真・恋姫†無双 北郷警備隊副長   作:残月

221 / 306
第二百二十一話

 

 

 

 

 

 

 

◆◇side桂花◆◇

 

 

 

一晩中、泣き明かした私は城の近くの小川へ向かった。あのまま城壁で泣いていると誰かに見付かってしまうと思ったのと、あのままアイツが逝った場所に留まりたくなかったから。

 

 

手拭いなどを持ち出していたので私は川で顔を洗おうと思ったら……先客が居た。華琳様……護衛も付けずに無用心ですと進言すべきなのだろうけど、昨日の秋月の言葉が確かなら北郷も逝った筈。そして、それを見送ったのは華琳様だという事。

 

 

 

「華琳様……」

「っ!……桂花?」

 

 

私が声を掛けると非常に驚いた様子の華琳様。普段なら私のみならず誰かが近付けば勘づく華琳様が私の接近に気付かないなんて相当、動揺されているのね。

 

 

「秋月が……天の国に帰りました」

「そう……純一も逝ったのね」

 

 

私が意を決して口にした言葉に華琳様は何かを察した様に呟いた。やっぱり北郷も……

 

 

「華琳様、まずは顔をお洗いください。手拭いなどを用意しました」

「そうね……桂花、貴女も洗った方が良いわ」

 

 

私が手拭いを渡すと華琳様は困った様な、表情になる。

私達が並んで川で顔を洗おうとすると川に自分自身の顔が写り……先程、華琳様が顔を洗った方が良いと言った意味を理解した。酷い顔だった。泣き腫らして目元が浮腫んでいた。華琳様は私の顔を見て自分自身を照らし合わせたのかしら……

 

 

「少しだけ……落ち着いたわね」

「……はい」

 

 

顔を洗い、手拭いで顔を拭き終えた私達は互いに顔を見合わせ……これからの事に頭を悩ませる事になる。これから私達は魏の皆に秋月と北郷が天の国に帰った事を告げねばならない。損な役回りだと思うけど、これは彼等を見送った私達しか……ううん、私達がやらなければならない事。

 

 

「まったく……居ても居なくても悩みの種になるわね、あの兄弟は」

「はい、騒動の元ですね」

 

 

華琳様のお言葉に私は苦笑いになる。逝った後でも私達を悩ませるのはアイツ等くらいだと割りと本気で思う。

 

 

 

 

小川から戻った私達は城の玉座の間に魏の主だった将を集めさせた。私は玉座に座る華琳様の隣に立っていた。

昨晩、宴会で散々騒いでいたからか、皆の顔からは疲れや二日酔いが見て取れる。

 

 

「皆、集まったわね?」

「華琳様、この集まりはいったい?」

「北郷と秋月がまだ来ていない様ですが……まさか……」

 

 

華琳様の問い掛けに春蘭と秋蘭が並んで答える。秋蘭は何かを察した様に顔を青ざめていた。

 

 

「なんや~朝っぱらから……ウチ等は二日酔いなんやで……」

「うむ……少々飲み過ぎたな……」

 

 

霞と華雄が頭が痛そうにしている。他の皆も動揺なのか疲れが目に見えている。これから告げる事を思うと私の胸が痛む……ううん、直接告げなければならない華琳様の方がツラい筈。少々ダラケる様子が見えるが皆、華琳様の話を聞く姿勢になったのを見計らって私は華琳様に声を掛ける。

 

 

「華琳様、そろそろかと……」

「ええ、そうね。皆の者、聞こえているかしら!今から皆に伝えなければならない事がある!」

 

 

 

そうして華琳様は、一呼吸おいて残酷な現実を彼女達に告げる。

 

「天の御使い、北郷一刀と秋月純一はその役目を終え、天に帰ったわ」

 

 

華琳様から告げられた一言に玉座の間が静かになった。誰も口を開けなくなっている。

 

 

「ね、姉様?冗談にしては笑えませんわ……」

「そ、そうっスよ。あの二人が居なくなるなんて……」

 

 

栄華様と華侖様が震えた声で確認してくるが真実は変わらない。

 

 

「冗談じゃないわ。一刀と純一はもう……居ないのよ」

「嘘だ!兄ちゃんと純一さんが居なくなるなんて……僕達の前から居なくなるなんて……っ!」

「……季衣」

「落ち着く……」

 

 

季衣が華琳様の言葉を信じずに叫び、流琉と香風が落ち着かそうとしているが二人も顔が青ざめていた。

 

 

