ここから先の小説は亀くらいの更新率になる予定なので、
気長に待っていてください
校内を歩いていると、様々な視線にさらされる。それは妬みを含んだものだったり、羨望をふくんだものだったり。そんなものを気にしても仕方がないので、そのまま目的地である試験結果が掲示されている場所へと向かう。
――試験に無事に合格し、入学した私は、死神になるべく一組で頑張っています。
一組。特進学級のそこは、入学試験に置いて優秀な成績を修めた生徒が所属している。ここの卒業生は護廷十三隊入隊には留まらず、席官以上の地位に行くことを目標とし、通常のカリキュラムとは異なる授業を受けることになる。
実際に働いている死神に勉強を教わったからか、井塚は一組に入れる最低ラインを通過していたようで、それを知ったときは通知書を五回位見直したのは記憶に新しい。
だが、そこで安心してはいけない。生前、様々な化け物――アラガミと対峙し、これを討伐してきた身とはいえ、日本刀を扱うのはこれが初めてだ。環境が環境だったために学校にも行っていなかったし、学ぶことは多くある、と考えている。実際、入学してから最初の試験までのここ2ヶ月ほどの授業は、色々ときつかった。一組だから、というのもあるのだろうが。
今回、初めての試験。自己採点と分析は済ませたし、先生からもアドバイスは色々ともらったが、やはり全体的な順位は気にかかる。折角一組になったのだ、自分を入れてくれた誰かの期待に応えるためにも、頑張らなくては。
生徒でにぎわっている順位表の前。一先ず後ろから見える順位を、下から確認していく。
「……あ、七番目か」
ふむ、最初のにしてはなかなかの順位。だが特進学級としてはやはり下の方だ、他の面々はほとんどが自分より上の順位である、エリートすごい。一位も特進学級の生徒だった。
「朽木くんが一位か」
朽木 白哉。四大貴族とかいう、尸魂界の貴族階級の中でも上位四つの貴族の一つ、朽木家の跡取り息子だとか。本人からも、どことなく整った雰囲気、気位のある風格が漂っている。挨拶程度にしか話したことがないが、厳格な家だったのか、少々堅物な印象を、井塚は感じていた。
だが、その反面、どこか少年のような快活な雰囲気を感じてもいて。
「あれはシュンから、成長してブレンダン先生になると見た」
生前の仲間――プライドが高く口も悪いが実力者だった小森 シュンと、それとは逆の、規則を重んじるブレンダン・バーデルを思い出しながら、井塚はくす、と笑った。
さて、順位も確認したことだし、午前の授業を受けに行かなくては。昼休憩の時は昼食を早めに済ませて白打と瞬歩の鍛錬をして……。くるり、と教室に向かうために踵を返した井塚の背中を、誰かの視線が追いかける。が、それはいつものことだったので、彼女はそれを無視した。
その相手が、今考えていた《朽木 白哉》とはまったく気づかずに――
――――――――――――――――――――――――
昼休み。
たまに昼食を一緒に取らせてもらっている、同じ地区出身の子たちと別れて、井塚は鍛錬場にやってきていた。先ほど時刻は確認し、頭の中で予定もしっかりと建てた。あとは自分で見つけた反省点と、先生のアドバイスを元に、白打の練習をするだけ。
――なのだが
「えぇっと……何故ここにいるのさ、朽木くん」
「私も鍛錬に来たからだ」
マジか、と声に出さなかった自分は偉いと思う。基本、昼休み、しかも試験直後には誰も来ないだろうと思ってここにやってきたのに、まさか学年一位がやってくるとは予想していなかった。いや生真面目そうな気はしていたから、何かしらやってそうな気はしたけれど。今昼休み、昼食直後、無理したら腹痛起きる。うん、自分が言えたことではないがこの時間に自主鍛錬は馬鹿だ。自分が言えたことではないが。
「何をしている、ここに来たのは鍛錬するためだろう?」
「あ、うん、そうなんだけど」
何故君は私の目の前に立っているのかな、そしてなぜ構えているのかな。
「白打は戦闘の際に用いる体術だ、誰かと組手した方が技術も向上する」
「いや言っていることは分かるけどぉ!?」
反論を言い切る前に飛んできた拳を、受け流すことで何とかかわす。というかこの勢い、本気で怪我させるつもりか。
そのあとも次々と飛んでくる拳や足、技を紙一重でかわす。合間合間に白哉を観察してみるが、その瞳にはこちらを害するような気持ちは見えてこない。よほど本心を隠すのがうまいのか、それとも本当にただ鍛錬を誰かとしたかったのか。
――というかこの人、強……っ!
