シークレット・ワンが戦場に飛び出す少し前、一発の銃声がモビルスーツ・デッキに響き渡った。
「ぐわあぁぁぁ!!」
プロシュエールが引金を引くより早く、レジアの放った銃弾が、プロシュエールの銃を持つ手……………右手の甲を貫く!!
ミューラに視線を向けたプロシュエールの、一瞬の隙をついたのだ。
その衝撃と痛みで銃を手放してしまったプロシュエールだったが、マイを放してはいない。
「プロシュエール!!マイを放せ!!」
銃を失ってしまい、もはや脱出艇で逃げるのみ…………思考がシンプルになったプロシュエールの動きは素早かった。
脱出艇に向けて動き出したプロシュエールの素早い動きに、レジアの反応も早い。
反撃が無いと分かっているレジアは、躊躇いなくプロシュエールの左足に銃弾を打ち込む!!
「ぐわああぁ!!」
痛みで朦朧とする頭で…………ふらつく体で………プロシュエールは脱出艇にとりついた。
「レジア!!それ以上撃つなら、マイを絞め殺す!!その程度の力は残っているぞ!!」
プロシュエールの左腕が、マイの細い首に巻き付く。
「分かった!!マイに手を出すな!!」
銃を下ろすレジアは、プロシュエールを殺せるタイミングで殺さなかった事に後悔する。
共に戦ったプロシュエールを、出来れば殺したくない…………そんな気持ちが、急所を狙う事を無意識に避けていた。
レジアが銃を下ろしたのを確認したプロシュエールは、脱出艇のハッチを片手で器用に開ける。
(まだだ…………脱出して、止血すれば助かる。銃弾は貫通しているし、致命傷じゃない!!)
鋭い痛みに耐えながら、プロシュエールは脱出艇の中にマイを押し込むと、自身も乗り込みハッチを閉めようとする。
まさに、その瞬間…………
警報音が鳴り響き、微かな振動を感じた。
「シークレット・ワン、緊急発艦します!!各員、対ショック!!」
その声とほぼ同時に、大きな衝撃がモビルスーツデッキを襲う。
操舵士がルーキーだった事、緊急の発艦だった事が重なり、予想以上の振動がモビルスーツ・デッキを包み込む。
「うわっ!!」
レジア達もバランスを崩すが、足に銃弾を受けており踏ん張りの効かないプロシュエールは、脱出艇から投げ出される。
(しまった!!)
既に脱出艇の発進準備は整っており、投げ出されたプロシュエールの目の前で無情にも脱出艇のハッチが閉じた。
「ごふぅ!!」
そんなプロシュエールの腹部を、モビルスーツ・デッキのクルーが放った銃弾が突き刺さった。
「こんな………これまで……………なのか……………」
力無く…………赤い球体を撒き散らしながら、プロシュエールの体が宙に舞う。
「プロシュエール!!なんで……………なんで、こんな馬鹿なマネをっ!!」
傷ついたプロシュエールに近付くレジアを、血塗れの右手で制止する。
「レジア…………脱出艇はオートで発進してしまう…………中にマイが………彼女は気を失っている。このままでは、戦艦のハッチに突っ込んじまう…………助けてやってくれ………」
その言葉だけで、レジアはプロシュエールが葛藤しながら…………何か別の力に翻弄されながらスパイをしていた事に気付いた。
しかし、今はマイを助ける事が、レジアの中での最優先事項である。
「ミューラさんっ!!脱出艇が発進する!!外へのハッチを開かないと、中のマイが…………隔壁、閉じて!!」
レジアの声に呼応するように、モビルスーツデッキと発射口を隔てる隔壁が動き出す。
「プロシュエール、とりあえず隔壁の内側に入れ!!そこにいたら、宇宙空間に投げ出されるぞ!!」
隔壁の内側に入れようと伸ばしたレジアの手を、プロシュエールは振り払う。
「すまねぇな……………レジア。オレは臆病者なんだ………ザンスカールとの戦力差にビビッて、誘いに乗っちまった。お前の大切な人まで危険に………」
血液の球体が、2人を包み始める。
その数が多くなる程、プロシュエールの命の灯が消えていく。
自分の命を大切にしたい…………
生き物として当たり前の感情であるが、自らの死を覚悟した時、共に戦った記憶が蘇っていたのかもしれない。
プロシュエールは、本気でレジアとマイの心配をしていた。
「プロシュエール!!隔壁の外側は宇宙空間と同じ環境になる!!留まれば死ぬぞ!!」
「スパイは死刑だっ!!どうせ死ぬ!!オレは臆病者だと言っただろ!!スパイ容疑で尋問されて………後ろ指刺されながら死にたくない!!それより、お前はマイを救う事だけ考えてくれ!!」
そういうと、プロシュエールは最期の力でレジアを隔壁の内側へ押し込む。
(もう1人のスパイの事は言えなかったか…………奴の事は、なんとか守ってやりたかった…………な)
そう思い、プロシュエールは目を閉じた。
「プロシュエーーール!!」
ガアアアァァン
レジアの叫び声と、隔壁が閉じられる音が重なる。
そして、ハッチの開く音と同時に脱出艇のバーニア音も小さくなっていく。
「とりあえず、ぶつからずに発進出来たようね!!あとは救助だけど………」
ミューラは一息ついたが、まだマイが危険な状態である事は認識している。
脱出艇が飛び出した先は、戦場なのだ。
「オレが行く!!動かせるモビルスーツを貸してくれ!!」
瞳が紅くなったレジアが飛び出そうとするのを、ミューラは身体を張って止める。
「今、あなたが出てったら、あなたを待っている皆はどうなるの??もう少しでトライバードの換装作業は終わる。外で必死に戦っている皆の為にも、ここは堪えて!!」
ミューラの制止を受け入れたレジアは、壁を殴り付けた。
ミューラの言っている事を理解してしまう自分自身への苛立ちと、大切な人の窮地に何も出来ないもどかしさが、レジアの心を蝕んでいく。
その瞬間、レジアの脳裏にプロシュエールの姿が過る。
「Fタイプ…………いや、Wタイプ!!ニコルのウォーバードなら!!」
ミューラも思い出して頷くと、コロニー内の映像をモニターに出す。
ニコルはマグナ・マーレイと戦闘中だが、シークレット・ワンが発進した今、基地を守る必要は無い。
「ニコルに行ってもらいましょう!!ウォーバード…………いえ、ミノフスキー・ドライブなら!!」
ミューラの言葉に、レジアは首を縦に振る。
(ニコル…………頼む!!マイを…………お前の幼なじみを救ってやってくれ!!)
レジアはプロシュエールの血で汚れた自分の身体を見て…………何も出来なかった…………何も出来ない不甲斐無さに苛立ち、再びシークレット・ワンのモビルスーツ・デッキの壁を殴りつけた…………
その姿を見ながら、しかしミューラはプロシュエールにモビルスーツ・デッキの端を見られなかった事に安堵する。
モビルスーツデッキの端…………そこに立て掛けられた、スキー板を大きくしたような物体に目を移す。
「とりあえず、あなたが守りたかった物は無事よ…………モビルスーツ・デッキを封印していたのは、トライバードの換装パーツを守る為じゃない。これを守りたかったのよね…………」
立て掛けられた板………
それはかつて、Νガンダムに装備されていたフィン・ファンネルに似ている。
(エボリューション・ファンネル。ダブルバード・ガンダムのもう1つの翼…………あなた達の想い、必ず受け継ぐわ!!)
ミューラは心の中で、レジアの両親に誓った…………