一刀に愛実の話をして、帰れない可能性や三年も経過したのだから彼女達も俺達を振り切った可能性の話をしてから半年。一刀が考古学の教授の遺跡発掘の助手に向かうと言うので俺は一人で事務所に居た。今は仕事もないし、昼間から酒に溺れている。一刀が帰ってくるのは明日の昼頃だ。
「………ぷはっ」
俺はたまにこうして酒を飲んで、何もかもを忘れたくなる。一刀に話した、あの世界に帰れない可能性の話は俺が現代に帰ってきてからズッと悩んでいた事だ。一刀は考えないようにしていたみたいだが、俺はその事が頭の片隅から片時も離れなかった。この間、愛実と会った時に少しだけ希望があるのでは?と考えていたが愛実も過去に夢で再会を願った人との再会は叶わなかった。それが俺の心に軋みを生んでいた。
帰れない、桂花に会えない。俺が惚れた彼女達に会えない。あの世界に戻れる可能性が更に低くなった。そんな思いが心を締め付ける。だが、俺が一刀の前で弱気を見せる訳にはいかない。だから一刀が居ない時に酒に溺れていた。
「あー……会いてぇ……」
その言葉を最後に俺の意識が遠退く感じがした。やべ…飲み過ぎ……た……持っていた筈のグラスが手から滑り落ち、ガシャンと割れる音を最後に俺は意識を手放した。
「……………はっ!?」
急激に意識が覚醒した。うたた寝をしてたのか、俺は上体を起こし、辺りを見回す。
「え、な……俺の部屋?……って戻ったのか!?」
目を覚ますと俺が帰りたくて待ち望んだ魏の城の俺の部屋だった。いや、なんで急に!?
「落ち着け……最初にあの世界に行った時も急な話だったんだ……今回もそうであっても、おかしくは……いや、おかしい事態なのは間違いないが」
あまりにも突発的に魏に戻ったから思考が収まらない。考えがあまりにも纏まらない。ま、取り敢えず……
「桂花に会いに行こう」
うん、これしか無いわ。他の娘とか街の様子とか気になるけど、やっぱ最初に桂花に会いたい。そう思って扉から出ていこうとして……扉が開いた。まさか、桂花が!?そう思った俺の期待は
「あんら、目が覚めたのねん」
スキンヘッドにもみ上げを三つ編みに編んだ筋肉質の大男によって打ち砕かれた。しかも独特なオカマ口調の物体Xはパンツ一丁だ。
「波ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「ぶるわぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は即座に、かめはめ波を叩き込んだ。三年半ぶりに放った、かめはめ波は物体Xに直撃した。
「やったか?まさか、城の中に妖怪の類いが現れるとは思わなかった」
「誰が『様々な強者の細胞を経て誕生した奇っ怪な最強生物』ですってぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
うおっ、無傷!?しかも例えがやたらと的確な……
「や、すまない。俺の直感がアンタを敵と認識してしまった」
「もう、お肌が荒れちゃうじゃないのよん」
取り敢えず話が出来るならコンタクトをしないと。って言うか俺のかめはめ波の直撃を食らって肌が荒れる程度のダメージしか無いのかよ。
「取り敢えず自己紹介しとこうかしらん。私の名は貂蝉。しがない踊り子よん」
「へー……貂蝉。貂蝉!?」
物体Xの自己紹介に俺は目が飛び出る程のショックを受けた。貂蝉って言えば三國志に出てくる絶世の美女じゃなかったっけ!?どうしてこうなった!いや、それよりも!
