もう一度、飛び上がった空で   作:zwart

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長らくお待たせいたしました。最新話となります。



第十二話

新統合軍とケイオスの首脳部にとってウィンダミアの戦争目的は明白だったし、以前から火種が燻る星であることは理解の範疇にあった。現地の守備軍にとっては仮想敵であるのだからシンクタンクは十分な迎撃・鎮圧作戦を事前に用意していたし戦力差は比べる意味もないほどにあった筈だった。それでも新統合軍は初動において決定的な敗北を喫し、今のところも負け続けている。

「理由は明白。ヴァール化した人間をコントロール下に置くことのできる未知の技術だ」

「君たちも直近の戦闘でも見た通り、通常は本能のまま暴走するはずのヴァールに編隊飛行や目標を選んだ戦闘を行わせることが彼等にはできる。ばかりか、恐らくは狙った相手をヴァール化することすら可能だと思われる」

ウィンダミアが火種だと分かっていて過剰な軍備を許す新統合軍ではない。否、統合軍の認知していない新型を彼等が運用しているのだから秘匿された部隊が編制されていたことや外部勢力の助力があったのは確かだが、それでも大規模な誤魔化しは利かない。それでも彼等が惑星単体の勢力で既に10を超える星を占拠、暫定統治できているのは現地にいた防衛戦力が混乱もなく全て寝返ってウィンダミアの元で今なお働いているからである。

「ヴァールの専門対策チームだった我々は今やそのまま敵戦力中枢への唯一のカウンターとなった。だが勢力としてはせいぜいが戦闘艦一隻に過ぎない我々が効果的に機能するにはまだ情報が足りな過ぎる。そのためまずは彼等の持つノウハウを可能な限り知るところから始めようと思う」

「事前に新統合軍がピックアップした“情報源”は3カ所。そのうち我々だけで潜入可能な場所を俺と艦長で選定した」

「場所は惑星ヴォルドール。現地の遺跡を拡張して構築されたウィンダミア軍基地だ。専用の降下装備を装着したジークフリート4機で無動力降下を行ってもらう。残り2機とFFR-41はいざという時アイテールと共に強襲降下して撤退援護するため待機だ。――今日はヴォルドールではあまりない満月の日らしいが、敵地だ。日が暮れる前には撤退するぞ」

 

 

「これが降下装備か・・・」

ジークフリートの機首部分には耐熱カーボンで精製された円錐状のパーツが新しく追加されていた。これが大気圏突入の際に傘のように開いて機体正面で減速装置の役割を果たす。正面から大気圏に突っ込むことにより地上から観測したときに影として現れる面積を可能な限り小さくする他、冷却材を大量に使用して断熱圧縮の熱とそれに伴う発光を軽減する。低速で降下すれば断熱圧縮も赤熱化もある程度は抑制できるが、地上から見れば大して変わらないし降下に長時間かけてしまうということで潜入には危険すぎる。そのための新装備だ。また、ケーニッヒモンスターで纏めて降りずジークフリートを使用する理由は空中騎士団との遭遇が高い確率で予想されるためだ。作戦中に遭遇してしまったらケーニッヒモンスターでは抵抗できない。まあそもそも降下中に発見されたら作戦は中止なのだが。その場合の離脱を考慮した編成だ。

「で、突入後は地上にて投棄。帰還時には通常飛行で重力を振り切りアイテールに帰還せよ、と」

「間違って投棄するとその時点で証拠隠滅用の腐食剤が注入されるから気をつけて」

「確か、3分以内に構造の90%以上が分解するんだったっけ」

「5分以内には全部なくなってる。残るのはごく普通の酸化化合物だけ。つまり土に還る」

「すごいな」

「そう。マキナ謹製の激レア装備、しかも期間限定」

今、俺のジークフリートの後席に乗っているのはレイナさんだ。今回の作戦に参加する機の中で俺の機だけが後席が狭く、体の小さいレイナさん以外のワルキューレメンバーが乗れないかららしい。ちなみにワルキューレも潜入する。彼女等が最もヴァールシンドロームに耐性が強く、また詳しいからだ。潜入工作についても訓練を受けているらしい。そしてレイナさんにはもう一つ特別な役割がある。彼女がヴォルドールの警戒網に電子的な穴を開け、そこから俺達が潜入するのだ。

