風呂に入ったり、水を飲んだりして酔いを完全に抜いた状態になってから俺は昨夜の夢の話を一刀に話した。怪訝な顔付きだった一刀も段々と話に食いつき、最終的には俺と共にどうするべきかと一緒に頭を悩ませる程だった。
「その筋肉ダルマの自称貂蝉が言うには『満月』『銅鏡の欠片』『あの娘達への想い』が必要って事なんですよね?」
「ああ……それが本当なら少なくとも条件は二つは揃ってる事になる。『あの娘達への想い』は既にある。『満月』はその日が来るのを待てば良い。だが、『銅鏡の欠片』ってのが分からん」
一縷の可能性があるなら、それに賭けてみたい。藁にでもなんでもすがってみせる。
「一刀、教授の遺跡発掘の調査に同行したんだろ?今まで、そんな物を見た事、無かったか?」
「遺跡でも銅鏡自体は沢山見てきましたよ。でも、適当に銅鏡を選んでも意味はないですよね?」
俺が一刀に今までの大学生活で覚えはないかと聞いてみたが、ピンと来る物は無かったのだろう。あれば、即座に思い出してる筈だ。
「一刀、大学の資料とかを調べ直してこい。闇雲に探しても意味はないのかも知れないが『銅鏡』にキーワードを絞れたなら探しやすいだろう」
「純一さんはどうするんですか?」
一刀に指示を出しながら俺はいつものスーツに着替えて、出掛ける支度をする。
「俺は身近な歴史博物館や資料館を巡ってみる。丁度、仕事の依頼は無いからな」
「調査に時間を割けられる事を喜ぶべきなのか、仕事が無い事を嘆くべきなのか……」
嘆きたくなるのも分かるが、今の状態では良かったと思うべきだろう。
「当面は仕事を受けるのも止めた方が良いかもな。僅かでもやっと掴んだ手掛かりだ。逃したくない」
「正直、雲を掴む様な話ですけど……手掛かりはそれだけですしね」
俺は事務所の留守電を『現在、仕事の依頼がお受けする事が出来る状態ではないので申し訳ありませんが、他の探偵をお探しください。お薦めの探偵は……』と言うメッセージに切り替える。これは仕事が多い時や手が回らない時に他の探偵にも仕事を回す為の措置だ。知り合いの探偵にも話は通してあるから、これで問題ない。
「一刀、この三年半で……まだ可能性だけだが、夢の中の化物の助言だったが、俺達にはこれしかない。いや……寧ろ、あの世界での事が夢みたいなもんなんだから却って信憑性があるのかもな。だが、俺達はこれに賭けるしかない」
「分かってます。俺も頑張りますよ。華琳達にまた会う為になら、なんでもしますよ」
二人揃って事務所を出て、それぞれの方向に歩き始める。我ながら馬鹿げてる事に全力だ。でも、そんな馬鹿げてる事に本気に成れなければ、あの世界ではやっていけなかった。
「なんだろうな……警備隊の仕事に行く時みたいな気分になって来たよ」
「いつもドタバタでハチャメチャでしたよね」
その言葉を最後に俺と一刀はそれぞれ、更なる手掛かりを探しに別行動を開始した。早く、あの世界へ戻りたい。そんな思いを胸に俺と一刀はあの世界へと至る道を探し始めるのだった。
と意気込んだのは良かったが一週間ほどの調査で近隣の歴史博物館や資料館は外れた。一刀も成果無し。まあ、いきなり、そんな分かりやすく解決とはいかんわな。やるせない気持ちと共に酒に溺れ……
目が覚めると目の前に褐色肌のオッサンの顔が目の前にあった。その距離、僅か5センチ。
「あ……しょらっ!」
「ぬおっ!」
本能的に危険を感じた俺はその鼻っ柱に拳を叩き込んだ。
「や、やるではないか。漢女道を極めし、このワシに一撃入れるとは………」
「貂蝉と言い、最近本能的に敵だと即座に認識する奴が多いな……」
怯んだ物体Xその二が退がったのを確認し、フーッと殴った拳を撫でながら寝台から起き上がる。貂蝉が夢に出た時と同じく魏の俺の部屋だ。
「貂蝉の夢と同じか……またヒントをくれるならありがたいが……アンタは?」
改めて物体Xその二を見ると……まあ、酷い。
長い白髪を揉み上げの所で二つ折りに結って、眉毛は所謂マロ状態。更に髭はカイゼル髭だ。髭の尖り方が凄まじいが。そして服装だが……裸に燕尾服にネクタイ。ローファーと白のハイソックス。白のビキニと褌を纏う浅黒い肌の筋肉質な肉体。
ある意味、貂蝉以上にヤバい感じだ。こんなヤバい人物なら俺があの世界に居た頃に悪い意味で話題に上がる筈だが聞いた事もない。まさか名前が楊貴妃とか言わないよな?あり得そうで怖いわ。
「ふむ……我が名は卑弥呼。貂蝉の師にして漢女道亜細亜方面前継承者で外史を見守り、導く者だ」
貂蝉と言い……こっちの予想の斜め上を行くなぁ。まさか、卑弥呼と来たか。
「で、貂蝉の師匠なら何をしに来た?あの世界へと至る道を教えてくれるなら……」
「お主はもう掴んでおる。あの世界への道標をな」
ヒントを新しく貰えるのかと思えば卑弥呼は俺がもう、あの世界への道標を掴んだと答えた。
「な、なんだって!?俺も一刀も必死に探したけど何も手掛かりは……」
「だからじゃよ。お主等は別々に手掛かりを探そうとした。お主等は天の御遣い兄弟。別々では意味がない」
俺の言葉に卑弥呼は首を横に振った。俺と一刀が一緒じゃなきゃ意味がない?
