01. Late Lynx
神聖ブリタニア帝国領エリア18において各地で勃発する反政権組織によるテロを制圧するために、レジスタンスの人間が逃げこんだゲットーを民間人ごと焼き払おうとした時だった。超長距離からの狙撃でゲットーを火の海にしようとしたブリタニア軍の兵士たちは脱出機構のあるKMFに乗り込んでいるにも関わらず、機体と自分の身体に大きな風穴を開ける形で砂地に倒れこみ間もなく沈み込んだ。攻撃されていることに気付いて回避行動を取った者もいたのだが、寸分違わず撃ち抜かれてしまう。
思わず訪れた好機にゲットーに逃げ込んだレジスタンスの人間たちは、突然の事態に混乱するブリタニア軍に殺到しようとしたのだが、彼らもまた生まれた故郷の砂に自身の血を飲ませる形になった。ブリタニアの兵士を撃った同じKMFによる攻撃で撃ち抜かれ身体のほとんどは蒸発し残った部位だけがその場に転がったのである。
自分たちが何もせずともレジスタンスの人間たちが地面に血の花を咲かせていくのをブリタニアの兵士と将校たちは固唾を飲んで見守る形になった。そして、自分たちに反抗の意思を見せた者たちがいなくなった時、彼らに通信が入れられる。
『……このまま何もせずに帰るなら、こちらも何もしない。だが、先日の“ブライダ・ゲットー”と同じ行為をするのなら……』
ブリタニアの将校たちが赤い光を確認した時には将校たちが乗る指揮車両を護衛していた全機のKMFの頭部が寸分違わず撃ち抜かれた後だった。誰かの唾を飲み込む音が聞こえるほど静寂と化した指揮車両に再度、通信が入れられる。
『お前たちが自国の土を踏むことはない』
将校たちが赤い光を見た地点に高感度カメラを向け鮮明拡大化した画像に映し出されたのは、周囲の土や砂と同じ色の装甲を持った一つ目のKMFがあった。目を引くのは右腕が巨大な銃になっている点。下半身はマントが付けられ詳細を確認する事は出来なかったが、指揮車両にてKMF部隊のCICを務める女性が呟いた。
「あれって、……猫?」
所属も製造した所も一切不明のKMFの左肩の装甲に刻まれていたのは、《枯れ木を踏みつけて飛び掛る寸前の姿をした大きな猫》のエンブレム。
それに魅入られたように見ていた将校たちは気付くのに遅れる。その所属不明のKMFが、本来は右腕があるべき所にある巨大な銃をカメラに向かって銃口を上げたことに。彼らがそれに気付いたのは、一つ目の頭部が巨大な銃の直線状、まるで照準器になるように横へスライドした直後に画面が血のように赤く染まるのを見てからだった。
◇
自身の機体を整備しながら今回の戦闘で得られたデータの吸出しを行い一喜一憂するエンジニアたちの様子を椅子に腰掛けながら眺めるリーズベルの頬にヒヤッとした感覚が襲った。びっくりして声を上げそうになったリーズベルであったが、頬に当てられたのはキンキンに冷やした炭酸ジュースが入った金属製のコップであることに気付き、謝辞を述べながらそれを受け取った。
「ありがとう、アーニスさん」
「いえいえ。生産者から直接仕入れてきているので単価は今のリアクションよりも安いのですよ」
「相変わらずだね、アーニスさんは」
リーズベルは自分が座る椅子の近くに背負っていた大きな荷物を置いてその上に腰掛けた女性を見る。女性らしい甘い匂いが鼻腔をくすぐるが、全く欲情心が湧かない。何せ彼女の身体はスレンダーを通り越して、もはや自分と同じ性別にしか見えない体格なのだ。
まさに『つるっすかっすとーん』って奴。
むしろ、L.L.の食育で順調に成長を遂げているマーナの方が女性らしいと思ったところで、殺気が発せられる気配を感じとったリーズベルはにこやかな笑みを浮かべアーニスへ声を掛けた。
「コージィさんやクライスさんの様子はどうですか?」
「ねぇ、リーズ。正直に言ってよ、ボクの身体のことどう思う?」
「さぁ?僕自身、女性の身体に興味がないので何とも」
「ちっ……。やっぱり食事か?好き嫌いが多いとナイスバディにはなれないっていうのか」
