ゴッドイーター、改め死神   作:ユウレスカ

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ep.21「花見で」

 その日、非番だった井塚は同じく休みだった白哉によって流魂街へと連れ出されていた。問答無用ともとれる強引な行動に普段なら怒るところだが、いつも鍛錬を見てくれている手前、そう強くは言えなかった。

 そう、京楽に相談した後、悩みに悩んだ結果井塚が頼ったのは白哉だった。他の隊の人間である彼に頼むのも気が引けたが、指導力や実力を鑑みて、隊長格以外で一番信頼できたのが彼だったのだ。そんなわけで、彼に土下座する勢いで鍛錬を見てくれるよう頼んだのは数ヶ月前。厳しいながらも的確な指導を受けて、井塚の実力は上がっていると思われる。

 そういうわけで、普段世話になっている以上、ある程度のわがままは許容しようと井塚は考えていたのだ。いたのだが、朝突然やってきて引きずり出すのはやめてほしい。驚いた。

 白哉に引きずられるようにやってきたのは、潤林安の外れ。山間の一角で、地区が一望できる絶景スポットだった。春先になったこともあり、桜がちらほらと咲いているのが見える。そう言えば、昔は桜を見ながらする“ハナミ”なんてものがあったと、榊博士が言っていたなと思い出して、すぐに考えるのをやめた。昔のことは、今は考えたくはない。

「わぁ、いい景色じゃん!なにー朽木くん、ここ君の秘密の場所だったり?」

「……いや、そういうわけではない」

 どうやら、誰かとの秘密の場所か、自分が知らないだけで知る人ぞ知る穴場だったようだ。地区側から見たら山林に紛れて見えない、死角ともいえる場所。他に誰が知っているのだろうか。

 白哉は慣れた様子で敷物を広げて手に持っていた風呂敷を広げる。中に入っていたのは饅頭。おお、と井塚が瞳を輝かせた。

「ほほう、つまりはここで秘密のハナミということですな?」

「まぁ、な」

 歯切れが悪いが、他にも何か理由があるにしてもこちらに害を成すものではないだろう。そう結論付けて、井塚は白哉の隣に座る。向こうからはこちらはほとんど見えないだろうに、こちらからはしっかりと潤林安が見えるのは不思議だ。

「お饅頭、食べてもいい?」

「元よりそのつもりだ、頂いてくれ」

「んじゃいただきまーす!」

 はむ、と薄桃色の饅頭を一つとって頬張る。するとふわりと口内に桜の香りが広がった。

「んー!」

「どうした、苦手だったか?桜饅頭」

 謎の声を上げて懸命に口の中のものを呑みこもうとする井塚に、もしや苦手だっただろうかと白哉が訊ねる。が、饅頭を呑みこんだ井塚から出た言葉は、それとは正反対のものだった。

「朽木くん、これどこに売ってたの?すんごいうまいんだけど!」

 尸魂界に来てから何度か甘味処へ足を運んだことはあったが、運が悪かったのか桜饅頭を食べたことがなかった井塚。桜饅頭の風味が気に入ったらしく、目を輝かせて白哉に詰め寄ってきた。引き気味になりながらも、白哉が店の場所を教えると今度行ってみるか、と嬉しそうにつぶやいた。

 花見をするのも忘れて桜饅頭を頬張る井塚に、白哉も頬が緩む。思い浮かんだ「花より団子」という諺からはそっと目を逸らして。

 結局饅頭の大半を井塚が平らげてしまい、今は二人のんびりと茶を啜っている。穏やかな春の陽気が、風に乗って髪を揺らした。

「――ここは、四楓院夜一が最初に見つけた場所だ」

「!」

 その名前は、未だに禁句となっている逃亡者の名前。現世にいるという噂はあるが、今でも見つかっていない三人のうちの一人。

 思わず井塚が白哉の方を向く。視線を目の前の風景に向けたまま、白哉は話を続ける。

「まだ霊術院にも入っていなかったころの話だ。四楓院が業務から抜け出し、息抜きをするために使っていたらしい。向こうからは何も見えない上、特定の道を進まないとここには中々たどりつけないからな」

 確かに、ここまでの道のりは中々に複雑で、そう簡単には見つけられそうにはなかった。かの四楓院夜一はどうやってこの場所を見つけたのだろう。もしや、他にもこういった場所はあるのではなかろうか。自分も探してみるか、と井塚は話に相槌を打ちながら思う。

「私がここに連れてこられたのも、春だった。業務を抜け出してきた彼女が、桜饅頭を携えて私のところに来て、ここで共に花見をしたのだ」

 もしかすると、その頃自身の実力について悩んでいた白哉を気遣ったのかもしれない。理由はどうにせよ、あの時見た景色と、桜饅頭の味は記憶に焼き付いていた。

 彼女とここに来たのはその一回きり。死神になってからは行く暇もなく、彼女が逃走した時、もしやここにいるのではないかと久しぶりに訪れたのが二度目。結局、その時彼女はここにはいなかったのだが。

