恋の瞳がひらくとき   作:こまるん

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新年最初の更新ということで。本年もどうぞ宜しくお願い致します。
より、読者様の心に届く作品を目標に精進して参ります。





簡単なこと

 

 

 ルーミアと別れること暫く。

 前も横も、岸が全く見えないほどに大きな湖にさしかかった後。俺は事前に聞いていた通り、その外周を回るように進んでいた。

 一応、湖を突っ切っていった方が早くつくらしいが、そんな度胸は流石に無い。

 

 それにしても、夏……だよな?なんでこんなに冷えるんだ?

 水の近くだからと言っても、限度があるだろう。

 

 悪戯妖精達もこの冷気は堪えるのか、先程からチラホラとしか現れない。

 だからと言って楽になるかと思えば……そうでは無かった。

 

 妖精の代わりとでも言うつもりか、結構な大きさの氷の結晶がどういう原理か飛んでくる。

 それもかなりの密度で、正直妖精達の方が余程ましだ。

 

「それにしても……霧が濃すぎるだろ」

 

 思わずつぶやきが漏れる。

 そう、どうもこの一帯、やたらと霧が濃いのだ。

 霧の湖という名なだけある。そして、確か魔理沙の話によれば……

 

「道に迷うは、妖精の所為なの」

 

 水色の髪をした妖精が、突如目の前に立ち塞がる。

 その身には強い冷気が纏われていて、周囲の温度を下げている要因の一端であることは明らかだ。

 

 この娘が恐らく、チルノという氷精だろう。見かけの印象に反して、案外強力な氷の使い手……とのことだったはずだ。

 

「そりゃ厄介だ。これから急いで向かわないと行けないところがあると言うのに」

 

 霊夢だったら、案内しろよとくらいは言いそうだ。

 魔理沙なら……寒いやつだと文句を言うかな?

 

「急ぎ?どこへ行くの?」

 

「この先の紅魔館ってところに呼ばれているんだよ。レミリアさんって言って分かるかな」

 

 答えると、氷精は少しだけ考えるような素振りを見せる。

 

「れみりあ……ああ、フランのお姉ちゃんね!もちろん知っているわ!」

 

 フラン。その名前にも聞き覚えがある。

 あれは確か、アリスの家の前で歓談していた時だ──

 

 

 

「ああ、そうだ、前に紅い霧の異変の話をしただろう?」

 

 魔理沙がカップを置き、こちらに顔を向ける。

 

「レミリアっていう吸血鬼を倒した話?」

 

 ある日突然、幻想郷中が霧に覆われた異変。

 紅霧異変と呼ばれているその事件において、霊夢と魔理沙はたった二人で元凶であった館に殴り込み、見事、解決に導いたらしい。

 

「その話。一応続きがあってな。異変解決して一週間くらいだったか。神社から紅魔館までの間だけ雨が降り続けるっていう現象が起こって」

 

 特定の地域にだけ雨が降る?

 流石に自然では起こり得ないだろう。誰かの仕業ってことか。

 

「その時、レミリアはこっちに遊びに来ていたんだが、あいつ、私らになんて言ったと思う?」

 

 なんと言ったか……か。

 レミリアさんって人を見たことないからなんとも言えないな。

 

「『困ったわ。これじゃ帰れないじゃない。ちょっと探ってきてくれないかしら』だ。 厚かましいもんだって笑っちゃったよ」

 

 可笑しそうに笑う。

 それを見ていると、なんとなくだが、レミリアさんとも随分と仲良いんだなと感じることが出来た。

 

「それで、仕方ないから私が行くかって話になってな。いざ発とうとしたところで、レミリアに呼び止められたんだ」

 

 レミリアさんに?

 何か伝えるべきことでもあったということだろうか。

 

「『……頼んだわよ』って。いつになく真剣な顔でな。私は悟っちまったよ。 あー、これからが本番かって」

 

 本番って、異変はもう解決していたんじゃないのか?

 

「ああ、異変解決自体は終わった。けども、レミリアにとっての本番……つまり、紅霧異変の真の目的は、これからだったんだよ」

 

 なるほど。何事も表の事情、裏の事情があるとは言うが……

 

「紅魔館へ向かい、何故か立ち塞がってきたパチュリーを撃破し、パチュリーにも『不本意だけど、託すわよ』って言われてな。

 そうして辿り着いたところで待ち構えていたのが──」

 

 

 

「……フランドール・スカーレット」

 

「え?なに?ああ、確かにそんな名前ね!フランとしか呼んでいないけど」

 

 思わず言葉が漏れてしまったが、不信を抱かれることは無かったようだ。

 フランドール。長い間地下に閉じ篭っていたという、レミリアさんの妹。

 ありとあらゆるモノを破壊することが出来る能力があり、狂気に囚われていた過去を持つ…… だったかな。

 

