真・恋姫†無双 北郷警備隊副長   作:残月

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第二百二十話

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

 

華琳様と劉備の一騎討ちの末に戦は終わった。我等曹魏の勝利と言う形で。それは同時に三国同盟の締結宣言でもあった。

 

その後は慌ただしく戦の後始末が始まった。怪我人を国を問わず治療し、大量の炊き出しを準備した。戦の爪痕は残されたものの夜には乱世が終わった事を祝う宴が開かれた。

 

それぞれが笑い合い、酒を飲み、騒いでいる。

華琳様はそれぞれの王と談話し、将である春蘭達は国の垣根を越えて楽しそうにしていた。

 

 

その最中、華琳様と北郷が二人連れ添って宴の席から離れるのが見えた。そんな事を唆した奴に私は歩み寄る。

 

 

 

「華琳様と北郷を連れ出したの?」

「国に返ったら忙しいのと、周囲に邪魔されるのが目に見えてるから二人きりにさせるなら今しかないだろ」

 

 

私が秋月の隣に腰を下ろして尋ねると、秋月は私の睨みから逃れるように視線を宴に戻し、笑みを溢した。

 

 

「何、黄昏てるのよ」

「ああ……不思議なもんだと思っていたのと、幸せなもんだと思ってな。さっき一刀とも話してたんだけど……天の国じゃこんな思いは簡単には得られないからさ」

 

 

煙管の灰を落とし、酒を飲む秋月に私は苛立ちを感じた。甘寧との事は戦の中の事故だったと説明を聞かされたけど、この種馬は三国同盟が成されたから他国の将にも手を出しかねない。特に祭は秋月の事を気に入ってるみたいだし、馬超や甘寧も秋月を意識している様にも見えた。そんな風に思っていると秋月はスッと立ち上がり、私に手を伸ばした。

 

 

「さて、俺も飲み過ぎたから少し酔いを覚ましたいし、タバコも吸いたいから城壁にでも行こうと思うんだが……」

「仕方ないわね。一緒に行ってあげるわよ」

 

 

秋月が二人きりにならないかと提案してきたので私は飛び付いてしまった。我ながら単純だとは思ったけど、これから二人きりになれる時間は少なくなるだろう。だったら今の内に甘えたい。そんな風に思ったのに私の口からは素直じゃない言葉が出ていた。

 

私と秋月が城壁に行こうとすると大河は鳳統と話をしていた。純粋で健全な付き合いをしてるのって、あの子達だけだと思ってしまう。

 

 

城壁に着くと夜風が涼しく酔って火照った体には心地よくズッとこうしていたいと思ってしまう。私は秋月の腕に抱き付きながら城壁から街を見下ろしていた。

 

 

「こんなにゆっくり出来るのは今だけよね」

「あー……やっぱりこれから忙しくなるか」

 

 

私が呟いた一言に秋月は苦笑いになる。

 

 

「当然でしょ。三国の平定をしたんだから今度は平和の維持と発展が必要になってくるのよ。三国の交流と技術交換。そうなったら警備隊の仕事は増えるでしょうね」

 

 

秋月の仕事はどちらかと言えば現場寄り。平和になれば警備隊の仕事は確実に増えると考えられる。

 

 

「これ以上仕事が増えたら対処しきれないかも」

「アンタが自爆するのを止めれば、仕事が滞る事は無いと思うんだけど?」

 

 

正直、自爆しなければ秋月は仕事を溜め込まずにいられると思うのは私だけじゃない筈。秋月とこんな風に話すのも好きだけど私は先程、邪魔されて聞けなかった秋月の言葉を聞きたかった。思わず抱き付いている腕に力を込めてしまう。

 

 

「ねぇ……私に言う事があるんじゃないの?」

「そうだな……うん、言いたい事がある」

 

 

私が促した一言に秋月は私が抱いていた腕を優しく解くと私と向かい合い、両手を私の肩に添えた。私はドキドキしながら秋月の言葉を待つ。

 

 

「桂花……これからも俺と一緒に居……っ」

「う、うん……秋月?なによ、これ……」

 

 

秋月からの求婚の言葉は最後の最後で遮られてしまう。不意に秋月の手が光っている異常事態に私は驚いた。一体、なんなのこれは。秋月も驚いている様だから秋月が気を使っているのとは違っているみたい。でも、なんなのこれは!?

