ホーリーやクルトたちの話を聞き、自分が過去の世界に来てしまっていることは何となく理解していたが、ノルドの案内でこの国のかつての首都であったアルジェ租界を訪れた俺はインターネットを使ってあらゆる情報を集めた。エリア15と呼ばれるようになったこの国のことは勿論のこと、エリア11にいるはずの“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”のこと、ブリタニアやE.U.や中華連邦の情勢など多岐に渡る情報を。
「さて、これからホーリーたちに啖呵を切ったように資金調達をする訳だが、ノルド、そしてタクマ。“設定”はちゃんと頭に入っているな?変にビクビクせず堂々としていれば、どうとでもなるから大船に乗ったつもりで役になり切るといい」
俺はノルドが購入してきた新品のスーツの袖に手を通しながら言う。ノルドはこざっぱりとした簡易的な服に加えて頭にターバンを巻いているだけなので問題ないとすぐに頷いた。だが、部屋にいるもう1人の人間は俺が渡した人物設定が記されている書類を穴が開くのではないかと思うくらい真剣に目を通しながら呟く。
「エルツーはブリタニア本国から来た若手実業家『アラン・スペイサー』。ノルドは現地民の案内人。そして、俺はエルツー、いや“アランさま”を守る元軍人の護衛。出自がブリタニア人と日本人のハーフの男。性格まで……って、俺だけ色々と話を盛り過ぎじゃないか?」
書類を下ろしたことで鷹のように鋭い眼差しを持つ端整な顔立ちが露わになった。無造作に伸ばしていた髪を切り無精髭を綺麗に剃っただけであるのだが、もはや初めに会った人物と同じとは思えない見違えた姿になった日本人、藤原タクマ。彼は机の上に置かれた銃器やナイフなどの、自分が持つ事になる武器を見下ろしながら俺に視線を送ってくる。
「何、ブリタニア人との交渉はすべて俺が受け持つ。タクマの役目は暴漢からアランを守るということ。タクマが演じる男は『アランの事業が成功すれば、ブリタニア人の父親が自分をブリタニア人として認知する』という話を本気で信じているという設定だ。性格云々に関しては流し読みするだけで構わない。必要なのは弱い立場にあるアランがこのエリアでやろうとする事業の利権を狙って魑魅魍魎の類の連中が色んな手を使ってくるから場合によっては武力制圧も必要になる可能性もあるから覚悟だけはしていて欲しい」
俺の言葉を聞いて大変な奴に選ばれてしまったと天を仰いだタクマであったが、覚悟を決めたのか両手で頬を叩くと拳銃やナイフなどを身体の至る所につけていく。俺はノルドの傍に移動し、まずは賭けチェスが出来るようなカジノの場所を聞き出すのだった。
残念なことにノルドが案内してくれたアルジェ租界で一番大きなカジノではチェスそのものが置いてなく、仕方なくトランプのカードを扱ってゲームをする席に腰を下ろすことにした。場全体を眺めると珍しいことに女性のディーラーがいることに気付く。艶やかな長い髪を腰の辺りまで伸ばした妙齢の女性であり魅力的なプロポーションを持つが、彼女のテーブルには多くの往来があるにも関わらず人が寄り付かない。
「フッ、あの席にしよう」
「……。はっ、アランさま」
俺が歩き出すと左斜め後ろを一定の距離を保って着いて来るタクマ。まだ演技に固さが残るが、直に慣れるだろう。俺は目を付けた女性ディーラーに声を掛ける。
「ここは、ポーカーのテーブルですか?」
「ええ、その通りよ。席へどうぞ」
俺は女性ディーラーが勧める席に腰を下ろす前にテーブルを指でなぞり、視線を動かして周囲の状況を鑑みた後にアイコンタクトでタクマに指示を出す。女性ディーラーに指定された席の右斜め後ろに彼が立つように移動するのを見てようやく俺は腰を下ろした。女性ディーラーはカードをシャッフルしながら尋ねてくる。
「何かカジノで嫌な思いをされた経験がおありですか?」
「実は恥ずかしながら、その際に同行していた上司からお叱りを受けましてね。それから注意するようにしているのですよ」
「それは同業者の風上にもおけない輩ですね。当店ではそのようなことは一切いたしませんので、ご安心を」
「ええ、貴女は信用できそうだ。ではゲームを楽しみましょう」
まずは様子を見るために一番レートの低いチップを使って女性ディーラーの動きを見る。ポーカーで勝つには相手を騙す狡猾さと心理戦の巧さが求められるが、そんなことは考えず配られたカードを見て一喜一憂するようにしていると遠目で眺めていた観客たちが近寄ってきた。タクマは少し警戒するように息を呑んだが、テーブルを囲むようにギャラリーが形成されただけだ。
