「ったく!」
珍しく声を荒げたヒューイはようやく見つけた二機目VF-171EXナイトメアを拝借した。路駐の車を盗難したみたいで気分が悪い、というかほぼそのままだがとりあえずこの状況では戦力になるには他に手はない。もう一機のナイトメアに乗り込んだあの民間人のことも気になる。
コクピットに乗り込んだら速やかに機体の電源を再スタートさせ、オートチェックを走らせながらレーダー画面起動。多少映りが悪いが、仕方ない。通信をΔ小隊のものに合わせた。ノイズまじりに各機の状況を聞き取ることができる。どうやら小隊の機体は全て健在のようだ。
「パワーは、13%ダウン。武装はガンポットに残弾が20%弱、ミサイルランチャーは喪失。あと、頭部も全損か」
ついでにエアブレーキと緊急脱出装置も死んでる。まあ、高望みしてもいられない。いざとなったら空挺のときに使ったパラシュートとガスジェットクラスターがある。嫌だけど。
やるならファイターとガウォークか。あのアンノウン相手にどこまでやれるかは分からないが―――。
「デルタスカウト、ヒュー・アンソニー・ディスワード。エンゲージ」
推力を目一杯にいれて上昇する。機体識別が敵味方信号以外の情報を拾えてないが、動きから民間人の乗っている機体がどれかは分かった。だが悪いが先にワルキューレに向かう敵機の気を引かなければならない。ロックオンだけして回避行動をとらせ、その背後について銃撃を叩き込む。しかし一連射した弾丸はあっさり避けられて宙返りの要領で逆に背後を取られる。ならばと食らいつかれたままで高度を落とし、速度を上げていく。そして眼前に地上から生えた鉄骨の残骸が迫ったところでバレルロールでそれを回避。地上数メートルの位置でギリギリ墜落する前に水平飛行に復帰。背後をチラリと確認すると見事に激突したアンノウンがガウォーク形態に変形して態勢を立て直そうとしている。普通の戦闘機ならマニューバキルは確実だったが空飛ぶ戦車とすら言えるVF相手ならこんなものだろう。損傷した機体であれを撃墜することは出来ないのでそのまま速度を上げて離脱する。位置情報はデルタ3に送ったので誰かが対処するはずだ。
さて、民間人の乗り回してる機体の後方で援護位置につけるように機首を向ける。幸い、あちらも損傷で速度が出せていない。いや、違う。腕だしファイターの状態で、人を抱えて飛んでいるんだ。恐らくそれを認識した制御系が速度にリミッターをかけている。比我の距離はまだ遠い。まあ一応、戦場から離脱しようとしてはいるようだがまだまだ安心できるほどじゃない。それに生身の人間を握りしめているのがどうしても怖い。いくら速度を抑えているといってもどれだけ持つか・・・。
そして件の機体の上空からアンノウンが射撃位置につこうとしている。やらせるわけにはいかない。機首上げ、インターセプト。務めて冷静を保ち、残り少ないガンポットの弾丸をその翼に叩き込む。なんとかアンノウンが射撃をするより先に迎撃できた。あぶなかったが。回避機動をとるアンノウンを適当に追いかけてながらデルタ4に援護要請。追跡を引き継いでもらう。一通りガンポットを撃ち込んでから離脱して例のナイトメアプラスの元へ戻る。
さて、いつまでも素人を空戦のただ中で飛ばさせるわけにはいかない。通信オープン。
「そこの君。聞こえるか?」
『サンキュー、助かった』
「それより早く地上に降りるんだ。この空域に留まるのは危険すぎる。手の上の人も心配だし」
と、そうこうしているうちに今度はデルタ4を振り切ったアンノウンが射出した子機が上空でミサイルを乱射した。デルタ4を狙ったものなのでロックオン警報はならない。が、この角度はまずい。ほら、流れ弾が雨のようだ。
「く、そ、ォオオオオ!」
ガォーク形態に変形。脚部を振り回し民間人のVF-171の直上に位置をとり、背面に移行する。両腕を全面に出し、ピンポイントバリアを緊急展開。ほぼ同時にミサイルのうち数発が直撃。4発までは耐えられたが、続く5発目で左腕が肘から持っていかれた。六発目はバリアの指向が間に合わず脚部に直撃。何らかの衝撃でディスプレイに皹が入り7割ほどブラックアウト。推進器が死んだらしく推力バランスが崩れる。
『おい、大丈夫かよ!?』
「いいから早く降りろ!邪魔なのが分からないのか!」
