黄蓋さんが話をしたいと言うので急遽、仮設された玉座の間に集まった俺達。主だった将は皆来ていた。
そして黄蓋さんから語られた言葉に皆が驚愕する。なんと黄蓋さんは魏に降りたいと言ってきたのだ。黄蓋さんはかつての盟友、つまり孫堅と共に過ごした呉はもう無い。ならばせめて自身の手で引導を渡したいのだと言う。
「周瑜との間に諍いがあったと聞いたが……原因はそれか?」
「やれやれ……もう伝わっておるのか。その噂はどこから聞いた?」
黄蓋さんと周瑜との間にトラブルがあったのは道中でよく耳にしてた。そしてこの流れは間違いなく赤壁の流れだ。俺は口を挟まずに話を聞く。
「どこでも良かろう。それが事実かどうかだけ聞いているのだ」
「……事実だ。その証拠に、ほれ」
秋蘭の言葉に黄蓋さんは自身の服に手を掛けた。そして黄蓋さんの胸がブルンと揺れ、空気に晒されて……
「見るなっ!」
「目がっ!?」
それと同時に右隣に居た桂花が迷わず目潰し!
「ぐわぁぁぁぁぁっ!目が、目がぁぁぁぁぁぁっ!」
「ふんっ!」
のたうち回る俺に桂花は鼻を鳴らす。ちっと厳しすぎませんかね!?
「ここの軍師殿は怖いのう。胸を見たくらいでそこまで嫉妬する物ではないぞ」
「すいません、俺の身の安全の為にも胸元を隠してください。お願いします」
流石に驚いた様子の黄蓋さん。いや、今俺は目が見えないから声で判断してるんだけどさ。ほぼ懇願に近い俺の言葉を聞いてくれたのか黄蓋さんは服を戻してくれた模様。
因みに服の下には周瑜に打たれたという傷の跡があったそうだ。
そして、その後の黄蓋さんの話では後を継いだ孫策や周瑜は孫堅の意志を継ぐ事はなく、好き勝手をし始めた。そして自身にもこの仕打ち。袁術の頃は戦に負けたとあっても、その雪辱を晴らす日を夢見ていたが、いざ雪辱を果たしたら今度は孫策達が呉を好き勝手にし始めたので、もう付き合いきれないとの事だ。
「ワシはそんな事の為に孫呉を再興させたのではない!」
黄蓋さんの叫びが玉座の間に響き渡った。その意思を察したかの様に大将が口を開いた。
「ならば、黄蓋。我が軍に降る条件は?」
「孫呉を討つ事。そして……全てが終わった後にワシを討ち果たす事」
大将から条件を求められた際に黄蓋さんが出した条件は、その場の皆を驚かせるものだった。黄蓋さん曰く、孫呉が滅びた後にこの世に未練はなく、あの世で孫堅に詫びを言いに行きたいそうだ。
大将から江東を治めないかと問われても、黄蓋さんは首を縦には振らなかった。
しかも黄蓋さんは大将からの真名の預かりを拒んだ。あくまで協力体制なだけであり、不必要な馴れ合いは不要だと言い放ったのだ。その事に春蘭や秋蘭は怒ったが大将はそれでも構わないと言った。
周囲がざわつく中、大将は黄蓋の行動が計略ならばそれを見届ける。そしてそれ込みで使いこなすと宣言。
その発言に黄蓋さんは大将に王者の器を見たと自身の敗北宣言。取り敢えず真名授け(仮)となった。本当に真名を授けるのは呉を討った後と結論付けられた。
「そういや気になってたんだが……黄蓋さんと一緒に居る子はどなたで?」
「ワシはこっちじゃ。お主まだ目が見えとらんのか……」
「あわ……」
俺は黄蓋さんの方に話し掛けたと思ったが、微妙にズレていたらしい。
「ふむ、紹介が遅れたの。こやつは鳳雛と言ってな。呉でワシが面倒を見ておった……言わば娘か弟子のようなものだ」
「あ、あわ……」
黄蓋さんに紹介された鳳雛は小さな悲鳴と共にサッと黄蓋さんの影に隠れた。恥ずかしがり屋なのだろう。と思っていたら鳳雛は俺の所にトテテと小走りで来た。
「あ、あの……大丈夫ですか。目が見えなく……なって……」
鳳雛はビクビクしながら俺の身を気遣う。確かに俺の視界はまだボヤけてる。でも……
「良い子だなぁ……」
「あ、あわ……」
俺は鳳雛の頭を軽く撫でた。恥ずかしそうにしているのは感じるが本当に良い子だ。
「ハハハッ、副長殿に気に入られたな鳳雛」
「あう……」
笑い飛ばす黄蓋さんに帽子を目深く被る鳳雛。
「さて……紹介が済んだのなら軍議を始めるわよ」
「は、はい……」
「りょーかいです、ほら、鳳雛も戻りな」
大将の号令に返事をした後、俺はポンと鳳雛の背を叩いて黄蓋さんの所に戻るように促す。すると鳳雛はペコリと頭を下げてから黄蓋さんの下へ。本っ当に良い子だよ。さっきまで目潰しで目が見えなかったけど今度は涙で前が見えなさそうだ。
「…………」
「……大河?」
ふと俺の左隣に居た大河がボーっと鳳雛を見詰めていた。心なしか顔も赤く見える。
「か、可愛いッス……」
「ほほぅ……」
大河の視線の先には鳳雛。そしてポーッと赤く顔を染めてる……コイツ、鳳雛に一目惚れしたな。
その後、軍議で孫策達は劉備と結託している事が判明。将の数が増えた上に孔明と周瑜の二大軍師。
少々こちらに不利になるかと思われたがいつも通りに戦い勝利する。むしろ慌てて態々敵の罠に嵌まる事は愚の骨頂と大将は言った。
「……なあ、そう言えば蜀と呉の同盟軍ってどこに移動してるんだ?」
「そういや、聞いてへんかったな。どこや?」
「長江の……ここですね」
一刀の言葉に霞もうっかりしてたと頭を掻いていた。そして稟が指で地図の一点を示した。
そこは長江の中流で大きな湖から延びる長江と漢水の合流地点辺り。なるほどビンゴって訳だ。
「……赤壁か」
霞の言葉が妙に響いた気がした。俺や一刀にとって最大級の歴史のターニングポイントが遂に来たのだ。