海軍の優等生 作:ゆっくり
二◯九五年、四月、早朝。
本日、入学式が行われる国立魔法大学付属第一高校の敷地内にある、とあるベンチ。そこで一人の少年が読者をしていた。
米内光矢。
防衛大臣の父を持ち、中学最後の一年はドイツへと留学している。
そのドイツには防衛大臣の息子として、公式に留学をした。これは日本とドイツとの間で軍事的衝突を避ける狙いがあり、我々は共に手を取り合うことが可能だという意思表示でもある。
閑話休題。
入学式は二時間後。
光矢は予定よりも早く学校に来てしまったのだ。目覚ましアラームの設定ミスで。
そのため、暇潰しを兼ねて、帰国後光矢がハマった本を読んでいた。
そんな光矢を、一人の少年が見ていたことに気づいたのは、しばらく後の事だった。
◯
現在、司波達也はかつてないほど困惑していた。
入学式のリハーサルへと向かう最愛の妹を見送り、時間を潰そうと適当なベンチを探していたところ、トンデモナイ光景を目の当たりにした。
ベンチに座りながら、読書をしている少年。しかも今時珍しく、紙の本だ。
ここまでは別に問題ない。問題なのは読んでいるその本だ。
――「人から嫌われる為の戦術百選!」。
なんだ、その怪しいタイトルの本は。いったいそんなモノを読んで何がしたいというのだ。
だがまぁしかし、人から離れて一人で静かに暮らしたいという者もいる。一匹オオカミという言葉があるくらいだ、そういう人物にとってはうってつけの本かもしれない。そういう意味では、まだ達也の許容範囲内と言えた。
だが、その達也の許容範囲を新幹線の速度でぶち破ったのは、その本を読んでいる人物が原因だった。
――米内光矢。
達也がこの学校に入学するにあたって、最も警戒していた人物。
沖縄海戦にて、弱冠十三歳で初陣。新戦艦大和に乗艦し、見事日本海軍を勝利に導いた立役者。
海軍士官として将来を期待されているが、留学先のドイツでは、ドイツの帝政時代と、戦車を用いた陸軍戦術を中心に勉学。陸軍からも期待されるようになる。陸軍の目的は光矢そのものではなく、「海軍から光矢を引き抜く」ことであが、それはまた別の話だ。
また、父の米内政宗は沖縄海戦後、防衛大臣に就任。同時に予備役となっている。
と、達也はざっくり光矢のプロフィールを纏める。
異常、その一言に尽きる。
学生の身で、軍事的に此れほどの期待をされている者が、世界にどれだけ存在するであろうか。自分で光矢の経歴を纏めておきながら、やはり異質だと思わざるを得ない。
ただ一つ、意外だと思った事は、彼の制服に八枚花弁のマークが無い、つまりは二科生ということだ。確かに米内光矢が魔法に優れているという話は聞いた事が無い。それでも、あれほどの大物が
初日から光矢との接触は面倒だと感じた達也は、一刻も早く此処から立ち去ろうと再び光矢へ視線を移したところで――、
「あ」
目があった。
すると、此方に気づいた光矢が手をブンブンと降ってくる。こっちに来い、という意味なのだろう。無視する訳にもいかないので、黙って光矢に近づくことにした。
「よっ、お前一年だろ? 奇遇だな、俺もだ」
何が奇遇なのかはさっぱり分からないが、達也を指差し、問いかけをしてくる光矢。
ここで、問題が発生した。その問題とは、光矢が使った指だ。
中指である。
「……ああ、一年だ。」
中指である。
つまり、そういう事なのだろうか? いや、やはりそういう事なのだろう。
「なるほど。まあ、取り敢えず座れよ」
そう言いながら、光矢は人一人座れる分のスペースを空け、その空いたスペースを指差した。
中指で。
「あ、ああ、すまない。座らせてもらう」
取り敢えず、達也は中指を気にしない事にした。
「俺、米内光矢ってんだ。お前は?」
光矢は簡単な自己紹介をして、達也を指差し名前を問うてきた。もちろん中指で。
「俺は司波達也。好きに呼んでくれて構わない」
「おけ、じゃあ『たっちゃん』な」
なんという事だろう。光矢は達也を中指で指しておきながら、ニックネームまで付けてしまったのだ。
だがそれで狼狽える達也ではない。まだ大丈夫だ、大丈夫。
「そうか、じゃあ俺は光矢と呼ばせてもらおう。よろしく頼む」
すると、光矢は驚いたような顔をして、黙ってしまった。
「……何か、変な事を言ったか?」
そう言うと、光矢はハッとして、顔を横に降る。
「いや、変じゃない。全然変じゃない。いや、ある意味変か? うん、変だな。お前変人だ」
「――は?」
なんとこの男、遂に達也を変人扱いし始めたではないか。
特大ブーメランが頭に刺さってますよ。食い込んで抜けそうにない。
「だってそうだろ? 普通、中指で人を指して、しかもそんな相手があだ名まで付けたらキレるだろ? でもお前はキレない。変人だ。いい意味で変人だ」
いい意味で変人とはどういう意味だろう、とはこの際考えない。
要するにこの男、自分で他人から嫌われに行っているのだ。
「褒められている、と解釈していいんだな? はぁ、そんな本を持ってる奴が、他人に何もしない訳がないと思ってな。敢えて気にしない事にしたんだ」
