「この部屋は…………何??何かの実験でもやってたみたいだけど、それにしても……………」
アーシィは、力無く漂っている遺体が出て来た部屋へと足を踏み入れた。
照明が点いていないその部屋は薄暗く、冷たい空気が頬を撫でていく感じがする。
その部屋の中では、頭に機械を付けられた人が数名、椅子に座らされていた。
座らされていた…………そう感じる程に、微動だにしない人達から、強制的に何かをさせられていた……………そう訴えられているようだ。
「生きている人…………いないの??今の衝撃で死んだ…………って訳じゃなさそうね…………」
全ての人の身体は冷たくなっており、少なくても亡くなってから数時間以上は経ってそうだ…………いや、何日の可能性もある。
その部屋は異様に冷たく、まるで冷蔵庫にいるようだ。
その為、遺体が腐敗するには時間がかかりそうだからである。
「大尉、そこで何をなさっているか??関係の無い部屋には、入らないで頂きたいのですが…………」
「ひゃあっ!!」
当然、後方より声をかけられたアーシィは、女性らしい声を上げて飛び上がってしまった。
「はー、驚かせないで下さい中尉。入ろうとして入った訳じゃくて、先程の衝撃で通路に遺体が出て来たので、確認の為に入ったら皆さん亡くなっていて…………」
「すいません、私も驚かせる気は…………この部屋は、サイキッカーを使った実験をしていた場所です。クローンの平和利用の為の実験ではありますが、サイキッカーへの身体の負担が大きいようで…………私も詳しくは知りませんが」
アーシィの後方から現れたピピニーデンは、部屋を見渡しながら言葉を選ぶように話す。
「犠牲になったサイキッカー達を、出来る限り腐敗していない状態で遺族に還す…………それで部屋を冷やしていた筈なんですが…………」
「それにしては、亡くなった状態で放置してますね??もっと綺麗に保存する方法もあるでしょうに………」
アーシィの鋭い視線にピピニーデンは少し目を逸らしながら、少し考え込む。
「そうですね…………私は出向中の身なので詳しくは知りませんが、クローンの実戦配備を急がせているんではないですか??物量で劣る我々が、戦局を有利にする為に必要な事です」
「それでも…………亡くなった方達を放置するなんて…………綺麗に保存するぐらいの時間はあるでしょう??」
アーシィの返答に、ピピニーデンは頭を掻きながれ溜息をつく。
「大尉、今は戦時中ですよ??今も、攻撃を受けている。このような状況で、亡くなった人より生きている人を優先する選択肢は、決して間違いだとは言いきれないのでは??それに、軍上層に意見を言えば、大尉の立場が悪くなる。お母様の事もあるので……………」
母の事を持ち出されては、アーシィは何も言えなくなる。
所詮自分も、綺麗事を並べているだけか…………
アーシィは唇を噛み…………そして悲しくなる。
「とにかく今は、我々に攻撃してきている部隊の排除が最優先です。大尉も協力お願いしますよ!!」
ピピニーデンはそう言うと、通路の先に消えて行く。
ここで、非合法の実験が行われていたのは間違い無い。
しかし、タシロと党首であるカガチの繋がりを考えると…………ピピニーデンの言う通り、母への薬の配給を止められる恐れがある。
「私は…………どうすれば…………」
アーシィは弱々しい足取りで、タシロとマリアを追って通路に出た。
「中佐、随分と遅いご到着だな??指揮官たる者、もっと素早い行動が大切なんじゃないのか??部下が可哀相だぞ」
「マデア…………貴様、付いて来るなと言っただろ!!それに、敵に攻撃されているのに、何故モビルスーツで出撃していない??」
スクイード1の艦橋で艦長席の隣に腰掛けていたマデアは、足を組みながら遅れて入って来たタシロを振り向きながら見る。
「それに…………上官に対して、その態度は何だ!!」
「これは…………すまない。ついつい、上官である事を忘れてしまうよ。尊敬出来ない人を、上司だと思えない体質でね。悪く思わないでくれ」
マデアの言葉に少し笑ってしまったマリアを睨んだタシロの顔は、怒りで真っ赤になっていた。
「それと、今回の戦闘で戦い方のお手本を見せてくれる約束だっただろ??確か、敵の戦艦を墜とせたら、オレの2階級降格だったか??その戦闘にオレが参加するのは、流石に………」
明らかに馬鹿にした態度をとるマデアに、タシロの怒りはピークに達する。
「ふん…………勝手に見ていろ!!その態度…………直ぐに後悔させてやる!!モビルスーツ隊、出撃だ!!新モビルスーツ、リグ・グリフの準備もしておけ!!」
タシロは叫ぶと、艦長席に腰を下ろす。
「ベスパにも、新しいモビルスーツがあるのですね??」
マリアが小声で、マデアに確認した。
「そうでしょう…………マグナ・マーレイと同時期に開発されたモビルスーツの筈です。となれば、ニュータイプ専用機の可能性が高い………」
マデアはモニターを眺めながら、険しい表情になる。
ザンスカール所属のニュータイプは、自分とアーシィしかいない。
新たに発見したか、作り出したか……………どちらにしても、タシロの自信の根拠が分かった。
「ニコルが、何かを掴んでくれるといいのですが…………」
マリアも同じ事を考えていたのだろう…………クローン計画の名目で作り出されたニュータイプ…………いや、強化人間と言うべきか…………
もし強化人間を作り出しているのなら、止めなければならない…………
「さて、マデア少佐の期待に沿えるよう、パイロットの労いにでも行って来るか。少佐と女王は、そこで私の戦術をしっかり見ていて頂こう」
タシロはそう言うと、見張りの兵をマデアと女王の横に立たせて、艦橋から出て行く。
マデアは後を追いたかったが、マリアに危険が及ぶ事は避けたかった為に身動きが取れない。
(ニコル、頼むぞ。タシロの闇を暴いてくれ…………)
マデアは祈りながら、再びモニターに目を向けた…………