「華琳様……彼等が居なくなったと言う確証はあるのですか?」

「お兄さんは兎も角~、純一さんなら私達に隠れて何かを仕出かしそうなので~」

 

 

稟と風は軍師らしく言葉をそのまま飲み込まず、疑いを掛けて来た。軍師らしく、とは言っても華琳様のお言葉を疑うなんて今までは無かった事だから二人も動揺し、冷静ではないのだろう。

 

 

「あ、ちょっ……何処、行くねん凪!」

「隊長と副長に『隊長と副長が天に帰った』とはどういう意味か聞いてくる」

「凪ちゃん、落ち着くの!凄い矛盾してるの!」

「し、師匠が……師匠が……」

 

 

フラフラと覚束ない足取りで玉座の間から出ていこうとする凪を真桜と沙和が押さえ付けていた。大河も本能的に凪を止めてはいるが動揺が目に見えている。

 

 

「ふぇ……う、うぅ……」

「泣かないでよ、月……月が泣くと……ぼ、僕も……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

月と詠は抱き合うように涙を流していた。

 

 

「そ、そんな……秋月さんが……秋月さんが……」

 

 

斗詩は自身の服ごとを自身を抱き、秋月から与えられた服の感触を確かめている様に見受けられた。

 

 

「れ、恋殿!?」

「…………二人を連れ戻す」

 

 

恋が方天画戟を担ぎ、今にも飛び出しそうなのを大粒の涙を流しているねねが必死に止めていた。

 

 

「うそ……嘘だよね。一刀もぷろでゅーさーも……私達が大陸一番のあいどるに成るのを……見守るって……」

「そ、そうよ……どっきりって奴なんでしょ!?前にぷろでゅーさーが言ってたわよ!そんな演出があるんだって!」

「……姉さん」

 

 

虚ろな瞳で空を見上げる天和。頑なに信じようとしない地和。全てを察してか姉二人を泣きながら見つめる人和。

 

 

そんな中、霞と華雄が口を開く。

 

 

「そんな訳、あるかいっ!あの二人がウチ等を置いて天の国に帰るなんて、ふざけた話があるかいなっ!」

「その通りだ。いくら大将とは言えど、そんな有り得ない話をするなど……桂花、お前からも何か言ってやれ!」

 

 

霞と華雄は私に水を向けるが私は華琳様と同様に彼等を見送った側だ。そちらの言いたい事も分かるけど……

 

 

「いいえ、私も華琳様と同じよ。私は秋月が天に帰るのを見たわ。どうしようもなかったのよ……」

「なんだと、ふざけるな!秋月が天に帰ったと言うならば全力で止めるべきだった!風や稟も何か言ってやれ!」

「ぐぅ~」

 

 

私の言葉に噛み付いてくる華雄が風や稟に同じ軍師として言ってやれと叫ぶ。だけど、風は寝ていた。

 

 

「「寝るなっ」」

「おおっ!あまりにも突拍子もない話だったので思わず現実逃避してしまいました」

 

 

華雄と稟の二人から同時にツッコミを食らい、風は目を覚ました。

 

 

「風……貴女、こんな時にまで……」

「すみません~。ですが、お兄さん達がいなくなったのは紛れもない事実だと風は思うのですよ~」

 

 

稟の呆れた様な、言葉に風はコホンと咳払いを一つ落とした後に周囲にも言い聞かせる様に言葉を繋いだ。

 

 

 

「考えても見てください、ここ最近のお兄さんや純一さんはどこか様子が変だったのですよ。風が思うに、あれはお兄さん達が天に帰る兆候だったのではないでしょうか~?」

「その通りよ、風。一刀は……一刀や純一の知る私達の未来を変えた。この所、体調を崩したり、よく倒れていたのはそれが原因よ。純一は自爆していたから気付きにくかったけど……」

 

 

 

震えた声で意見を述べる風に、華琳様はは追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

 

 

「『大局にはさからうな。逆らえば待っているのは身の破滅』許子将は一刀にそう言ったの。一刀は私に従わなかったらそうなると思っていたようだけど、真実は違っていたの」

「華琳様、まさか大局というのは北郷の知る天の知識の事ですか?」

 

何かを察した秋蘭は華琳様に震えた声で問い掛ける。

 

 

「ええ、その通りよ秋蘭。そして一刀と純一は天の知識を使い、幾度も私達を救った」

「では度々倒れていたのは……我々を救ったせいだったのですか?」

 

 

秋蘭の声は今にも泣き出しそうな程に震えていた。

 

