1日目 お隣さん
島根へと引っ越して暫く経った頃、近所付き合いに慣れ始めた私はおじさんとの二人暮らしに追われ、中々麻雀を打てて居ませんでした。
麻雀をしていないとおかーさんを忘れてしまうような不安と、生活の一部になっていた物を出来ないと言う不満は溜まる一方。
ワガママを言えない状況なのは分かっていますが、二人麻雀でも良いから、一局だけでも良いから、誰かと打ちたかった。
ある日の事です、夕飯の買い出しの帰り道に私は道行く親子を見ない様に俯きがちに道を歩いていました。
マナーが悪い事は分かっています、ですが無意識に私は下を向いてしまい、そのせいで人にぶつかってしまいました。
買い物帰りだったので買った物が散らばり、謝りながら食材を拾い直していると、私の目に麻雀牌が映りました。
顔を上げると近所の男の子達で、私とぶつかった事で喧嘩をしています。
「だーからスマホ使いながら前歩くなって言ってるんだよ駄メガネ!! 見てみろよ、リチャードソンのとこの子とぶつかっちまったじゃねーか!!」
「知るかアッパラパー!! そもそもこの時間はプロリーグがあるから出掛けられないと言ったのに、お前が無理矢理連れ出したんだろうが!! アホなイカサマの練習をして牌をダメにしておいて、その修理依頼に一々僕を付き合わせるな馬鹿者が!!」
「だって出来ると思ったんだよ!! 豪盲牌!!」
「できるかぁぁぁぁあ!! よしんば出来たとしてもアレは素手でやるもんだ!! 決してグラインダーは使わん!!」
彼らは近所のお隣さん同士で、ぶつかった方の男の子が宮田くんで雀牌の持ち主が小野くん、普段から二人とも口の悪い喧嘩ばっかりしているので少し苦手だったのですが、彼らは罵り合いながらも私の荷物を拾ってくれました。
ですが私の視線は小野くんの持って居た麻雀牌へと行っていて、いつにも増して麻雀が打ちたくて仕方ありません。
「あー、大丈夫かリチャードソンとこの……えーっと、この子の名前なんだっけ?」
「白築慕だ、いい加減そのリチャードソンっての辞めてやれ」
「だってカッケーじゃん、俺もマイケルって名乗ろうかなぁ」
「マイケル(笑)にしかならないと思うがな」
「逐一棘のある奴だな、なんなの? 喧嘩売ってんの?」
「そんな事より、すまないな白築。僕の前方不注意だった」
「えっ? あっ、はい、私こそごめんなさい」
麻雀牌に気を取られていた私はつい気の無い返事を返してしまい、少し自己嫌悪です。
その後私達は帰り道が一緒だから、と言う理由で一緒に帰る事になり、道すがらお話をしました。
「あの、二人は麻雀するのかな?」
「まぁなー、俺は最近始めたばっかりだけど、こっちの宮田は筋金入りだぞ」
「筋金入り?」
「宮田はデータ麻雀派なんだけどやべぇのなんの、親父が麻雀関連の記者でさ、そのコネかあるから情報収集能力が半端なくてな、一週間あれば選手の情報丸洗い出来るんだぜ?」
「情報戦は何に置いても重要な部分だ、相手の事を碌に調べもしないで戦うのは愚の骨頂、まぁ貴様の知能では僕の真似は不可能だがね」
「んだと!! 消極的な対局しかしねーくせに!!」
「リーチに対して無筋の牌を切って行く愚か者よりはマシだよ」
「言ったな? どーせテメェんとこの親父は残業でおせーんだ、一局勝負だ!!」
「ふん、連敗記録を重ねるだけだぞ」
話題を振った私が置いてけぼりで話が進んで行ったけど、話の内容は麻雀の事、思わず私も混ぜて欲しいと言ってしまった。
▽
リチャードソンのとこの子、シノだっけ? あの子が俺らの麻雀に混ざりたいって言ってきた。
俺個人的にはOKなんだけどさ、この子の考えると少し難しい。
一応データ麻雀とは濁したけど、正直宮田の麻雀は人の弱点を抉るタイプの打ち手だ。
その事を自覚してるのか、此奴は松江こども麻雀大会にも出場せずに身内とだけ打っている、俺も幼馴染じゃなかったら二度と対局しないだろう。
俺も何度か麻雀の強い友人を呼んだけど片っ端からやられた上に、自信喪失に至るまで追い討ちをかけられ、何人かは麻雀を辞める事になった。
飛び抜けるほど強いっつー訳じゃない、ただ淡々と相手の癖や欠点を突き続ける打ち方で、此奴の口の悪さも合わさって麻雀嫌いになる奴が多いのだ。