対化け物には慣れているが、対人戦は一部を除いてほとんどない井塚。だが、実戦経験は目の前の少年よりはある、と自負している。しかし今、井塚は白哉の攻撃をかわせているとはいえ、攻撃に踏み込むことが出来ないでいた。体力的には五分五分だが、このままではジリ貧、恐らく最終的には自分が負けることになる可能性が高い。
無理やり隙間を突いて攻撃するしか、ない。休むことなく飛んでくる攻撃、それを分析する。行動は無意識にパターン化することが多い、体を動かすことなら猶更だ。予備動作や、ある行動をしたら次にこれ、と脳が決める。それを見切り、隙をつけば……!
って、それが簡単にできたら苦労はしない。相手の攻撃をかわしながら、その一挙一動に気を配り、それらを記憶、パターンの分析。脳がパンクする。そもそも、そういえば、尸魂界に来てから体鍛えてないからか、体を動かすとやけに重く感じるときが多々あった。これは自主鍛錬に筋トレを加える必要がありそうだ。
と、思考がずれてしまったからか、はたまた集中力が切れたのか、一瞬井塚に隙が生じた。それを見逃さない白哉ではない。素早く利き腕の手首を掴み背負い投げ、床にたたきつけた。
「あだぁっ!?」
「鍛錬中に別のことを考える余裕なんてないぞ、そのままだと、戦場ですぐ死んでしまう」
「うぐぐ……正論だから何も言い返せない」
あたたた、と背中を摩りながら起き上がる井塚。と、白哉がまだ腕をつかんでいることに気づき、怪訝そうに見上げる。
「どうしたの、朽木くん。そろそろ次の授業の準備しなきゃいけないから、もう一戦はしないよ」
訊ねてみるが、白哉は無言のまま。いったいどうしたのだろう、と井塚が首をかしげていると。
「貴様、なぜそこまで食らいつけるんだ」
「ん?え、それが気になっていたの」
「成績は一組の中では下位、おまけに流魂街出身ということは、食い扶持を得るためにこの道を選んだのだろう?」
だからこそ、そこまでする理由が気になったのだ、と言う白哉に井塚は目を瞠る。こいつ、自分のことそんなに観察していたのか。自分は空気みたいな存在だと思っていた井塚は、内心で感心した。
「食い扶持を得るため、ってのは事実としてあるけど。他にもいくつかあるんだよね」
「それが、上位に食らいつく理由になると?」
「生きる為なら、確かに上位に行く必要はないけどさ。技術力を上げていかないといけないじゃん?」
生前、人を守るために、化け物と対峙していた井塚からしたら、虚と戦って生き延びるために必要な、最低限の基準は決まっている。生前の自分を超えることだ。
オラクル細胞の注入による身体能力、五感の上昇を抜いたとしても、今現在のこちらの身体能力との差は雲泥の差だ。無論、こちらが泥である。これでは強力な虚にであってしまったら、すぐに死んでしまうか、重傷を負うことになる。
「それに私さ、守りたいんだよ、人を」
もはや職業病とでもいうべきなのだろうか。誰かを守ることが当たり前だと、井塚は考えてしまう。もしかすると生前、結局守り切れなかった後悔からくる気持ちなのかもしれない。それでも、守りたいのは事実。
「もう、誰かが目の前で死んでいくのをただ見るのは、ごめんだね」
「……」
沈黙で返す白哉に、井塚は苦笑を浮かべた。少々暗くしすぎてしまったか。
「なんてね。ま、とにかく私は生きたいのさ。生きていれば万事どうにでもなるけど、だからといって武器を取って戦わないのは性に合わない、以上!」
明るい口調でそう締めると、井塚は立ち上がった。白哉は、何か考え込むように俯いている。
「朽木くん?早くしないと次の授業、遅れるよー?」
「……あ、あぁ」
どこか上の空で立ち上がる彼に、井塚はまた苦笑する。
「ま、君が何を考え――あるいは悩んでいるかは知らないけど、今は学ぶことに集中すればいいんじゃないかな」
「学ぶこと」
「そそ。一石二鳥、なんて都合がいいことは滅多に起きないんだから、ひと先ずは目の前に集中する。考えるのは後からでもまだ、間に合うからね」
そう、まだこうやって学校生活を送れるうちは時間があるのだ。悩むがいい若人よ。これで彼の方が年上だったら笑ってしまうが。
へら、とわざとらしくだらしない笑みを浮かべると、白哉は眉をへの字に曲げた。おや、今の言動のどこにそんな表情になる要素がたっただろうか。首を傾げると、白哉は何でもない、と言って踵を返す。
怒らせてしまっただろうか、気に障るような態度をとったつもりはないのだが……、井塚は内心でまた首を傾げながらも、白哉の後に続いて、鍛錬場を後にするのだった。
――次の日から、何故か頻繁に白哉が話しかけてくるようになり、頭を抱えることになるのを、彼女はまだ知らない