「ふむふむ。で、今日はなんでまたここに?」

 しかも、自分を連れて。疑問に思っていると、少しして答えが返ってきた。

「貴様にここを使ってほしくてな」

「……それは、なんでまた」

「長い付き合いだ。貴様が何かを隠していること等察している」

 恐らくは、他にも気づいているものはいるだろう。すぐに数人の顔が思い浮かんで消えた。他の人間はもしかしたら彼女が話すか、自力で解決するのを待っているのかもしれないが、自分はそうはいかない。未来にどう後悔するかより、今後悔しない選択肢を。彼女と再会した時、言われたことだ。

 時たま見る彼女が、何かに悩んでいるように見えた。他の部隊の死神と頻繁に手合わせをしながらも、終わった後は別の事を考えていることも。

 自分に何ができるかを考えていた時、彼女から鍛錬を見てほしいとお願いされた。学生時代に短い間だが教えていた以来のそれに、驚いたと同時に、なぜだかこれだ、と思い至ったのだ。

「貴様が何を目指して修行しているかは知らぬし、それを無理に聞こうとは思わない。悪人ではないと思っているからな」

 驚きで目を見開いている井塚を他所に、白哉は話を続ける。

「大方、私に師事を仰ぐまでは一人で修行をしていたのだろう?どこでやっていたかは知らないが、他の者にそれとなく聞いてもそんな光景を見た人間はいない」

 そこは修行していなかったという結論は出ないのだろうか。

「貴様の仕事熱心な部分を鑑みても、修行をしていないとは到底考えられなくてな」

 顔に出ていたのか、そう言って白哉が笑う。

「隠れて修行をするにしても、瀞霊廷の中ではいずれ誰かに見つかってしまうだろう。見つかりづらい、隠れ場所……ここは、貴様が今密かに使っている場所よりは見つかりにくいのではないか?」

 そう言われて、辺りを見回す。自分が長年使用してきた場所は戌吊の外れの森、その窪地だ。確かに一見すれば奥まったところにあり見つかりづらいが、辿り着くのはここよりもかなり簡単だ。それに移動するための手間もこちらの方が少ない。修行場としてはうってつけの場所だった。

 卍解の修行をさすがにここですれば、霊圧の異常が探知された時にすぐに駆け付けられる恐れがあるからできないが、他の修行で使うのであればここは最適と言えるだろう。

「うん、確かに、こっちの方がいいかもね」

「そうか」

 肯定の返事が出たことに安心したのか、白哉がほっと肩をなでおろす。

「恐らくここを知っているのは、私と四楓院夜一だけだろう。もしほかに知らせたい人間がいるなら、知らせても構わない。どうせ長年放置してしまっていた場所だ、使われる方がいいだろう」

「ありがと、朽木くん」

 流石、頼りになる友人だ。自分の事をよく見て、色々と気遣ってくれる。そして、事情をほとんど知らないからこそ、こうやって容易く飛び込んでくる。

 彼が友人でよかったと思うと同時に、彼と再びめぐり合わせてくれた海燕にも、浮竹にも感謝の気持ちが湧いてくる。

 帰りに何か彼らに買っていこうと、井塚は決めた。

 恐らく本題は今の部分なのだろうが、今回は花見も用事に入っている。井塚は視線を桜が舞う流魂街へと戻した。

 距離が離れているにもかかわらず、にぎやかな声が風に乗って微かに聞こえてくる。もっと“外”の地区になるとそこまでの賑わいは見せず、治安も悪くなってはいるが、それだからこそこの土地を井塚は好んでいた。理想郷のような場所ではないからこそ、息ができた。

 この世界を守りたいと、井塚は思う。少なくとも今は、そう思っていた。

「きれいだねぇ」

「――ああ、そうだな」

 桜は綺麗だ。資料で見た時よりもずっと、綺麗だった。

 ここに来てから目に映る景色も、匂いも、音も、風も。すべてが綺麗だった。

 だからこそ、今は走らなければいけない。この風景を壊しかねない存在に追いつき、食い止めるためにも。

「朽木くん。私、強くなるよ」

 目標は高く、隊長レベルまで。

 そこまで行けるかは分からないが、だがそのくらいまで駆け上がらなくてはいけない。

「私も、強くなるさ。もう二度と、同じことが起きないよう」

 白哉も、あの事件の事は心にとどめていたのだろう。そう言って、不敵に笑う。対象は同じでも、見えているものは違う。が、同じように目標を掲げる仲間がいるのはいいことだ。

 まだお茶が残っている水筒を白哉に向けて傾ける。すぐには意図が掴めず呆けた表情をした白哉だったが、合点がいったのか同じように水筒を傾け、井塚の水筒と合わせた。

――コン、と竹がぶつかる音

 これは約束だ。お互いに切磋琢磨し、高みへと向かおうという。

 茶を飲み干して笑う二人。それは、まだ平和だった年の春の事だった。




「なーんてこともあったっけ」
 そう言って、井塚が嗤う。目の前には血塗れで倒れている隊長格の死神。もう名前も思い出せない相手。
 じわり、じわりと侵食してくるそれに抗う気はない。これは、自分で選んだ道だ。
 行きましょう、そう言う誰かの声に従って、その場を離れる。
「ばいばい、親友さん」
 別離の言葉が、空しく響いた。


※なんてことは無いと思います

不穏なフラグじみたことをしてみましたが、予定は未定なのです

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