IS 〈インフィニット・ストラトス〉 Dream Soldier   作:紅だった人

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第1章 IS学園
第1話 遅れてきた入学者


 

 

 

 

 

 季節が早く巡る。

 そう葵が達観してしまうのも無理がないほど怒涛の勢いで半月が過ぎた。ちなみに半月のため実際には季節は巡っていない。しかし忙しさを表すにはこの表現で間違っていないだろう。

 何せ、忙しすぎて本来ここ―――IS学園に入学する日程より、一週間も遅れているのだから。

 あの全国男子中学生3年生IS適正一斉検査で陽性の反応を叩き出した葵は、その後のIS実機起動実験で見事―――本人にとっては最悪な事に―――ISを起動させてしまい、それと同時に織村一夏と同じくIS学園への入学が決定した。

 正式名『IS操縦者育成特殊国立高等学校』。その名の通りISを操縦者育成を目的とした国際教育施設であり、将来IS操縦者を目指すのならここへの入学が一番の近道とされている。無論の事ながら、本来は狭き門だ。しかし、世界でたった2人しかいない男性IS適正者である葵は、例外として日本政府じきじき推薦による半強制入学である。

 

 

「ここで待て」

 

 

 透き通る―――というよりも通り過ぎて突き刺すような声色に、自分の世界に旅立っていた葵は現実に戻される。今の今まで目の前を先導して歩いていた女性が立ち止まり振り返っていた。

 織村千冬。

 ISについては一般的な知識しか持たない葵でも、彼女の略歴と二つ名は知っている。というより、知らない日本人は常識外れもいいとこだ。

 日本で最初のIS代表であり、ISの世界大会であるモンド・グロッソ、その第一回優勝、第二回準優勝者。そしてその圧倒的な強さからモンド・グロッソ優勝者である称号“ブリュンヒルデ”がそのまま彼女の二つ名となっている。ここ数年テレビで話題に登らないと思っていたら、IS学園で教師をしていたらしい。

 背丈はほぼ変わらないはずだが、その眼光の鋭さや冷徹そうな雰囲気、ルックスの良さからまるで見上げているような感覚に葵は陥っていた。

 

 

「わかりました」

 

 

 葵が頷くのを見届けて、千冬は一足先に部屋の中へ入ってゆく。閉められた扉、その上に葵は視線を向ける。1年1組。そう表示されている電光板。ここに来る前、職員室にて千冬から自分の所属するクラスの説明を受けているため間違いではない。ここにいること自体を間違いだとは思いたいが。

 始業時間が過ぎているため、廊下には人気はない。それを確認した葵は両手を広げ自身の身体を見下ろす。IS学園独特の真白い制服。傍目にはかっこいい服だが、それを冴えない自身が着ているのは酷く滑稽だ。

 

 

「(そう感じるのは、俺が卑屈だからなのかね・・・・・・? いや、正当な自己評価だよな、うん)」

 

「入れ立花」

 

 

 葵が意味のない自問自答をしていると扉を隔てて、千冬の声が響いてきた。目の前の扉を開けば、後は転校生のテンプレートな展開が待っていることだろう、と思いたい。

 

 

「(それだけで済めばいいんだけど・・・・・・)」

 

 

 溜息混じりの深呼吸を小さく吐き出し、葵は扉を開ける。

 かくして、当然の如く葵にクラス中の視線が集中した。視線の種類は様々だ。少しウザったいくらいに好意的な視線を送る男子が1名。興味深そうな視線が少数。はたまた視線を送らず、全く興味のなさそうなポニーテールの女子が1名。

 そして、多数が侮蔑的な視線を葵に送っていた。

 

 

「(ああ、やっぱりこうなるのか)」

 

 

 予想通り(・・・・)な展開に葵は苦笑することもできない。

 まるでアイアンメイデンにでも入れられたかのような視線の針に串刺されながら、葵は千冬と隣にいる小柄なメガネ教師のいる教壇にゆっくりと移動する。

 

 

「皆も知っての通り、こいつは織村の次に発見されたISを動かせる男だ。諸々の事情により入学が1週間遅れたが、今日よりこのクラスの一員になる」

 

 

 クラスの様子に気付いていないのか、それとも気付きつつも意に関していないのか、千冬の言動に変化はない。

 

 

「立花。後は自分で紹介しろ」

 

「はい」

 

 

 一歩。たったそれだけ足を動かしただけで視線の圧力がだいぶ高まる。少なくとも葵にはそう感じていた。床に固定させていた目線を反抗する意識を押して無理やり上げる。

 

 

「う・・・・・・」

 

 

 挫けそうになった。葵は女子が苦手である。苦手であるが、この苦行はそれとは関係なしに辛い。

 しかし、黙っていても仕方がない。そう自分に説得して葵は口を開いた。

 

 

