なお、当方は現在のところ徹夜明け+翼を授かる+40度の酒を呑んだ状態で執筆していますので後ほど修正が入る可能性があります。ご了承ください。
アイテール。宇宙に浮かぶ鉄の船が巣に帰っていく。任務を終えたデルタ小隊とワルキューレをのせて。
ワルキューレ達は傷の治療のため即座に医務室に連れていかれ、デルタ小隊の方でも酷使され、場合によっては破損した機体の修復が開始されていた。
「主よ、永遠の安息を彼らに与えたまえ。絶えざる光を彼らに照らしたまえ」
撤退のさなか。展望室から今は遠くに見えるランドールをながめつつ、ヒューイは先ほどは短く済ませたものの一節を今一度唱える。
一般にヴァール化した人間にまともな理性は残らない。だから、普通なら高度な技術を要求するVFでの戦闘などは出来ない筈だった。それが何故か現れた新統合軍はヴァール化してからも編隊飛行を続けこちらへ攻撃を仕掛けてきたのだ。そのメカニズムを知らなければならない。そうでなければ、そうしなければ少なくとも撃墜した彼らに報いることはできないだろう。
これは感傷ではない。ヒューイの精神は今更暴走した味方を自ら殺処分した程度で落ち込むようなヤワな摩耗のしかたはしていない。ただ、生き残った意地が義理くらいは果たさねばと訴えかけてくる。それにあれらがウィンダミアの仕向けたものならば気に食わない。つまるところ彼はムカついていた。
だが、その他も含めた色々な問題について、それは彼の背負うものではなかった。
展望室を後にしてヒューイはデブリーフィングに向かった。
暗転した大部屋に大きなスクリーンが映し出されている。アンノウン、いや空中騎士団とデルタ小隊の戦闘記録。そして途中から参加する操られた新統合軍の機体。
「ウィンダミアとは、周囲を次元断層で覆われた惑星国家だ。7年前にも独立戦争で新統合軍と戦っている」
スクリーンに立て続けに情報がもたらされる。そのうちひと際大きいものに例の鏃のような機体が映し出された。
「そしてこれが彼らの使用する新型機、SV-262ドラケンⅢ。もしこの型番が間違いでも誇張でもなければ、コイツは対VF戦に特化した機体だ」
そして、
「動きからして、恐らくこれが白騎士だろう」
戦闘記録の中で飛ぶうち一つを指して、アラドが言った。それはメッサー機と複雑な機動を描きながら戦っている。迷いのない動き、恐ろしく強い敵。
「白騎士?」
「空中騎士団に代々受け継がれている、エースの称号さ」
「なるほど」
メッサーが小さくつぶやく。彼が認めた。それだけでこの相手の危険度が図れるというものだ。
「しかし、白騎士ったって黒い機体に乗ってたじゃん?」
「昔は白銀の機体に乗ってたんだよ」
「へえ」
「今の世代はよほど腕がいいらしいな。他もかなりの練度だが、ヤツの突出ぶりは頭ひとつでは済まされないレベルだ。今後あいつらと戦う時はメッサー、頼めるか」
「了解です」
死神は一分の隙もない鉄面皮で即答する。
まるで臆していない。これがエースか。
「さて、白騎士はとりあえず置いておくとして、新統合軍のパイロット達が操られていた件だ。まず間違いなく任意によるヴァール発生とそれらのコントロール技術を持っていると見ていいだろう」
「その証拠は?」
「明確なものではないが、先ほどボルドールがおとされた時に、殆どの防衛戦力がコントロールされてほぼ無血降伏だったらしい。状況証拠としてはこれ以上ないだろう」
「なるほど」
短いやり取りはアラド、メッサー、ヒューイの間で完結した。他の誰も口を挟まない。皆大なり小なりウィンダミアのやり方に憤りを感じてはいたが、メッサーとヒューイのそれがあまりに強烈で恐ろしいから。
だが、ヒューイが不意についた吐息ではりつめた空気が霧散した。
「で、今までのヴァール全てがウィンダミアの仕業だったんですか?」