「Qと3のツーペアだったんですが……」
「こちらは6のスリーカード。お客さま、お言葉ですが他のゲームをされたらどうです?」
「いやまだゲームは始まったばかりですし、視察場所までの案内人が到着するまで時間もあるので続けましょう」
大体2:8くらいの割合で俺と女性ディーラーが勝負を続けていると形成されていたギャラリーを割って入って席に腰を下ろす人間が現れた。それを皮切りに女性ディーラーのテーブルは全ての席が俺を含めて埋まってしまった。そのことに驚き、席を立とうとした俺を引き留めたのは右隣に座った恰幅のいい男性と左隣に座った鼻が曲がるような強烈な臭いを発する香水をつけた煌びやかな宝飾の類をつけたマダムであった。
「先客は君だ。席を立つ必要はないぞ」
「そうよっ!私たち皆で楽しみましょうよ」
両側からのプレッシャーに負け席に座りなおしつつタクマの様子を窺うとガッチリとした体格の護衛数人に囲まれながらも俺の右後ろという場所を死守していた。武器を出すのは相手が先に行動を起こしてからだということはしっかりと伝えてある。
さて、プレイヤーが増えたことによってゲームの仕方が変更になった。
今までは決められた参加料を支払って決められた得点のチップでゲームするトーナメントというプレイスタイルであったが、これから行われるのは実際に現金を取り合うキャッシュゲーム。女性ディーラー側はゲーム1回ごとに手数料をもらうため損することはないのだが、彼女は初心者丸出しでプレイしていた俺のことが心配な様子であった。
しかし、席についた他の客にせっつかれる形で彼女はゲームを始めてしまう。俺は俺以外の客がどんなプレイをするのかを観察しながら堅実で面白みのないプレイを行う。しばらくやって俺の勝率は大体20%。5回に1回は勝てる程度であったが、彼らの狙いは俺の所持金を奪い取ること。周囲の客がニヤニヤしだしたのを見計らって俺は行動を起こす。
「ウェルズ氏はこのエリアでは何をされていらっしゃるんですか?」
俺はふと配られたカードを見ながら右隣に座った恰幅のいい男性に声をかけた。すると、彼は葉巻を一服し煙を吐き出した後で首を傾げながら俺の顔を見ながら告げる。
「おや、私は名乗ったかね?」
「ログナー・ウェルズ。ブリタニア帝国における家具メーカーの大手ウェルズ社の敏腕社長の顔を知らないブリタニア人はいませんよ。私も実業家の1人として、ウェルズ氏とはお話がしたいと思っていましたが、まさか事業を展開する予定のエリアでお会いすることになろうとは夢にも思っていませんでした」
「おおっ!そうかね、私のことをそこまでリスペクトしてくれる君のような青年がいたとはなぁ」
ログナーは上機嫌になりながら吸っていた葉巻を灰皿に置くと俺の肩に腕を回してくる。そして、俺の手役を覗き込んだ後、フルハウスというポーカーでは強い部類に入る自分の手役を態と崩すようにカード交換する。そして手役のないブタの状態になったのを見て満足そうに頷くと札束を掛け金のところへ置いた。彼の動きの何かがそれを合図していたようで、そのゲームはツーペアであった下から数えた方が早い手役を持っていた俺が勝利する形になった。
「君、名前は何て言ったかな?」
「私は“アラン・スペイサー”、しがない実業家ですよ」
「君が行おうとしている事業に興味があるのだが、時間はあるかね?」
「ええ、あります。実はこれから案内人と共に現地に足を運ぼうと考えていたのですが、名誉いえどもフィフティーンである奴らに合わせる必要もありません。待ち合わせ場所に立たせたままウェルズ氏の会談が終わるまで待たせることにします」
「いやいや、その案内人の名誉ブリタニア人も呼びたまえ。私との会談を設けた所為でアラン君が非難されるようなことがあってはならん。ここは器が大きいところ見せ付けなければならん」
「さすが、ウェルズ氏。その心遣い感服いたします」
「はっはっは。アラン君のような実業家が出てきているということは、私たちの世代交代の時期が近いのや知れぬな!」
気を良くしたウェルズ氏に連れられながらカジノを出る。彼がこのカジノ近くのホテルに滞在していることは情報を得て知っていたが、まさかこんな幼稚なおべっかにも気をよくしてしまうお人よしだとは思わなかった。だが、これから行うことを考えれば都合がいい。仲良くしようと相手の方から言ってくれるのだから快く胸を借りることにしよう。
