――拝啓、志波 海燕先生
春の陽気もあっという間に過ぎ、世は俗にいう夏に近づこうとしています。
病弱だという隊長さんは息災でしょうか。あ、海燕先生は息災なのはわかり切っているので聞きませんよ。
私は元気に一組にへばりついてます。エリート街道をぎりぎりで突っ走るのは容易くないですね、たまにいつ寝たのか分からなくなる位には疲れます。
そういえば友人、と言っていいのか分かりませんが、それらしき人物が新たにできました。同じ一組の朽木 白哉くんです。前回のテストの後、組手を半強制的にやらされてから何故かよく話しかけてきます。
一日でも早く学問を修め、海燕先生の所属する隊に入りたいと思います。
追記:一組内でのぼっちは脱出したぞざまぁ
「……ふぅ」
一組に入るのが決まったことを話したときに「大丈夫か?卒業まで一人ぼっちで行くなよ?」と半分冗談かどうか分からない心配をされたことを思い出したら、つい筆が滑ってしまった。まぁ勝手に筆が走ったのだから仕方がない、このまま手紙を出してしまおう。
今日は休日。大体の生徒は軒並み実家や、世話になった人物のところに帰ってしまっている。霊術院に残っている生徒はほとんどいない。そんな時の宿舎の空気はどこか、生前のある時を思い出す。
アラガミの――絶対的捕食者と呼ばれ、滅ぼすことがほぼ不可能と言われた化け物たちの絶滅と、世界中の生き物の命と引き換えに、百名ほどの人類のみが、作り直される新世界に行ける。そんな計画が、様々な偶然から自身が所属する支部内で露見し、内部分裂が起きたことがあった。
全員が苦悩していた、ように思う。大勢の命を、自身の知り合いを見捨てて、アラガミのいない世界への切符を手にするか、いつ沈むかも分からない泥船に、世界中の人々と共に乗り続けるか――前者の立場に立った仲間たちは切符を片手に箱舟に乗りに行き、後者の立場だった仲間たちも、一部が反逆者として逃亡生活を負わざるを得なくなり、人手不足の中、残った仲間たちも討伐任務に駆り出される頻度が増え……、あの頃の支部内は、本当に閑散としていた。
人の気配がないのは、これほど寂しいものなんだ、とあの時初めて実感したように思う。それまでは、それなりに人の賑わいがあったし、人の入れ替わりはあっても、少なくなることはあり得なかったから。
自分だけが、ここにいるのではないかという恐怖心もあって、頻繁に仲間の部屋に突撃していっていたのも、懐かしい思い出だ。彼は不機嫌になりながらも、毎回ちゃんと迎え入れてくれた。
「いやぁ、あの頃は実に青かった」
今では、この静寂にも慣れ切ったものだ。一人での長期任務も頻繁に出るようになり、野営をすることも多かったからだろう。人は変わるものだ。
さて、手紙は書き終えた。これを出しに行った後は何をしようか。最近は白哉が鍛錬に付き合ってくれるのもあって、体術はそれなりに上達していっている。彼からの助言は厳しいながらも的を射ており、とても参考になった。尊敬と半分からかいも含めて「朽木先生」と呼んだら、塵を見るような目で止めろ、と釘を刺されたが。
「鬼道も白打も朽木くんに見てもらっているし、そうなると残りは瞬歩か斬魄刀か」
瞬歩に関しては、生前のステップの要領を思い出して実践したら、簡単にできた。それを自慢げに白哉に見せたらその次の日には追い抜かされたが。対抗してくるところを見るに、やはりあれはシュンタイプだ。対抗するにしてもきちんと追い越してくる辺り、才能にも本人の気質にも恵まれている。
……思考を元に戻そう、今日行う自主練についてだったか。
消去法で考えていったが、今くらいしかできないことは一つ。斬魄刀との対話だ。これは一人でなくては出来ない。
自室の隅に立てかけておいた浅打を手に取る。霊術院に入ったとき、全員に貸与されたそれは、長く身に着け、触れ合っていくうちに、それぞれの斬魄刀として目覚めていくらしい。
「ほんと、不気味な代物だね」
――そう、不気味。井塚は浅打の説明を聞いて、そう感じたのだ。持ち主の性質を「学習」し、それに「適合」、そしてその力を己がものとして「活用」する。それはまるで、アラガミのようだ、と。
だからこそ、斬魄刀との対話の授業の時も、井塚は敢えて真剣に打ち込もうとはしなかった。もしこれに、アラガミと似た性質が、気性があるのなら……それはきっと、他の誰かの前で見せてはいけないものだと、推測した為に。
それに、不安でもあるのだ。自身の魂の状態から出来上がるという、斬魄刀。その本質が生前のそれに起因するなら――出てくる本体は即ち、アラガミだ。
