双貌の魔王   作:こんたそば

1 / 8
序章:逆行
01.神さま


熱さを纏った空気による息苦しさと男同士が争うような煩わしい喧騒に苛立ちを覚えた俺はゆっくりと瞼を開けた。まず視界に映ったのは継ぎ接ぎだらけの布で出来た簡易的なテント。ほつれや切れ目によって出来た隙間から熱さすら感じる太陽の光や外で舞う砂埃が容赦なく入り込んできている。テントの中には俺の他に小さな生き物がいた。それはテントに使われている布と同じような継ぎ接ぎだらけの衣服を着た褐色の肌を持つ少女だった。

 

「うんしょっ、よいしょ」

 

少女は俺が起きていることに全く気付いていないようで無防備に背中を見せている。俺はまず自分の身体の状態を確かめようと手を動かした。違和感があるが問題なく動くことが分かったので、親友に剣で貫かれたはずの胸を触る。胸の中央に傷跡らしきものがあるのは分かったが、おかしなことに自分の心臓が脈を打っているという事実に首を傾げようとした。

 

だが、その前に俺の視界を覆うものがあった。ヒヤッとした感覚により、それが濡れタオルであるというのは分かった。外気温が高いこともあり、凝り固まった思考を和らげるのに一役買ったのだが、それと同時に少女と自分の視線が交差したことも分かった。少女は俺が起きていることにようやく気付き、小さな両手で口元を押さえながらテントの外へ駆け出していったのである。

 

「……フッ、これも運命か」

 

俺は少女が大人たちを連れて戻ってくるのを待った。悪逆皇帝として自分の顔写真が世界中に出回ったことは分かっている。何故、このような砂埃が舞う乾燥地帯に自分がいるのかは分からないが、現地民たちに怨みを持たれて袋叩きにされて死ぬのも一興だとその時を待った。

 

うん。大人しく待ったのだが……。

 

「……。いくら何でも遅すぎないか?」

 

体感時間のため正確な時間はわからないが、少女がこのテントを出て10分以上が経過していると思われる。俺の処分をどうするかを話し合っているにしては当の本人を放置し過ぎだろうと、何とか立ち上がって少女が出て行ったテントの切れ目のところから顔を出した。

 

照りつける太陽の日差しに思わず眼を擦る。強烈な日差しに慣れた俺の目に映ったのは、継ぎ接ぎだらけの布をなんとか組み合わせて作られたテントによる住居。立ち並ぶ家屋だったと思われるものは無残な瓦礫の山。建物やテントの影には力なく地面に座り込んでぼんやりと空を眺める人間の姿。

 

「……っ!?」

 

視界に飛び込んだ凄惨な光景に俺は思わずテントの外に躍り出た。直後、太陽の光で熱された砂に素足を載せる形になった俺は思わず顔を顰める。あまりの熱さに耐えられないと思い、すぐにテントの中に引き返そうとした俺の視界に人だかりが映った。人だかりの中央で褐色の肌の少年が2人殴り合いの喧嘩をしていたのである。

 

その人だかりの中には俺を介抱していた少女の姿もある。俺はそこに行かなければならないと思い、テントに戻ろうとしていた足を人だかりの方へ向け歩き出した。すぐに熱砂から逃げるように小走りになってしまったが。

 

人だかりは喧嘩を囃し立てている野次馬だと思っていたがどうやら事情が違う様子だというのはすぐに分かった。人だかりの中央で殴りあいの喧嘩をしているのは、この集落をまとめている青年団のリーダーでもある『クルト』という灰色の髪の少年と短髪で長身かつ身体に幾つもの銃創の痕がある『ノルド』という少年の2人だという。彼らが争う原因となっているのは、ノルドが『ブリタニア軍人たちの笑いものになって手に入れてきた食料を含めた物資』の使用に関してだという。

 

クルトは『ブリタニア人の施しによって得られたもの』など捨ててしまえと言い、ノルドは『今にも死にそうな人間がいるのにそんなことに拘るな』と叫ぶ。

 

互いが互いに譲れぬ意見を持っているが故に起きた衝突だが、俺はその話を聞いて眩暈がした。俺たちが文字通り命を賭けて行った【ゼロ・レクイエム】は意味がなかったのかと。

 