ウェルズ氏との会談を終えた後、彼の伝を使ってアルジェ租界の政庁を訪れた俺は土地の取得を行った。本来であれば土地の購入には莫大な資金が必要になるのだが、ブリタニアの企業が開発に力を入れているのは沿岸部のリゾート地帯であり、たとえ良質な天然資源が埋蔵されていようとも内陸部の乾燥した平原や広過ぎる砂漠を欲しがる者は今までいなかった。そんな中でアラン・スペイサーという青年実業家がウェルズ社の社長という後見人もいる中でその第1号になるに当たり色々と優遇される形になった。
「信じられない……」
ブリタニア軍も使わないような大きな運搬用トレーラーのハンドルを握って運転しているタクマの横で、政庁の職員たちへの説明のために俺が使って色々と情報が書き加えられた地図をノルドが目を丸くしながら眺めている。
俺は助手席に座って窓に頬杖をつきながら砂埃が舞う地平線を見ながら、今後の動きのことを考える。表向きは政庁の職員やウェルズ氏に説明した地下資源を採掘するプラントの設立と食料自給率を上げるための農場の設置をしなければならない。幸い砂漠での最新技術を使った農業に関する論文を前の世界で皇帝をしている時に目にしたこともあったのでそれを利用することにする。
「エルツー、これからどうするんだ?」
トレーラーを運転するタクマが尋ねてきた。彼は俺が政庁の人間とやり取りするのを見ているので、その先のことを聞きたいはず。
黒の騎士団を仮面の男、ゼロとして率いている時は何をするにしても俺だけで考えて、団員たちに実行させていた。情報を共有することで外に漏れることを恐れたのだ。だが、今回は違う。俺とホーリーやクルト、タクマたちとの関係は黒の騎士団の時と同様の一方的な主従の関係ではない。
「天然ガスの採掘と精製を行うプラントの建設と同時にブリタニアに反抗するための拠点を作る。それと独自のKMFを作る必要もあるから、ブリタニアの技術者にも劣らない技術力のあるインドの技術者をどうにか招き入れる予定だ。丁度、ブリタニアに対抗できそうな高名な技術者に覚えがある。詳しいことは集落に戻り次第、俺からホーリーやクルトたちにも伝える」
「……ただ食料品や医療薬品を購入できればいいと思っていた俺たちとは、エルツーの考え方は抜本的に違ったな」
ノルドがタクマの言葉に大きく頷く。その上で言葉を紡ぐ。
「ブリタニアに俺たちの国の土地を勝手に売買されるのは気に入らないけれど、少なくとも子供たちが飢えで死んでいくようなことはなくなるんだよな?」
「まだだ。今回は土地を購入しただけにすぎない。提出した通りのプラントが建設されているのか、食料生産施設が出来ているのかを政庁の連中が視察に来るだろうから、そこに住むアルジェリアの人々が“ブリタニアのために一生懸命働いている姿”を今度はそこにいる人間全員が演技しなければならない。今回のタクマみたいなガチガチの演技じゃ不審に思われてしまうかもしれないだろ」
俺が冗談交じりに言うとタクマは小さく「うっせぃ」と呟きトレーラーのアクセルを踏んでトレーラーを加速させる。ノルドは歓喜からか潤んだ瞳を前に向ける。ホーリーたちが待つ集落はすぐそこだった。
◇
集落に近い道路に停められた大型トレーラーの荷台のウイングが開かれる。そこに詰れた食料品の山を見て、ホーリーやクルトは勿論のこと集まっていた青年団の全員の目が点になった。その様子を見ながら俺はノルドたちと共に笑った。
「凄く啖呵を切っていったからな、期待はしていたがそれ以上だったよ。エルツー」
小麦の袋を背負っていく者やリアカーに食料品や医療品を載せて引いていく人間を見送りつつ、俺はホーリーたちと事の経緯を説明している。地図を見せながら集落付近は勿論のこと、ある程度の広さを購入したことを伝えるとありえないものを見るかのように挙動不審になる者もいた。その中で白髪の青年が立ち上がって俺に近寄ってくる。
「俺はクライスだ。実のところ、アンタのことを疑ってた。街に行ったまま、戻ってこないんじゃないかってな。けど、あんたは戻ってきた。しかも、こんな大きな土産を持ってだ。……俺は親父が運輸の仕事していたこともあって、色々な乗り物を動かせる。タクマじゃ、おっかなびっくりだったんじゃないか?こういうのも経験があるから、次からは俺に言ってくれ」
「わ、私はミリアです。怖いことは好きじゃないけど、ホーリーさんやノルドさんたちには子供たちがお世話になってきましたから、何かお返しがしたくて皆さんと一緒に活動しています。えと、えっと……包帯巻きでは誰にも負けません!」