 

「あの時……定軍山で北郷が援軍の指示を出していなければ……秋月が共に戦っていなかったら……私も流琉も劉備軍に討ち取られていた……」

「そんな……じゃあ、兄様達は……それを知っていたから……」

 

 

秋蘭と流琉は定軍山で直接助けられたから尚更、その事実が重いのだろう。秋蘭はいつもの冷静な佇まいは見る影もなく、流琉はボロボロと大粒の涙を流している。

 

 

「顔をあげなさい……秋蘭、流琉。もし一刀や純一がここにいたらそんな顔をすることを望みはしないわよ」

「……華琳様」

「う、う……ぐすっ……は、い……」

 

 

秋蘭はスッと顔を上げたが流琉は涙を止められていない。私も同じ立場だったら、泣いているだろう。私も華琳様も一晩、泣き腫らしたから今は少しだけ冷静になれているだけ。

 

 

「少なくとも一刀は後悔していなかったわ。私は背を向けていたけど、間違いなく最後の瞬間まで微笑んでいた。だからこそ、そう思えるの」

「秋月の顔を最後に見たわ……満足そうに……笑っていたわ」

 

 

華琳様と私は彼等の最期を看取った者として伝えなければならない。どんなにツラくても。

 

 

「最後にもう一度だけ言うわよ。皆、しっかりと受け止めなさい。それと、間違っても彼等を追って天の国に逝こうなんて馬鹿な考えはしない事ね。それこそ、一刀にも純一にも軽蔑されるわよ」

 

 

一気に捲し立てた華琳様はフゥと息を吐き、玉座に腰を下ろした。華琳様が言った『彼等を追って天の国に逝こうなんて馬鹿な考えはしない事』それは彼女達に向けた言葉である筈なのに、まるで華琳様は自分に言い聞かせる様に、横に居た私に言い聞かせる様にも感じた。

 

華琳様はいつも通りに振る舞おうとしているけど、限界の様に見えた。私も一晩泣いたから幾分か冷静だけど……私は華琳様と違い、殆ど口を開かなかったからだ。

 

 

「劉備達に頼んで、2.3日は城に滞在してもらえる様にしてあるわ。国に帰るまでに心の整理を付けなさい。じゃないと……じゃないと秋月にも北郷にも愛想付かされるわよ」

「その通りね。桂花の言うとおり、国に帰るまでに心を落ち着かせない。民の前で弱い姿を見せるのは許さないわ……だから今日一日は泣いて……泣いて全てを忘れなさい」

 

 

私の言葉に華琳様は玉座から立ち上がり、玉座の間から出ていこうとする。華琳様は泣いていなかった。でも、心で泣いている。皆もそれを察したから何も言わずに華琳様を見送ろうとした。

 

 

 

「お兄さん、純一さん。風は……風、は……日輪は支える事は出来ても……天を……支え……る事は……出来ないの……です、よ……うわぁぁぁぁぁぁぁっん!」

 

 

いつも飄々として掴み所の無い風が感情のままに泣き叫んだ事で皆も堰が切れた様に次々に泣き叫んだ。彼女達は昨日の私と華琳様だ。現実に起こった事を受け入れられない弱い一人の女の子。

 

 

「弱いわね……あの二人が居ないだけで私達は瓦解しそうなのよ。今、何処かの国に攻めいられたら簡単に侵略されてしまうわね」

「寧ろ、怒り狂って攻めに来た侵略者の国を滅ぼしに行くかと……」

 

 

華琳様があまりにも脆い私達自身の事を嘆く。でも、私はあの子達は嘆いてはいるものの、秋月と北郷が導いた三国の平和を乱す者がいた場合、悲しみよりも怒りが勝り、侵略者を返り討ちにして、そのまま国を滅ぼしに行くと確信できる。

 

 

「貴女も休みなさい、桂花。私も……休むとするわ」

「………はい」

 

 

そう言って華琳様は与えられた部屋に入る。扉が閉じた後に中からは啜り泣く様な声が聞こえ、私もまた泣きそうになった。

 

 

「華琳様だけじゃなく……魏の将全員泣かせるなんて、どれだけ罪を重ねるのよ、馬鹿兄弟……」

 

 

私は自分の言葉に、思えば国に帰ったら民が全員泣くのでは?と考え、あの二人はある意味で最大級の戦犯の様な気がしてきた。

そんな事を思っていたら私の頬に一晩中泣いて出尽くしたと思った涙が伝っていた。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。