ヤバい……今の俺の素直な感想だ。先程の孫策さんの『貧乳』宣言から味方の陣営のみならず他の陣営からも怒りのオーラが見てとれる。他の陣営にもいたのね貧乳を気にしてる子。
「あっはっはっ……あー、スーっとした」
「貴女の気晴らしにはなったんでしょうが俺は味方の陣営に戻るのが怖いのですが」
ケラケラと笑う孫策さん。俺は貴女のせいで味方に殺されかれないのですが。まあ、愚痴っても仕方ないので本来やる筈だった事の準備を進めていると汜水関の前に居た武将がこっちに来た。
「孫策殿、先程の叫びは何なのですか?」
「面白かったのだー!」
「あら、関羽、張飛」
関羽と張飛!?三国志の最大ビッグネームの関羽と会えるとは……どんな人……え?
「ま……愛美?」
「はい?」
俺は吸っていた煙管を落としてしまう。なんで愛美が……いや、違う。アイツが此処に居る訳がない。凄いポカンとした顔してるし。でもマジで似てる。
「あ、いや……申し訳ない人違いだった。俺の知っている人に凄く似ていたから見間違えた、すまない」
「そうでしたか。勘違いをさせてスミマセン。我が名は関羽と申します」
俺と黒髪の少女は互いに頭を下げた。やっぱりこの子が関羽なのか。向こうも名乗ってくれたし俺も名乗ろうと口を開いた、その時だった。
「それでオジちゃんは誰なのだー?」
「ぐはっ!?」
共に来ていた少女。恐らく張飛は俺をストレートに『オジちゃん』と呼んだ。無垢で残酷な一言に俺は吐血しそうになった。そしてその場に倒れ混む。
「オジちゃんどうしたのだー?」
「……ぐふっ」
倒れた俺に追い討ちを掛けた張飛。ふ、ふふ……言葉のみで俺を倒すとは流石は三国志の英雄の一人。
「こら、鈴々!申し訳ありません!」
「にゃー、痛いのだ!」
張飛の頭を掴み頭を下げさせる関羽。苦労してるね姉上様。
俺は口元の血を拭う仕草をしながら立ち上がる。
「いや、構わないよ」
「まあまあ、あの子くらいの歳なら誰もオジさんに見えちゃうって」
関羽に謝られて、張飛にオジさんと呼ばれて、孫策さんに慰められて。何この状況?
「改めて自己紹介させてもらうよ、俺は秋月純一。許昌の警備隊の副長だ」
「改めて関羽です」
「張飛なのだー」
改めて自己紹介。やっぱりこの子等が関羽と張飛か。しかしまあ、見知らぬ子供に『オジちゃん』って呼ばれた時の『あ、ヤバい年取った』感は半端無い。地味に大ダメージ受けたよ。
「さて、準備してた鉄板の設置も済んだし始めるか」
「何をする気なの?」
興味津々と覗き込んでくる孫策さん。
「孫策さん、お酒は好き?」
「人生の伴侶とさえ思っているわ」
ふむ、此方は問題なし。
「関羽、張飛。食べ物の好き嫌いは?」
「ないのだー!」
「私も特にありませんが……秋月殿、何をお考えなのですか?」
こっちも問題はないな。ならば試してみよう。
「うん、では説明しよう。華雄達を汜水関から引っ張り出す為に今から此処で簡単な宴会をします」
「「「はい?」」」
三人の声が重なった。まあ、そうなるわな。
先程、設置した鉄板を火で熱して熱々にする。その上に様々な野菜や肉などを乗せて炒める。更に炒めた具材に麺を合わせ、酒を振り掛けるとジュワーと良い音と香りが辺りに立ち込める。
「凄いわねー、炒め物?天の国の料理?」
「お腹すいたのだー!」
「……………」
「これは天の国の料理でね。『焼きそば』って言うんだ。はいはい、すぐ出来るよ」
俺達は汜水関から少し離れた位置に簡易設置した席で鉄板を囲んでいた。俺の作る焼きそばに興味を示しつつ酒を飲む孫策さん。ヨダレをダラダラと垂らす張飛。俺を少々、疑わしい目で見ている関羽。
つーか孫策さん、アンタの飲んでる酒は料理用に持ってきた奴なんですが。
