舞台に上がると、あの頃と変わらない甘寧が鋭い視線を俺に送ってくる。おいおい、ゾクゾクするから止めなさい。
「貴様は……私の知るふざけた男に似ている。武の誇りを持たない、あの男にな」
「ふん、俺様は山の王。武の誇りなんざ知らないね」
はい、本人です。そんな風に言えたらどんなに楽か。俺は猪マスクの鼻からブシューと息を洩らす。
『おおっと!戦う前から熱くなっております!では、始め!』
「ふっ……はぁっ!」
「なんのっ!」
地和は叫ぶと同時に舞台から素早く降りた。怖かったから逃げたんだろうけど、それが正解だ。これから高速戦闘になるから……って危なっ!こっちの考えが終わる前に甘寧は剣を抜いて、斬りかかってきた。俺は咄嗟に二刀を構えて防御した。危ねー、マジでギリギリだったからね!
「参ノ牙 喰い裂き!」
「くっ!」
防御から刀を交差させ、距離の近かった甘寧を斬ろうとしたが、甘寧は素早く距離を開けて避ける。くそっ、やっぱり速度は向こうが上だな。だが、俺はその甘寧の後を追って距離を詰める。甘寧は俺の動きが予想外だったのか少し驚いた表情になったが即座に迎撃体制になった。
刀ではなく、鋭い蹴りが放たれ、俺の肩に直撃する。その痛みに俺は怯んでしまう。その隙に甘寧は距離を完全に開けた。更に油断もないように半身で構えて俺の動きを観察していた。
『おおっーと!先程の戦いとは違い、刀を使用した戦いの伊之助選手!なんと、あの甘寧選手を相手に大健闘だーっ!』
地和の解説に盛り上がる会場。うん、俺はそれどころじゃない。ハッキリ言って速度で劣る俺は甘寧に攻撃を当てる術がない。しかも先程のやり取りで甘寧には俺の攻撃速度を見切られている。以前なら気で遠距離攻撃にシフトする所だが、その戦法は今は使えない。
「………私の勘違いだったか?ならば終わりにしよう」
勘違い?甘寧は俺の何かを探っていたのか?そんな考えを張り巡らせようとした俺だが甘寧は一気に距離を詰めてきていた。やっべぇ!
「遅い!」
「ぬおっ!?」
甘寧の一振が俺の二刀を叩き落とす。ヤバい、このままじゃ……こうなったら禁断の奥の手!
「顔フラッシュ!」
「な、貴様は!?」
俺は猪マスクに手を掛けて少しだけ顔を晒す。少しだけだったのと角度の関係で俺の素顔を見たのは目の前の甘寧だけだ。案の定、甘寧は驚愕に染まり……動きを止めた。そして、その隙は致命的だぞ。
「猪突っ猛進!」
「な、が、ぐっ、ああっ!?」
俺は甘寧の顔と腹部に拳を叩き込む。咄嗟に顔を防御した甘寧だが腹に拳を叩き込まれて、ふらつく。その隙に俺は甘寧の首を捕まえ、膝蹴りを顎に叩き込んだ。此方も防御はされたが手の上からでも膝蹴りは効いたのだろう。更に体勢を低くした状態から胸の辺りに頭突きをしながら足の関節を攻める。最後はその足を掴んだまま場外へと投げおとした。
『き、き、き、決まったー!甘寧選手場外!伊之助選手、大会上位の甘寧選手を見事に打ち破ったー!この結果を誰が予想できたー!』
地和の解説に会場は盛り上がりと騒然としていた。そりゃそうだ。今まで無名で顔を隠した怪しい奴が甘寧を倒したんだから。まあ、反則的な手を使って場外に落とすしか手がなかったのだが。
「貴様が何故、正体を隠しているのか……後で教えて貰うからな」
「あ……すまん」
舞台から場外に落とされた甘寧は既に立ち上がり、舞台袖に戻ろうとしていた。すれ違い様にボソッと俺にだけ聞こえる様に呟く甘寧。俺が正体を隠しているのを何かの理由だと察してこの場での追及はしないでくれるらしい。
『では、本日の試合は此処までとなります!では、明日の試合はー?』
「「「「絶対に見ます!」」」」
大会参加者が多いのと連戦ではコンディションが保てない事を理由に本選は二日間の行程で行われる。正直、助かった。気を使わずに戦い続けるのって俺の本分じゃないから。つうか、今日の戦いにしたってどっちも虚を突いて誤魔化した様なもんだし……ああ、疲れた。早く宿に戻って美羽に癒して貰おう……
『参ノ牙 喰い裂き』
交差させた二刀を、外側に向けて左右に振り抜く技。
『顔フラッシュ』
GUILTY GEARシリーズのキャラクター『ファウスト』の挑発。常に紙袋を被っていて、紙袋の下はハゲ。
挑発の中に紙袋を取って頭を光らせるものがあり、紙袋を取っても光で顔が影って確認はできない。
『最強コンボ一号』
『史上最強の弟子ケンイチ』の主人公『白浜兼一』が使用する技。
空手の「山突き」→ムエタイの「カウ・ロイ」→中国拳法の「烏牛擺頭」→柔道の「朽木倒し」の順で繰り出される連続攻撃。