―――――――――カキカキカキ・・・・・
静かな部屋に響き渡る音。それは何の因果か、シャープペンシルがノートの上を擦りながら線を引く音だった。この俺、荒峰井久が勉強なるものをする羽目になるなど、誰が予想できただろうか。しかし、そうしなければいけない状況であることは、火を見るよりも明らかだ。何せ、俺は前回のテストにおいて三つほど「赤点」を取って、補習を受けたのだから。
・・・・とまぁ、小説っぽい書き出しで入って気を紛らわそうとしてみたが効果はねぇな・・・・・。
―――――――――ポリポリ・・・・
やっぱ目の前に教科書や資料集、晴臣のノートや明美愛用の問題集があっても、視界に入るゲームや漫画に目がいっちまうな。
―――――――――クスクス・・・・・・・
―――――――――ポリポリ・・・・
こりゃ、完全に欲望を断つように悟りでも開かねぇと集中できねぇぞ。まぁ晴臣がこういう娯楽を持ってんのが意外っちゃ意外なんだよぁ・・・・。
―――――――――プフッ
「―――――――――んなことより・・・・・・・・・」
「テメェらは何しに来てんだよっ!!ここは不良の溜まり場かっ!!!」
「ふぇ?」
「井久さん?」
「どうしたんだ、井久?」
「特にテメェだ、美玖!!」
「ふぉうひはほ?ひっふん(どうしたの?イックン)」
「どうしたのじゃねぇわ!!何テメェはゆっくりくつろいでんだ!!?」
「だってぇ、イックンが勉強会しようって言ったんじゃん?テストやばいんでしょ?」
「オマエにだけは言われたくねぇ・・・・・・」
前回、赤点二個だったくせに偉そうに菓子食いやがって・・・・。
「まぁいいじゃないか、井久は本当に危ないんだろ?」
ったく、呑気にくつろぎやがって・・・・。
「・・・・つーか、テメェらいいのかよ・・・予習とかよぉ」
「ワタクシは問題ありません、前日に詰め込むタイプですから。
ほら美玖さん、お菓子ばかり食べてないで・・・・」
付け焼刃かよ・・・・・意外だな・・・・・。
「お前は?」
「オレか?俺のことは気にするな」
「なんだ?毎日予習復習は欠かさねぇってか?」
侮れねぇからな、こいつは・・・・・。案外、勉強したことねぇとか言い出しそうだしな。
「今は、井久の勉強が最優先だ。これで赤点が免れるなら、オレの点数ぐらい・・・・・」
爽やか笑顔で何言ってんだコイツ・・・・・・。
「っつーか、俺の相手よりエレーナの相手でもしてりゃいいじゃねぇか?」
「ん?何故そこでエレーナちゃんが出てくるんだ?」
自覚症状なしか?それともとぼけてるだけか?
「言っただろう?今、最優先事項は井久だ。これから先何が起こっても、どんな困難が待っていようと、オレとっては井久が大切な―――――」
「黙れ、それ以上言うな」
「人の話は最後まで聞くべきだぞ?」
「発言が気持ちわりぃんだよ・・・・、早く勉強しろよ」
で、テメェは何でそんなに悲しそうな顔してんだよ。最後まで聞いてりゃいい言葉でも聞けたってのかよ・・・・・・・ったく。
まぁ何だかんだ言って、さっきまでとは打って変わって勉強に集中すること数時間。すっかり辺は暗くなっちまって、夜になった。
元々、泊まる気満々だったし着替えも当然用意してある。後は飯と風呂ぐらいだ。・・・・・・だってのに・・・・。
「嫌だ!!」
「別にいいだろ・・・・どうでも」
「嫌だ!!!」
「でも、最後は嫌なんですよね・・・・」
「勿論!!」
胸張って言うことじゃねぇだろうが・・・・。
「じゃあ先に入れよ・・・・誰も覗かねぇよ」
「うそ!!絶対お風呂の水飲むもん!!!」
「飲まねぇよ!!どこの変態だ!!」
「既にくじ引きで決まったんだ、仕方ないだろう?」
「でも・・・・・」
「・・・・・わ、・・・たし・・・・・が・・・・先・・・に・・・・・」
「ダメだよエレーナちゃん!!こんな狼の群れの前で先頭に立っちゃ!!」
誰が狼だ・・・・・。そんなに飢えてねぇよ。
「わかったよ、私、行ってくる・・・・!!」
