歌声。確かに美雲さんのものだ。ウィンダミアの兵に捕まって、それでもう彼らに協力している?
敵地で仲間を一人捉えられ、いや状況的に最初から捕捉されながらも泳がされていて必要な人材だけを奪取されて敵に詰めに入られた。背筋に冷たいものが走り、遅まきながら正気に戻ったような、頭をガツンと殴られたような気分だった。自分の勝手に起こした精神的な視野狭窄を狂気などという言葉で片づけて言い訳するのであればの話だが。
「馬鹿か俺は」
この状況は完全に自分の落ち度だ。コミュニケーションを怠り、他人を信じられなくなり、仲間に当たり散らし、あげく独走。我ながら嫌気がさすほどの醜態だ。まるでアイラスに出会う前の、訓練学校を出た直後に戻ったようだ。
目の前の廊下は先ほどから度々見た何らかのギミックにより閉鎖されてしまっている。不可思議なその壁に手を当て、ついで目を閉じる。透過したりするような都合のいい事態は起こらなかった。硬い。実体のある壁だ。少なくとも現状の俺にとっては。そして残念ながら分かりやすいスイッチだの操作盤だのがその辺についているなんてこともなかった。
戻るしかない。来た道を走りとにかく移動を開始する。一度捕捉された場所に留まるわけにはいかない。それに、他の皆が心配だ。心配、か。殆ど自分の落ち度でこうなったようなものだが。メッサー達デルタ小隊の他メンバーにワルキューレは恐らくひとかたまりになって行動しているだろうが、敵の本拠地だ。無事だろうか。逃走中か、美雲さんを助けるために行動している?・・・いや、多分拘束されている。今走っている廊下がずっと続く一本道に代わっていた。多少はうねっており恐らくは同じところを走らされているわけではない。自分の方向感覚を信じるのであればこの先は元来た方向だ。誘われている?何のために。
(灯りだ)
いっそ奇妙なほど長かった廊下が終わりに近づく。足音を消し廊下が終わったその向こうを覗ける位置につく。
「ぐあッ!?ぁギ・・・」
「この、悪魔、めが!」
「ガッ」
ヒューイの予想どおり、彼の視線の先ではウィンダミア兵複数人にヒューイと美雲を別にした他の全員が拘束されていた。だが予想外のことが。ハヤテがかなり痛めつけられている。赤毛の、剣を帯びた兵だ。悪魔?他のウィンダミア兵も一様にハヤテに険しい視線を向けている様子からすると、どうやらハヤテ=悪魔というのは彼らにとって共通認識らしい。正直捕まった場合一番身が危険なのはフレイアだと思っていたが。彼女は他ウィンダミア人からすれば裏切り者に等しいはずだから。
(いや、今はその疑問はいい。どうやって助ける)
遺跡の中の大きな空間を倉庫にしていたようで物陰は多いが、これ以上近づくのはウィンダミア人の短命の代わりに肉体的性能に優越しているという特徴から危険だろう。特にあの若い白髪の兵は気配が尋常のそれではない。というか、あの装束の飾りの形、空中騎士団か?いや、敵の正体が誰だとしてもこの場からのアプローチで攻略するしかない。幸い、皆拘束されているといっても手枷のみで足にダメージはなさそうだ。派手に殴打されているハヤテ以外はすぐに走ることができるだろう。外へ脱出するにはこことは反対側にある出入口を使うしかない。
(篝台型の明かりが三台、か。)
この部屋を照らす主だった光源はそれら3つだけだった。大体の作戦は纏まったが、現状では多分3つ目は間に合わない。捕虜がもう一人追加されるか死体が生産されるか、とにかく成功しないだろう。
(どうする・・・なに?)
