L.L.がブリタニアの人間と交渉して土地を購入し、事業を行うための準備資金や建築物資だけでなく食料や衣料品を大量に持って帰ってきた際、クライスは自己紹介する時にこう言った。
「どんな乗り物であろうと、俺なら乗りこなせる」と。
あの時に戻れるのであれば、ぶん殴ってでも言うのを阻止しただろうな、とクライスは戦闘機の後部座席で雲ひとつない青空を視界に収めつつ意識を手放した。
◇
クライスはアルジェリアの貿易港で育った。
荷を届け先まで送る運輸関係の仕事をしていた父親の手伝いをする内に、港にある乗り物であればフォークリフトから小型船まで見様見真似でありながら動かせるようになっていった。勉強はからきしであったがこのまま父親の仕事を手伝うのであれば、もっと運転技術を高めるだけだと思っていた。
その未来が閉ざされたことを悟ったのは、ブリタニアのアルジェリア侵攻が起こり父親の乗る民間船が地中海に沈んだ時だ。怒号が飛び交う同業者の人間が集った組合から抜け出したクライスは夫の乗る舟が沈没したという知らせを聞いて取り乱した母親の手を引いて、父親名義のトラックのエンジンを吹かし脇目も振らず走り出させた。生まれ故郷が遠ざかっていくのをサイドミラーで確認しながら、まっすぐ内陸部に向かってトラックを走らせていたクライスの耳に母親の絶叫が響き渡った。
トラックを停め、窓を開けて顔を出したクライスはトラックで一目散に走ってきた道の先にある故郷を見て絶句した。遠目で分かるほど、黒煙を立ち上らせ赤黒い炎に飲み込まれていた。炎に照らされて、人型の兵器が何十何百も降り立つ光景を見た。
クライスは自分の判断が正しかったことに安堵し、同時に母親しか助けられなかったことを悔いた。気を失ってしまった母親を助手席に乗せ、クライスはひたすらにトラックを走らせた。燃料が無くなり、立ち往生しているところで幼き日のホーリー率いる逃げ延びた人たちと合流したのだった。
ブリタニア軍もわざわざ手を出さないくらい貧相で何の力も無く、生気を失った大人たちと飢えに苦しむ子供や老人を抱えた集落に青年団を作ると言ったホーリーにまず団員に加わると手を上げたのはクライスだった。行動力は集落にいる人間で一番だったが、クライスには人を率いるための素質はなく、他人のために自分の身体を捧げられるほどタフな精神力は持ち合わせていなかった。
クライスに出来たことはやはり、幼少の頃から培った乗り物を運転する技術を使って仲間たちを目的の場所に送り届けること。やっていることが父親と同じであることはクライスにとって誇りでもあったが、それだけでは何も変わらず集落に住む人間の死がすぐそこまで迫っていることをクライスは肌で感じ取っていた。
だから、クルトとノルドが自分の思いの丈をぶつけ合っている中に突然割って入った陶器のような白い肌、艶やかな黒い髪、アメジストのような紫瞳の青年を見て、何かが起こると思った。人や物を運ぶだけで何も返る事が出来なかった自分が、何かを返る事ができる様になるのではないかと様子を見て、彼が事を成した時、クライスは父親が死んだ時に止まってしまっていた足を一歩踏み出せた気がした。
◇
ノルドがL.L.の依頼を受けて旅立って数週間後、彼からの迎えに来て欲しいという連絡を受けたクライスは乾燥した平原地帯を砂埃が巻き上がるのも関わらず、オフロードバイクを走らせていた。帰りがあるのだから、大型とは言わないがトレーラーでも使ったほうがいいのではないかと“雇い主”である人物に断ったのだが、つべこべ言わずにさっさと行けというありがたい命令を受け、エリア15とエリア17の国境線に向かってバイクのギアを上げ加速させた。
「ほぅ、君がどんな物でも乗りこなせるというパイロットかい?思っていたよりも華奢じゃないか!」
ノルドが指定したポイントに辿りついたクライスを出迎えたのは紫色の髪を腰の辺りまで無造作に伸ばした白衣を着た男だった。ぺたぺたとクライスの身体を触り、肉の付き具合や太さなどを手早く計り終えた白衣の男は得られたデータをパソコンに打ち込み始める。
「誰なんだ、あのオッサン?」