「い、いいえ。大多数は自然発生したものと思われます。ウィンダミアの関与があったのは現場で高いフォールドウェーブが観測されたものだけと本部は判断しているわ」
「今までのは、実験」
「確実なコントロールが出来るようになったから行動を起こしたんだね」
それが最も自然な解。故に、現状を整理するために言葉にした。しかし口にした当のレイナとマキナは離さぬとばかりにフレイアの手を繋ぎ肩を寄せている。ウィンダミアはこのたった14歳の少女が一人出てきた、故郷なのだ。どんなに元気に見えてもそれが中身のない空虚なものであることはこの場の全員がわかっている。
「それで、今後の方針は?」
無論のこと戦争以外にありえない。既に宣戦は布告されてしまったのだから。ケイオスは治安維持のために派遣された民間企業ではあるが、すぐにでも契約は更新され傭兵として戦うことになるだろう。
嫌われ者の役をあえて買って出たのはミラージュだ。気に入らない。わざわざ不器用な方法を選ぶ必要などないのに、心が鬼だとか、感情の機微に疎いわけでもないのに何故そうまでして真面目な態度を貫こうとするのか。
馬鹿だ。
馬鹿といえばフレイアも馬鹿だ。
なぜ喚かない、叫ばない。無理して平気な顔してカラカラ笑っていても誰もかれもが苦しんでいるのを察している。しかも隠し方が中途半端だ。必死にやっている彼女には悪いが効果を発揮していない、逆効果だ。心が軋むほど辛く、困惑しているのが透けて見えるから見てるこっちの方まで心を乱されて――、
「・・・クソ」
「どうかしたか、ハヤテ」
「いや・・・なんでもねえよ」
「そうか。ともあれ我々は傭兵だ。今後の方針はクライアントが決定し、それに同調するか否かの決断は諸君らが個々にすることだ――。だが結論を急ぐ前に我々は未知の脅威を知らなければならない」
アーネストの深みのある声が嫌に響いた。それだけ関心をひくフレーズだったというのもある。
「未知の脅威?」
「FFR-41の戦闘記録により存在が判明した。ディスワード少尉、説明を」
「了解――これが件の相手です」
スクリーンに再び戦闘記録が表示される。高度は10000m間近、ほぼ空力限界高度だ。三次元的に絡み合う二本の線。青のそれがFFR-41、もう一種類存在する赤いのがアーネストの言う未知の脅威なのだろう
。
「別段普通の記録に見えますが――」
ハヤテも同意見だった。まず一機目をFFR-41のミサイルが捉え、敵機はロスト。FFR-41のミサイルは搭載弾数を犠牲にして大量の炸薬を搭載したロングランスタイプだからこの場合ミサイル一発で敵機が消えていることに違和感はない。そして立て続けに別の機体が現れ、同じように機銃かミサイルで落とされ、ロスト、ロスト、ロスト。嫉妬する気も起きないほど惚れ惚れとした迎撃戦闘に見える。
首を捻っているとミラージュと共にメッサーに睨まれた。悪かったな分からなくて。
「チャック」
「ダメだ、俺もわかんねえ」
ため息とともに揃いもそろってなどと言われてしまった。
「そこまで言うことかよ」
「まあ待て、メッサーもヒューイも少し意地が悪いぞ」
アラドが止めに入る。意地が、悪い?
「失礼しましたアラド少佐。では説明すると、こいつは全て同一の個体です。画面上でロストした敵機は全て空間跳躍してFFR-41の攻撃を回避しています」
「おまえらが撃墜されたと思っていたのは全部
「な・・・そんな馬鹿な」
「センサーの故障とかじゃないのかよ」
「FFR-41のセンサー類は全て正常だった。そもそも我々もデータリンクでジャミングしてくる敵の位置のデータを受信していただろう」
ああ、確かに。ヤツのレーダー観測の結果はいつも正しかった。だが、可変戦闘機クラスの機体が短距離とはいえ、連続ワープだと?もし本当ならウィンダミアは一体どんな技術力を持っているっていうんだ?