拘束されている一人と目があった。彼女は恐らくこちらの意図を察しただろう。位置的にもベストに近い。だが、任せて大丈夫なのか?いや、彼女は俺を見つけたときにリアクションを返さなかった。冷静に判断し続けられているということだ。なら、やれるだろう。彼女が俺を信じてくれるならば。
(3カウントだ。3、2――)
1
「今だ!」
「なに!?」
ウィンダミア兵が突然現れたヒューイに向き直る。だがいかに膂力に優れていてもライフルの弾丸の方が早かった。ダブルタップ。光源が連続で割れ、最後の一つは、
「ッらぁ!」
レイナが不意をついて飛びつき、発電機と繋がるコードを思いっきり引き抜いた。
(リバースカウント、1、2、3・・・)
「小癪な――」
レイナの動きに気づいた騎士の一人が暗闇の中剣を翻す。その兵に向けてヒューイはライフルを照準、射撃。だが中らない。マズルフラッシュに気が付いた別の兵が引き倒し射線がら外したようだ。それでもいい。レイナさんは逃げきれただろう。
(・・・4、LB2ナウ!」
ウィンダミア兵達の中心で閃光手榴弾が起爆。人体に有害なほどの激しい光と音が発生した。暗闇で再度発生した猛烈な光に、符牒を認識できず諸に見ることになったウィンダミア兵たちは今度こそ動きを止めざるをえなかった。万事は上手く運び、ケイオスの面々はこの隙に出口へとたどり着くことだろう。
(今のうちに皆のところへ・・・ッ)
「そこか」
「あの馬鹿、無茶を・・・」
閃光手榴弾のコールから爆発まで0.5秒なかった。誰か一人でも味方に誤爆しなかったのは奇跡といえるだろう。だがそうせざるをえなかったのは分かる。あまりに敵に都合よく事が進みすぎていた。ここにあった水とリンゴのラベルが証拠となるが間違いなく内通者がいる。時間をかければ符牒を認識されてしまう可能性もあった。
カナメさんが腕の拘束を切ってくれたので回収した自分のライフルを構え、出口の淵に立つ。危険行動、独走により味方を危険に晒した。だがそれらの責任を取らせるためにもディスワードにはこの場は帰還してもらわなければならなかった。それにマトモに戻ったのならばまだ戦力になる。この遺跡からワルキューレと共に脱出するには1人でも多くの戦力が必要だった。
暗闇の中、駆ける足音が近づいてくる。この間隔は普通の人間の足音だ。つまり、ヒューイだ。こちらのいる空間に飛び込んでくる。
「悪い、待たせた」
「あなた、自分の行動でどれだけ――」
彼を責め立てるミラージュの言葉が止まったのもむべなるかな。ディスワードは負傷していた。脇腹に刃を受けたようだった。
「すぐに止血するわ」
「すいません、ターニケットだけお願いします。それより急いで外へ」
「分かっている。ミラージュ、この馬鹿に肩を貸してやれ。長くこの場には留まれない。ハヤテ!」
「走れる、もう平気だ」
ハヤテは一番近くにいたフレイアがしっかり回収してくれていた。この通路までは彼女に運ばれていたが、もう自力で立てるようだ。手持ちの武装を分配する。ぎりぎり4人分になったがヒューイと俺はハンドガンだけになってしまった。火力が足りない。その分は正確な射撃でカバーするしかないが、この頭に響く歌声が不安要素だ。
「メッサー君」
「ええ、このままでは厳しい」
「み、美雲さんは・・・」
「今は自分の身を守ることだけ考えろ」
「だ、だけんね・・・」
そもそも、この場からの脱出すら危うい。美雲さんの歌が外でも響いているならば異変に気付いて隊長達が降下してくれているだろうが。
「敵、右通路!」
「チッ!」
ハヤテのコールを聞きそちらへ射撃を行う。2人のウィンダミア兵だ、銃を持っている。空中騎士団ではない。それが救いといえば救いだった。ヒット、ヒット、ヒット。
「――ダウン。行くぞ」
「・・・おう」
グズグズするなと言う時間も惜しかった。その死体から二挺のライフルと弾倉、その他の武装を手早くを回収して片方のライフルをディスワードに投げる。端末を使いレイナさんが緊急用呼び出し信号を発信してくれているが、レスポンスはまだない。端末の出力が足りないか、単に深さの問題か。遺跡に沿ってかなり地下まで潜っていた筈だ。出来るだけ上に上るしかない。そして今は美雲さんのものらしいこの歌声が俺自身を蝕んでいた。
「ミラージュ、もういい。ひとまず走れる」
「馬鹿言わないでください、止血帯をつけたくらいで!」
「前に二人、後ろに二人欲しい筈だ、射手が足りない」
彼らの声も気を抜くとどこか遠くに聞こえそうだ。だが最低でもこの作戦終了までは持たせなければならない。こいつらを帰還させる義務があるから。守りたいから。ちょっと足がふら付く程度が何だ。体力は残っている。全身を意識しろ、制御を保て。
「メッサー君?」
歌ってくれとは言えないが、この人の声を聴くだけでもいくらかマシになる気がした。まだやれる。
