それと、遅くなりましたがよもぎもち様とBD3rd様から誤字報告を頂きました。ありがとうございました。
何事を成し遂げるにしても、その過程で息抜きというものは必要不可欠だ。
人類が有機物と精神で構成されている以上、その肉体なり精神なりが労働を継続できる期間には制限がある。走り続ければ筋肉が疲労してやがては動かなくなるし、中等部程度の計算でも無限に続けていればいつかは間違いが生じるし、単調な時間の流れに心が悲鳴をあげることだってある。訓練や経験である程度は限界は引き延ばせるだろうが、やはり上限をなくすことはできないのだ。
「その点、おまえはすごいよ本当に」
G抑制のために計算しつくされた形状のリクライニングシートに座り、機体に繋いだ端末を超高速で流れる文字を流し読みしながら、ふと口をついた言葉だ。
『わたしは無機存在であるため、当然に休息を必要としない』
流れる文字に割り込んで表示され、一瞬で流れていったその返答はおおむね予想通りの反応といえた。
先日、レイナさんがメイヴにインストールした言語エンジンは今やほかならぬメイヴ自身の手によって改造されてしまっていた。プログラムの基本ロジックはそのままに、自分の思考速度に合うように使用言語の方を改造してしまったのだ。メイヴ曰く自作ではなく既存の短縮英語ということで、実際その通りなのだが僕以外に読めるものは今のところいない。いや、基本は英語だから読めなくはないのだがメイヴの速度についていけないというのが正しいだろう。だから、レイナさんがメイヴと会話するときは表示速度と言語を元に戻して使用しているらしい。
実に機械的な言語による機械的な回答だが、しかしメイヴは自身の意志を主張するし、事実こちらに強烈なそれを感じさせる。
『現状のわたしの戦闘能力は敵機に対して確実な優位性を確保できていない。早急の改善を求める』
「改修、といってもね。今現在の君の体にこれ以上の強化を施すのは難しいそうだよ。それに整備の方も人手不足が続いているらしいし」
『機械での代替、もしくは人員の雇用が適当。これは戦力面の拡充においても同様と推測』
「機械化はたぶん、可能な限りは行われていると思うよ。パーツ製造とかには一切人の手がかかわっていないみたいだし。パイロット不足はとりあえず一人候補生を育成中みたいだけど、まあ僕も同意見だね」
口頭と単調な文字列で行われるのは意見交換とでも言うべき会話だ。もっともこれはお互いの求める本筋ではなく、端末上の画面に高速で流れている文字と、端末の記憶領域からコピーされ、解析されている僕の飛行詳細データこそがここに来た目的だった。
メイヴが飛行データを読み取り、解析しているのは学習のためらしい。本人によると、現状でも戦闘は十分に可能ではあるが、飛行の経験値が不足しているのだという。かつて僕と出会う以前にある戦闘に参加した時はその戦術目的が特殊だった上、別のもっと経験値をつんだ選任の機体にエスコートされての参加だったとか。だから今のメイヴは戦闘を重ね学習することを必要としているらしい。だから僕の飛行データは、実践もシュミレーションも全て端末にコピーしてメイヴに渡している。そして僕の目的は彼に使用していない処理領域を用いて実行してもらっている頼み事だ。これが端末上を流れる文字列の正体で、広大な銀河ネットの中からある情報について検索をかけてもらっているのだが、今のところいい結果は出ていない。
「っと、ここまでかな」
一通りの情報を読み取って、目も疲れてきたのでそろそろ寮に戻ることにした。ふと腕時計で確認すると時刻は8時過ぎ。メイヴの方もデータの解析を終えているようだった。
「じゃあ、また明日」
返事はなく、しかしコンソールのオートパイロット表示が短く明滅した。
「報告を聞こう」
時は惑星アル・シャハルでワルキューレとΔ小隊がアンノウンと戦闘を繰り広げた、その直後まで遡る。
