L.L.扮する『アラン・スペイサー』というブリタニア人の青年実業家の護衛役に徹し、彼の事業の成功を見届けた藤原タクマは故郷である日本、ブリタニア帝国領エリア11に来ていた。
ブリタニア人と日本人のハーフという設定である『アラン・スペイサー』の護衛を務める『ジン・リッドナー』として、改悪され変わり果ててしまった祖国の地を踏むことになり何とも言えない気持ちになったのは事実。
『ジン・リッドナー』としての職務を終えたタクマは記憶を頼りにかつて道場に通うために友人たちと駆け回った土地を歩き。今も昔の面影を残す神社へと続く階段を下から見上げる。
L.L.が用意したピシッとしたオーダーメイドスーツを着こなす己の姿の横を道着姿の少年時代のタクマが通り過ぎた気がした。タクマはその幻影を追いかけるように一歩一歩踏みしめながら階段を上った。
タクマが枢木神社の境内に足を踏み入れた時、殺気を感じたタクマは咄嗟に懐に忍ばせた拳銃を取り出して発砲した。甲高い音が響き、砂利の上に短刀と放ったばかりの銃弾が落ちた。
「……ここも物騒になったな」
「っ!?日本語」
「おいっ、話が違うじゃねぇか!」
「す、すんません!!」
枢木神社横の雑木林から出てきたのは数人の日本人の青年たち。タクマは咄嗟に自分は生粋の日本人じゃなかったか不安になる。アラブの太陽に焼かれ過ぎて日本人離れしてしまった肌にこんがりとやけてしまったのかと左腕につけた時計のカバーを使って確認する。タクマの視線が外されたのを見て青年たちはゆったりとした動きで近寄ってきた。
「おい、お前が日本人なら、ここがどこだか分かっているだろ」
「ブリキ野朗みたいな格好をしやがって、どこの者だ!」
タクマは自分の近くに来ていちゃもんをつけてくる青年たちには目もくれず、短刀をまっすぐ投擲してきた、もう1人の赤い髪の青年をじっと見続ける。そして、思い当たる人間の名前を思い出し呟いた。
「久井シンヤか」
名前を呼んだことにどんな意味があったのかは分からないが、タクマの側に来ていた青年たちは殴りかかってきた。
「……っと、お前たちは“違う”な。確か藤堂さんに挑み続ける柩木に負けていられるかと奮起して何度も挑んでは毎回気絶させられていた久井シンヤであっているか?」
タクマは襲い掛かってきた青年2人の攻撃を避けるとそれぞれの手首を握って捻りあげると、枢木神社の境内の砂利の上に転がし押し付けた。鳥のようにピーチクパーチク喚きたてる青年たちに嫌気が差しながらも赤い髪の青年に向かってタクマは視線を向け続ける。
「げっ、なんで俺の名前を知って……って、アンタ!もしかして藤原先輩!?」
「久井、お前何をしているんだよ」
タクマは自分に近寄ってきていた青年たちの手首を手放して解放した。手首を捻りあげられ地面に押し付けられていた青年たちは腕を擦りながら久井シンヤの所に近づき殴られた。シンヤに殴られた青年たちは叩かれたところを手で押さえ痛がる。
「馬鹿野朗共!この藤原先輩はな、『奇跡の藤堂』の下でブリタニアと戦った歴戦の兵士なんだよ!俺たちよりも若い年齢で軍に志願して功績を上げたんだ、俺にとってもスゲェ先輩なんだぜ!」
「「す、すいませんしたー!!」」
シンヤの熱弁を聞いた青年2人はすぐにタクマへ向かって頭を下げると、そそくさにその場から逃げるように去って行った。タクマは2人の後姿を見送ると、シンヤに目を向けて再度同じことを尋ねた。
「久井、お前は何をしているんだ?」
「藤原先輩こそ、その立派な格好はどうしたんすかっ?」
タクマは内心、道場に通っている頃は挨拶どころか寄ってもこなかったじゃないかと嘆息しながら、シンヤの質問に答えるのだった。
◇
