マイだけを乗せたレボリューション・ファンネルが、ガンイージと過剰粒子が作る道を、トライバード・アサルトに向かって静かに動いていく。
ボロボロのトライバード・アサルトの背後に描かれる十字架が、神聖なモノにも不吉なモノにも見える。
ただ、手作りの装飾品に見を包んだマイは、全ての物がレジアの安らぎに繋がってくれるように願った。
暗い宇宙に流れる光の川を舟の様に進むエボリューション・ファンネルを、シュラク隊の面々はモビルスーツのコクピットから見守る。
爆発の兆候があれば、直ぐにでも飛び出せるように準備はしている……しかし、その美しさに目を奪われてしまう。
「くそっ! 本当は幸せに……これから楽しい生活が待ってる筈が……こんな悲しい結婚式があるかよ!」
「ヘレン、マイはお腹の子の為に……レジアはマイに次の人生を踏み出してもらう為に……必要な儀式なんだ。だから、私達は心から祝福しよう」
ジュンコもヘレンと気持ちは同じだった。
それでも、戦争だからと多くの人の命を奪っている自分達が幸せになる権利があるのか?
そう……考えてしまう時がある。
「姉さん、ミリティアン・ヴァヴから通信です。トライバードは、後10分程度が限界だと……」
「了解した。シュラク隊全機は、トライバードの異変を感じたら直ぐに動けるようにしてきな!」
ケイトからの通信を聞き、ジュンコがシュラク隊の全員に指示を送る。
「ジュンコさん、無理に動くと傷口が開いてしまいます。爆発の兆候があったら、私が先に動きます……」
「私とクレナが……でしょ? レジアとは、サナリィでの戦闘の前から一緒に戦ってたんだ。私は、何回もレジアに救われてきた。そんなレジアの想い人ぐらい、守ってみせるわ」
クレナとマヘリア……2人の頼もしい言葉に、ジュンコは身体中に巻かれた包帯を見てから頷く。
「分かった。クレナ機とマヘリア機が先行し、他の機体は2人をフォローだ」
指示を出したジュンコは、張り詰めて緊張していた身体をコクピットのシートに埋める。
「リースティーアなら……あらあら、レジアとマイと、それにシュラク隊なら大丈夫よ。怪我人は高見の見物でもしてたら……とか、言いそうだな……」
ジュンコは、光の中のトライバード・アサルトに視線を移した……
「レジア、大丈夫? 私、戻ってきたよ」
「ああ……随分と、御粧ししてきたな。オレの血で汚れてしまうのが、申し訳ないよ……」
マイはエボリューション・ファンネルからトライバード・アサルトのコクピットに飛び移り、レジアの傍らに降り立つ。
そんなマイの持つブーケや、ヘルメットを隠すベールにレジアの足から浮かび上がる血球に触れて赤く染まっていく。
「何……言ってるのよ……これ、リースティーアさんに借りてきたの……綺麗でしょ?」
「ああ……生きてて良かった……そう思える程……綺麗だよ……マイ……」
レジアの弱々しい言葉を聞きながら、マイは笑顔で泣いた。
「レジア、貴方はマイを妻として、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝は死してなお、これを愛し、敬い、そして産まれ来る新たなる命に対しても同様に、その力がある限り、護り続ける事を誓いますか?」
「なんだ……伯爵、いきなりだな……」
もう一つのエボリューション・ファンネルでトライバード・アサルトのコクピットに近付いたオイ・ニュングは、突然誓いの言葉を問いかける。
弱々しくオイ・ニュングを見るレジアの瞳に、もはや力はあまり入っていなかつた。
頷くオイ・ニュングを見たレジアは、その瞳を静かに閉じ、口を開く。
「はい……誓います。死んでも、マイを……産まれ来るオレの子を、見守り続けます」
小さいが、はっきりとした口調で発したレジアの言葉を聞き、オイ・ニュングはマイを見る。