人だかりから離れた俺は瓦礫の影に隠れるように移動しようとして息を呑んだ。そこには骨となった我が子を抱えたまま生気の無い伽藍堂のような瞳で子守唄を歌い続ける母親らしき人の姿があった。その人の瞳が俺を鏡のように映したが、彼女は何も言わずにそっと骨になった我が子を抱き締めて、おぼつかない足取りで光が届かぬ闇の中に去って行った。

 

「……何だ、この状況は。まるで、あの頃じゃないか」

 

一度は逃げ出そうとした自分の行動も含め、ありとあらゆる憤りを篭めて俺は握り締めた拳を瓦礫となった家屋に叩きつける。殴りつけた拳からは血が滲み出すが、そんなことを気にしている場合ではない。俺は意を決して振り返り、人だかりを押しのけながら殴り合いをしている2人の前に立ち叫んだ。

 

いや、叫ぼうと思ったのだが、タイミングが非常に悪かった。

 

「争いをや『『おらぁあああああ!!』』まそっぷっ!?」

 

丁度彼らは殴り合いの果てに満身創痍の状態となっており、自分の意思を篭めた最後の一振りをぶつけ合う瞬間だった。

 

そんな彼らが対峙している最中に止めに入った俺の顔の左右から突き刺さった渾身のストレート。それを何の防御もせずに受けた俺は、物の見事にその場で1回転した後でパタリと仰向けに倒れた。前にスザクとかカレンたちに何度か殴られたことがあるけれど、どの拳よりも今回受けた2人の思いが詰った拳は痛いなと思いつつ、俺の意識は一度そこで途絶えた。

 

 

 

 

パチパチと燃える音で目覚めた俺が最初に認識したのは焚き火に薪を加える少女の臀部だった。何故この少女は俺が見るたびに背を向けているのだろうと思いながら、声を掛ける。

 

「なぁ、君が俺を助けてくれたのか?」

 

「ひにゃぁっ!?」

 

俺の声に驚いたのか、少女は猫のような叫び声と同時にその場で飛び上がった。地面に着地した直後には距離を取った。ちょうど焚き火を挟んだ反対側に少女がいる形になる。

 

俺は左手で頬に張られた湿布のようなものに触れつつ、身体を起こしてその場に座った。一応成人した身体とはいえ、一般人に比べるとひ弱な俺の身体にしては妙にダメージがないと思い、家屋を殴って血を滲ませていた右拳を見て言葉を失った。軽い怪我とはいえ、傷が治癒するには時間が掛かるはずだと思っていたものが綺麗さっぱりなくなっていたのである。それに殴られた両頬の痛みも無いことが、ある懸念に拍車を掛けていた。俺はその嫌な予感を確かめるために自分の胸を見ようとしたのだが、少女に声を掛けられたので後回しにすることにした。

 

「あ、あの……神さま?」

 

「うん?……ちょっと待とうか。……俺が、神さまだと?」

 

俺が信じられないものを見るかのように言うと、少女は大きくこくりと頷いた。

 

「うん。マーナの一族が代々護って来た神殿の祭壇に神さまが現れたの。胸に穴が開いて赤い血がいっぱい流れてたけど、すぐに胸の傷が塞がったし、息を吹き返したから。神殿はブリタニアに盗られちゃったけれど、神さまの身体はここまで持ってこれた。……――――」

 

少女は俺に向かってぎゅっと手を組むと瞼を閉じて祈り始めた。古いアラビア系の言葉のようだが、何故か意味を理解することが出来る。それに今まで気付かなかったが、少女が首元に下げているネックレスにはギアスの紋章らしきものが描かれている。C.C.と契約する際に見た映像に巫女たちが立ち並ぶ光景があったことを思い出し、少女のいう神殿がアーカーシャの剣が存在する黄昏の間に通じている遺跡、日本の式根島などにあったものと同等の物であると考えるならば、俺がこんな砂漠地帯にいる理由にも。

 

「いや、死んだ俺が生き返っている時点でおかしいだろ」

 

「やっぱり、神さまは生き返ったんだ」

 

「いや、待て!いまのはナシだ。状況を整理したいから、現状が分かる人間を連れてきてくれないか?」

 

「はい、神さま」

 