「オッサンではない、私はドクトリン・ジェイル!親しみと敬意を篭めて『ドクター』と呼びたまえ」
クライスは座り込んでいるノルドに耳打ちするように小さな声で尋ねたのにも関わらず、耳聡いジェイルはパソコンのキーボードを指で叩く速度は変えずに顔だけを向けて怒鳴ってきた。変な勢いの男の前にクライスはこくこくと頷くしかできず、その様子を見たジェイルは満足そうに微笑みパソコンの画面に集中した。
「で、何者なんだ?」
「インド軍区で俺が見つけてきたKMFに関する研究をしている科学者だ。L.L.から預かったデータを見せたら狂喜乱舞して……大変だった」
ノルドは地面に座り込んだまま、深く息を吐いた。クライスはもう一度、まじまじとジェイルを見る。一心不乱にパソコンのキーボードを連続でタッチし打ち込む姿は正に狂気を感じる。クライスはこんな奴を連れて行って大丈夫なのか、心配になった。のだが、帰りに自分が動かすことになる乗り物を見て目を白黒させる。
「あれ、こいつってブリタニアが使っているVTOLじゃ?」
「ナイトメアを積んでいないから、ただの航空機だ」
「さすがにこいつは操縦したことないんだが?」
「説明書がある。ここまではドクターが操縦していたんだが、……正直生きた心地がしなかった」
「ノルドにそこまで言わせるって、どんだけ操縦下手なんだよっ!」
クライスはノルドが持っていた辞書のように分厚い取り扱い説明書を取り上げると目を通す。だが、一枚一枚呼んでいる暇もなければ時間も勿体無いと考え、説明書を閉じたクライスはパソコンを弾きまくっているジェイルの首根っこを掴むとさっさとVTOLの運転席に向かった。そして、機体を動かすために最低限必要な機材を習うと早速空へと舞い上がらせたのだった。
浮かび上がらせた直後こそ、風の影響を受けて揺れたり、行く方向が微妙にずれていたりしたものの、いつの間にか今日初めて触ったはずのVTOLを手足の延長線のように難なく飛ばすクライスの姿を見て、ジェイルは席に座りにんまりとしながら笑う。
「あーっはっはっは!いやいや、私にとって楽しい職場になりそうだねぇ。潤沢な資金に加え、資材は使い放題!サクラダイトに関しては追々ということだが、話を聞く限り期待に応えてくれそうだっ!そして何よりも私が作るハイエンドなナイトメアフレームを使いこなせおうなパイロットがこんなにも揃っているなんて、まさにこの世のパラダイスだっ!依頼主の望みどおり、作って見せるぞ。誰も見たことも無いナイトメアフレームを!」
興奮し高笑いしながら目を血走らせ、更に高速の動きでパソコンのキーボードをタイピングするジェイルの姿に戦々恐々するクライスとノルド。
「おい、ノルド!このオッサン大丈夫なのか!?」
「知るかっ!!L.L.の第1希望はラクシャータっていう女科学者だった。それが駄目ならば【神虎(シェンフー)】と呼ばれるKMFを作った開発メンバーで一番奇抜な考えを持った人間っていうのがオーダーだったんだよ!!」
「普通はそこ常識的な奴じゃねぇのかよ!」
「俺に言うなっ!!」
「あーっはっはっは!嗚呼、手が足りない!嗚呼ぁっ、素晴らしいことを考えるための頭脳が足りない!私のしたいこと、やりたいことっ、作りたいものはぁっ、数え切れないくらい山ほどあるというのにぃいいいい!」
「「うるせぇえええええ!!」」
クライスとノルドが高笑いを止めないジェイルにツッコミを入れる。操縦桿を握りながらそんな動作をした所為で、危うく墜落しそうとなったがクライスたちが平原で無残に果てるようなことはなく、拠点としている天然ガスの精製プラントの敷地内に用意された貨物運搬用のスペースに降り立ったのだった。
クライスの操縦技術は勿論のこと、彼の『乗り物であればどんなものでも乗りこなせる』という発言は実証を持ってインド軍区において奇抜な考えと思想を持つとして危険視され憂き目にいたジェイルに認識され、彼を本気にさせた。
クライスの操縦技術に惚れ込んだジェイルとL.L.の未来知識が噛み合い、本来の歴史ではエリア11にて起きた【ブラック・リベリオン】後にブリタニアで開発されることになる可変型KMFが一足早く生み出されることに繋がったのであった。
