「レジア! 私……戻って来れた!」
「ああ……よく、頑張ったな……ニコル、マイが戻った。後は……頼む……」
マイの心の中で響いていた力強い声は、とても弱々しくマイの耳に飛び込んで来る。
静かに……そして、ゆっくりマイは瞳を開く。
心の中で響いていた、力強くて心が落ち着いたレジアの声……そっちが本当だと信じたい。
しかし、目を開くと現実が突き付けられてしまう……マイは、その現実が怖かった。
現実は残酷だ……マイの目の前に広がる光景は、破壊されたモビルスーツのコクピットの中で、最愛の人が頭を垂れている。
最愛の人から溢れ出す赤い玉が、命のカウントダウンを奏でているかの様に見えてしまう。
この光景を見て、何も感じなかった自分に嫌悪感が湧いた。
「マイ……ニコルの指示に従って、トライバードから離れるんだ……最後にキミの心を救えた……満足だよ……」
必死にマイの方を向き、笑顔を作ろうとしているであろうレジアを見て……心が押し潰されそうになる。
「マイ、エボリューション・ファンネルを動かす。しっかり掴まってろよ!」
ニコルの声が聞こえた瞬間、マイはエボリューション・ファンネルを蹴っていた。
エボリューション・ファンネルの先端からトライバード・アサルトのコクピットまで数メートル……マイは跳んだ。
こんな僅かな距離を跳ぶ事すら出来なかったのか……恐怖しか感じていなかったマイの心は、今はレジアの近くにいれた事を感謝すらしている。
「マイ……心が戻ったのなら、エボリューション・ファンネルに……トライバードは、もう持たない……」
「トライバードは駄目でも、あなたは生きてる! なら……私はここにいる! だって、ようやく会えたんだもん……もう、離れたくないよ!」
マイはレジアの手を握る……ノーマルスーツ越しにも、その手が冷たくなっているのが分かった。
「レジア……ありがとう……こんな身体なのに、私の為に……だから、今度は私の番! 絶対に助けるんだから、諦めないで!」
感情的に話すマイを見て、レジアは嬉しそうに頷く。
「本当に……戻って来たんだな……その顔を最後に見れた……オレは幸せ者だ……マイ、その笑顔がオレに力をくれる。オレは諦めない……だから、マイは安全な場所に避難するんだ……」
「嘘ばっかり! 私を逃がす為に、そんな事を言って……私は絶対に離れないわ! レジアと一緒に死ねるなら、それでもいい!」
マイの着る非戦闘員用のノーマルスーツに、レジアの足から浮かび上がる血液が次々と付着していく。
「死んでいい訳がないだろ……お腹の子も、一緒に吹き飛ぶ事になるんだぞ……」
レジアはそう言うと、マイのお腹をそっと触った。
「レジア……気付いていたの? 誰にも言ってないのに……」
「ああ……まだ目立っちゃいないが、分かるさ……マイの変化なら、なんでもな……」
マイは自分の腹部に当てられたレジアの手の甲に、自らの手の平を静かに重ねる。
「うん……レジアと離れ離れになってから、まだ五ヶ月ぐらいしか経ってないんだね……感情を失った時、この子の事も何も感じなくなった。でも今は、凄く愛おしく感じられる。この子の為にも生きて、レジア」
「そう……したいな。だが……」
既に足の感覚は無くなっており、出血量を考えても助かる気がしない。
「マイ、行くんだ。その子を……頼む。戦争の無い……穏やかな場所を探して、育ててくれ……」
「嫌だ……生きて、ちゃんと責任とってよ……幸せにしてよ!」
レジアは首を横に振ると、近付いてきたダブルバード・ガンダムに視線を向ける。
「ニコル、マイを連れて行ってくれ……このままでは、爆発に巻き込まれる……」
「分かった。力づくでも引き離してやる! マイ、そこにいたら救助隊の作業の邪魔だ! とりあえず離れろ!」
マイはレジアの手を強く握り、そして首を横に強く振った。
「助ける気なんて……ないでしょ! 私は、もう離れたくないの! 大好きな人の側にいたい……それだけなの……」
「マイさん……気持ちは分かるわ。私達はマイさんの心の中で、お互いの事を共有した。レジアさんのマイさんに対する想いも、マイさんの気持ちも……でも、だからこそ、お腹の子を守らないと……愛しい人との大切な子を……」
トライバードとワイヤーで繋がっているガンイージから、クレナの柔らかい声がコクピットに伝わる。
「マイ……オレのファミリー・ネームを……貰ってくれないか? そして、オレの子を守ってやってくれ……オレだって、生きる事を諦めている訳じゃ……ないんだ」
レジアの絞り出すように放たれた言葉を聞いて、そして感じた。
最後の時間を、自分の為に使ってくれた事。
自分を救う為に……そして、心の中で新たな命が芽生えている事を知り、その小さな命の灯を消さない為に……
「分かった……でもレジア、私とちゃんと結婚して。そうじゃないと気持ちの整理が出来ないもん。ニコル、クレナさん……その時間だけ下さい。その時間だけ作って……お願い……」
「仕方ねぇ……クレナさん、トライバードに負荷がかからないように、ダブルバードとガンイージで機体を固定しよう。マッシュさん、トライバードが爆発するまでの時間を伸ばす為には、どうしたらいい?」
トライバードに近付く作業艇に乗っていたマッシュは、ニコルの声を聞く前からコンソールを叩いていた。
「ニコル、トライバードには触るな。少しの刺激で爆発する可能性がある。こっちからトライバードのシステムにアクセスして、最低限の機能を残して停止させる。そうすれば、かなりの時間を稼いでくれる筈だ!」
マッシュの意見を聞いたニコルとクレナはトライバードから少し離れると、緊急事態に備える。
「ニコル……信じましょう、トライバードを……きっとトライバードは、レジアの想いを汲んでくれる。トライバードは、最後に奇跡を見せてくれる……だって、レジアとトライバードなんだから……」
「ああ……何故だか、オレもそう思う。機械が人間の想いを汲むなんてありえないけど、でもトライバードとレジアなら……」
静寂な宇宙が、更に静かに……そして、命のカウントダウンが始まった……