枢木神社から少し距離を置いたところにあるゲットーが現在のシンヤたちの住む場所だった。トウキョウ租界から距離が離れていることもあり、ブリタニア人の憂さ晴らしの対象になって理不尽にも殺されるようなことはないものの、倒壊寸前の建物に住み、質素で汚れたままの服に身を包み、少ない物資を子供の手を押しのけて大人たちが我先にと奪い合う醜い光景が行われている。
その中をオーダーメイドのスーツ姿で通るというのは酷く目立った。実際、何度か向かってくる人間もいたのだが、シンヤがタクマの前に立って先導していることもあり、荒事になることはなかった。
そして、シンヤがタクマを連れて来たビルには数十人の男たちが屯っていた。
「皆、聞いてくれ!この人は日本がブリタニアに勝利した唯一の戦いで『奇跡の藤堂』と共に戦った藤原先輩だ!」
ビルの中にいた男たちのざわめきが聞こえてくる。シンヤはタクマにぐっと親指を立てるハンドサインを見せてくるが、一体何の意味があるのか分からない。そうこうしているとガッチリとした体格でくすんだ緑色の軍用ズボンを穿いた男が寄って来た。
「私はこの地で来るべき戦いに備えて戦力を集めている日本解放戦線に若い兵士を送り込む活動をしている館居というものだが、君に日本を救う覚悟はあるか!」
「……興味ない。俺は枢木神社に用があっただけで、お前たちの活動には一切興味ない」
タクマは踵を返すとビルから出ようと思ったのだが、銃器の音を察知し顔だけ振り向く。館居と名乗った壮年の男は顔を真っ赤にしてタクマを睨みながら指差していた。タクマは内心で溜息を吐くと、改めてビルの中にいる人員の気配を読み取る。
「きっさまぁああ!日本をブリタニアから奪い返さんとする我らの活動に興味がないだとっ!この反逆者めっ、ブリタニアに媚を売る売国奴はここで死んでしまえっ!!」
館居の指示で銃を構えた男たちは発砲しようとトリガーに手を掛けたのだが、その前にタクマが一言だけ、言葉を発した。
「『撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけだ。』これは俺の雇い主がよく言う言葉だが、……俺はその通りだと思う」
「何を当たり前のことを!撃てっ!撃てぇえええええ!」
館居が喚いた直後、銃声が何度もビルの屋内に響き渡った。銃弾が倒壊しかけたビルのコンクリートを削り巻き上がった煙がいたるところに舞い上がり、硝煙のにおいが充満している。そんな中、館居はタクマを連れて来たシンヤに目を向ける。
「この屑が!あんな売国奴を連れ込みおって!貴様には日本の果敢な兵士になる資格はないっ!この場で…」
シンヤの眼前に銃が向けられる。
シンヤはそんなつもりじゃなかったのにとギュッと目を瞑った。シンヤはただ、日本のために命を掛けて戦った人が自分の知り合いにいるんだと自慢がしたかっただけであったのだ。
「死ぬのはお前の方だ」
館居の言葉ではないとシンヤが目を見開いた瞬間、銃声が響き渡り死の恐怖に震えていたシンヤの目の前に眉間に穴を開けた館居が転がった。館居が立っていた場所には何事も無かったように立つタクヤの姿があった。
ビル内にいた男たちから銃弾を浴びせられたはずのタクマであるが、スーツに掛かった埃を、拳銃を持っていない手で軽く叩き落としながら首を鳴らした。そして、目をむき出しながら見ている男たちを睨み付けた。
「俺は言ったはずだ?『撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけだ』、と。覚悟はいい……はぁ」
タクマに睨みつけられた男たちは腰を抜かして逃げ出し、彼が言葉を言い終えるころには誰も残っていなかったのである。シンヤは何事も無かったように佇むタクヤの姿を見て思い出した。