◇
L.L.の伝で戦闘機のパイロットになるための訓練を受けさせてもらっていたクライスに仲間たちが住んでいる拠点が『サハラの牙』と呼ばれる反政府組織から襲撃を受けているという連絡が入ったのは訓練を終えて地面に降り立った直後のことであった。しかし、クライスは両手で『パンッ』と顔を叩いて気合を入れなおすと自分の機体が置かれている倉庫に向かって走った。
倉庫にはすでにカバーが外された黒い機体が鎮座し、周囲には歳若い整備士や無線機を片手に右往左往している少年たちの姿があった。彼らはクライスの到着を見て駆け寄ってくる。
「兄貴っ!整備は完全にしているっすよ!」
「俺たちも兄貴が出た後、すぐに地下に降りて基地に向かいます!だから……」
「「「俺たちの家族を守ってください!」」」
「ああ、任せておけ!」
クライスは少年たちに力強く返事をした後、自身の機体であるKMFを眺める。機体名は「Late Crow(ライト・クロウ)」。羽翼部位に刻まれたエンブレムは三本足の黒い鳥。極東の島国、日本の出身であるタクマの話によると「ヤタガラス」と呼ばれる神の使いであるらしい。
クライスはその話を聞いたとき、いくら何でも己には大層すぎると思ったが、よくよく考えればL.L.は『神さま』と呼ばれていた時期があった。そう、クライスが彼に初めて自分の名を告げた頃のことだ。“そういう意味”なら悪くないなと、L.L.を見ながら思っていると彼から変な風に見られ疑われたが、その時は苦笑いして誤魔化した。
「兄貴、コージィ補佐からのオーダーでは、『緯度26.3800、経度が5.4119地点にて山猫を拾ってから急行せよ』とのことです。……リーズベルさん。蛇の顎のアレを使った第1号にされるらしいですよ」
「うげぇ……リーズベルも災難だなぁ。まぁ、クルトもいないし、ジルは武者修行に行っちまっているし、タクマは里帰り中だし、仕方がないといえば仕方がないんだけどよ」
「……こんな大変な時にリーダーはどこに行ってしまったんでしょうか?」
俺のチームメンバーである少年の1人が呟いた。本来であればクライスや少年たちのホームである拠点防衛は、表向きは青年団のリーダーであるクルトの役目である。
だが彼は忽然と姿を消してしまった。
あまりに突然のことでパニックになったのは間違いではない。しかし、ホーリーは「暫くしたら帰ってくる」とクルトの代わりに青年団を纏め上げ、L.L.に至っては自分の元に訪れた面々に対し、あっけらかんと『アイツが家族を見捨てる輩か?』と問い直してきた。クルトが自分たちを捨てるなんてこと、誰も思わなかった。だから、俺は自信を持って少年、ルークに告げる。
「何、あいつも男だ。きっちりけじめをつけて帰ってくるさ。その時にいなかった時の文句を全部ぶつけてやればいい」
「……そうですね。兄貴、ご武運を!」
ルークが離れたのを見計らってクライスはコックピットに入り、携帯しているキーを使って相棒を起動させる。モニターに映し出された相棒の名を目で流し読みした後、操縦桿をゆっくりと握った。耐G訓練のために最近はずっと操縦桿を握らずに為すがままになっていたが、やっぱり自分で握るのがいいとクライスは笑う。
「自由に羽ばたけ、ライト・クロウ!クライス、出るぞ!」
大きく開け放たれた倉庫の扉を出た直後、急加速によるGで席に縫い付けられるが、クライスは何事も無かったように操縦桿を握り締め相棒と共に大空へ舞い上がる。プラズマ推進モーターが唸りを上げているのを感じ取りながら、合流地点であるポイントに向かって飛翔させたクライスの耳に仲間たちの賑やかなやりとりが無線越しに聞こえてきた。
元気そうだなと思っていたら、眩い閃光が空へと打ち上げられた。
それが合流目標の仲間の機体であることに気付いたクライスは、『ぎょっ』としながらも冷静に相棒の巡航速度と打ち上げられた仲間のKMFの落下軌道を予測し加速させた。フォートレスモードからビーストモードと呼ばれる形態に変形したライト・クロウの脚部部分でがっちりと仲間のKMFをホールドすると一先ず安心して声を掛けた。
