夢を見ているとき、あぁこれは夢なんだな、と気づく時がある。意識がふわふわしてぽわぽわして、やけに現実味のない時だ。
夢を見た。幼き日の夢。そこは私の家で、小学生くらいだろう幼い私と、その隣で本を読んでいる幼い彼。その光景を客観的に眺めている私は、あぁこれって夢だな、と思った。
私はこの場面を知っている。これは私が彼に私が「亜人」ということを伝えようとしている過去の場面だ。
サキュバス、バンパイア、デュラハンなどなど……。この世の中には「亜人」と呼ばれる特別な性質を持つ人間がいる。私もこの「亜人」であり、バンパイアの性質を持っている。
私が小学生の時、私が普通の人間とは違うということを両親から教えてもらった。私にとってのバンパイアの性質というのは、貧血が頻発する感じで、時々血が足りないと感じることをいう。
これについては、食べ物に気を付ければ割と何とかなるが、それに加えて血を飲んでみたい欲求もあったりする。そのため、月一で国から支給されてくる血のパックを飲むことによってその欲求を抑えている。
そして、もう一つ。他人から直接血を吸いたいという欲求。
人とは違ったこの欲求。私はこれが家族以外の人に知られるのが怖かった。特に私の隣の家に住む幼馴染、斎藤和樹には。
私にとって、斎藤和樹という存在は気ごころの知れた、いわば家族のようなものだった。物心つく前から隣にいたと思う。もしかしたら双子の妹のひまりよりも一緒にいた時間が長いかもしれない。
そんな幼馴染に私がバンパイアの「亜人」だということは教えていない。
彼に知られて、私のことを恐怖の対象としてみるかもしれない。そして、この家族みたいな関係が壊れてしまうかもしれない。
私が「亜人」だということを知っても、彼はそんなことはしないと思うけど、心のどこかで、もしかしたら、と思ってしまう私がいる。
彼に秘密にしたままなんて嫌だから、いつかはこのことを幼馴染に伝えなければいけない。しかし、残念ながらこの時はそれはできなかった。なぜなら。
「ダレンシャンやべぇな。バンパイアとかバンパイニーズとかこの世にいたら世界オワタだろ」
「……う、うん。そうだね……あはは」
小説ダレンシャンを読みながらバンパイアに恐怖している幼馴染がいるからだ。はー、ダレンシャンを恨みたい。なんというタイミングでバンパイアが戦争をするような本を出版しているんだ。
やはり私が彼にカミングアウトする日はほど遠い。
場面が変わった。中学生のころだ。
学生ニートみたいにジャージを着てベッドの上でゴロゴロしている彼。そんな彼を学生服を着た私が見下ろしている。
場所は中学校の保健室だ。
彼は普段はアホという領域を凌駕する行動をとるが、天才と呼ばれる頭脳を持っていた。いわば、ギフテッドというらしい。
そんな彼は、小学校の時にちょくちょくと授業をサボっていたが、この中学生時代では授業どころか学校自体サボっていて、不登校を繰り返していたのだ。
彼曰く、授業がつまらない、自分で適当に勉強した方がおもしろい、らしい。
この時のカズは授業中に教師の授業に口出しし、逆に難しい質問をしたりして教師を困らせたり、クラスメイトや同級生に対して、なんでこんな簡単な問題わかんないのか、と見下したりしていた。
そのせいもあって、この時期は特に彼の不登校に拍車がかかっていたっけ。
この日のこの状況は、たしか、そんな彼に痺れを切らした私とひまりが無理矢理学校に連れてきたけど、彼自身、一時限目が始まるや否や保健室に逃げ込んでしまった、だったと思う。
貴重な休み時間を犠牲にしてそんな彼を説得しにきたんだっけ。
「ねぇ」
「んー」
「なんでサボってるの」
「俺、天才。授業レベル低い。つまり、受ける意味ない」
なんともむかつく返答だこと。客観的に見ている私でさえ、ものすごくイラッときたのだ。彼に相対している中学時代の私はもっとむかついていると思う。
現に、すごい顔しているし。うん、私ってこんな顔出来たのか。般若みたいで怖い。
「カズは興味ある事しか知らないじゃない」
「専門分野を極めれば、それだけで食っていける」
ドヤ顔うざい。
「それに学校連中の目。人を人だと見ていないあの目。あれが気にくわない」
「……っ」
私にも、わかる。
私がバンパイアの「亜人」だと知った瞬間、私を見る目が変わる。好奇の視線、それだけならまだしも嫌悪感、不快感なども……ないとは言い切れない。私が嫌いな目。
カズも同じように見られていたなんて知らなかった。けど、けど……。
「……それでも。それでも私はカズがいないのは、やだ」
「……なっ」
「カズが教室にいないのは、やだ。カズが誰かと喧嘩しているのを見るのも、やだ。カズのこと、いろんな人に裏で悪口を言われているのだって、私、やだよ」
拳をギュッと握って、カズに私の思いを伝える。精一杯伝えている私。
うーん。客観的にみると超恥ずかしい。若気の至りってやつね。というか保健室の先生ニヤニヤしすぎ!