親指の爪を噛みつつ、眉を寄せて唸りだしたアーニスを横目にリーズベルは自身の専用機であるKMFを眺める。左肩の装甲には、大山猫が描かれたエンブレムが刻まれている。L.L.がデザインしたものだが、リーズベルはその絵に自分を表す“倒れてしまった枯れ木”を付け加えた。自虐過ぎたかなとリーズベルが思っていると、アーニスから貰ったコップが傾きかけてジュースがこぼれかけており、急いで口元へ運んだ。
「態々エリア18を選ぶって。……リーズって、マゾ?」
「ぶふぅっ!?げほげっほ、ごほっごほぉっ!?」
「驚きすぎだろ、バカぁっ!ミリアー!衛生兵(メディック)―!」
口に甘酸っぱい味と炭酸による爽快感を味わう瞬間に突然齎された特大の爆弾はリーズベルの動きを容易く止め、甘酸っぱい炭酸水は食道ではなく気管に入り込んだ。元々病弱な身体で強い刺激は確実に毒でしかないリーズベルにとって、アーニスの一言は身体的にも精神的にも一発で腰砕けにする強烈なものであった。咳が止まらなくなったリーズベルは到着したミリア率いる衛生兵たちの手で治療室へ運ばれた。
その騒動から暫くして治療室のベッドの上で目を覚ましたリーズベルはゆっくりと身体を起こした。枕元に置かれたお盆の上には透明なミネラルウォーターの入ったコップと病気の進行を妨げる効果のある薬が無造作に置かれている。
突然、自分たちの前に現れた救世主『L.L.』。彼が望む『優しい世界』を創るという大きな目的のために動き始めて2年近くになる。
リーズベルの病に特効薬は存在しなかったが、病状を和らげ進行を遅れさせるものはあった。だが、それを手に入れるだけのお金は両親と共に暮らしていた時期は勿論のこと、ブリタニアに国を奪われてからも機会はなかった。
そんな薬が毎食後の日に3回も呑める様になり、治療室で寝込む回数も出撃して興奮状態から解放された直後くらいに減った。L.L.と共に行動を起こした結果、自身の生きることができる時間が延びて、仲間の皆と一緒に『優しい世界』を創るための活動が出来る。喜びからか心臓が早く脈打ち、自然と顔がにやけてしまうのが分かる。
「……んくっ……ごくごく」
リーズベルは用意されていた薬を口に含み、ミネラルウォーターを一気に飲み干す。そして、お盆の上にコップを戻すと立ち上がり、ハンガーに掛けられていた制服の袖に手を通す。レジスタンスに制服が必要あるのかと疑問に思ったが、これがあるおかげで違う分野のエンジニアや衛生兵、ノルドが率いる暗部の人とも割りと抵抗無くコミュニケーションがとれるということに気づき、L.L.がどうしてもと推した理由が分かった気がした。その時、治療室のドアがノックされる。まもなくドアは横にスライドし、濃い緑色の髪を持つ眼鏡を掛けた青年が入ってきた。
「起きたようだな、リーズベル」
「どうしました?コージィさん」
「仕事だ。『サハラの牙』がL.L.の食料生産プラントの西ブロックに襲撃を掛けてきたようだ。相手の戦力だがグラスゴーの改造機20体がすでに確認されている。それとヘリが数機目撃されている。まだ敷地内には入ってきていないようだが、侵入も時間の問題だ」
「はぁ……、『サハラの牙』って、ここら辺じゃ一番まともな組織だったんじゃないんですか?」
「さてな。自分たちに都合のいい情報に踊らされただけじゃないのか?エリア15の開発において、もう『アラン・スペイサー』に意見できるような高官もいないし、軍部は末端の兵士の家族構成や昨夜おかずにしたアダルト女優のタイトルまで情報が筒抜け。一泡吹かせたいと思う奴はごまんといるはずさ。だから、厳命だ。“殺さずに捕えろ”と」
コージィとリーズベルは捕まった人間の末路を思い浮かべ、ゾッとするように身を震わせる。
己のことを自分以上に知り尽くした相手に身も心も少しずつ薄皮を1枚1枚剥がして曝け出されていく恐ろしい責め方だった。最悪なのはその責めをしている間、当人は美しいと思える笑みを浮かべたままだったこと。そんな責め苦を受けたガッシリした軍人上がりのマッシブな男の捕虜は
……ホモに目覚めた。
