「ニコル、無事かっ!」
キャノピーが開き大声を出した図太い男の声は、ニコルにとって懐かしかった。
しかしニコルの苛立ちは、懐かしさを上回っている。
図太い声を出した恰幅がよい男……ボイズンを睨みながら、ニコルは戦闘機に近付く。
そして、リガ・ミリティアに入隊して始めて出来た上司の襟首を掴み上げた。
「ふざけんなっ! あんたが無防備で戦闘区域に飛んで来なければ、シャクティさんは死なないですんだんだ! なんで……あんたはっ!」
叫びながら、かつての上司を殴ろうとしたニコルの頭に……心に、声が響く。
「コニル、怒ってはダメよ。その人は自分の危険を顧みずに、あなたを助けに来てくれた。あなたの考えを具現化してくれる機体と共に……だから、恨んで戦わないで。一時の恨みは、後で後悔しか残さないわ。あなたは、あなたの戦いを……マデアが認めた力と心なら、きっと大丈夫。自分を信じて進みなさい……」
死んだ筈のシャクティの声が、ニコルの心を揺さぶる。
「って……ボイズンさん! ニコルっ! 危ない!」
マイの金切り声で現実に戻されたニコルは、迫って来るゾロに気付いた。
「くそっ! ニコル、乗り換えてるヒマがねぇ! せっかく、ここまで来たってのにっ! この機体から離れて逃げろっ!」
止まっている戦闘機にビームを当てるなど、簡単である。
射程にさえ入れば、オートでビームを撃でばいい。
バーニアに火が入り、動く前にビームは当たる。
ゾロのパイロット達も、旧式のモビルスーツに手間取り、未だにアシリアの捕獲に至っていない事に苛立っていた。
戦闘機を爆発させたら、近くにいるアシリアを巻き込むかもしれない……そんな事を忘れるぐらいには、紅潮している。
「オレは……シャクティさんに託された。それを……何もしないまま、死ねる訳がねーだろっ!」
死を覚悟したニコルは叫んだ。
ビームが掠めても、戦闘機が爆発しても助からない。
絶望的だと分かっているからこそ、叫ばずにはいられなかった。
しかし、その声に戦闘機は反応する。
その機体が、強力なサイコミュを備えていたからなのか?
ニコル専用に造られたからなのか?
それとも、シャクティが力を貸してくれたのか?
誰にも分からないが、コクピットに座っていないニコルの想いに反応した。
左腕のビームシールドの四隅に取り付けられた三角のパーツが外れ、宙を舞う。
そして、放たれたビームと戦闘機の間にビームの膜を作り出した。
そこにビームが当たり、粒子が四散して消える。
「馬鹿なっ! 何が起こった?」
混乱するゾロの動きを見て、ボイズンは戦闘機から飛び降りた。
「ニコル、説教なら後で受ける! 今は、この機体を受け取れ! ダブルバード・ガンダム! お前の為の機体だっ!」
無意識にニコルは頷くと、ボイズンの温もりが残るシートに包まれる。
「やれるな、ダブルバード……あのヘリコプター野郎をぶっ倒し、バルセロナの人達を出来るだけ救う!」
一度は乗らないと決めたモビルスーツ……それでも、自分を信じて完成させ運んで来てくれた……そう思うと、涙が出そうになった。
だからこそ、ニコルは再び戦う事を心に誓う。
悲しむ人達を減らせるように……そして、自分の大切な人達を守る為に……
ニコルが操縦管を握ると、不思議とダブルバード・ガンダムを完成させる為に尽力した人達の想いが心に入って来る感じがした。
ミノフスキー・ドライブの実用化の為の試作機……その機体をニュータイプ専用機にし、有益なデータを多くとる為に……
そして、次の量産型に繋げる為に……
ザンスカール帝国という強大な敵に、レジスタンスという小さな組織で戦う為に、その希望を宿したモビルスーツ。
ニュータイプが現れる事も、開発資金が得れるかも分からない中で……それでも、ザンスカールの非道を止める為に、奇跡を信じて歩んで来た人達がいる。
命を懸けて、繋いで来た想いがある。
そんな想いが、ニコルの心に突き刺さっていく。
ニコルの心に応えるように、ダブルバード・ガンダムは反応する。
ゾロのビームを防いだ三角のパーツ……クワトロ・ビームシールドは回転しながら宙を舞い、そしてゾロを囲むように配置した所で止まった。
「ダブルバードの初陣だっ! この程度、あっさり片付けてやるぜっ!」
ニコルの声に反応した三角のパーツは、それぞれが光の膜を展開し、ビームの四角を作り出す。
その間に挟まれたゾロは、ビームの膜によって切断された。
「それで、戦闘継続は出来ないだろっ! 下がれよっ!」
ダブルバード・ガンダムの右腕にも装着されている三角のパーツ……クワトロ・ビームシールドも放たれ、いたる所でスクエアのビームの輝きが開く。
その度にゾロのパーツが弾け飛び、爆発する。
「コクピットは無事な筈だっ! オレは誰も殺さない……何度だって挑んで来いっ! 嫌になるまで、相手してやるぜっ!」
ヘリコプターの形態になって基地に引き返していくゾロをモニターで確認したニコルは、ダブルバード・ガンダムのコクピットで叫んでいた。
「結局、ダブルバードを少し浮かしただけで、サイコミュ兵器だけで敵を退けちまったか……まだ未完成品だが、それを伝える必要も無かったな。とんでもねぇパイロットに成長したな……アイツは」
「私の心が失われた事が、自分の責任だって……だから、もう戦場に出ないって言ってたけど……ニコルの力は、私の様な人を増やさない為に使われないといけないのかな……ニコルには、それだけの力がある……とっても辛い事だけど」
2人の頭上を浮遊する戦闘機形態のダブルバード・ガンダムを眺めながら、ボイズンとマイは呟く。
「ところで、その子供は誰だ? お前達の隠し子か?」
ダブルバード・ガンダムからマイの腕に抱えられた子供に目を移したボイズンは、その褐色の肌を見て怪訝そうな顔をする。
「隠し子って……でも、そう言う事にしてもらえると助かります。って言うより、この娘を見てない事にして欲しいんです」
「はぁ……って事は、ザンスカールの関係者って事かよ。しかも、結構な要人の子供だ。それを知って、放置は出来ねぇ」
ボイズンが、マイの腕の中で気を失っているアシリア……シャクティを奪おうとするが、ダブルバード・ガンダムが着陸した風圧でバランスを崩す。
「ボイズンさんっ! その娘は、ゼータガンダム・リファインでダブルバードを守ってくれたシャクティさんの子供だっ! つまり、ボイズンさんの命の恩人の子供でもあるんだぜっ! それをリガ・ミリティアで利用しようってんなら、オレはボイズンさんの敵になる!」
ダブルバードから下りたニコルは、シャクティを守るようにボイズンとマイの間に立った。
「あのモビルスーツのパイロットの子供? 連邦の機体かと思っていたが、ザンスカール側のモビルスーツだったのかよ……命の恩人の子供なら、そりゃ匿ってやるしかねぇ……な」
苦虫を噛み砕いたような表情を浮かべたボイズンは、しかし口元は緩んでいる。
「しかし、匿う場所はどうすんだ? こんな小さい子、1人にはさせれんだろ?」
「元々、カサレリアに住んでいたんだ。そこに戻れば、普段の暮らしに戻れるだろって思ってる」
ニコルの言葉を聞きながら、マイは少し不安な表情でシャクティの顔を見つめた……