「クラッキングの準備は?」

「今ジークフリートと私の端末を繋いでる。こっちも質問いい?」

「どうぞ?」

「ヒューイは――、いや。ウィンダミアと戦う理由は何?」

「――奴等には宰相閣下の頬を殴り飛ばしてでも聞かなきゃいけないことがあるからね」

「ふうん。王様じゃないんだ」

「別にどっちでもいいんだけどね、多分軍の実権を握ってるのは宰相の方だと思うから」

「それは同感。あのメガネは胡散臭さの塊」

「資料を見たけど、なんか写真ごとに微妙に雰囲気違うから何かと思ったら着けてるメガネが全部ばらばらなんだよね、彼」

「メガネマニア乙。で?」

「うん?」

「アイツ等に何を聞きたいのかまだ教えてもらってない」

「ああ、そのこと。俺の知人がそっちにいませんかってね」

「誰を探してるの?女?」

「女の子なのは否定しないけど」

「ほう」

ホロキーボードを打つ音が途切れた。レイナさんの準備が終わったのだ。それを編隊長機のメッサーに連絡すると、作戦開始時刻の最終確認が行われる。定刻どおり。各々の端末なり腕時計なりの時間が合わせられる。潜入捜査にむけて皆私服でコクピットに座っていた。気密服なし、強化ガラス一枚隔てただけの大気圏突入が迫っていた。

『デルタ2,4,5,6は作戦開始。有視界以外での交信を禁止。アクティブステルス全力稼働。フォーメーションアサシン』

『デルタ6の電子戦開始。レイナさん、お願いします』 

「ん、了解」

事前に言われた通り、彼女の曲のインストがうっすらと聞こえてきた。レイナさんのヘッドセットから漏れている音だ。集中するときのルーチンらしい。既に彼女の仕事は始まっているようで、視覚没入型のハッキングツールから漏れる淡い光が点滅しているのがキャノピーに反射している。

「ふふん、楽勝・・・」

にやりと笑ったのだろうか。彼女の漏らした呟きを機にこちらでもモニターしていたウィンダミア軍の防衛ネットワークが無力化されていくのがわかる。3分もしないでヴォルドール軌道上の全ての敵はこちらを知覚できなくなってしまった。

「穴をあけたよ」

『各機、降下準備。敵防空圏を突破してヴォルドールへ潜入する』

『了解』

「了解」

電子的な目は潰したが人間の目まではどうしようもない。だから超望遠観測で割り出した軌道上の哨戒部隊の移動パターンから割り出した安全圏に正確に飛び込まなくてはならない。目立つためスラスターも使用禁止。姿勢制御に使えるのは原始的なエアー噴出装置のみ。

『各自、訓練どおりにやれ――ではこれより緊急事態を除き無線を封止する』

「――ふう」

つまるところパイロットの腕が決め手ということ。グローブの中にじっとりとした汗を感じた。

哨戒機は周囲にいない。対地速度は事前に計算した規定値に収まっている。

「高度、速度よし。RCS軽減姿勢よし、降下用シールド展開――突入」

重力にひかれて大気圏に突入する。

機体正面に展開された傘が抵抗になり減速が開始される。ISCが作動しているが、それでも体が前に引っ張られる。

「減速中・・・傘の冷却機構は正常に作動している。表面温度、適正」

「減速終了まで5、4、3、2、1。傘を収納。グライダー飛行に移る」

目の前の障害物が取り除かれ、ジークフリートの翼が風を掴んだ。いつもの感覚。ARモニターに降下ポイントが表示される。キャノピーから見える他の三機にも異常はない。

これからはアクティブステルスが理論飽和を起こして効力を失うまでの限界時間以内に着地、迷彩シートで機体を隠さなければならない。

だが大気のある空ならばどうにでもなるのが腕のあるパイロットというものであり、ことメッサーや俺に関しては空気を掴むのは得意中の得意だった。

「――」

傘の抵抗による不安定な状態から復帰し十分な姿勢安定が取れたのを確認するとジークフリートはまず尾翼を折りたたみつつ180度のエルロンロールで背面になる。次いで前進翼も折りたたみ、急速降下を開始する。