その男の捕虜が巨乳や巨尻といったものを持っているグラマラスな女性が好みだったことはその場にいた全員に知られていたのだが、あろうことか「線の細い美男子に掘られたいし掘りたい」とその場で告白したのである。絶対零度の笑みを浮かべたL.L.はその捕虜をノルドに言って元の組織に返却した。性癖が180度変わってしまった捕虜、その組織では結構上の立場だったらしいのだが奴の暴走によって、組織が壊滅したことは言うまでも無い。
「また……犠牲者が出るね」
「僕たちの活動の邪魔さえしなければ、こちらからは何もしないというのにな。あ、それと移動手段なんだが、ちんたら地下を移動していても埒があかないということで【ウロヴォロス】が緯度26.3800、経度が5.4119の場所から顔を出すのでリーズベルの機体を上空に向かって撃ち上げる。そのまま“上空”でクライスと合流した後、西ブロックに急行してくれ」
「ツッコミを……入れたいところが何箇所かあるんだけど?」
リーズベルは全身から汗が噴き出るのを感じ取りながらコージィに訴えた。しかし、すぐにその視線は逸らされる。
「……察してくれ」
コージィはそう言ってリーズベルに機体のキーを投げて寄越す。リーズベルはそれを受け取ると深く息を吐くとトボトボと肩を落としながらもまっすぐ機体が格納されている車両に向かって足を進めた。途中で身体にしっかりと密着するタイプのパイロットスーツに着替え、格納庫についたリーズベルを待っていたのは完璧に仕上げられた自身の機体と大勢の仲間たち。その全てがリーズベル1人をサポートするために結成されたチーム。
「あのインテリ眼鏡野郎め、ウチの坊主を一体なんだと思っていやがるんだ」
「そうよ!リーちゃんは繊細なのに」
リーズベルが車両に到着するのに気付いた面々が寄ってくる。機体の整備を担当するエンジニアや工具を持っている男たちは作戦を立案したとされるコージィの悪口をおどけながら言いつつ戦いをサポートする機材をリーズベルの動きを妨げないように取り付けていく。それが済むと衛生兵を束ねるミリアのサポートをしている“お姉さま”方から熱い抱擁を受けるリーズベル。
「だが安心しろよ、坊主!お前の相棒は俺たちがしっかりと整備しておいたからな!」
「無理をしないでね、リーちゃん」
チームメンバーからの暖かい声援を受けたリーズベルは相棒の機体のロックを解除するためにキーを差し込む。モニターに映し出された相棒の名を指でなぞりながら読み上げるリーズベル。
「【Late Lynx】(ライト・リンクス)。ごめんね。君には凄く申し訳ないのだけれど、蛇(ウロヴォロス)の口から空へ向かって飛び出すよ。そして、クライスさんと合流する。……僕は仲間が整備し仕上げてくれた君を信じる。だから、君もいつも通り力を貸してね」
格納車両に設けられたハッチから飛び出たリーズベルのKMFはエリア15を中心としてアフリカ大陸全土に伸びる地下鉄道の広い空間に躍り出ると、その勢いのままに先頭車両に向かって駆ける。ブリタニア帝国に察知されることなく、神出鬼没の戦法を取ることが出来るのはこういった移動手段があるおかげ。リーズベルはふと並走する巨大な列車を見た。
L.L.がアラン・スペイサーとして活動する間、エリア15の名誉ブリタニア人として何かと表舞台に出ては身体を張ってきたノルドが、仕事を終えた際に欲しい物が無いかと聞かれ咄嗟に答えた『安心して移動できる乗り物』がまさかこんな化け物になるなんて誰も思いもよらなかった。
悪戯を成功さえて喜んでいたのは、L.L.とノルドさんが連れて来たインド軍区出身の科学者ジェイル博士のみだ。ノルドさんの何もかも悟ったような仏のような顔は二度と見たくない。そう考えつつ、リーズベルはマイクのスイッチを入れた。
「リーズベルとリンクス、先頭車両に到着した」
『了解した。顎(アギト)を解放する』
件のノルドさんの返事を聞いたリーズベルは相棒であるリンクスのスピードは落とさず、寧ろ更にランドスピナーの回転を上げて加速させウロヴォロスの前へ躍り出る。ノルドの発言どおり、蛇が顎を開くように中に収められた物が見えてくる。全長が5m近くあるKMFを立たせた状態で入れることが出来る大きな砲門が姿を現した。
『リーズベル……とりあえず、……死ぬな』
「ノルドさんに言われると本当に洒落にならないんですけど」