「お主等は、あの世界へと降り立った地は別でもお主等は天の御遣い兄弟として存在した。故に片方だけが手掛かりを掴んでも意味がない。今頃、貂蝉も北郷一刀にあの世界へと至る道を教えておるじゃろう。これでお主達の側の条件は揃った。後はあの世界の姫君達がお主達を思えばあの世界へと至る道が開かれる。あの世界でお主達と会うのをワシも楽しみにしておるぞ。ガーハッハッハッハッ!」
満足そうに豪快に笑う卑弥呼。見た目以外は良い人っぽいんだよな。見た目以外は。って言うかちょっと待て。
「あの世界でって言ったよな……まさか、卑弥呼はあの世界と此方と自由に行き来できるのか?」
「いや、それは不可能だ。ワシや貂蝉に出来るのは道を示す事とこうして夢の中で神託を下す事くらいよ。ワシも貂蝉も漢女道を極めた巫女なのでな。このくらいは造作もない事よ」
俺の疑問に答えた卑弥呼。頼むから他方向に喧嘩を売る発言は止めてくれ。って言うか他人の夢に平然と侵入出きる段階で普通では無いのだが。
「そ、そうか。それで最後に聞きたいのは、その銅鏡は何処にあるんだ?どの銅鏡でも良いって訳じゃないんだろ?」
「お主も覚えがあるだろう。二つに割れた銅鏡だ。あれをお主と北郷一刀で見に行くと良い」
二つに割れた銅鏡……あれか!最近、行った歴史資料博物館にあったやたらデカくて割れた銅鏡!
「あれが……そうだったのか!?」
「うむ。だが、割れておる故に力も弱っておる。だから、思いの力も及ばず、道足り得ん。だが、お主等が揃えば……或いは」
そうか。前の貂蝉からの情報と卑弥呼の話で一つに繋がった。これで、あの世界に……
「フフっ……闘志に燃える男はやはり良い。萌えよるわ」
「俺の闘志が鎮火する仕草は止めてくれ」
卑弥呼は頬を染め内股になりモジモジと俺を見ていた。いや、マジで止めてくれ。情報は超感謝するけど。
「む、もう目覚めの時らしいな。お主等とあの世界で再会する事を願うぞ」
「礼は……その時に言うよ。貂蝉にもな。アンタ達が居なきゃ俺はずっと彷徨っていただろうから」
突然の浮遊感。貂蝉の時にも感じた俺が夢から覚めようとしている時の感覚だ。俺はこれが最後になるだろうと卑弥呼に話し掛ける。
「うむ、その時は漢女の拳で語り合おうではないか!」
「俺は漢女じゃないけど……タイマン張らせて貰うぜ」
豪快に笑う卑弥呼に俺はタイマンの約束をした。
そして目が覚めた。目覚めれば事務所のソファーで寝ていた俺。前回と同じだった。
「夢か……だが前回よりも話が確信に近づいた気がするな」
「じゅ、純一さん!」
寝惚けた頭を覚醒させようとしていると一刀が慌ただしく事務所に入ってきた。ふむ、これはもしや……
「貂蝉に会ったか?」
「………………はい」
ビンゴ。初めて貂蝉を見れば当然のリアクションだよな。一刀も悪夢を体験したらしい。さて、一刀の悪夢を聞いてから歴史資料博物館に行きますか。