「・・・現状、この機体に関する追加の情報も、排除方法も存在しない。だが幸いにも攻撃し続けることで足止めすることは可能であることが判明している。遭遇した場合、FFR-41かヒューイ少尉に任せるとしよう。いいな?」
「了解しました」
「よろしい、では解散。以降は船内通常待機シフトへ移行せよ」
デブリーフィングの終わった室内に、残る人物がいた。
数は四人。アラド・メルダース、メッサー・イーレフェルト、カナメ・バッカニア。そしてヒュー・アンソニー・ディスワード。彼らは大型モニターに映し出された
「・・・しっかし、参ったなこりゃ」
「自分もこんなものは聞いたことがありません。正直、作り話ではないかと疑いたくなります」
ループ再生される戦闘映像。FFR-41のロングランスはアンノウンに左後方から肉薄し、爆発。誰が見ても明らかな撃墜の瞬間だが、その姿が掻き消える。そして同時進行しているレーダー画面ではFFR-41の背後やや上方という絶妙な位置にそれは出現した。息つく暇もなく再び空中戦が始まる。ACMの映像はミキサーに放り込まれたような有様で何が何だか分かったものではなかったが、短いシザースの後にFFR-41が再びアンノウンの背後を取った一幕は切りぬかれ、より画像として再構築されていた。煙を吹くエンジン、食いちぎったように途中が抉れている左主翼、そして煤。
「・・・再生ですよね、これ。どう見ても」
「やはりか・・・ヒューイ少尉はどう思う?」
「・・・起こっている現象の実態はともかくとして、やっかいこの上ないですね」
「同感です。もしこの再生に見える能力がパイロットにも影響するのなら、今は大したことがなくてもソイツは死にながら成長することができる。それでなくても再出現の位置が凶悪すぎるというのに」
「後方上空、側面、次は真上・・・再出現位置は完全に任意のものであるとみていいだろうな」
「唯一の救いは、再生速度がそう早くはないということか・・・」
「とにかく、引き続きこのことはこのメンバーと艦長だけで内密に頼む。こんな映像をあいつらに見せちまうと士気以前の問題になりかねん」
「「「了解」」」
データは厳重にロックされた上で、ハッキング対策のために完全に独立した端末に保存された。
彼らも解散する流れとなる。
部屋に戻ったヒューイは、照明を落としたままベットに腰かけた。ややあって、少しでも心を落ち着かせるためにコップに水を汲み、一息に飲み干す。気分は最悪だ。何度も何度も今しがた見てきた記録映像がフラッシュバックする。
ヒューイは、ヒュー・アンソニー・ディスワードはあの現象を知っている。それそのものではなくとも同類は今まで幾らでも見てきたし、手に取り、行使したこともまた同じだ。
――熱センサーにもフォールドウェーブにも一切の干渉がなかった。つまり科学的には観測不能な力が働いた。
――その観測不能な力の発生源を僕は知っている。それは幸いにも戦闘機のコックピットに手軽に持ち込める程度の大きさで、100年ほど前に自分とある友人も同じことをしたことがある。
――ランドールは満月だった。そしてそれも満月によって最も力を増す。
――それは、「幻書」と呼ばれている。
さらに言えば、ヒューイはこの時代に飛ばされてからずっとそれを追いかけてきた。買い漁った古本も、趣味以上にその過程のハズレクジで――いいやそんなことはどうでもいい。重要なのはそこじゃない。「幻書」の影には二通りの人物達が隠れている。正しく読み解き、十全にその英知を発揮させることができる「担い手」がまず一つ。持ち主が正しい読み手ではなかった場合暴走して使用者を大抵はひどく不幸な目に合わせるのだが、それも今はいい。
もう一つの人物。それは「読姫」と「鍵守り」だ。幻書を蒐集し、蓄積する壺中天の少女とその門番。
かつて自分がそうであり、まさに今探しているわがままな相方がその一人である。
もちろん全ての幻書が読姫の元にあるわけではない。しかしこの時代では地球は既に一度焦土と化した。紙や石板を媒体とする幻書がその渦中で無事でいられる理屈はない。つまり地球文明の幻書が残っているとすればそれは時間を飛んだ読姫の持ち物だけだ。ましてや戦争が始まったと同時に現れた完全に戦争向きの幻書。選び取ったと考えるのは果たして邪推だろうか。
あるいは地球外の文明が綴った全く未知のジャンルの幻書という可能性もある。
ひょっとしたら他の二人の読姫のどちらかもしれない。
だが、それらの可能性については正直どれが正解だろうとどうでもよかった。
「は、はは」
2年ごしのようやくの手掛かりだ。
絶対に見失うものか。
幻書:禁断の英知を記した、本来在らざるべき幻の書物
読姫:■■■■■■■■■■■■■■。ヒューイが探しているのは「黒の読姫」