「大丈夫です。――ディスワード、ハヤテと前に出ろ。俺とミラージュで後ろを守る」
「いいんですか」
「どの道手探りで進んでる状態だ、行軍速度には期待できない」
「次、来るぞ。今度は左だ」
言うが否やディスワードは駆け、十字路を超えて向こうの壁に身を預けながら新たな的に射撃を開始した。遅れてハヤテもこちら側の壁越しにライフルを発射する。ハヤテがフルオートの射撃で敵を釘付けにしている間にディスワードが単射の狙撃で確実に数を減らしていく。なんだかんだこの二人のコンビは悪くない。実のところ気があっているのだ。普段は平和主義者や大人しい紳士のフリをしているがいざ仲間のためとなると手段を問わず牙を剥くことができる。要するに昼行灯どもなのだがそれだけあって息を合わせるのは容易なのだろう。後方からも足音と怒声が聞こえてきた。そのための俺とミラージュだ。敵の一人目が銃口と頭を出した瞬間にライフルの一連射で無力化。出鼻を削がれた敵に対してミラージュが手榴弾を投げ込んで致命的な追撃を敢行する。爆発タイミングを調整されたそれは壁でバウンドして敵のいる通路へ消えていき、間もなく爆発した。新統合軍での経験の長い俺とミラージュにしても、お互いの動きの予想が効くためやりやすかった。
何度となく行った訓練でも分かっていたことだが、このチームは案外悪くない。実は誰と誰が組んでも別々に良い長所が現れるのだ。例えばハヤテとミラージュが組んだとして、リスクを恐れないハヤテと細かなミスを素早くリカバー出来るミラージュがいることで手堅いながらも高い柔軟性を持った2トップアタッカーが出来上がる。チャックとミラージュなら詰将棋のごとく相手を締め上げるような立ち回りだって出来るようになるだろう。各々がもっと経験を積んで技術を磨き、得手不得手をより深く理解できるようになれば、空中騎士団が相手でも引けをとらなくなるだろう。その戦場にもしかしたら俺や隊長はいなくていいかもしれない。
「次はどっちだ?」
「上に行けるのは・・・見た感じこっちだな」
何度か襲撃を受け、既に来た道からは大きく逸れてしまっていた。それにディスワードの証言を信じるならばこの遺跡は組み変わる。道順など覚えるだけ無駄だったのか。今は突然通路が塞がるようなことは起きていないが、言われてみれば確かに不自然に途切れた分岐があった気がする。来るときはアリの巣のような構造なんだろうと思っていたが。
さらに進んで恐らく地上まであと10メートルを切ったあたりまで来たが、この距離で信号が帰ってこないということはやはり電波障害が発生しているようだ。全ての回線が影響を受けているようなのでウィンダミア軍が能動的に作動させたECMではない。遺跡の外壁か何かの効果か。追撃の動きがワンテンポ遅れるのはありがたいがこれではジークフリートを呼べそうにない。だがフレイアがバッテリーを見つけてきた。大きい、明らかに人間サイズの装置ではなく野戦電源の一種だ。
「これで、どうねっ!」
「ナイスフレイア!」
レイナさんが取りつき、手持ちの端末と繋げる。発信出力を稼いで無理やり電波障害を抜くということらしい。成功すれば端末が異常電圧に耐えられる一瞬は外部と連絡がつく。電気工作系の免許を持つハヤテが作業を支援。防衛から一人抜けるため代わりにカナメさんがライフルを持った。
「うわっ」
「ハヤテ!?」
突貫作業の無理が祟ったか端末と電源の接続部がショートを起こして派手な火花を散らした。ダメか?
「全ジークフリートからのレスポンス確認!」
「インスタントポジションの送信も成功してるぜ、到着まで30秒!」
「つながった!?」
「この場を死守するぞ!密集隊形!ハヤテ、防衛に戻れ」
「おう!」
30秒、この場を動かずにいるのが絶対条件だ。既に作業のため相応の時間この場に留まっていたため敵も集まってきている。だが、途中で4人分のライフルを確保できたのが功を奏した。新統合軍もウィンダミア軍も歩兵用ライフル弾どころかマガジンまで統一された規格だったため、弾倉も潤沢にあったので時折眩暈で視界が歪もうともトリガー・スイッチを押し続ければ牽制と時間稼ぎは十分できる。
「おいメッサー来るぞ!?・・・ッ皆衝撃に備えろ。3、2、1!」
よく見慣れた塗装をした複合装甲の腕から繰り出されたピンポイントバリアパンチが遺跡の天井を貫き、地上への道程はようやく確保された。
『待たせたな。デルタ小隊名物、ジークフリート4人前を素敵なおめかしのウェイター2人が運んできたぜ!』
チャックとアラドのジークフリートは他の機と違い凶悪な姿に変貌していた。長砲身による大威力と連射能力を付与されたガトリング式レールマシンキャノンユニットが両腕二門。装甲化と多数のMFDS連動スラスター、推力式境界層制御翼を搭載したミサイルコンテナユニットが全身に合計22基も配置され、とどめとばかりにアラド機のマルチパーパスコンテナは二連装のビームキャノン・ターレットに変更されている。まだ試用期間中だったはずの大気圏型アーマドパックだ。