「えーっと貂蝉。アンタは魏に仲間入りしたのか?それよりも俺は会いたい人が居るんだが」
「あらん、それは無理よん。だって此処は貴方の夢の中。本当の世界じゃないもの。貴方の愛しい人達には会えないわよん」
俺の発言をクネクネと動きを交えながら解説する貂蝉。いや、マジで止めてくれ、その動き。
「この世界は貴方のあの娘達に会いたいと願う想いから生まれた世界の境界線なの。こんなに強い想いが繋がるなんて凄いわねん」
「話が突飛すぎて訳が分からないんだが……」
貂蝉の言葉が抽象的すぎて何言ってるか、ちょっと分からない。
「詳しくは言えないわよん。で・も……貴方と恋するお姫様達の想いは一緒なの。ご主人様も曹操ちゃんと会いたいが故に夢の中で繋がっているわん。尤も、夢から覚めれば忘れちゃうけどねん」
「よく分からんが……会えないって事だよな」
貂蝉の言い分はさっぱり分からない。でも、まだ桂花に会えないってのは分かった。
「私が貴方に教えられるのは、少ないわ。でもね……道標は出せる。でも、良いのかしらん?あの世界で彼女達は貴方達の代わりを勤めようと必死。貴方達が帰るというのはそれに水を差すような事なのよ。それに彼女達が別の男と付き合ってるかも知れない。あの世界に行ったらそんなのを見ちゃうかも知れないのよん?それでも、あの世界に帰りたいと言うのかしら?」
貂蝉の発言に俺が一刀に問いかけた事がリフレインする。そう、あの世界で桂花達が俺達の事を忘れて未来を行きようとする可能性なんか幾らでもある。そうじゃないなんて思うのは思い上がりも良いところだ。
「ああ、俺はそれでも帰りたい。あの世界に」
「…………そう、決意は固いのねん。なら、バッチリ教えちゃおうかしら」
俺の言葉に貂蝉はビシッとポーズを決めた。無闇に筋肉を強調するなよ貂蝉(仮)
「重要なのは『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』これらを揃える事よ。そして……いえ、此処までね教えられるのは」
「いや、最後まで教えてくれよ!なんか一番重要な部分を隠しただろ!」
あの世界へ至る重要なキーワードを幾つか話した貂蝉だったが何故か、途中で口ごもった。
「貴方達側の条件が揃っても、あの娘達の条件が揃わないと駄目なのよん。だから、貴方とご主人様はこっち側の準備を済ませておいてねん」
「こっち側の準備?それがさっき言っていた『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』って事か?いや、そもそも銅鏡の欠片とか意味が……」
俺が貂蝉の言葉に疑問を投げ掛けようとした、その時だった。体が宙に浮くような浮遊感が襲ってきたのだ。
「あら、残念。夢から覚めちゃうみたいね。伝える事は伝えたから……後はご主人様にヨロシクねん」
「桂花達にまた会える彼女があるなら、やってやるさ。つか、さっきから言ってる『ご主人様』って……誰の事だ?」
俺が夢から覚めようとしているから話は此処までらしい。俺は最後に途中から疑問に思っていた事を口にした。
「あらん、決まってるじゃない。私のご主人様は『北郷一刀』私はご主人様の愛の肉奴隷な・の☆」
貂蝉は最後に頬を染めながら、俺にそんな事を言ってきた。その姿にもう一度、かめはめ波を叩き込みたくなったが、俺の意識はそこで途絶えた。
「純一さん、起きてください!どんだけ飲んでるんですか!?」
「ん、おおっ!?」
目が覚めたら事務所のソファーで目が覚めた。一刀が怒った様子で俺を見下ろしていた。
「ったく……帰ってきてみれば、こんなに散らかして!酒の空ビンも大量に転がってますし、どんだけ飲んだんですか?」
「夢……そっか、夢だったんだな。夢うつつの状態で飲み続けたのか俺……」
先程までの貂蝉を名乗った物体Xの話は夢だったのだろうか?泥酔状態の俺が見た馬鹿な夢だったのか?いや、でも……あの世界へ帰れる可能性が万にひとつでもあるなら試してみたい。さて、さしあたり一刀に聞かなきゃならない事がある。
「一刀、貂蝉を名乗る筋肉ダルマに『ご主人様』って呼ばれた覚えってある?」
「……………はい?」
俺の質問に怪訝な表情になる一刀。そのリアクションはどっちだ?身に覚えがあるからなのか、俺が突拍子もない事を言ったからなのか。どちらとも取れる表情なだけに判断できん。