いつも道場の端で真面目に剣術の練習をして、師範や師範代たちが居ない時に起きていた弱いもの虐めを真っ先に諌める先輩がいたことを。それが藤原タクマという先輩であったことをようやく思い出した。
◇
「粗茶です……」
「ありがたく頂きます」
夜も更けたこともあり、シンヤの居住している場所に案内されたタクマを待っていたのは、やせ細った身体の女性であった。シンヤが母と気遣う姿を見て、タクマは羨ましく思いつつ茶を啜る。
そして、今日のあらましを聞いたシンヤの母は彼の頭をポカリと叩くと、タクヤに向かって一所懸命頭を下げてきた。曰く息子が申し訳ないことをしてしまったと。母親にそんな格好をさせてしまったシンヤも彼女の隣で一所懸命に頭を下げている。
「別にいい。俺は明日にでも日本を発つ。ブリタニアに国土を奪われて6年という月日は日本人のあり方さえも変えてしまったということがよく分かった。日本を捨てた俺が言えることじゃないが、お前は日本人であることを忘れてくれるなよ、シンヤ」
「藤原先輩は……、日本を離れて、今どこで何をしているんですか?」
「日本から遠く離れた地で働いているよ」
俺は頂いた茶を全て飲み干すと、ポツリと過去を思い出すように話す。
「……『厳島の奇跡』と呼ばれたあの戦いの直後、日本政府の一方的な降伏があった。首相が自刃したとか、暗殺されたとか、不確定な情報が流れてきたことによってブリタニアと戦闘中だった日本軍は壊滅的な大打撃を受けた。加えて、事の詳細を知るために情報を集めていた俺たちの耳に信じられない報告が上がってきた。俺たち軍人が命を賭して得た勝利を灰燼に帰した政府の人間たちが、『厳島の奇跡』をさも自分たちの功績としてブリタニアに対し好待遇を迫ったというもの。その内の政府要人の中に俺の親父もいた。無論、弱肉強食を国是とするブリタニアに対しそんな要望は通らず政府要人は皆殺しだったが、俺にとってはそんなことは関係なかった。俺はその時にはすでに背中を預け同じ釜の飯を食べた仲間たちから売国奴の息子というレッテルを張られ国外へ行くしか方法が残されていなかった」
吹き付けてくる夜の風でシンヤとその母の住居が揺れる。隙間風によってシンヤの母親が身体を擦ったのを見て、タクマはスーツの上着を脱ぎ彼女の背に掛けた。
「その後は悲惨なものだった。各国を歩いて移動したが、まともな扱いをしてくれるところはひとつも無かった。屍肉を食らって腹下したり、泥水を飲んで寝込んだりしながら、体力の続く限り歩き続けて見渡す限り砂漠という土地の真ん中で、俺はとうとう動けなくなった。ここが俺の死に場所かと諦めかけた時、助けてくれた人間がいた。言葉は分からなかったが、太陽みたいな笑みを浮かべて俺が安心するように肩を抱いて起き上がらせてくれた男がいた」
俺を助けてくれたのは少年だった。自分もその家族も友人たちもブリタニアから逃げる最中だったのに、異国人であるタクマに真っ先に助けの手を差し伸ばしてくれた。あの時、タクマは枯れ果てたと思っていた涙を眼から瀧のように流しながら差し伸ばされた手を取った。そのおかげで今を生きている。
「俺を助けてくれた少年はいつも皆を率いる立場にいた。無意識だったのかもしれないけれど、どんな絶望的な状況になっても彼はまっすぐに俺たちの前を歩き続けた。途中で出会った人たちに手を差し伸べながら。そんな彼が願ったんだ。掲示された大きな願いの前にその場にいた誰もが無理だと顔を伏せた時、彼だけが顔を上げて、その大きな願いを実現したいと俺たちに方向性を示したんだ」
クルト・シャハル。青年団のリーダーであり、どんな理不尽なことが起きても自らの行動力で俺たちを引っ張り続けた厚い雲から覗き込んだ柔らかな光をもたらす太陽のような存在。そんな彼が俺を救ってくれた恩人であり、共に肩を並べL.L.が望む願いを叶えたいと思う者だ。