リーズベルは諦めたようにリンクスをその場で飛翔させると、スラッシュハーケンを用いてウロヴォロスの巨大な砲門の中に入る。
「うわぁ……L.L.に理論と運用方法については聞いていたけれど、まさか僕が第1号になるなんて……」
『すまんとしか言いようが無い。そして、これが実証されるとこのウロヴォロスに乗車する全員が“弾”として数えられることになる』
「……。そういえば、コージィさん。クライスさんの“バス”は定刻通りに来るんですよね?」
『……え?何か言ったか、リーズベル』
「聞かなかったことにします」
リーズベルは思わず両手で目を覆った。それだけ拠点としている場所が危険な状態にあるということなのだろう。後は信じて天命を待つだけだと逆に開き直ったリーズベルは死亡フラグを立て捲くることにした。
「僕、この戦いが終わったらアーニスに告白するんです。そして、居住区に家を建てて愛の巣を育むんですよ。つるぺただろうが、すかっすかだろうが、絶壁のゼロだろうが問題ありませんよ。この世はそんな厳しい世界じゃないんですから」
しかし、リーズベル渾身の死亡フラグ連発発言に対するコージィによるツッコミは無かった。換わりに底冷えするような無機質なのにしっかりとドスの利いた声がイヤホンから聞こえてきた。
『リーズベル、私の一体、どこのことを言ってんだ?』
「ノルドさぁああああん!!」
『いつまで続くのかと思って冷や冷やしたぞ。……ミラーコーティング開始』
砲身内が光り輝く。光の粒子がまるでリンクスに吸い寄せられるように集まってくる。リーズベルはリンクスの操縦桿をしっかりと握り締め、まっすぐ前だけを見る。決して、モニターの端に映し出された赤い髪の悪魔を見ないようにしている訳ではない。
『ノルド!どいて、せめて発射ボタンだけでも押させろぉおお!』
『ちょっ!?アーニスやめろ!まだチャージが済んでなっ!?』
男女の醜い争いの声の後、何かのボタンが押される音がしたと思ったら雲の上にいた。
リーズベルが気付いた時には既に相棒のリンクスと一緒に地上から数千メートルの位置に移動して落下している最中。恐る恐る時刻を見れば約束の時間よりも随分と早い。リーズベルは金輪際、女性を辱めるような発言はしないと決意を抱きつつ、そのまま自身を引き寄せる重力に身を委ねる。じたばたしても何も始まらないことはリーズベルも分かっている。
後は迎えのバスを動かしている仲間を信じることだけとリーズベルが思った直後、重力に逆らうような衝撃が起きた。
『ふいー、なんとか間に合ったみたいだな。リーズベル』
「感謝するよ、クライスさん。本気で死ぬかと思った」
『いやいや、アーニスのあの絶壁をあそこまでこき下ろすなんて、リーズベルも度胸あるじゃないか。自室の代物全部焼却処分は固いな』
「そこまでするんですか、アーニスさんは?」
『一番酷いのは青年団で共有していた無修正のあれをホーリーの姉御に渡された時かな。あの魔女狩りの雰囲気は地獄だったぜ!』
「それはその映像媒体がホーリーさん似の女優さんだったからじゃないですか。あの時の僕はホーリーさんに『リーズベルは枯れてるから論外だな』って言われて結構ショック受けてたんですよ」
『一時期、灰のように真っ白になっていたもんな。っと、いけねぇ。さっさと向かわないといけないんだった。ちょいと“持ち直す”ぜ』
クライスの発言の通り、一瞬だけ浮遊感と一緒に重力の引きを感じたリーズベルであったが、今度は別の衝撃と共に地下鉄道内を疾走した際に減ったエナジーが満タンまで回復するのを見て、接続がうまく行ったことにほっと胸を撫で下ろす。
『さぁ、全力で飛ぶぜ。【Late Crow】(ライト・クロウ)。気絶すんなよ、リーズベル!』
「分かっているよ、クライスさん!」
気丈に返事をしたリーズベルだったが、クライスが操る飛行機型のKMFの加速具合は今までに体感したことのないソレだったが何故か耐えることができた。
リーズベルは意外と急激な加速によるGに耐えることが出来ている自分がいることに対して不思議に思ったが、すぐに悟った。
今、覚悟をする時間もなくやられたばかりじゃないかと……。