「ちょっ――」

「舌噛むよ」

隠密飛行でエンジンの点火が出来ないのであれば、重力で加速すればいい。

(目的地までの放物線限界高度はまだ下。雲の高度は推定12000から10000。この中を飛ぶか)

雲の中で水平飛行。

「センサ―感度低下。雲の中で交錯したら他の機とぶつかる――!」

「大丈夫、見切ってる。メッサーは左150、チャックはその奥、ハヤテとミラージュも後ろからついてきてる」

着陸目的地が近づいてきた。翼を再展開して減速、雲海の中を飛行している間にズレた進路をラダーで調整。ただし着陸の瞬間だけはどうしてもガウォーク形態になって噴射をしなければならない。しかしそれもできるだけ短時間、低出力が望ましい。機首を上げ、コブラの要領で減速――。

「高度10――5」

脚部展開。ガウォーク形態へ。噴射熱量を抑えるため限界まで衝撃吸収に活用する。

ズン、という振動と共にヴォルドールの密林に着陸した。予定位置との誤差は600mm以内。変形時の姿勢の乱れで思ったよりズレたが、まあ問題はないレベルだろう。

「着いたよレイナさん」

「・・・運転荒いぃ」

「何事もなければ帰りはもう少し楽だと思うよ。軌道上に上がるだけだから」

作戦上、帰路は残った面々とエリシオンが作ってくれるはずだ。

「俺はシート張っちゃうから、そっちは潜入の準備を」

「ん」

なんだかんだ体も小さく、ゾラ人の血が入ってるレイナさんはけろりとした様子でそのまま荷物を纏めて後席から出ていく。

程なくして残りの三機も着陸する。

迷彩シートはどちらかというと機体表面の反射を抑えるのが主目的で、色彩関係の迷彩は事前にインプットしておいた迷彩パターンを装甲面に投影すれば事足りる。

「流石に早いな、ヒューイ」

「大変なのはここからだよ、ハヤテ。君は猫アレルギーなんだろ?」

「は?」

「ん?」

「ヴォルドールは猫系の種族が多いんやっけね?」

「うへえ!?」

ブリーフィングで言ってたような・・・まあいいか。

各々が猫耳だったりペイントだったりを付けている。ちなみにワルキューレメンバーはそれだけでは普通に顔バレするので髪や目の色をホロで弄っている。

「ん?」

ジークフリートのキャノピーにシートを被せて、機体の上から降りると、レイナさんが髪の色を弄っているところだった。くすんだ金髪と碧眼。

「兄妹設定。この方が違和感ない」

「なるほど」

ハヤテとフレイア(銀髪)は若い恋人か友人。メッサーとカナメ(茶髪)は社会人カップル。ミラージュと美雲(黒髪)も友人で通るが、俺とレイナさんの組は外見年齢の差がちょっときつそうだ。通報されるほどではないが、その分かえって目を集めそうである。ちなみに何故この人選でこの組み合わせなのかと言えば、基地への潜入時に必要なスキルと、戦闘能力の兼ね合いだ。特にフレイアが入っている理由は現地人・・・ではないがウィンダミア人特有の文化などから来る気づきを狙ったのと本人の志願によるもので、アラド隊長が外れた理由は以前ウィンダミア軍に出向していたので顔バレしている可能性があるからだ。チャックについては潜入時に種族的な特徴を隠しようがないから最初から考慮には入ってなかった。

「よろしく兄貴・・・いや、お兄ちゃん?」

「お好きな方で・・・ところで、レイナさんのことは何て呼べばいいかな?」

「レイで」

「了解」

「準備が出来たなら各自街に潜るぞ。市内の情報をある程度集めたら合流し遺跡基地内部へ侵入する。合流時刻は1300時」

「1300、了解」

それぞれが猫人や獣人になりきったところで各々はひとまず現地の人間になりきるべく行動を開始した。

 

 