程よく炒めたら特製の塩ダレを混ぜ合わせる。因みにこの塩ダレは俺が現代でも作っていた物で大抵の料理に合う物となっている。だがこの時代において『塩』は貴重なものであり、俺がこの塩ダレを作ったら『無駄使いをするな馬鹿!』と荀彧と栄華に怒鳴られたが、後々この焼きそばを振る舞う予定なので、その時に味に驚くが良いわ。
なんて思っていると塩ダレが麺や具材と絡み合い熱で素晴らしい香りを放つ。
うおっ、張飛のヨダレが滝みたいになってる。早く食べさせてやるか。仕上げに刻みネギを炒め合わせて、ネギ油を少々かければ完成。
「これぞ『ネギ塩焼そば』だ。さ、御上がりよ」
「「いっただきまーす!」」
俺が皿に盛ると孫策さんと張飛は迷わずに食べ始めた。いや、俺が言うのもなんだが少しは疑いなさいっての。
特に孫策さん、アンタは王様なんだから。って言っても多分……『大丈夫よ。え、理由?勘よ、勘』とか言いそうだが。
張飛は張飛で凄いスピードで平らげてるし。
「秋月殿……これが策なのですか?」
「一応ね。散々、侮辱された上に自分達が守る砦の前で宴会なんかされたら怒り心頭だろ?」
この策は天の国の武将……って言うよりは漫画の『花の慶次』にならっての行動なのだが黙ってよ。
「んー、美味しいー。お酒も進むわ」
「はむっ、はぐっ……おかわりなのだ!」
「孫策さん、一応は作戦での宴会なんだから酒は程々にしてくれ。張飛はもう少し落ち着いて食え」
まったく落ち着かないな…………なんか、ごくナチュラルに給仕をさせられてるが今、抗議してもムダだな。
関羽は関羽でタメ息吐いてるし……でも、その仕草がまんま愛美で俺の心境はちっとばかし複雑だ。関羽にも焼きそばをよそって渡そうかな、なんて思っていたら汜水関の扉が開いた。え、作戦成功?
「孫策ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!今すぐその頸を落としてやる!美味そうな匂いを汜水関まで流しおって!!」
華雄とその部下が汜水関から出て突進してきた。積年の怨みと食べ物の恨みがかなり混じった叫びだったが……
「さてと……作戦も上手くいったし、良いお酒も飲めたから気分が良いわ」
「お腹いっぱいになったから負けないのだ!」
ゾクッとした。俺の背後で孫策さんと張飛が立ち上がって武器を手にしたのだが、その瞬間空気が変わった。
先程までの和な雰囲気から武人のそれに。こんなに早く切り替えが出来るものなのか。
「秋月、貴方は退きなさい。元々、此処は私や関羽達が任された関所だし、手伝ってもらった借りは必ず返すから」
「そうだな……俺は下がらせて貰おうか……」
予想外にも作戦が上手く行きすぎた。此処は元々、孫策さんや関羽が任された場所。それに俺は手伝いで来た程度だし、何より戦闘になったら俺は足手まといだな。
「おっと、逃がすと思うてか」
「げ、もう来た!?」
すたこらさっさっと下がろうかと思ったら、目の前には強面のオッサンが。いや、来るの早すぎね?まだ華雄ですら孫策さんの所に辿り着いて無いってのに。
「我が名は胡軫!我等の武と誇りを汚した貴様を許さん!」
「え、俺?」
胡軫って言えば確か、三国志で華雄と同等の将軍だった筈、なんでそんなのに目を付けられ……
俺はチラリと視線を孫策さんに移す。そこには一騎討ち中の孫策さんと華雄。更に反対側では関羽と張飛が華雄の部下達と戦っていた。あ、これ詰んだわ。俺にしか目がいかないパターンですね!
「死に行き、地獄に行ったならば閻魔に我が名を伝えよ。貴様を殺した男の名をなっ!」
胡軫は手にした巨大な棍を俺に突きつける。
え、マジで俺が戦うの?