「俺が今回、日本に帰って来たのはサクラダイトの利権を持っているNACと交渉するため。その交渉も終わりあとは“帰る”だけだったから、幼少の頃に母親に抱かれ訪れた枢木神社の現在を見に来たんだ」
「藤原先輩……俺、おれぇ……すんません。本当に、ごめんなさい……」
シンヤは床に額を擦り付けて謝ってくる。俺は彼の肩をポンと叩くと壁に凭れ掛かりながら、フッと笑って目を閉じた。翌日、太陽も昇らない時刻に目覚めた俺は机の上に畳まれた状態で置かれていたスーツの上着の袖に腕を通しながら、住居を後にしようとドアに手を掛けたのだが、気配を感じて振り返る。そこには旅支度を整えたシンヤが立っていた。そのまた後ろにはシンヤの母親が。
「藤原さん。不甲斐ないこの子を連れて行ってくれませんか?」
「……俺は、日本のためには戦っていないし、これからも戦わない。この国には『日本解放戦線』という組織もあります。日本のためを思うならば」
「いえ、この子には父親のように世界を見てもらいたいのです。井の中の蛙にならないで欲しいのです。どうか、お願いします!」
深々と頭を下げる母親の横で、昨日とは違う何らかの覚悟を決めた少年ではない男の瞳をまっすぐ向けてくるシンヤの姿に、タクヤの脳裏に拠点にいる仲間たちの姿が過ぎった。
「……分かった。だが、貴女もだ」
「「えっ?」」
シンヤとその母親が同時に声を上げた。
タクヤは携帯端末を取り出すと画面を操作し、用事が済んだのか胸のポケットに入れなおす。その行為の意味が分からないシンヤとその母親であったが、6時間後にはトウキョウ租界の大きな空港から立派な飛行機に乗って空の上にいた。身奇麗な服を着せられたシンヤとその母親は置物のように硬直した状態でふかふかなソファのような椅子に腰掛けている。タクマは背もたれに凭れ掛かりながらパソコンを開いて、耳には小型端末を当て仕事をしているようだ。
「タク……ジンさん。いったいどんな魔法を使ったんですか?」
「別に『ジン・リッドナー』の家族に空きがあっただけだ。ジンにはブリタニア人の父親と日本人の母がいた。そこに弟がいたとしても問題ない。父親との約束でブリタニア人としての戸籍を手に入れたジンがエリア11に家族を迎えに行き、職場のあるエリア15へ連れ帰るだけのこと」
タクマは視線をパソコンのモニターから移すことなく淡々と述べる。その文言を聞いたシンヤと母親シズカは顔を見合わせ、肩の力を抜くことが出来ればよかったのだが、6年のゲットー生活で染み付いてしまった貧乏性が裏目に出て、乗り換えるために降り立った空港に着くまで一睡もできなかった。
太平洋を横断して、
ブリタニア本国も横断して、
北大西洋を横断する飛行機に乗り換えた頃にはシンヤとシズカの2人は疲労によりフラフラの状態であった。ブリタニア人としての戸籍を手にしたという設定の『ジン役』に徹するタクマがいるので変なやっかみは受けることはなかったが、蔑むような視線が注がれていたことは事実。
シンヤとシズカの両名がリラックス状態になれたのは、エリア24の空港で目的地であるエリア15に向かう飛行機のファーストクラスという隔離された空間に案内された時だった。
「辛かった……。日本に居る時もナンバーズ扱いは嫌いだったけれど、ブリタニア本国は輪にかけて辛かった」
「けれど、タクマさんの正体を知ると平謝りする人が多かったわね」
「『アラン・スペイサー』の護衛役として、ジン・リッドナーは顔と名前が知られていますから」
タクマはそう言うとCAを呼んで水を頼んだ。褐色肌の綺麗なお姉さんが出てきたことでシンヤの鼻の下が伸びたが、それには触れずタクマは水を頼む。恭しく頭を垂れたCAが部屋から出て行ったのを見届けたシズカは息子の頭をスパーンッと響くほどの勢いで叩いた。
「見苦しいものを見せました」