 

 

 

「大局に逆らった結果……か」

「何よ、アンタ……この症状に覚えがあるの?」

 

 

すると秋月は何処、察したかの様に呟いた。秋月の言葉に私は言いようもない不安を感じる。

 

 

「俺も詳しくは分からないけど……大局、天の知識にある歴史と今が違うと俺は身の破滅を迎えるらしい」

「何よそれ……歴史を変えたのアンタが?」

 

 

秋月の説明に理解が追い付かなかった。でも、仮に秋月の言葉が真実だったとするなら……そんな考えも手の光が少しずつ腕の方に伝達していく秋月を見ていると思考が定まらない。

 

 

「アンタの言う事が正しかったとして……秋月や北郷は以前から倒れる事があったわね。それも決まって魏にとっての大事な局面で。秋月や北郷には天の国の知識がある、その知識で歴史を変えた結果曹魏は勝利を得る事が出来た。だがもしその事に『代償』があるのだとしたら……」

「流石、王佐の才。一を知って十を知るってか」

 

 

思考が定まらない頭だと考えている事が次々に口から飛び出してしまう。私はガタガタと震えながら秋月を見て……憤りを感じた。秋月は笑っていた。いつもの笑みなのに優しさを感じない。

 

 

「……何で?…ねえ、何で?………何でなのよっ!」

「………すまん」

 

 

アンタの笑みはもっと暖かった筈だなのに。私は思わず、秋月から離れてしまう。離れてからもっと違和感を感じた。秋月は目の前に居るのに何処か、その存在が遠く感じたから……

 

 

「嘘つき……一緒に居たいって言ったくせに……」

「桂花、俺は……」

 

 

秋月が伸ばした手を私は思わず、叩き落とした。こんなのいつもの秋月じゃない。笑っているのに笑っていたのに、その笑みが気に入らなかった。その哀しそうな笑顔は私には受け入れられない物だった。

 

 

「触らないでよ汚らわしい!愛してるだの何だの言って結局私の体だけが目的だったんでしょ!アンタを信じた私が馬鹿だったわよ、この変態!女の敵!種馬兄弟!馬鹿!嘘つき!」

 

 

私は秋月のお腹を殴った。きっと秋月は痛くないのかも知れない。でも、殴らずにはいられなかった。叫ばずにはいられなかった。

 

 

「……ごめん」

「謝るくらいなら消えないでよ!居なくならないでよ!」

 

 

秋月は謝罪するけど私は止まらなかった。尚も殴り続ける私の手を掴んだ秋月は私を抱き寄せる。秋月の腕の中はいつも安心出来たのに今は不安でどうしようもなかった。

 

 

「離して、離してよ!アンタなんか……アンタなんか大っ嫌いよ!」

「嫌い……か。会ったばかりの頃は良く言われたっなけ」

 

 

私は秋月の腕の中で暴れた。そして秋月の一言に私は出会った頃を思い出す。野盗に襲われていた私を助けた秋月。でも、あの頃の私は男は皆等しく嫌いだったから彼を罵倒した。

 

 

「桂花は初対面の時から喧嘩腰で。野盗から助けたのに罵倒されて……俺が勉強してるのを見て爆笑して、大将の所に行ったかと思えば直ぐに再会して、馬鹿にされて……一緒に働く様になったのにこき使われて」

「……止めなさいよ」

 

 

語る秋月に私は心底震えが来た。止めて……

 

 

「両想いになってからは素直になった時の威力は凄まじかったな。華雄や真桜とかに嫉妬する姿も可愛くて……」

「……止めてよ」

 

 

私が止めるように言うが秋月は止めてくれない。お願いだから思い出させないで……

 

 

「月と詠に世話されてる俺を馬鹿にしてる時も意識してるのはバレバレだったし、大河を弟子にした時も桂花が切欠だったな」

「……止めて」

 