「・・・・・・え・・・・・・・で、・・・も・・・・」
「いいの、気にしないで。
私の犠牲で助かるなら・・・・・・悔いはないから・・・・ッ!!」
「んだよ・・・・この三文芝居」
「うむ。だが、面白いからいいではないか」
はぁ・・・・・たかが風呂入るだけで芝居されちゃ適わねぇっての。
「絶対覗かないでよ」
「覗かねぇよ」
「絶対だからねっ」
「わかってらぁ」
「絶対絶対ダメだからねっ!」
「しつけぇな、するわけねぇだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ほら、行ってこい」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・」
「絶対ダメだ―――――」
「さっさと行けよ!!」
ったく・・・・・覗いて欲しいのかよ・・・・・。
まぁ魅力を感じてくれんのは嬉しいだろうけどよ・・・・方向性が違うだろうよ。
さて、風呂にも入ったし飯も食ったところで、勉強会の再開なわけだけど・・・・。
「すー・・・・・すー・・・・・」
「ホント呑気だよな・・・・・・・」
呆れて文句も言う気力すら湧かねぇ・・・・・・。
「時間も遅いしな」
「まだ十時だっつーの」
小学生かよ。
「井久さんは夜更かししてるんですか?」
「いいや、少なくともこんな時間には寝ねぇよ」
「ちなみに、寝るまでは何をしているんですか?」
「ゲーム」
「即答ですね・・・・」
「以外やることねぇしな」
「飽きないのか?」
「同じのばっかやってねぇからな」
その辺考慮して、三つぐらいを日替わりでやってるしな。
「姉とはしないのか?」
「姉ちゃんはゲームするような人間じゃねぇからな・・・・・」
ホント、できたら最高なんだろうけどな。
―――――――――プルルルルル・・・・
「あ、すみません電話が」
「ああ」
「もしもし・・・・・。
あ・・・・・うん・・・・・・・今友達の家・・・・・・うん・・・・・う・・・・ん・・・・
分かった・・・・・ん・・・・・・うん・・・・・」
親からか?事前に連絡したんじゃねぇのか。まぁ、色んな家庭もあるだろうしな。十中八九、今すぐ帰ってこいってやつだろうな。厳しいんだな、明美んとこは・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・ごめんなさい・・・・・・え・・・・・・ごめんなさい。
え・・・・・・?・・・・・・。
―――ごめんなさいっ」
幾らなんでも電話越しでなら聞こえるだろ。対峙して会話してんじゃねぇんだからよ。
「すみません、今すぐ帰ってこいって言われちゃいました」
「もしかして、親御さんは怒っていたのか?だとしたら、すまん」
「いえいえ、ワタクシの連絡が不十分だっただけですよ」
「そうか?」
「では、ワタクシはこれで」
「送ってやろうか?外暗ぇしよ」
「いいえ、大丈夫です」
「男がやべぇなら、今すぐ美玖起こして―――」
「いいえっ」
「・・・・・・・」
「・・・・だ・・・・・大丈夫・・・・ですから・・・・」
こうして清水家を後にする日野明美。
せめて玄関までは、と言う井久の提案も断り出て行く彼女の背中は、親に怒られた子供、ではなく―――
―――――――――帰りたくない。
と言っているように見えた。
それに手を差し伸べるでもなく、只々彼女の背中を見つめるしかなかった井久だった。
―――――――――家庭の事情だ。
そう、心の中で言い訳をして。
「なぁ」
「ん?どうした?」
「俺はあそこで強引にでも送ってやるべきだったのか?」
「・・・・・・・・・」
「それとも・・・・・」
「井久」
「んだよ・・・・」
「その答えを出すのは、井久自身だ」
「・・・・・・・・・・・チッ・・・・テメェはよぉ・・・・・」
「さぁ、勉強だ。今夜は寝かせんぞ?」
「気持ちわりぃ発言すんな!」
ったく・・・テメェはいつも・・・・中途半端に誤魔化しやがって・・・・・・。