・・・ふむ。少し困った。

潜入したヴォルドールの街は、遺跡を中心に発展したようでだいたい円形になっていた。ただ、こういう場合中央にある物、つまり遺跡には何かしら重要な役割を持っているはずだと思うけれど、そういうことはないらしい。行政機関などは大体北側に集中していて、南側に向かって住民の所得が低くなっていくイメージだ。最も、首都なので極端に治安が悪くなるということはないようだが。そういう事情もあって私たちケイオスは皆南側に潜り込んでいる。

私とヒューイは一番南側の区画にいる。商業区画だ。雑多な建物、雑多な人、物、音。

困ったことというのは今のパートナー、ヒューイのことだ。私たちは半ば人をかき分けるように歩いているのだが、ちょっとヒューイに置いてかれ気味なのだ。私だってワルキューレとしてそれなり以上に体力はあるが、歩幅が違いすぎる。普段はこうではない。

ケイオスはあれでも民間軍事会社なので男所帯だし、当然殆どが大人だ。歩幅が合わないなんてことは普通だし、ちょっとした移動でも私だけ速足なんてことはよくある。女性の多いワルキューレだけならそういうことは少ないし、何よりマキナがいるからフォローしてくれるのだが。そんな環境でヒューイは最初から距離感というか、とにかく自然な対応で私のスケールに合わせてくれる奇妙な人だ。実のところそういう、小さい人との付き合い方がわかってる人は少ない。子のいる親ならと思うかもしれないが、相手が同僚や上司(ワルキューレはそれなりに好待遇なのだ!)ともなると対応に困り、最終的に避けがちになる。ヒューイはその余分な遠慮もなく歩幅、視線の合わせ方、ちょっとした仕草などに馴れが見えた。最初などこの男は実は幼年学校の教師か、孤児院のような施設の先生をやっていたのではと思ったほどだ。そういう意味で、この男は楽に付き合える部類の人間だったはずなのだが。

「ちょ、早いし――」

今はそんな普段の様子が嘘のようだ。出撃前から、というかランドールの一件から何か思いつめているような様子だったが今日は特別にぴりぴりしている。まあ、いくら普段が紳士的でもたまにはそういうこともあるだろう。だけど流石にちょっと引き離されそうだ。仕方ない。

「待ってって。お兄ちゃん・・・ヒューイ!」

「――!」

ようやく戻ってきたか。ヒューイは振り向いてかなり後ろにいた私に気が付いて戻って来た。なんだか必要以上に狼狽しているようだが、まあいいか。

「まったく、頼りない兄貴で困る」

「ごめんごめん。ちょっと考え事してた」

「・・・ふーん?」

嘘だ。別に特別親しいわけじゃないが、この男の場合歩幅なんていうのは染みついた癖のはず。それが抜け落ちているというのにただの考え事のはずはない。

「私、何かした?」

「いや、本当になんでもないんだ。もう置いて行ったりしないよ。いこう」

「・・・わかった。でもはぐれられても困る」

「お手をとりましょうか?」

「馬鹿にすんな」

「―――、そうだね。失礼」

歩幅は戻ったけれど、調子が悪いのは相変わらずか。別にこれくらいのことで気落ちするほど神経の細いヤツではなかった気がするが、なんだか声が上ずっていた。

後になってから思えば、私はこのときの彼を放っておくべきではなかったのだろう。

 

 

で、遺跡内部に侵入である。過程?合流まで?OK、ダイジェストだ。

猫天国を観光して合流してレイナさんがセキュリティ相手に無双かまして遺跡中枢。←今ここ

以上。ぶっちゃけ俺等が来た意味はあんまない気がする。何故って、ワルキューレのメンバーが多芸すぎるのが悪い。いや助かっているが。レイナさんは言わずもがな、カナメさんはウィンダミア産のリンゴと水のコンビネーションで発生するヴァール化誘発物質を発見したし、美雲さんにいたってはいつの間にかウィンダミア宰相とヴォルドールの高官の密談っぽい会話をこっそり録画してきてしまった。そしてフレイアも何もしていないのかと思えばそんなことは全くなく移動中にヴァール化した兵士の乗るナイトメアプラスと遭遇した瞬間に速攻で歌い無力化してしまっている。実際これにはものすごく助かった。その時俺達は生身だったし、仮にどうにかする手段があっても時間をかけたり荒事にしてしまったらもう潜入どころではなくなっていただろう。ただこうなってくるとメッサー含め俺達男どもは周囲を警戒する以外にすることがない。