少女はすくっと立ち上がるとテントを出て行った。昼間のように待たされるようなことはなく、テントに俺を介抱してくれた少女を先頭にして少年が2人と少女が入ってきた。少年たちの顔には見覚えがあった。昼間、人だかりの中央で殴りあいの喧嘩をしていたクルトとノルドの2人だった。彼らはばつが悪そうな感じで俺の顔を確認した後でテントの端っこのところに腰を下ろした。俺の正面には介抱してくれたギアスの紋章が描かれたネックレスをした少女と、見ていると猫かぶりのお嬢さまを演じていた彼女を彷彿させる紺色の髪の少女が凛とした姿勢で座った。どう話題を切り出したものかと思っていると、突然2人の少年が頭を下げた。

 

「「大変、申し訳なかった」」

 

ただし声色は納得いかないと不承不承な様子。同時に顔を上げたクルトとノルドの2人は互いを睨みつけた後で首が取れるのではないかと心配する勢いで顔を背けた。その2人の様子を見て深々と溜息をついた紺色の髪の少女が口を開いた。

 

「おうコイツらが世話になったな。オレはこの集落にいる若いもんを束ねている青年団の補佐をしているホーリーつぅもんだ」

 

「え?」

 

「昼間のことは聞いている。コイツらを止めてくれようとしてくれたのに、本当に申し訳ねぇ。だが、この集落にいる連中は皆が苦しい状況にあるんだ。わりぃがオレの顔に免じてコイツらを許してやってくれねぇか?」

 

黙っていれば可憐で大人しそうな少女だと思ったが、これは俺の知るカレン以上に肝っ玉が据わった……いや、もはや漢(おとこ)らしすぎて、なんかカッコいい。ホーリーにそこまで言わせてしまったクルトとノルドは罰が悪そうな表情を浮かべたままだ。

 

「彼らの喧嘩に口出ししようとしたのは俺の落ち度だから、殴られた件に関しては気にしていない。むしろ、勝負の邪魔をしてしまってすまない」

 

「オレらの国がブリタニアの連中に奪われて年が明けちまった。クルトは国民を捨てて簡単に屈した連中とブリタニアが許せない、ノルドは自分よりも弱い連中のために身を粉にしてでも食料を手に入れてくる。今まではノルドが手に入れてきた物資をオレが分配していたから騒ぎにならなかったが、ノルドがブリタニア人に媚を売る姿を見た奴がいてね、今回の騒ぎはソレが原因だ。だが、全ての責任は今まで皆に隠し事をしてきたオレにある。……介錯を頼んでいいかい、神さまよぅ」

 

ホーリーはズボンのポケットから幅広の無骨なナイフを取り出すと俺の前に差し出した。それを見て後方にいたクルトとノルドの2人が必死な形相で睨みつけてくるが責任を俺に転化するな。

 

「ちょっと待て、貴様ら!その呼称に関しては断固拒否するぞ。それと人を勝手に『神』として崇め祀るな!俺は特殊な肉体構造をしているが人間であることに変わりない。俺は置かれている状況が知りたいと言ったんだ」

 

「置かれている状況だと?」

 

俺の問いに答えたのはノルドだった。

 

抑揚の無い低い声の持ち主である彼は、ホーリーの言うとおりの人間であるとするならば、自ら道化を演じ侮辱されても目的のためならば幾らでも忍耐し続けることの出来る男だということになる。国を奪ったブリタニア人に媚び諂うことを良しとしない人間が多い状況でそれをやり通して食料や医療用品といった物資を得られるのは凄いことなのだろう。

 

「神さまは目覚めたばかりだから、何も知らないんだよ。だからマーナたちが教えてあげないといけないの」

 

いつの間にか俺の傍に移動していた少女、マーナは両手を腰に当てて胸を張りながら言った。直後、ホーリーに摘ままれてテントの外に放り出される。

 

「アンタにここの状況を話して何かが変わるとは思えないが、何もしないでいると直にこの集落も他のトコと同じように干しあがっちまう。こうなりゃ神頼みだ。どうか、オレらを救ってくれよ、神さま」

 

「助けて欲しいのならば、まずは情報を寄越せ。それと、俺は神じゃない。ルル……いや、俺のことは【L.L.(エルツー)】と呼べ」

 

俺はずっと自分の横にい続けた最愛の魔女の後ろ姿を思い浮かべながらそうホーリーたちに告げたのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。