「ふいー、なんとか間に合ったみたいだな。リーズベル」
『感謝するよ、クライスさん。死ぬかと思った』
自分で災いを招きいれたにも関わらず淡々と話すリーズベルの度胸に感心するクライス。おどけた様子で聞こえていた無線の内容について、つっつくことにしたクライスは、アーニスの報復の可能性も考えたがそれもそれでありかと思いつつ話す。
「いやいや、アーニスのあの絶壁をあそこまでこき下ろすなんて、リーズベルも度胸あるじゃないか。自室の代物全部焼却処分は固いな」
『そこまでするんですか、アーニスさんは?』
その後もバカげたネタをリーズベルに振って会話を弾ませているとコージィから『早く行け』というメッセージがモニターに映った。クライスは小さく『了解』と呟くと上方向に相棒を加速させ、リーズベルの機体を宙に放り投げた。
クライスはすばやく相棒をフォートレスモードに移行させると接続端子を露出させ、リーズベルのKMFとドッキングさせる。これで翼を得た必中の狙撃技術を持つ空中砲台の完成である。
「さぁ、全力で飛ぶぜ。ライト・クロウ。気絶すんなよ、リーズベル!」
『分かっているよ、クライスさん!』
とは言いつつ、リーズベルの体調も考え加減しながら加速するクライスだったが、割と平気そうな彼の顔を見て悪戯心が湧き荒い操縦をしたのはご愛嬌だった。
無論、KMFから降りた後でネチネチと愚痴を吐かれる事になるのだが、それはまだ少し先の話だった。
◇
襲撃を受けたと報告のあった西ブロックに着いたクライスとリーズベルの視界に映ったのは、爆発四散することなく、完璧な太刀筋で切断された『砂漠の牙』が所有していた改造KMFの残骸の山。その山の頂点に立ち、赤い刀身の刃を鞘に収める動作を見せる緑色の機体。
『あれって、【Late Deer】(ライト・ディアー)ですよね?』
リーズベルの通信を聞いてクライスは乾いた笑みを零す。仲間のピンチと聞いて急いで飛んできたのに、実戦は無しかと。とりあえず、一足早く“久々”に帰還した仲間へと通信を入れるクライス。
「よぉ、おかえり。タクマ、助かったぜ」
『うん?その声は、クライスか。……どこにいるんだ?』
「ディアーの後頭部をリーズベルが撃ちぬける場所」
クライスの言葉を聞いたタクマが駆るKMFは大人しく武器を置いて手を上げる。まるで降伏するから撃たないでくれといわんばかりのポーズに、基地で観測していた仲間からも笑い声が聞こえてきた。
「撃つわけねーだろ!それよか、タクマ。ちょっと、お前の部屋を貸してくれ」
『ん……何故だ?』
「俺とリーズベル揃って、アーニスの逆鱗に触れちまったんだ」
『お願いします、タクマさん』
『揃いも揃って何をやっているんだ、お前ら?』
タクマの呆れたような声を聞きながら、クライスは機体の高度を下げる。
無事に降りたてる高度まで来たところでリーズベルのKMFを先に降ろし、ライト・クロウをナイトメアモードに変形させて降り立つ。コックピットから出たクライスはアンカーを使わずに地面に向かって降りる。基地から出てきた面々と再会を喜びつつ、“故郷”に帰還するために長い間エリア15から離れていた仲間とがっちりと握手を交わす。
「あらためて、お帰り。タクマ」
「ああ。……やはり、こっちの方が俺の“ホーム”だ」
憑き物が落ちたような晴れ晴れとした表情のタクマの肩に腕を回したクライスは、反対側の腕でリーズベルを引き寄せる。
「さぁ、アーニスに焼却処分される前に色々と引っ越さなきゃなぁ!」
「……さっきも言ったがお前たち、本当にアーニスに何を言ったんだ?」
実のところL.L.にすぐにでも来るように言われていたのだが、こちらの問題も死活問題であったのでクライスはリーズベルと共に大事なものをダンボールにとにかく詰め込んで、タクマに託した。
そして、ウロヴォロスで帰還したノルドやコージィたちを押しのけて出てきたアーニスによる肉体言語による説教は鍛え抜かれたパイロットであるクライスとリーズベルをノックアウトするには十二分な威力であった。