だから純粋に麻雀がしたいって顔をしてるこの子をそんな目には合わせたくは無い。
宮田は自分の打ち方を気にしてない見たいだけど、あんまりこう言った友達無くすような麻雀は控えさせたいんだよなぁ、なんだかんだで腐れ縁が続いちまってるしさ。
そんな事を思いながら、俺が御断りしようとした時だった。
「僕は別に構わないよ、どうせ半荘一回も打てば次から打ちたく無くなるだろうし」
そう言って宮田はOKを出してしまった。
せっかく近所にかわいい子が来たのにこれで疎遠になるなぁ、なんて考えながら俺は溜息を吐いた。
––––けど、俺の予想とは裏腹に対局はシノの圧勝に終わった上に、宮田の弱点狙いの麻雀相手にも終始笑顔だった。
彼女がバカツキしたとか、逆に狙い撃ちされたとかじゃない、単に彼女は麻雀そのものを楽しんでいて、弱点や癖狙いの露骨な和了すらも楽しんでいただけだ。
けど、そう言う麻雀バカに初めて会った宮田は終始その事に困惑し、自分の打ち筋を乱した上での敗北だった。
シノが夕飯を作る為に帰宅した後、俺は彼女が和了した手を見る。
立直・自摸・純全帯・三色同順・嶺上開花・ドラ3、待ちは一・四索で、四索は立直直後に暗槓されて純カラ、残る一索も宮田の配牌に暗刻っていた。
つまり、待ち牌はたった一枚の一索、それを彼女は引き当てて三倍満を引き和了った。
その時の笑顔は道中に見せた無理した笑いとかでは無く、純粋な、綺麗な笑顔だった。
人が何か好きな事を心の底から楽しんでいたら、あんな表情が出来るのかと思わず見惚れてしまうほど、この半荘彼女は輝いていた。
俺はショックからか顔を伏せている宮田にどういう言葉を掛けようかなやんだが、どーせ馬鹿だからと割り切って一言だけ残して俺も家に帰った。
▽
僕は小野が『良い子だったな』と一言残して帰った後、卓の上の牌を整理して居た。
東場を一回回し、彼女に懐いた印象は単なる高火力主義者だった。
フリテンでも御構い無しに高目を狙いに行き、立直しているにも関わらず和了牌を見逃す筋金入りの火力主義者。
そう言った手合いは速攻で流すよりも本手を張った後にゴミ手で打ち取ると効果的に試合を進められる、はずだった。
しかし嫌がらせの様に小上がりの連荘を続けても、本手を潰しても、和了牌を完全に握り潰して見せても、白築はずっと笑顔だった。
僕は昔から、昔からそうだった。
何事も自分が納得する程の情報を集めなきゃ気が済まない、徹底的に相手を研究してひたすら弱点や癖を突いて行かなきゃ気が済まない。
別に常勝無敗になりたいわけじゃない、けど何事もやるからには全力でいたいからこその情報収集だった。
だから、僕に負けた相手が常に言っていた『お前と打つと全然面白く無い』と言う言葉の意味が分からなかった。
弱点を突いて何が悪いのか? 相手の癖を利用して何が悪い? それが嫌なら自分の弱点を克服するなり癖を矯正すれば良いだけの話じゃないか。
常日頃からそう考えていた僕はいつしか他の人とは打たず、腐れ縁の続く小野と父の二人としか麻雀をしなくなっていた。
だから今日、初めてまともに会話した白築が俺たちに混ざりたいと言った時も、どうせ直ぐに後悔する事になると半ば他人事のように思っていた。
しかし、結果は大敗北、惨敗と言って良かった。
東場で彼女の癖は全て見切った、打ち筋も、役の得手不得手もだ、その上で普段通りに対局して惨敗。
理由は分かっている、彼女の麻雀に対する姿勢だ。
彼女はただ楽しんでいる、牌に触れるだけで、全自動卓に座るだけで、理牌するだけで、麻雀を構成するその全ての要素が彼女には堪らなく楽しいのだろう。
放銃しようと、ツモられようと御構い無し、だからこそ彼女は王牌から牌をツモれたのか。
負けたのに悔しく無い、それどころか清々しさまで残る始末だ。
最後に白築が言った『たのしかった!! また打とうね!!』と言う言葉が耳に残って離れない、そんな事を言われたのは初めてだったから。
いや、それ以前に南場に入ってからの嬉しそうで楽しそうなあの笑顔が、僕の目に焼き付いているのだ。
あの単細胞にからかわれるのが嫌いだから顔を伏せたのだが、きっと僕の顔は真っ赤になっているに違いない。
白築慕、彼女は、僕と仲良くしてくれるのだろうか?