クライスが自己紹介を終えた直後におどおどしながら自己紹介した小柄な少女ミリア。ホーリーの補足によると孤児院育ちであり大きくなった後は手伝っていたようだ。ブリタニアとの戦争で親を失った子供も引き取り大所帯になってしまった孤児院を経営している老夫婦を助ける為に青年団に入ってきたとのこと。今回の件で幾分か生活は楽になるだろう、そう思いながらクライスとミリアを見ていると突然、影が差した。なんだろうと思いその場にいた全員で空を見上げるとブリタニア軍のKMFであるグラスゴーが落ちてきていた。
「「「「はぁっ!?」」」」
回避行動を取ろうとした俺たちよりも先に落ちてきていたグラスゴーの肩部分から射出されたスラッシュハーケンが地面に突き刺さり、旧型機とは思えないような動きで空中を移動する。俺たちのいる大型トレーラーから少し離れた位置に着地したグラスゴーはランドスピナーを高速回転させたかと思うと、ピッタリとトレーラーに寄せて停止した。
ハッチを開けて顔を出したのは、目をキラキラさせたジルであった。彼女の視線はトレーラーの荷台に山積みされた食料品に注がれている。
「ごらぁっ!ジル、ちょっとこっちに降りてこいっ!」
呆気に取られていたホーリーが逸早く我に返り、ジルを呼びつける。猫のような身のこなしでコックピット部分から降り立ったジルは軽い足取りでホーリーに近づいていき、拳骨を落とされた。何故殴られたのか分からないと言わんばかりに目を白黒させるジルに、ホーリーはなぜKMFを使ったのか、というか使い方を知っていたのかを怒鳴った。彼女の答えなのだが、前者は大荷物を運ぶのが大変そうだったから、後者はなんとなく使えそうだったから、という理論もあったもんじゃなかった。
俺からすれば一流のパイロットだったスザクもカレンも星刻もそれなりに下地があった上で実戦を重ねていき、あんな強さを手に入れたのだと思うのだが、ジルの発言は末恐ろしいものを感じる。彼女のスペックに合わせたKMFを作ることが出来れば、あの超人たちと戦えるのだろうか。
「……フッ。あるとしても、ずっと先の話か」
俺はそう思いながら怒る方向がジルの日々の過ごし方に移っていっているホーリーの肩を叩いて中断させると、せっかく使える人間がいるのだからと食料品や医療品の運搬をグラスゴーでするようにジルに頼んだ。彼女は待っていましたといわんばかりにグラスゴーのコックピット部分に駆け上がると、自分の手足の延長線だといわんばかりの繊細な動作を見せ、ありえない速さでトレーラーと集落を往復させる。俺はその間に今後の展開についてホーリーたちに説明し、同意を得ることが出来た。やってやるぞと意気込みを見せる彼らの様子を見ながら、俺は租界がある方を向く。
「……まずは地盤を固める。天然ガスの採掘・精製プラントや食糧生産工場が出来上がってくれば、必ず利権を狙ったやつらが接触してくるはずだ」
そこを逆に俺たちが手玉に取ることが出来たなら、この国をブリタニアと戦争することなく奪い返す目処も立ってくる。リゾート地へ遊びに来るブリタニア人からは金を搾取し、その資金を本来の国民であるホーリーたちが使えるようになれば立場は逆転したも同然だ。エリア15が『衛星エリア』となっている状況も俺たちに味方する。余程のことが無い限り、権力があって実行力のある皇族が来ることも、実力がある軍人や軍隊が派遣されることも無い。
俺が日本で事を起こした際は人質の命の問題もあり時間もなかったし、部下を選ぶ余裕もなかった。何よりも俺自身ゲーム感覚が抜けきれず、世界を変える覚悟が無かった所為で失くさなくてよかった大切なものを失い続けた。最終的には自分の命も捧げる羽目になったし。
ここにいる俺は何の柵も無いまっさらな状態だ。コード所有者として不死という呪いがあるけれど、これは大きなアドバンテージになる。
場合によっては、俺が“ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア”の前に立ちはだかる壁となる日が来るかもしれない。なったらなったで面白そうであるが。物はついでだ。このエリアを影から掌握できた時は、今後の憂いを断ち切るためにアーカーシャの剣を破壊してしまっておくのもいいかもな。
そう思いながら空を見上げるとグラスゴーが滑空する姿と一緒にクマさんパンツがまっすぐ俺に落ちてきていた。その直後、俺の意識は途絶える。
それがマーナであったことは彼女を受け止めきれず道路のアスファルトで後頭部をぶつけ気を失ってしまった俺が集落のテントで目覚めてからのことだった。