長い時間を感じさせる部屋だった。嵌め殺しの格子窓から入る光に照らされる室内は本棚が並び、天体の模型や小さめの机が置かれていて一目で書斎とわかる。ただし、天井に届くほどの大きさをした透明な三角柱がその部屋に不思議な個性を持たせていた。それは眼鏡の保持台で、その用途通りに100に近い数の眼鏡がかけられている。
「は」
書斎には二人の男がいて、部屋の主たる長髪の男は椅子に座ってもう一人に目をむけている。相手の、色の濃い金髪を短くした若い男は部屋の入口に兵士の礼をしたまま直立していた。短い返事をしたのは当然彼の方。
「新たに確認されたアンノウンですが、やはりVFではなくゴーストの一種のようです。その機動性には目をみはるものがありますが、やはり決定的な脅威とはなりえないかと―――」
「先日のキースとは違う見解だな。恐らく有人かどうかの差だろう。先日は試験投入で、今回から本格的に運用が始まったと見るべきか。まあ、そちらはいい。私が聞きたいのはもう一つの件だ」
書斎の男は身に着けていた眼鏡を外し、軽く拭いて机に置いた。
「は。目標KKは騎士団の作戦開始前にワルキューレの支援部隊に参加しているのが確認されたとのことです。その後は街の混乱により見失ったとのことですが、あるいは戦火の中で死亡した可能性も・・・」
「それはない。あれが真に
「は、失礼しました」
「よい。しかしΔ小隊だったか。あれに参加しているとなると厄介だな。流石に手が出ないか」
短い報告をした男は、しかし厳しい表情で彼の上官をねめつけていた。彼等には人員も、資金も、あらゆるものが足りていない。そんな中今回彼があたった任務では味方にも極秘裏に多くの人員を割かれ、重要な別の作戦に纏わる部分を危険に晒してまで実行された。しかも、同じような任務はここ最近何度も続いている。彼の不信感は当然のものであり、軍人としても人間としても若い彼の腹には据えかねていた。
「なにか言いたいことがありそうだな」
「お言葉ですが、あれは本当に我らに必要なのですか」
「無論だ。詳しくは言えないが、我らの目的の一助となる重要な作戦目標だと私は確信している」
「そのことを陛下や殿下はご存知ですか」
「陛下から今回の件は私に一任されている」
予定調和のごとき返答。情報の開示はなく、隔絶した地位の差を最大限利用した定石通りの対応でもって彼の不信も不満も全て握り潰された。
「もう言うことはあるまい。下がっていいぞ」
「は、失礼しました」
部屋を出た彼の足は、城下の酒場に向かった。兵士として命じられた任務に忠実な彼は守秘義務によりもう一人の上官に相談することは出来ず、胸の内の黒い感情をどうにかするのに酒以外の方法を知らなかったからだ。
だから、彼にしてみればそれは偶然のはずだった。
「軍人さん。お疲れですね」
普段から気さくな酒場の店主が、頼んだ酒と出すのと一緒に語りかけてきたのは。
「あー、まあ。ちょっと上官と意見があわなくて」
「それは大変だ」
「そんな大したことじゃないんだけどね。ただちょっと・・・」
それから彼は店主と何時間も話し込み、店を出る頃にはもう客は彼一人になっていた。
「いろいろありがとう、店主さん。これで明日から気分よく仕事ができそうだ」
「こちらこそ。またいつでもいらして下さい」
すっかり気分のよくなった軍人を店主は鷹揚に手を振って見送る。軍人が見えなくなると店主はそれまでの人当たりのいい表情から一転、感情の映らない無表情となり手早く店を片付けていく。やがて店仕舞いを終えると一冊の本をカウンターから取り出してそっと開いた。そのページには異国の文字でびっしりと埋まっていて、それを何ページか捲り読み進めると彼は満足そうに頷いた。
「重畳、重畳。あとは釣り糸が絡まないように見張っていればいい」
なぜ、なぜヒロインXオルタが来ないんだ・・・