「・・・チャック少尉と、隊長ですか。助かりました。ですが美雲さんが」
『分かってるさ、歌声はこっちまで届いててな。俺達は先遣隊だ。すぐにエリシオンも降りてくるぞ。そうしたら反撃だ!小隊各員は機体に搭乗。4,5,6はワルキューレをエリシオンまで護送、その後は対空戦闘に移れ!』
遺跡の天井を抜いたのはチャック機の右腕だった。電子戦仕様ゆえの優秀な分解能で正確な位置と遺跡構造を割り出して攻撃を実行できた。バトロイドで膝をつくようにして遺跡に取りついたチャック機の廻りにはガウォーク形態で無人の2、4、5、6番機がホバリングしている。デルタ1の隊長機、アラドは上空にあって旋回しながら警戒とメッサー達が機体へ乗り込む妨げになりそうな地上戦力への攻撃を行っていた。チャック機も空に上がり対地対空戦闘に加わる。空にはヴァール化して操られている新統合軍のVF-171ナイトメアプラスやドラケンⅢがどんどん上がってきている。いかなアーマードでも一機では手数が足りない。
『みんなも急いでくれ!ってデルタ6、怪我してんのか!?』
「平気だチャック。機体は飛ばせるし、タクシー代わりくらいはこなせる」
「護送には援護の機が足りない、アラド隊長。この基地には空中騎士団がいます。デルタ6にも一人運んでもらうしかないかと。ですが空戦は厳しいでしょう。それにデルタ2もかなり殴打されている」
『ハヤテもかよ、チクショウ!それに』
『空中騎士団の存在・・・想定はしていたが。2と6、命令変更だ。ワルキューレの搭乗後直ちににエリシオンへ帰投、治療を受けろ。こっちはなんとかする』
「了解しました」
「済まねえ・・・」
『エリシオンを下ろしてもらって正解だったな。空中騎士団が上がってくる前にこちらの体制を整えてしまえれば上々だが・・・』
母艦が成層圏まで降りてくればFFR-41も戦闘に参加できるし、ヘーメラー搭載の他小隊の援護も受けられる。ただし、デルタ小隊の2機と同時に出撃できたアルファ小隊、宇宙用正式化アーマード搭載VF-31カイロス8機はアラドとチャックや後続する戦力のヴォルドール突入支援ために軌道上で防衛艦隊に奇襲を仕掛け、今は圧倒的数的不利の中で遅滞戦闘を繰り広げている。
後席にカナメを乗せたミラージュとメッサーの機が先に上がった。メッサー機はファイターへの変形と同時に全開推力で上空高く飛翔して戦線に加わる。ハヤテも既に自分の機体にフレイアを乗せ各機能のマニュアル・コントロールを掌握、高度を上げ始めた。
「ヒューイ、大丈夫?」
「ああ、痛みにはもう慣れたし割となんとかなってる」
最後の二人も他と同じようにオートで動くジークフリートの腕によりコクピット近くまで持ち上げられ、ストレーキに足をかけつつ席に体を滑り込ませることに成功した。ヒューイに手助けされて、まずはレイナがギリギリサイズの席に座る。
「ベルト締めてね」
「ん。・・・ヒューイ、元に戻った?」
「え?」
自身も5点式ベルトをしながらヒューイが聞き返す。聞き返しながらも手は止まらず、非EXギア装備者用にせり出してきたスティックを握り、ペダルを踏みこむ。ヒューイとレイナの安全搭乗を確認した独立センサーがキャノピー閉鎖処理を実行。マニュアル操作をジークフリートが認識して、一拍おいて機体制御総合システムARIEL3がオートマチックコントロールモードの解除を指示。制御簡略化のためオンにされていた各部の関節ロックが次々と解除されていく。事前の設定の通りに姿勢制御に関わる部分から可動域制御が外れていく。これは他の部分から先に自由に動くようにしていくと重大な重心位置変化を伴う動作が行われた時、パイロットが反射的に、あるいはシステムが自動的に行う追加の操作に対する追従性が悪くなるからだ。無論全てのロック解除はコンマ秒以下のうちに行われるが超高速や変則的重力環境下で当然のように変形し戦闘を繰り広げる今日のVFだからこそこの順番は厳密に指定され、また制御されている。ヒューイはヘルメット・バイザーをしていないため各種のステータスは正面の大型ディスプレイとコクピット内装に投影されるAR画像情報から読み取る状態だ。足首二次元ノズル制御、膝部フレキシブル・アブソーバー、腰部、肩部の順にステータスが切り替わるのがディスプレイで確認できた。
そして腕部はとうとう間に合わなかった。
『なんだこれ、新しい影、速いぞ・・・ッ避けろデルタ6!』
遺跡の外、市街地の一切合切を衝撃派で更地にしながら戦闘空域に飛び込んできたその鉄塊は6発もの熱核タービンエンジンの排気炎とフォールドウェーブシステムを思わせる輝きからなる歪な光の尾を引きづって奔り、未だ動けないジークフリートに轟音と共に衝突した。