真・恋姫†無双 北郷警備隊副長   作:残月

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第五十三話

 

 

◆◇side桂花◇◆

 

 

その日、私は機嫌が悪かった。いえ、その日に限らずずっと機嫌が悪かった……。反董卓連合が終わってから元董卓軍の兵士や武将を吸収して魏は更なる力を得たと言える。それは華琳様が天下を取るための足掛かりになるから素晴らしい事……そう素晴らしい事なのに……

 

 

「はい。秋月さん」

「ありがとう月……あむ」

 

 

あの馬鹿と月がやっている事を見るとイライラする。確かに秋月は手が使えないけど、そこまで甘やかせなくてもいいんじゃないの!?

その後も……

 

 

「ちょっと待って秋月。ほら、曲がってる」

「ん、おお……悪いな」

 

 

食堂から出ようとした秋月を引き留めた詠は背伸びをしながら秋月の『ねくたい』を直していた。近づきすぎよアンタ等!

 

 

「おーおー、出掛ける前の旦那の身支度を整える新妻みたいやなぁ」

「に、新妻っ!?」

 

 

今の状況を霞が冷やかし、詠が過剰反応をしている。なによ、デレデレして。

私は騒いでる秋月や詠を無視して配膳を下げるとその場から逃げるように食堂を後にした。モヤモヤする……イライラする……ああ、もう!考えが纏まらない!

私はその後の仕事も手に就かなかった。筆を進めようとしても頭に思い浮かぶのは先程の光景。

はぁ……駄目ね。全然集中できないわ。私は一度、頭を冷やす為に城の外へ出た。気分転換も必要よね。

 

でも……なんなのかしら……私は別に秋月が何をしようが関係ない。真名すら預けてない奴になんか気を止める必要もない。なのに……なんで……

 

 

「お嬢ちゃん、俺達と飲まない?」

「嫌よ、他を当たって」

 

 

私は思考の海に沈んでいたけど、それを引き上げたのは見知らぬ男達だった。酒臭いから昼間から飲んでるろくでなしなのだろう。こんな誘いになんて私は絶対に乗らない。

 

 

「おいおい……断るにしても言い方ってのがあるだろ?」

「触らないでよ!」

 

 

男は私の肩を掴んで引き止めようとした。触らないでよ汚れる!私は男の手を乱暴に振り払った。

 

 

「んだと、この女!」

「さては、ろくな男と付き合っちゃいないな!」

「女一人をほったらかしにしてんだ、そうに違いないぜ!」

 

 

酔っ払いの言葉とは言っても私はカチンと来た。何も知らない癖に……

 

 

「確かにあの馬鹿は……ろくなもんじゃないけど……アンタ達みたいな奴等よりもよっぽどマシよ!」

 

 

私は考えるよりも先に口が動いていた。何も知らない奴にあの馬鹿を悪く言われたくない。

 

 

「んだと……何処のどいつだか知らねぇが……」

 

 

そもそもコイツ等は余所者だろう。この国で私や秋月を知らないのは余所者である良い証拠だ。

 

 

 

「何よ、アンタ達が因縁つけてきたんでしょ!」

「ああん!?女が意気がってんじゃねーぞコラっ!」

 

 

男の一人が拳を振り上げた。殴られると思った私は思わず目を閉じてしまう。あれ……衝撃が来ない?

 

 

「荀彧に何してんだテメェ!」

「ぐはっ!?」

 

 

私はその叫びに瞳を開く。其処には私を庇いながら、酔っ払いを殴り飛ばした秋月が。

 

 

「あ……秋月?」

「荀彧……大丈夫だったか?」

 

 

秋月の右手からポタポタと流れ落ちる血の滴と顔を何度も視線を移してしまう……って、この馬鹿!