 もっとも、魔理沙やアリスの話を聞く限りでは、今はただお姉ちゃん大好きな可愛い妹って感じらしい。

 凄まじい能力だから、甘く見ることだけは絶対にするな。と警告はされている……が、まぁ、ただの人間でしかない俺からすれば、強大な妖怪であろうとその辺の木っ端妖怪であろうと等しく危険なわけで。

 

「フランの家に行くのなら、あたいが案内してあげる!」

 

 と、思考を巡らせている合間にいつの間にか話が飛躍していた。

 氷精は腕を組み、ふんぞり返っている。

 

「それは有難いが……いいのか?」

 

 内心首をかしげてしまう。魔理沙たちの話では、とても好戦的って聞いていたんだけど。

 戦闘は避けられないかと思っていたんだが……

 

「トモダチだからね!あたいがセキニン持って紹介してあげるってわけ。大丈夫よ!あんたが悪いやつじゃないことはわかるから!」

 

 そう言って屈託のない笑みを見せる。

 

 しかし、悪いやつじゃない……か。

 

 ふいに、こいしの顔が頭をよぎる。

 今も強烈に残っているあの時の顔。その瞳には、何も映し出されていなかった。

 あんな顔をさせてしまって、傷つけて……

 

「ちょっと、なにシンキクサイ顔をしているのよ。あたいの案内が不満だっていうの?」

 

 はっと顔をあげると、氷精が不満そうな顔をしていた。

 しまった。失礼極まりないことを。

 

「い、いや、申し訳ない。そういう訳じゃないんだ」

 

 謝罪の意を込めて、咄嗟に頭を下げる。

 いけない、前を向くって決めたんだ。

 

「ったく。簡単じゃないの」

 

「え?」

 

 簡単?何が。

 そんな俺の表情が分からなかったわけでは無いだろう。

 彼女は、こちらをじっと見つめると、にかっと笑う。

 

「だーかーらぁ、相手を傷つけちゃったなら謝れば良いって言ってんのよ。簡単でしょう?」

 

「──ッ!」

 

 その言葉は、驚くほどにすっと胸に入って来た。

 そう。たしかに簡単だ。やらかしてしまったなら、謝る。

 

 気休めかもしれないが、何処か少しだけ心が軽くなった気がする。

 

「どうなの。違うの?」

 

「……いや、違わない。

 けど、どうして?」

 

 何故、まだ会って数分の、俺が考えていたことを言い当てることが出来たのか。

 そんな思いを込めて氷精を見ると、彼女は不意に真面目な顔付きになる。

 

「あたいはサイキョーだから……って言うのは簡単だけど。

 ……似てたのよ。フランの顔と、ね。あいつも、あんたと同じ顔をしていたわ」

 

 同じ……か。

 

「ええ、同じよ。仲良くなるの苦労したんだから。ま、あたいはサイキョーだから、ヨユーだったけど」

 

 そう言ってにかっと笑う。

 その笑みは、さっきと同じようで、全く違って見えた。

 

「ま。そういう訳だから。くよくよしてんじゃないわよ。失敗したら謝って、仲直り。 ジョーシキでしょ?」

 

「……ああ、そうだな」

 

 釣られるように笑みを浮かべる。

 こんな妖精にまで諭されるとはな。

 

「それで、どうするの?行くの?」

 

「あー……それなんだが、よく考えたら、一人で来るように言われているんだよ。だから、案内も普通に駄目だと思う」

 

 そう、考えがあちこち飛躍したせいでうっかりしていたが、そもそも何のために俺一人で来ているのかという話がある。

 わざわざ申し出てくれるのは非常に有難いが、こればかりはどうしようもない。

 

「あーそう。じゃあ仕方ないわね!何かあったらあたいを頼りなさい!助けになってあげるわ!」

 

 そう言って、また胸を張る。

 思わず笑ってしまった。

 

「ああ、ありがとう。心強いよ」

 

「まだ聞いてなかったわね。あたいはチルノ。あんたの名前も教えなさいよ」

 

「俺は裕也。柊 裕也 だよ」

 

「ユーヤね!覚えたわ。これであたい達はトモダチね!」

 

「ああ、友達だ」

 

 ひとしきり笑い合い、別れる。

 チルノ……か。

 正体としては予想を外していなかったわけだが、事前に魔理沙から聞いていた存在とは随分と印象が違った。

 そうだな。こいしの件は、くよくよ言っても仕方ない。

 ちゃんと謝って、やり直す。

 そのためにも、ここで立ち止まるわけには行かないな。

 

 

 頬を軽く叩き、改めて気合を入れ直す。

 目的地は、もうすぐだ──

 

 

 

 

 




これが、私の解釈におけるチルノ。ただの馬鹿ではないんです。この子は。



新作の連載を始めました。更新頻度としては、それぞれを2週間ごとに……というのを理想に。忙しくとも、最低月一は更新できれば、と思っております。

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