「思春期なら仕方ない。シンヤと同世代の者も多い。あの程度で鼻を伸ばしていると、身が持たないぞ。青年団の男たちの間で出回っているモノは女性陣から顰蹙を買うものばかりだ。先日、居住区の区長をしている女傑に似た女優の無修正モノの存在が明るみに出た時は、それはもう恐ろしい光景だった」
遠い目をして語るタクマの姿を見てシンヤは頬を引き攣らせ、シズカはそっと手を額に当てて嘆いた。
思春期男子が女性の裸体に興味を持つのは仕方がないこととはいえ、欲情する相手はもう少し考えろよというのがタクマの考えではあるが、実際はホーリーに憧れている少年少女はごまんといるのだ。屈強な男たちに真っ向から意見を言って、予算や物資を勝ち取ってくるので区民からの支持も厚い。なので、実のところそのビデオを最初に見ていたのは少女たちだったという目撃証言もあったのだが、タクマはその証言を握りつぶした。まぁ、雇い主からの命令もあったのだが。
「タクマさんっ!」
CAから貰ったミネラルウォーターを飲んでいたタクマの下に走りこんできた少女がいた。タンクトップにオーバーオールを穿き、頬の横にはオイルによる汚れによる物なのか擦った痕が残っている。関係ないのだが少女がブラジャーをしていないのが分かったのか、シンヤは前かがみになった。
「げほけほ……どうした!?」
「現在、居住区の西側より改造KMFが数十機とヘリコプターが数機近づいていることが分かりました。基地には実戦経験のない少年兵たちしかいません。【Z】(エンド)さまより、Late Deerの出撃要請が出ています!」
「帰ってきて早々これか。人使いが荒いな、ウチの雇い主は……」
タクマはそう愚痴を言いながらも頬を吊り上げて笑う。日本人相手に交渉するのもいいが、やはり自分はこういう荒事を解決するのが性にあっていると上着を脱ぎ、それを少女に渡す。ファーストクラスの部屋から出ようとしたタクマは思いとどまってシンヤたちについてくるように促した。
いきなりファーストクラスの席に案内されたこともあり、普通の旅客機だと思っていたシンヤとシズカは鎮座する緑色のKMFを見て目を丸くした。
「ライト・ディアー。和訳すれば『月下の鹿』だな。これが専用機で、ここにいる全員が俺を支えてくれているチームメンバーだ。人種は様々だが、全員がある目的のために集った同志でもある。まぁ、それは自分の目や耳でしっかり聞き取り見て決めることだ」
タクマはシンヤにそう言うとキーを受け取って、コックピットブロックに上がった。シートに座ってゴキゴキと肩や首を鳴らして、操縦桿を握ったタクマはおもむろにキーを差し込んだ。インターフェースが起動し、モニターに色々な文字が躍る。
そして、片方の角が折れても凛とした姿で立ち続ける鹿のエンブレムが映った。エンブレムの後方に描かれた小さな太陽は自分の恩人のイメージを足したもの。
「オーダーは?」
『『黒幕が知りたい。逃がさず捕虜に』、とのことです』
「なら銃器は控えるか。……気は乗らないが廻転刃刀を」
『あの……それが……。ドクターが『新しい概念の武器の使用データが欲しいんだよね』と言って、その試作品しかないんです』
「分かった。それを寄越せ」
『了解しました』
タクマの脳裏にはニヤけた顔を浮かべる紫色の髪の中年の男が浮んだが、さっさとイメージを消し去る。内心では確信犯じゃないだろうなと思いつつ、用意された武器を見て言葉を失った。
ライト・ディアーの前に置かれたのは間違いなく日本人の魂の象徴である刀だった。しかも鞘まで拵えた。タクマは起動した相棒を動かし、刀身を覗かせる。血のように赤い刀身を確認したタクマはすっと眼を閉じた。
「無論、これはドクターが作ったんだよな?」
『えぇ、恐らく』