 

 

「何……してるのよ……」

「い、いや……荀彧が危ないと思ったから……つい」

 

 

私が睨みを効かせて問うと秋月はしどろもどろになりながら答える。

 

 

「アンタね……その傷が開いたのを私の責にするつもり?」

「あー……そういう訳じゃ……」

 

 

秋月の態度に私はもう限界だった。

 

 

 

「アンタが怪我したら私はどうしたらいいのよ!?私を庇ってアンタが怪我したら私はちっとも嬉しくないんだからね!」

「お、おい……」

 

 

私は秋月のねくたいを引っ張りながら叫ぶ。それこそ子供みたいに。

 

 

「やれやれ……見せつけてくれるな」

「華雄……」

 

 

ため息を吐きながら近づいてくる華雄。

 

 

「華雄さん、コイツ等は?」

「警備隊の詰所に連行しろ。残りの者は後処理に当たれ」

 

 

捕縛された酔っ払い達が連行されていく。どうやら私達が言い争いをしている間に私に絡んでいた酔っ払い達を倒してしまったらしい。華雄は手慣れた様子で指示を出している。

警備隊の仕事についてから落ち着きが出たのかしら……前よりも毅然とした佇まいね。

 

 

「悪いな華雄。任せきりにして……痛てて」

「気にするな。その為に私が居る……と言いたいが秋月が怪我をしたのでは私はその役割は果たせなかったと言えるがな」

 

 

痛みに耐えながら秋月が華雄に謝罪をするが華雄は冗談混じりの返しをする。春蘭みたいな猪かと思ってたんだけど……これは評価を改めるべきかしら。

 

 

「あー……その……」

「ふっ……冗談だよ。桂花、悪いが私は警邏の続きがあるし、他の警備隊の兵士は酔っ払いの連中の連行で居なくなる。秋月の治療を頼めるか?」

 

 

華雄の冗談に笑えなくなっていた秋月に苦笑いを溢すと華雄は私にそんな事を言ってきた……これ、本当に華雄なのかしら?董卓軍の頃とは大違いなんだけど。他人を気遣える辺りが特に。

 

 

「仕方ないわね……秋月の怪我の報告も私がしとくわ。さ、行くわよ」

「お、おい荀彧!?」

 

 

私は秋月のねくたいを引っ張る。そのまま私は秋月を連れて、城へ戻る事にした。

城に戻った私は医務室で秋月の包帯をほどいていた。血濡れで少々触りたくないと思いつつも私は包帯を解いていく。その下の傷を見る為に。

見てみれば傷は然程酷くはなかった。しいて言うなら閉じかけていた傷口が開いた感じかしら。私は血を拭うと新しく包帯を巻く。

 

 

「何様のつもり?アンタは怪我を悪化させない為に月や詠、華雄が補佐についてるのよ。なのに怪我をするとか馬鹿なの?」

「……返す言葉もないな」

 

 

私の言葉に苦笑いの秋月…………本当に馬鹿なんだから。

 

 

「…………『桂花』よ」

「え?」

 

 

私の言葉に秋月は目を丸くして私を見てる。あ、こんな顔初めてみるかも。

 

 

「なによ……私の真名は受け取れないの?」

「え……いや、だって……」

 

 

まったく……素直に受け取りなさいよ。説明なんかしたくないんだから。

 

 

「勘違いしないでよね。まがりなりにも二度も救われたんだもの………特別よ」

「そっか……ありがとう。荀彧の真名、預からせてもらう」

 

 

私が口にした『特別』の言葉に秋月は嬉しそうにしてる。そんな話をしている内に新しい包帯を巻き終えた。

…………ついでだから書き足しておこうかしら。

 

 

「え、ちょっ……何を……」

「いいからジッとしてなさい」

 

 

私は医務室に備え付けられている筆を手にすると新たに巻いた秋月の包帯に『使用禁止』と書く。

 

 

「これで、ちょっとは懲りなさいよね」

「皆に笑われそうだなコレ」

 

 

秋月は私の書いた文字を眺めている。そうやって暫くは笑い者になってなさい。私に心配かけたんだから当然の報いよ。

 

 

「ありがとうな………桂花」

「~~~~っ!?」

 

 

秋月が私の真名を読んだ時、胸が弾けるかと思った。顔が熱い!何……これ?

 

 

「お、おい……桂花?」

「わ、私!アンタの怪我の報告とかしてくるから!」

 

 

私は思わず秋月から距離を取り、部屋を出ていく。

熱い。秋月に真名を呼ばれるだけで顔が熱くなるのがわかる。まるで初めて華琳様に真名を呼ばれた時みたいに……って、いやいや無い!あり得ない!

そう……私は朝からイライラしてたし胸もモヤモヤしてたから……これはその延長なんだわ!そうに違いない!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でも私の胸は今……ドキドキしていた。


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