「おい、ハヤテ。気を抜くな」

「あ、ああ済まねえ。フレイア達が凄すぎてつい・・・」

「ここは敵地だ。それに兵に見つかれば状況はすぐに変わるんだぞ」

「だよな。悪い・・・おい、メッサー」

「どうした」

「ヒューイのやつがいない」

「っ・・・隠れろ!」

メッサーの警告の直後、視界が真っ白に染まった。状況は分かっている。部屋の中央に閃光弾が投げ込まれた。今まさにメッサーが言ったとおりのことが起きたのだ。だが頭では理解できても強烈な閃光と音は否応なく体を硬直させる。そして――。

「動くなよ、統合軍の犬め」

視界が戻ってきたときには、背後から首元に白刃が添えられていた。

「ぐ、くそ・・・」

一カ所に集められ、座らせられる。皆拘束されている。メッサーも、カナメさんも、レイナさんも、フレイアも。

(やはり、ヒューイはいない。それに美雲さんも――?)

二人は一緒にどこかへ行ったのか?それとも裏切った――いや、これは考えたくねえ。それにもし裏切ったのならここで俺達を見下ろしててもいいはずだ。ここにいるのは皆、格式ばった黒装束の、ウィンダミア人だけだ。そしてなんとなくわかった。こいつらの装束の模様は見覚えがある。こいつらが――、

「空中、騎士団か」

 

 

 

 

「まさか、貴方にばれるとは思ってなかったわ」

「奇遇だね、俺もだ」

ヒューイと美雲は、リンゴと水の箱を見つけた倉庫らしき区画からこっそり抜け出していた。といっても示し合わせたわけではない。別々に部屋を出た後、全く偶然に鉢合わせしたのだ。

「なぜこんなことを?」

「カンよ。私の中のナニカが囁くの。私がどこへ行くべきか」

「何をするべきか?」

「そこまでは教えてもらったことはないわ」

「それは残念」

「あなたは」

「うん?」

「あなたは何故持ち場を離れたの?」

「・・・・・」

「艦長やメッサーは貴方を疑ってるわよ?そんな状況でこんな無謀な行動をする理由は何?」

「・・・あの部屋には俺の求めるものがなかった。それだけだ」

返すヒューイの声は硬い。明確な隠し事のにおいに美雲は肩をすくめて先を急ぐことにした。自分の夢遊病者めいてフラフラと出歩く癖に自覚はあるし、特に今の状況では皆に大きく迷惑をかけていることも彼女には分かっていた。それでも本能的な何かを抑えられない以上は自分でも何だか分からない用を済ませて帰るに限る、と。

「貴方はなにがほしいのかしら?」

ヒューイにしてみればその質問は愚問だった。自分がここに来てから、ケイオスに入隊してから。一度だって心の底から何かを欲したことなどない。ただの一つ以外は。奪われたものを取り返す。無くしたものを探している。そんなにも欲するのはそれが爺さんの忘れ形見だから?古臭い高貴ゆえの義務を果たすため?違う。最初はそうだったかもしれないが、今は違う。隣に誰もいないことがこんなにも寂しいと感じることは今までなかった。ああ、それにまだ約束を果たしていない。自分は正解の道を進んでいるのか。見当違いの場所を歩き回っているのではないか。彼女に近づいているのか、離れていっているのかわからない。そんな疑問と焦燥とに決着をつけるために今、ここにいる。この遺跡には答えがあるような気がした。今の道がアタリかハズレかの――。

「俺は欲しいものがあるぜ。鍵だ、ヒュー・アンソニー・ディスワード卿」

その声は背後から唐突に聞こえてきた。男の声、当然美雲ではない。そしてなによりその内容が聞き捨てならなかった。手にした拳銃を向けつつ、振り返る。

「誰だお前」

「騎士だよ、ディスワード卿」

そこにいたのは長身を黒衣で包んだ男がいた。腰には長剣が吊るされている。顔は色白というか、顔色が悪い。耳あたりまでで切りそろえられている髪に混じりひし形の器官が一揃え。奴の方でもこちらを観察しているようだ。特に、右手の甲。