「これがあの男の鬼気迫る狂気の果てに作られたのなら納得がいく。これは妖刀の部類だ。……俺はどうなっても知らんぞ」
『タクマさん?』
エンジニアの少女の心配そうな表情が映ったが、タクマはそれを消すとサウンドオンリーに切り替える。そして、ライト・ディアーをハッチの方へ移動させる。その動きを見て、エンジニアや研究者たちはシンヤたちを連れて格納庫から出て行った。
「藤原タクマ、そしてライト・ディアー。出撃する」
後方のハッチが解放されて、空気による奔流が起きる。
タクマはそれに逆らうことなく相棒を浮かせ、空中に躍り出た。ライト・ディアー専用の運搬貨物飛行機がどんどん小さくなっていく。高度が下がってきたのを確認したタクマはライト・ディアーの姿勢を整えると同時に、頭部のファクトスフィアを開き戦場の状態をデータとして把握する。その上で頭部から発せられた特殊な電波を用い、地形や風の動きなどを正確に読み取る。
タクマは得られた情報を的確に繋ぎ合わせ、最小の動きとスラッシュハーケンの反動を使って音や衝撃を一切起こさず、戦場に降り立った。
居住区の外延部に設けられた壁を登ろうとしている改造KMFを見たタクマは、ドクターに試用を頼まれている日本刀を模した武器の刃を外気に晒した。そして、鞘は外延部の壁を乗り越えようとしている機体に向かって投擲し、タクマはランドスピナーを高速回転させて戦場を音もなく高速移動し、己に気付いた敵の機体を難なく切り裂いた。鋼鉄を斬ったはずなのに、まるで木綿の豆腐を切ったような感触に眉を寄せる。
「やはり、切れ味が良過ぎる」
壁を登るのに苦労していたKMFに直接スラッシュハーケンを打ち込んで引き摺り落としつつ、壁の頂点へと達したタクマは鞘が下半身に刺さって身動きできない改造KMFの四肢全てを切り落とした上で蹴り落とす。
その瞬間、雇い主の舌打ちが聞こえた気がしたタクマはオーダーが『殺さず、捕虜に』であることを思い出した。
その後は逃げ出そうとした奴のKMFから狙って切り刻んで砂漠に転がしていき、何のどんでん返しもなく戦闘は終了した。タクマは敵の機体の残骸の山を築き、頂点に立ったところで武器を鞘に納めた。
日本でのレジスタンスもどきの一件といい、今回の襲撃といい、命の危険をまったく感じない温い戦いだったなと嘆息していると、背後から突き刺さるような殺気が襲ってきた。身動きひとつでもしたら、殺すといわんばかりの濃厚な殺気にタクマは思わず奥歯を噛み締めた。
戦場で油断するなど、剣士の風上にもおけないと自分を律したタクマの耳に気の抜けるような声が聞こえてきた。
『よぉ、おかえり。タクマ、助かったぜ』
「うん?その声は、クライスか。……どこにいるんだ?」
『ディアーの後頭部をリーズベルが撃ちぬける場所』
距離にして約5kmの地点に味方のマーカーが2つ重なっているのがライト・ディアーの索敵能力で分かったタクマは武器を放り捨てるとそのまま両手を上げて降参するようなポーズを取った。その行為のおかげか、すぐに感じていた殺気は治まり早く脈打っていた動悸が治まる。
その後、基地にて合流したのだが、クライスは勿論のことリーズベルも相変わらずの姿だった。しかし、病弱なイメージが先行していたリーズベルは適した薬を手に入れられるようになったこともあり、端整な少年へと変わっていっている。不治の病を患っているため、長生きは出来ないがきっとその課程で世界最高の狙撃手へと成長することだろう。
タクマがそう思っていたリーズベルは、クライスと一緒に顔を自分の髪と同じくらい紅潮させたアーニスにシバキ倒され、キレのあるアッパーカットをくらって空を舞った。
地面に横たわったリーズベルは精根尽きたように何かを言い残し、気を失う。タクマは、そんなリーズベルを見て思った。
自分の判断は早とちりだったのではないかと。