 

思い出してしまったら……今の想いがツラくなる。これからもズッと一緒だと思っていたから。

どんなに傷付いても、死にそうな目に遭っても……笑って「大丈夫だよ」と皆を安心させる人。だからこそ、今の秋月が見ているのがツラかった。

 

 

「斗詩を助けたのに睨まれてさ、祭さんも命を助けた筈なのに『またか、コイツ』みたいに言われてさ。俺の評価って何処までいっても低い……」

「止めてよ!思い出させないで!ツラくなるだけじゃない!い、逝くなら早く逝きなさいよ!…皆には私から説明して……やるわよ。最低な種馬兄は面倒事全部押しつけてさっさと……天に帰ったって……」

 

 

私は秋月の腕の中から逃げ出すと叫んだ。これ以上は堪えきれなかった。秋月の言葉一つ一つが幸せな思いと刺のような鋭い痛みが交互に襲う。私は思わず、秋月から背を向けていた。もう、これ以上……秋月の顔を見ていらなかったから……

 

 

「一刀も……多分、似たような状態だと思う。大将が一緒に居ると思う」

「本当に……無責任な最低兄弟ね……好き勝手して……勝手に居なくなるなんて……」

 

 

天の御遣いが定めに逆らい、身の破滅を迎えたなら北郷も同様なのだと秋月は言った。だとすれば北郷は華琳様が見送っているのだと言う。魏の重要人物が同時に二人とも消えてしまうなんて、そう思った私に秋月は寂しそうに口を開いた。

 

 

「最後くらい……名前で呼んで欲しかったな」

 

 

秋月の一言に私は血の気が引く感覚に襲われた。彼に言われて初めて気が付いた。私は秋月の事を一度も名前で呼んでいない。私は思わず、秋月の方へ振り返ろうとした。

 

 

 

 

「残念……タバコも品切れだ」

 

 

 

悔しそうな、満足そうな、諦めた様な、楽しそうな、寂しそうな、愛しそうな、様々な感情が入り乱れた秋月の笑顔と言葉が私が最後に見た秋月だった。振り返ったとほぼ同時に消えてしまった秋月に私は膝から崩れ落ちた。それと同時にカランと固い何かが床に落ちた。それは秋月が吸っていた銀色の煙管だった。

 

 

「何よ……馬鹿……」

 

 

私はすがるように煙管を手に取り、天の国に帰ってしまった愛しい人に悪態を突く。

 

 

「なんで最期の言葉が『煙草が品切れだ』なのよ……もっとあるでしょ!」

 

 

悔しそうにするなら、もっと別の事があるでしょ!私は叫ぶ。

もう此処に彼が居ないと解っているのに…

 

 

「私に愛を囁くとか、別れの言葉だとか!」

 

 

 

もう、あの声が聞けないと……もう、あの笑顔を見れないと分かっているのに、どんなに叫んでも彼には届かないと分かっているのに……

 

 

 

「う……ああ……ううぅ……」

 

 

もう、あの温もりを感じることが出来ないと頭では理解しているのに……もっと早くに素直になるべきだったとと後悔したのに……私の瞳から涙が溢れ出る。感情に蓋をするなと体が拒んでいた。

 

 

 

「う、あ……秋……つ、き……うう、ぐすっ……」

 

 

何で居なくなるの?何でずっと此処に居てくれないの?私が泣いてるのに慰めてくれないの?

 

 

 

「じゅん……いち……」

 

 

私の口から初めて出た彼の名。それを口にした瞬間、私の感情は爆発した。

 

 

 

「純一ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっん!!」

 

 

 

私は泣いた。大声で誰かに聞かれる事を憚らず、感情のままに。

宴の席の笑い声で私の泣き声は誰にも聞かれなかったみたいだけど、私は気にもしなかった。

 

 

好きな人や大切な人は明日も明後日も生きている気がする。漠然とそう感じてしまうのは人の性。

特に秋月はそれを強く感じさせる人だった。

だけど、それは単なる願望でしかない。絶対など、この世には存在しないのだから。

 

 


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