「ウィンダミア人・・・空中騎士団か、お前。何故俺の名前を知っている。いやそうじゃない、鍵と言ったなお前。どういうことだ、どういう意味だ!」

「質問が多いなあ、がっつくなよ子爵。それに美雲?とかいうやつはどうでもいいのかい?高貴故の義務はどうした。耄碌しちゃった?」

彼女は今いない。まるでこの男と入れ替わったかのごとく消えてしまった。いや、廊下の形に違和感がある。人間ごと床が入れ変わったようだ。

「随分大仰なおもちゃ箱みたいだな、ここは」

「城だよ、ここは。まあ本丸ではないけれど。うちの宰相閣下はここで儀式を始めるらしいから・・・言ってしまえば祭壇のほうが近いのか?」

「祭壇だと、何を始める気だ・・・いいや、そうじゃない。お前、知ってるんだろう、彼女を」

クク、クククククケケケケケクケクカカカカカカ!

「ああ、ああ!失礼。そうだよ子爵。君はするべき質問はたった一つだ、ありがとう。そしておめでとう。ようやく正解に辿り着いたわけだ!」

「おまえか、オマエか!」

激情にトリガーフィンガーに力がこもる。この男は知っている。そして間違いなく悪意を持って隠している!コイツは敵だ。コイツが敵だ。新統合軍でもケイオスでもデルタ小隊でもなく。この男は俺の敵だ。

「ふふふふふははははは!今まで散ッ々頑張ってきたみたいだねえ!銀河中に薄く広くばらけた古書から痕跡を探しまわり、都市の街頭カメラに残る人影を洗って、各惑星で戸籍や未登録児童の中もかきわてたんだろう!?知っていたよ。そして滑稽だった!」

「もういい、死ね」

撃発。爆音にやや遅れて金属薬莢の落ちる音が遠く響く。男の額には小さく穴が開いた。

だが。

「おいおい、殺さないでくれよ。けっこう痛いんだぜ?それにせっかくの手がかりじゃあないのかい?黒の読姫、ダンタリアンの居場所の」

再び背後から声。振り返ると黒衣のウィンダミア人が立っていた。瞬間移動したように、だがそれだけじゃない。額の銃創から流れる血が徐々に少なくなっていき、穴自体も負傷した場面を逆再生するように塞がっていくようだった。

「死なない・・・やはり」

「古い物語にあるだろう?姫に侍る騎士は、加護を賜ると」

「加護を得る手合いは大抵ロクな結末にならないぞ。覚えておくといい」

「それ負け惜しみか?自分が加護をなくしたから、さっ」

剣戟。繰り出されるそれは地球人類の埒外の膂力に後押しされヒューイの反射速度を遥かに上回っていた。だが抜刀を予想していたヒューイは手になじんだ大口径リボルバーを発砲。狙ったのは人ではなく武器だ。結果、抜刀の動きは阻害され狙いはそれる。

「っ!」

「へえ、上手だ!」

顎下に熱が疾る。逸らした打上げの一撃はしかし僅かにとどいていた。

「でも残念だ。もうここでの仕事は終わってしまったようだ・・・。用もないしお暇させてもらうよ」

「待て!」

「待つかよ。君も急いだほうがいい。もうすぐうちの宰相が美雲・ギンヌメールに歌わせる。そうしたら始まりだ、終わりの。せいぜい殺し合おう」

「ぬかせ―――」

追撃の発砲は、しかし壁に阻まれた。廊下の形が組変わり、男は壁の向こう側へ消えてしまった。

そして、聞き覚えのある声が響き渡る。ここいら一帯、いや遺跡全体に響き渡る。美雲の歌声。だが、その旋律は今までのワルキューレの一員として聞いていたようなものではない。美しい声であることに変わりはない。だが同じくらい寒気がする。ランドールの空で聞いた歌声と、同じ気配。

遺跡が、いや。星が鳴動する――。

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