『っ!』
ミサイルの残りは地上に降り注ぐ。再びファイター形態に変形したその一瞬、翼が風を掴むまでの束の間に機体が安定自由落下状態となり姿勢が下向きで安定する。その一瞬でコクピット両サイドに搭載されたビーム砲で落ちるミサイルを一つづつ落ちていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ―――これで最後。
そして破損した翼に煽られて機体がガタガタと振動する。フラップ操作。機体が落ちる木の葉みたいに暴れ始める。空力的な安定が皆無な形をしているせいか、やたらと姿勢制御が難しい。しかも今、ディスプレイが半分ほどダウンしていて機体の電子制御がどこまで生きているか分からない。空中投影装置もいつの間にか停止している。もし電子戦能力だけでなく飛行制御まで死んでいたらパッシブステルスを追及して空力性能の低いこの機体では立て直しはきかない。
「いや、違う」
だったら人力でやるだけだ。体で翼の状態を理解しろ。目をこらせ。次にくる風を予想しろ。あの日の、あの日々の感覚を思い出せ。そう、ここだ。
スティックを引き、スロットルを押し出した。急激に下向きのGが発生してシートに押し付けられる。目の前が薄暗くなり意識も朦朧としてくるがまだこらえる。もう少し、もう少し・・・。
「っ・・・」
スティックを元の位置に戻し、ゆるい旋回機動に入る。姿勢制御と水平位置は回復できたようだ。あと30メートルも余計に落下していたら地面に激突していたが。ちなみに今も建物を避けながら上昇している最中だ。まあ、当然ながらもう戦闘には参加できない。上手く不時着出来る場所を探しているだけだ。
『おい、ヒューイ!大丈夫か』
「隊長、すいません。あんまり役に立てませんでした」
『馬鹿をいうな。そんな機体でよく上がってこれたな。状況は確認できてるか?』
「残念ながらレーダーもデータリンクも映りません」
本当は速度計と高度計も映ってなくて、ギアが出るかどうかも今一わからないが
、まあわざわざ言うことでもないだろう。
『そうか。敵は撤退したぞ。今回も前回と同じで威力偵察だったみたいだな、交戦そのものが目的だったとしか思えん』
「そうですか」
『まあ、今回は精鋭に絞ったみたいだがな。子機以外は誰も一機も落とせなかった』
「こちらの損害は?」
『それもない。ワルキューレ、デルタ小隊共にな。これから事後処理だが、参加できそうか?』
「ご心配なく。ボロボロなのは機体だけです」
合流ポイントを口頭で伝えてもらい、とりあえずは人のいないところをみつけて速度を可能な限り落として瓦礫に引っかかるような無様な不時着をきめる。片足が死んでいるためガウォークになれないのだ。仮に変形しようものなら推力のない左側から墜落するのが目に見えている。
「っと・・・」
着地の衝撃で出てきたエアバックを押し戻しながら瓦礫の一部と化したナイトメアプラスから体を引っ張り出す。そういえば、例の民間人は無事に着陸できただろうか。最後まで援護することはできなかったが・・・。
合流ポイントまで歩いて向かうなか、新統合軍やケイオスの人間が破壊したアンノウンの子機や本体のものと思しき破片を回収、調査しているのが散見できた。もっとも彼らの表情は明るくない。徹底的に情報が隠蔽されているのだ。あらゆるパーツには製造元の名前は刻印されておらず、制御系や電子戦を司る部分は確実に爆破処理されている。前回の戦闘で落とした機体も同じように破壊されていたらしい。パイロットの死体すら上がらなかったとか。相手は、その練度も覚悟も並大抵の代物ではなかった。そして今回は前回の撃墜を踏まえて、さらに練度の足切りを引き上げたのだろう。絶対に撃墜されない者だけが大気圏に突入してきた。新統合軍を足止めしていた部隊は恐らく二軍。それでも撃墜された機体はないとのことだったが。これからも彼らの襲撃が続くとなると、Δ小隊も厳しい状況が続くことになる。
「急ぐか」
