ。おまけに、チートともいうべき斬魄刀の能力。予測も回避も不可能なその斬魄刀を前に、どう対処するか――未だに、それは思いつけていなかった。

 ギルは運に恵まれたのか、まだ藍染の始解に遭遇していない――と思われる。もはやその自覚すらも怪しんでしまうが、こちらに手の内がバレていると知らない以上、そんな予防線は張らないだろうと考える。そうしなければ、もしもの場合が多すぎて頭がパンクしてしまう。

 あの事件の手がかりの捜索も、碌に進まない。それが、彼女を焦らせる原因でもあった。

 一日でも早く、力をつけなければ。でなければまた、間に合わずにすべてが消えてしまうかもしれない。

 その一心で、井塚は斬魄刀を振り続ける。

 

 

 

 

――脳裏に浮かぶ終末は、未だに彼女を蝕んで

 

 

 

 




彼女の性格のベースはメディアミックス主人公の1人「神薙ユウ」です
ただ、色々と相違点があります

凡人だと思っている人間が、英雄らしくあろうと走り続けるの、好きなんですよね

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