鍛練の後、風呂に入り、夕食を済ませて自室に戻ると袁術が声を掛けてきた。部屋の戸を開けて中に招き入れると袁術は寝間着姿だった。風呂上がりだったのか血色も良い。
因にだが、俺が魏で設計した五右衛門風呂はかなり普及していた。裕福な家なら個人の家に設置されているくらいで、町の中には風呂屋なる物もある。自分のした事が良い方向に動いているのを見るのは良い気分になるよね。
「そ、それで……なのじゃ」
と、思考の海に沈み掛けた所で袁術が話を切り出し始めたので袁術と向かい合う。
「えっと……その……うみゅ……」
何かを言いたいのだろうが、言えない。口に出そうとしても上手く出ない。うん、急かさないから落ち着いてゆっくり話なさい。
「ご……」
ご?何だろう。次に出る言葉が予想出来ない。
「ごめんなさいなのじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「えっ!?ちょっ、落ち着け袁術!?」
俺はボロボロと泣き始めた袁術に慌てる。いや、なんで急に泣き始めた!?
「よしよし、落ち着け。な、落ち着こう袁術」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
落ち着かせようと抱っこして頭を撫でる。しかし、袁術の泣きっぷりは凄まじく、このまま15分程泣き続けて漸く泣き止んだ。
「落ち着いたか?」
「………うみゅぅ」
抱き付いたまま俺の肩に顔を埋める袁術。やっと泣き止んでくれた。何だったんだか……
「それで?なんで泣いたんだ?」
「だ、だって……妾の所為でお主は愛する者の所に行けんのじゃろう?妾の所為で迷惑……を……」
泣いた理由を尋ねると袁術はまた泣きそうになったのでポンポンと背中を掌で叩く。
「俺が愛する女の所に行かないのは袁術が理由って訳じゃないよ。俺自身、思う所があるからだ」
「でも、妾は……民に……色んな人に……うぅ……」
荀緄さんは袁術に何を教えたんだろう?めっちゃメンタル傷付いてるんだけど。でも、袁術も以前の自分が間違っていたと学んだんだな。
この後、『泣く』→『落ち着かせる』→『話を聞く』→『泣く』のループを繰り返して判明したのは袁術の心変わりした理由だった。
荀緄さんの授業で民の暮らしや政治を学び、侍女の仕事をして労働の大変さを知り、顔不さんから気の使い方や戦い方を聞いて戦の事を改めて知った。その結果、過去の自分が如何に愚かで阿呆で人に迷惑を掛ける存在だったか認識したらしい。そして、この屋敷に来る前に助けられてお礼も言えてない事にずっと悩んでいた。そもそも顔不さんに気の事を学んだのも俺の助けになれればと考えたかららしい。
この短期間で此処まで学べるんだから元々の頭は良い方なんだろうな。顔不さんも気の扱いには天賦の才があるって言ってたし。
「そっか、でも袁術はちゃんと謝れる様になったじゃないか」
「……うみゅぅ」
撫でていた背を頭に切り替える。サラリと柔らかな髪を撫でてやると袁術はくすぐったそうにしていた。しかし、このままじゃ駄目だよな。魏に行ったら大将に話をして袁術をどうにか匿わないと。もしくは荀緄さんに頼んで袁術を荀家の侍女として雇い続けて貰うか?
「の、のぅ……妾の……妾の真名は美羽じゃ。主様に預かって欲しいのじゃ」
「お、おい。真名を……って主様?」
袁術が顔を上げて訴える様に俺に真名を預けに来た。一瞬思考が停止したわ。俺の呼び方も『主様』になってるし。
「妾は主様に命を救われた……荀緄殿から正しい事も学んだ。主様が魏の警備隊の副長と言うのも聞いておる。だから妾を主様の侍女として傍に置いて欲しいのじゃ!妾なら気の力で主様の怪我も治す事が出来る……じゃから……じゃから……」
袁術の……いや、美羽の言葉に以前、『妾を一人にしないで』と泣いていた時の事を思い出した。今も美羽は震えた手で俺の服をギュッと握っている。
「お前の真名は預からせて貰うよ美羽。でも、自分を安売りする様な、言い方は止めてくれ。俺はそんなの望まないよ。俺が魏に行く時には一緒に行こう。無理はしなくて良い。でも、何をすべきなのかは一緒に探そう?俺も一緒に皆に頭を下げるからさ」
「ぬ……主様ぁぁぁぁぁぉぁぁぁっ!」
俺の言葉に再び、泣き始める美羽。さっきは荀緄さんに美羽の事を任せようかと思ったけど、そうもいかなくなったな。益々、天下一品武道会を頑張らなきゃと気合いが入ったよ。
因みにこの後、泣き疲れた美羽が俺の手を離さなかったので仕方なく一緒の寝台で寝る事になった。ねねが「眠れないのです」と言って一緒に寝ていた時の事を思い出したよ。
翌朝、一刀と顔不さんに疑われたけど何も無かったっての。