すると、光矢は自らの手に持つ本へと視線を移した。
「なるほど、この本が原因か」
口に手を当て、考えるような仕草をする光矢。
そして――、
「ふんっ!」
本を破り始めた。
「……」
ビリビリと音を立てながら、無残に破り捨てられる本を前に、達也は黙っているしか出来なかった。貴重な紙製の本なのに。
「ふぅ、よし」
「いや、よしじゃないだろ」
流石に突っ込んだ。
だが、光矢はそれをに気にせず、ベンチから立ち上がる。
「さあ、講堂に行こうぜたっちゃん。そろそろ開放される時間だろう」
あ、結局たっちゃんなんだ、とは言わない。もはやこの男を前に常識は通用しないだろう。
それより、もうそんな時間なのか、という方が驚きだった。この男と出会ってから時間の流れが早く感じる。恐らくこの男が変人だからだ。きっとそうだ。そうに違いない。
そして達也は、考えるのを止めた。
◯
「校内はポイ捨て禁止よ?」
講堂に移動しようと、ベンチを立ち上がった達也と光矢の背後から突如として声が聞こえた。二人は後ろを振り向き、発声源の人物に目をやる。
そこにいたのは、小柄でスタイル抜群の可憐な少女だった。
「光矢くん、 校内はポイ捨て禁止よ」
知り合いだろうか。少女は親しげに「光矢くん」と、そう呼ぶではないか。
「違います」
断固として否定する光矢。しかし、明らかにポイ捨てだ。しかも貴重な紙製の本をポイ捨てだ。否定の余地がない。
「校内に限らず、全国どこでもポイ捨て禁止です」
素晴らしい。その一言に尽きる。
かつて何処かで、そして此れほどまでの論破を見た事があるだろうか。校内に限らず、全国とこでもポイ捨て禁止。全くもってその通りである。正論過ぎて反論の余地もない。
その正論を発したのがポイ捨て犯でなければ、な。
「え、そっち?」
少女の困惑は当然である。明らかにポイ捨てをした人物が、注意を促した人物に対し、説教をしているのだ。明らかにおかしい。いや、可笑しい。
「そっち以外どっちがあるんですか?」
お前のポイ捨てだよ。
「いや、ポイ捨てよね?というか、わかってるならポイ捨てしないでよ」
「……違います」
「え、いや、でも……ポイ捨てよね?」
心の何処かで達也はポイ捨てを注意する少女を応援していた。
頑張れ、負けるな、貴女は間違えていない、変人に騙されてはダメだ、と。
「ポイ捨てじゃないです。どこの世界に貴重な紙製の本をポイ捨てする奴がいるんですか」
「――そうよね、紙製の本をポイ捨てなんてする訳ないわよね」
スタイル抜群の少女、敢え無く撃沈。出会って二分後の出来事だった。
「あ、私はこの学校で生徒会長を務めている、七草真由美です。『七草』と書いて『さえぐさ』と読みます」
『七草』。魔法界においてその名を知らない者はいないだろう。十師族の中でも、一、二を争う力を誇示しており、人員の数ではトップを走っている。
「魔法科の学校で七草って聞いたら、誰でもわかると思いまーす」
「いいのよ、私は光矢くんじゃなくてお隣の彼に言ったんだから」
お隣の彼、とは勿論達也の事だ。
ここまで傍観を貫いた達也だったが、自分に狙いを向けられ、流石に無視出来なくなる。
初日から米内と七草。何故これほどまでに運が悪いのだろう。もしこの世に神がいるなら、目の前で言ってやりたい。
――神は死んだ、と。
「自分は、司波達也といいます」
「そう、貴方が
『あの』とは、どういう意味だろう。入試試験成績一位で眉目秀麗な完璧な妹とは対極の出来損ないの兄、という意味だろうか。
「ペーパーテスト学年一位おめでとう! ううん、それどころか歴代一位だそうよ。特に、魔法理論と魔法工学は文句無しの百点、すごいわ!」
「え、マジ? たっちゃん頭いいのな。どっからどう見ても頭弱そうだけど」
約一名を除いて、どうやら褒められているらしい。悪い気分ではないが、実技の成績を重視する魔法科高校で、流石にその褒め方は少々過剰ではないだろうか。
「あ、因みに光矢君は二位よ。頑張ったわね!」
まて、今何と言った。この変人が二位だと?自分の一つ下?深雪より上?
あり得ない。
「ふーん、二位ね。まあ、まあまあまあ、ドイツの試験に比べれば簡単というか? 試験勉強しなくても点数取れちゃったみたいな? 当然というか? あんまり嬉しくないというか?」
ウザい。
本当にこんな奴が二位なのだろうか。本当に深雪より上なのだろうか。
――あり得ない。
「それより、お二人は知り合いなのでしょうか? 横から見ている限り、かなり親しいようにお見受けしますが?」
「え、ああ、うん。ちょっと家の都合でね。光矢くんとは昔からよく一緒なんです。幼馴染ってとこかしら?」
なるほど、幼馴染か。それなら確かに納得できる。
七草と米内。魔法と軍のトップ、その幼馴染。
――厄介だな。
今日始まった高校生活。既に色々な事が起こりすぎて、達也は頭痛を覚える。頭痛が痛いという変な日本語を使いたくなるくらい頭痛が痛い。
今日は帰ったらすぐに寝よう。そう決意する達也だった。