「マイ……貴女はレジアを夫にし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝は、死する運命にある者に対しても、これを愛し、敬い、そして新たなる命に対しても同様に、その命ある限り、真心を尽くす事を誓いますか?」
「誓います! 私の命が続く限り、アグナールの名と、レジアの子を大切にします!」
叫んだマイのお腹に、レジアの手が優しく触れる。
「ありがとう、マイ。だが……アグナールの名で、その子をザンスカールの手から守り続けるのは難しい。だから、ドゥカートゥス……オレの母方の姓を……貰ってくれないか?」
レジアの言葉に、マイは首を横に振った。
「嫌だよ……どんなに危険だって、私はアグナールの姓を名乗りたい……だって、私と貴方を繋げる、唯一のモノだから……」
「マイ……レジアは、戦争が終わってマイと一緒になれるなら、その時にドゥカートゥスを名乗るつもりだったんだ。アグナールの名は有名になりすぎた。もし戦争に勝っても、その残党にマイや子を狙われ兼ねない。だから、レジアの気持ちを汲んでやれ。ドゥカートゥスは、レジアと結婚したら名乗るべき筈の姓だったのだから……」
マイはレジアとオイ・ニュングの顔を交互に見て……そして、瞳からは涙が溢れる。
「レジア……本気で、私と一緒になろうとしてくれていたの? 感情を失って、レジアの事を何も感じなくなった私とでも……一緒に……」
「当たり前……だろ? 感情を失ったって、マイはマイだ。その本質に変わりはない……そう、信じていたよ。そしてマイの本当の心は、オレの事を想ってくれていた。上塗りされた感情なんて、気にはならないさ……」
そう言ったレジアの手は、力を失いマイのお腹から離れていく。
「レジア、まだ最後の仕事が残っているぞ! 新婦の指にマリッジリングを……」
オイ・ニュングの言葉で、右手にペンダントを握っていた事をレジアは思い出す。
「そうか……マイ、指を出して……」
差し出されたマイの左の薬指に、レジアはベンダントを巻き付ける。
「ちゃんとした指輪……準備しておけば……よかったな……すまない……」
マイは無言で首を振ると、ブーケから花を一本とり、茎を器用に丸めてレジアの指に巻く。
「これで……お互い様だね……天国に行ったら、この花を見て私達の事……思い出して……」
「ありがとう……マイ……」
レジアは必死に左手を持ち上げ、指に巻かれた花を視界に入れる。
「マイ、リミットだ! そろそろ離れろ!」
「やっぱりヤダ! まだ……離れたくない!」
二人の時間を妨害するように聞こえたニコルの言葉に、マイは拒絶した。
しかし、マイの身体はレジアとは反対側に引っ張られる。
オイ・ニュングが咄嗟にトライバードのコクピットに飛び移り、マイの腕を引いて強制的にエボリューション・ファンネルに乗せた。
「クレナ、マヘリア、やってくれ!」
ガンイージから放たれたワイヤーがエボリューション・ファンネルに取り付き、そして引っ張られる。
マイが反応するより早く……計画された行動はスムーズに進行された。
「やだ……止めて! レジアの側に行かせて! レジアーっ!」
オイ・ニュングに抱き抱えられながら、マイは必死に左腕を伸ばす。
マイの左腕の……左手の先で、トライバード・アサルトは力を失った。
核融合炉から発する熱が冷却出来なくなり、機体に熱が回り始める。
「親父も……こんな感じだったのかな? 今なら分かる……托す者の気持ちが……ダブルバード・ガンダム……親父、ちゃんと繋げてみせたよ……あの世で、酒でも飲めるといいな……」
シートにも熱が回り始め、背中が熱くなっていくのをレジアは感じた。
「マイ……お腹の子を頼む……サイコフレームの力が……きっと、その子に力を与えてくれる……その時まで……」
熱くなる身体に身を委ね、レジアは瞳を閉じる。
程なくして、レジアはトライバードの放つ光の中へと消えていく。
爆発の後、エボリューション・ファンネルの輝く十字架だけが、宇宙に残った……