そんな必死に思いを伝える中学時代の私を見てカズは口を強く結んだあと、
「……っ。よ、良くそんなこと言えるよな。お前だって俺に隠し事してるじゃん」
「……うっ」
確かにこの時の私はカズに隠し事をしている。言いたくても言えないことだ。それは私が「亜人」だってこと。
私はこの時、まだカズには伝えていなかった。
一回私の部屋に置いてある血液のパックを見られたときがあったが、トマトジュースといったら疑う素振りを見せずにそのまま誤魔化せた。それ以外は私は普通の人間とは違うような仕草や性質をカズには見られていなかった。
だから、まだカズは知らない。カズが知ったら私を見る視線があの人たちと同じあの嫌な目に変わってしまうのだろうか。そういった恐怖から、話せなかった。
「お前だって俺に話せないことがあんだろ。なんでそんなやつの話を聴けって言うんだよ」
「……そ、そうだよね」
カズが中学時代の私を睨んでいる。そして、私はしばらく俯くが、突然バッと顔を上げる。その目には何かしらの決意がある。
私は知っている、あの目は覚悟を決めた目だ。
大丈夫よ、私。私も通った道なの。過去の私だって確実に乗り越えられるよ。だから勇気をだして。
そんな私の思いが伝わったのかそうじゃないのかわからない。わからないけど、過去の私は、その重い口をゆっくりと開いた———————
「……うーっ…ん」
「あ、やっべ」
目が覚めた。目の前には見知らぬ天井ではなく見知った光景、というか顔。なぜか私の目の前には先ほどの幼い顔ではないカズがいた。
先ほどの夢で見た顔と比べると、なるほど、カズもどこか大人らしい顔つきに変わっている。
「……どったの? ここ私の部屋だよ」
「あ、遊びに来たけどひかりが気持ちよく寝てるから」
「私の寝顔見てたの?」
「……暇つぶしてた」
どこか気まずげに顔を反らすカズを見て、頬が緩む。私の幼馴染は、やはり昔も今も、顔に出やすいらしい。
この場の空気に耐えられなくなったのかカズは
「ど、ドロン」
忍者が印を結ぶポーズをとって部屋から出て行ってしまった。戦略的撤退だからなー、と遠くから聞こえてくる。
そんなカズを見て、そして、あんな夢を見たからか、あの日からあまり変わらないけど、結構変わったなーって思う。私は夢の続きの話、それについて思い返した—————
「私、「亜人」っていってね。普通の人間と違うの。私はバンパイアの「亜人」。私の貧血癖もその「亜人」としての特性のせいなんだ。それに、私。私ね」
言い淀む。
しかし、言わないと。
「人間の血を飲んでいるんだ。たまにだけどね。私の家にあるトマトジュースのパック。あれ本当は人間の血なんだよ」
私はそれにね、と続けた。
「それにね。私、たまにカズに噛みつくよね。その時さ。本当はカズの血を飲みたくなってるの。……こんな幼馴染怖いよね……気持ち悪いよね」
全てを告白して、恐る恐るとカズを見る。どんな表情をしているのか。その眼は好奇か畏怖か恐怖か……それとも……。
「厨二乙」
「……っ!?」
言っている途中で泣きそうになり、若干涙声になっていた私の告白に、カズは引いた顔でそう呟いた。
え、なに。え、厨二? というかなんで引いてんの?
そんなテンパっている私に、カズは心底ドン引きした様子で。
「え、自分のことバンパイアだって? 痛てててて。なにそれ、超怖いじゃん厨二病。まさか俺の幼馴染が自身のことを特別な力を持っていると思ってるなんて」
「ね、ねぇ……ちょっと」
「いや、いやおい待てよ。俺、さっきまで自分のこと、俺☆超天才、ほかの愚民どもを足元にも寄せ付けないレベルのハイパー天才。むしろ天才を超越した天才、つまり神だろ、とか思ってたじゃん。あかん、マジあかん。俺、めっちゃ厨二病じゃん」
「え、まって、カズ」
「お、おい、ひかり! 俺たち世間一般的に見てめっちゃ痛いやつだぞ! ちょっとこれ早期発見できてよかったレベル! 黒歴史は始まったばっかりだ! まだやり直せる!」
「私の話、聞いて」
「そうだ。今日から普通の学校生活を送ろう! そうやって治療だ! いいなひかり!」
「え、え、うん」
「そうと決まれば次の授業から真面目に受けるぞ!過去の痛い自分とはおさらばだ!」
そういって私の手を掴んでそのまま教室目指して走り出した。そんな私たちの後ろでは保健室の先生が微笑ましそうに手を振っている。
というわけで、はい、事の顛末。
彼は、私の「亜人」発言を厨二病的な妄想と勘違いした。興味のあることしか勉強してこなく、とりわけ授業をサボっていた彼は世間では常識な「亜人」についてこれっぽっちも知らなかったのである。そして、彼自身自分の身振りを振り返ってこれも厨二病と判断したのだ。
そこから先は圧巻だった。教師に頭を下げ、クラスメイトに頭を下げ、普通の学生として学校に通った。それはもう、自分は特別な人間だと思っていた天才中学生なんて最初からいなかったかのように普通の学生として通ったのである。
こうして天才児の不登校事件は幕が下りた。
いやまぁ彼の不登校がなくなったのはいいが、私の「亜人」発言を認識して理解してくれたらもっとハッピーエンドだったのに、と今になっても思う。まぁ、しかしながらカズは、少なからず私の告白を聞いて確実に変わったのだ。
あの場面での告白が、カズにとって良かったか悪かったかはわからないけど。けど、私にとっては、
——————それに、ひかりはひかりだし。ぶっちゃけ、「亜人」でも人間でもどっちでもいいわ。
私にとっては、私がバンパイアの「亜人」だって知った今のカズを見ていると、もっと早くに言っておけば良かったなって、そう思う。