生前、世界中を跋扈していたアラガミ。通常の兵器では歯が立たず、二進も三進もいかなくなった当時に生み出されたのが、井塚達神機使い――通称、ゴッドイーター。アラガミを構成するオラクル細胞に適合しそれを体内に宿し、それでも蝕まれる可能性を偏食因子で防ぎながら、アラガミを討伐する「人のアラガミ」として、戦っていた。
それでも、オラクル細胞を制御し、偏食因子を介しての神経伝達等を行うP53アームドインプラント、通称「腕輪」が破壊されるか、何らかの要因により偏食因子を一定期間接種できなかった場合、ゴッドイーターはアラガミと化してしまう。その実例を、井塚は何度も見てきた。アラガミ化し、人と獣との合間を彷徨う上官の精神世界に、図らずも飛び込んでしまったこともある。その最奥部で、自身の中から現れ出る
脳裏に浮かぶ、あまりにも強大だった精神世界のアラガミ。もしあれが、この斬魄刀の本体だとしたら……?対話をし、名前を聞くのは兎も角、屈服させ、卍解を得るのは通常のそれよりも至難の業となるだろう。最悪、始解を得る間もなく「自分」に喰われる可能性も高い。
だとしても、いつまでも逃げているわけにはいかない。それにまだ、斬魄刀がこちらに応えることはないだろう。刃禅をする場所は、一先ず外れにある森の広場にするか。森の中に点在する開けた場所は、井塚の良い訓練場所となっている。
手紙と浅打を片手に宿舎を後にする。日の傾きから判断するに、日が暮れるまではまだ多少の時間はある。精神世界には行けないだろうが、集中することはなんにせよいいことだ、存分にやろう、と井塚は走り出した。
――――――――――――――
朽木 白哉は宵闇の中、霊術院まで歩いていた。明日からまたいつも通り、授業が始まるというのにここまで遅くなったのは、落ち着くあまりつい実家の屋敷に留まりすぎていたのだ。忙しい父や祖父と短いながらも対話できたのも、要因の一つであろう。
宿舎までの道すがら、片手に持った土産袋を見る。帰る家もないから、と宿舎に残っている学友へのものだ。彼女は気さくな人物だから、何にせよ喜んでくれるだろうと思いつつも、真剣に選んだ品だった。
井塚 実灰。一組に残るギリギリの成績を維持しつつ、それでも尚食らいついてくる少女。座学や鬼道、白打の成績は組の中ではまだまだだが、剣術と走法の実力は上位にも届く勢いで伸びている。授業態度もよく、教師からの覚えも良い。
そんな彼女だが、何故かクラスメイトとは一定の距離を置いている。流魂街の出身ではあるが、幸いなことに現在のクラスにそれを鼻にかける生徒はいない。本人自体の性格が悪いわけでもなく、それなのに親しい友人はいない。昼時は他クラスの生徒と食べているのを何度か見たが、その面子もコロコロ変わっていることから、そこまで親しくはないようだ。
そのことを訊ねてみると、井塚は「ストーキングは犯罪だからやめよう」とよくわからないことを言ってきた。ストーキングとはなんだろうか、父や祖父に訊ねてみたが、知らないと言っていた。彼女独自の単語だろうか。
今頃彼女は何をしているだろう。世話になったという死神に手紙を出すとは言っていたが、それで一日潰してしまうとは思えない。土産を見せたらどんな表情をするだろうか……。
貴族の中でも最上級である朽木家の人間だからか、余り気の置けない友人がいなかった白哉は、遠慮なく接してくれる井塚に、それなりになついているのだった。
宿舎にたどりつく、と、玄関で誰かが寮長に怒られているのが見えた。その人物をみて、白哉は瞠目する。
「……何をしているんだ、井塚」
「ん、ああこんばんは、朽木くん」
そう、井塚が怒られていたのだ。規則はしっかりと守る彼女が珍しい、いったい何があったのだろうか。
「いや何、ちょっと刃禅をしていたんだけど、遅くなっちゃって」
「丸々三刻をお前の中じゃ『ちょっと』で済まされるのか」
「いやそういうわけじゃないんですよぉ!」
再開される寮長の説教に、井塚がぺこぺこと頭を下げている。話の内容から伺うに、夕方までに戻ると言っていたのに、痺れを切らした教師が探し出すまで刃禅を組んでいたらしい。
なおも謝罪と弁明を繰り返す井塚に、白哉は感心するべきか呆れるべきか迷う。実際、とんでもない集中力であることは違いない。違いないのだが、集中しすぎるのは危険だ。
まぁその辺りのことは、寮長や教師からみっちり指導されるだろう。土産は後で渡すことに決め、白哉は男子用のエリアに向かって歩き出した。
思ったより筆がはやく進みました
何故か白哉が天然ストーカーに……