負傷者やヴァール化した市民の治療をしている合流ポイントに到着すると、彼らをみつけることができた。どうやら無事だったようだ。いや、無事ではないか。操縦していた方の青髪の少年はたった今デルタ4のミラージュ少尉に思い切り殴られた。民間人が勝手に軍用機に乗るなということらしい。まあ、確かに彼の行動には苦労させられたが。ミラージュ少尉は編隊飛行中に僅かに遅れたのを見られていたらしくそこをつかれて余計に意固地になっている。アラド少佐が少尉を呼び戻したことでひとまず事態は収まったが。
「ってえ・・・」
「やあ、大丈夫だったかい?」
「・・・あんた、誰だよ」
「ひどいな。一応、ついさっき君達をミサイルから守ったんだけどな」
「!・・・じゃああのVFの!」
「あれも借り物だったんだけどね。僕の名前はヒュー・アンソニー・ディスワード。君は?」
「ハヤテ・インメルマン。VFが借り物ってあんたも民間人かよ」
「いや、僕はこれでもケイオスの人間だよ。本当はパイロットなんだけどまだ機体がなくてね」
「へえ、新人ってこと」
「そういうことだね。ところで、一つ質問してもいいかな。なんとなく察しはつくけど、どうしてバルキリーに乗ったのか聞いてもいいかな」
「べつになんでもいいだろ」
「一応、状況を確認したいんだけど。別に、戦争がしたいとか、英雄願望があるとかいうわけじゃないだろ?」
「んなもんねーよ」
「じゃあどうして」
「・・・あそこにいるヤツ。アイツが歌いながらロボットが暴れてるところに飛び込もうとするから。実際潰されかけてたし」
指さすのは群衆の中から一人だけ飛び出してワルキューレの皆の目の前に立っている、肩で燈色の髪を切りそろえた女の子だ。10代前半といったところか。輸送機に乗ってアイテールに戻ろうとするワルキューレに向かって何か叫んでいる。
「彼女は?知り合いなのかい?」
「いや、今日あったばかりだ。てかしつこくないか」
「ああ、ごめんごめん。普通に女の子を助けるためにVFに乗った、とか言うものだからちょっと驚いたんだ」
「悪いのかよ」
「新統合軍の機体を使ったことはね。でも僕は怒る立場でもないけど。むしろ人ひとりの命を救ったというのならそれは立派な行為だと僕は思う。空に上がってくるのは勘弁してほしかったけど」
おかげで二度は墜落しそうな目にあったのだ。
「それは・・・悪かったよ、迷惑かけて。あと言い忘れてたけど助けてくれてありがとう」
「どういたしまして。さて、僕も撤退するよ。デブリーフィングもあるし」
「あの輸送艦に乗って帰るのか?」
「あの群衆を抜けていくのは大変だけど、諦めるしかないね」
「そう」
「じゃあ、またどこかで。インメルマン君」
「ああ、またな」
インメルマン君に手を振って背をむける。観衆の端の方を通り、輸送機の裏手に回るようにして乗り込むことにした。若干名に「誰だコイツ」みたいな顔をされたが、まあ許容範囲内だと思うしかない。乗り込んだらパイロットにおつかれさんと言われたのでそちらもと返した。
「乗り込むとき大変だったろ」
「ええ、正直視線が痛かったですね」
「まあ、今回だけだろうさ。今度からはマキナさんが仕上げた機体で上がれるんだろ?」
「そのはずです」
「そしたら、今度はお前さんに護衛されるわけだ。よろしく頼むぜ。腕利きみたいだしな」
「僕なんてまだまだですよ。アラド隊長やメッサー中尉の方が力量は上でしょう」
「寝言は寝ていえ。あれだけボロボロのマシンで飛んでられるだけでも異常なのに戦場から生還するなんざ頭がどうかしてんだよ。俺だって仕事で空飛んでんだ。さっきの二人と比べてどうかは知らんが、空の常識と非常識の見分けはつく」
「参ったな、そんなに褒められてもなんにも出ませんよ。それに―――」
バッグから本を取り出して状態を確認する。あの激しい戦闘のなかだったが一応は無事のようだ。その表紙を壊さないように撫でながら、続く言葉は諦念のようなものと共に、自然に口をついた。
「僕はただの飛行機のりですから」
装飾写本:第五話のネタ。中世につくられた、ページに装飾を施されたもの。聖書などを写本していて、装飾の内容はフチ取りから挿絵のようなものまで多岐にわたる。ヒューイが見つけたのは20世紀になってから複製されたもの。
・・・装飾写本については、ヒューイに何か本を買わせようと思って、手元に原作ダンタリアンがなかったから適当に調べて持ってきたネタです。なので説明についてはあくまでこの小説内での解釈ということで厳密なものではありません。ご容赦ください。