「立花葵です―――」

 

 

 出だしが過ぎれば後は楽だ。演技の必要がない台本読みのように、あらかじめ決めていた自己紹介を葵は淡々とこなしていく。

 

 

「趣味は・・・・・・」

 

 

 そこで葵は一旦言葉を止めた。

 もし教室に入った時、クラスメイトの様子が葵の予想に反し、ありふれた転校生の出迎えのようなものだったのなら、適当に『趣味は読書です』とか言い無難に済ましただろう。火のないところにわざわざ火種を持ち込むような所業を葵は好まない。

 しかしクラスの雰囲気から察するに、このクラスメイトたちは立花葵についてある程度は知っているようだ。ならば、わざわざ誤魔化す必要はない。

 だから、葵は本当の事を言うと決めた。

 

 

「趣味は『Dream Soldier』。以上です」

 

 

 シンと静まっていたクラスがざわめき始める。葵は若干の気まずさを覚え、伏し目がちに目を閉じたが、これが間違いだった。視覚がなくなったせいか、クラスのざわめきが一段と耳に入ってくる。

 

 

「やっぱり―――」

 

「間違いじゃなかったのね―――」

 

「なんでこんな奴が―――」

 

「キモイ―――」

 

 

 絶え間なく耳に入る負の感情混じりの言葉。葵は経験上多少慣れているとはいえ、聞いていて気持ちのいいものではない。自分で決めた事だが、やはり趣味に関しては無難に言ったほうがよかったのかもしれないと少し後悔した。

 

 

「なんだ? みんなどうしたって言うんだ?」

 

 

 最前列に座る男子―――織村一夏のそんな呟きが聞こえてくる。どうやら彼は今の状況、その背景が分からないらしい。

 

 

「(まあ、興味がなければ知らなくてもしかたがないか・・・・・・)」

 

「静かにしろ馬鹿者ども」

 

 

 千冬の一言に再びクラスに静寂が戻った。怒鳴ったわけではないが、やはり千冬の声には逆らい難い強制力のようなものがある。

 

 

「立花、おまえの席は織村の隣だ。席につけ」

 

「はい」

 

 

 伏し目の体勢そのままに葵は自分の席につく。正直顔を上げる気にならない。

 しかし座る瞬間、一夏と目が合う。彼は端整な顔に笑顔を浮かべ、軽く手を振っている。たぶん挨拶のつもりなのだろうが、葵は小さく頭を下げるだけの反応に留めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1時限目の授業が終わった。SHRからそのまま1時限目に移行したため、葵にとってクラスで始めて迎える休み時間である。

 

 

「ふぅ・・・・・・」

 

 

 小さく溜息を漏らして葵は机の上に散らばる教科書類を片付けた。

 IS学園の学業レベルは葵が本来入学するはずだった高校と大差ない。そのため、一般科目のレベルには充分付いていける。問題はIS関連の授業だ。必読として渡された参考書には目を通したものの、本当に目を通したくらいにしか読んでいない。いざ本格的な授業となれば遅れることは間違いないだろう。一応、一般的な知識はあると自負しているが、それがIS専門学校であるここでどこまで通用するかは分からない。

 

 

「よお」

 

 

 声に反応し、葵は顔を上げる。低い声だったので顔を上げる前から分かっていたが、そこにいたのは一夏だ。

 顔を上げるという動作に当たって、葵は一夏の足から胴体、顔までを順番に見ることになった。こうして立ち上がっている姿を見ると改めて半月前にテレビで騒がれていた理由が納得できる。端正な顔はもちろんな事、本当に同じ日本人なのかと疑いたくなるほど足が長く、ルックスも良い。羨望や嫉妬を通り越して、いっそ関心してしまうほどだ。

 

 

「何だ?」

 

 

 言葉以上に冷たくならないような態度を意識して葵は返事をする。特に理由はない。というより、初対面の対応としてはこの認識が普通だろう。

 

 

「何かって、せっかく数少ない男子が入ってきたんだ。仲良くするものだろう?」

 

「そうか?」

 

 

 一夏の爽やかな対応に葵は戸惑う。良くいえば好青年、悪くいえば青臭い。どういう反応をすればいいか困る。

 

 

「俺は織村一夏。趣味とか細かい事は追々知っていけばいいよな」

 

 

 葵はさらに戸惑う。なぜだが仲良くなることが前提で一夏の話が進んでいる。別に一夏と険悪な関係になりたいわけではないが、それがイコールとして仲良くなりたいかというと違う。良い奴だとは思う。だが、一夏が良い奴だから仲良くなりたいかというと、まだよく分からないというのが葵の感想である。

 

 

「(とりあえず、俺と考え方は全然違うよな・・・・・・)」

 

 

 別に考え方一つでその人の成りを決め付けるわけではないが、友人となるには些か相性がよくない。立花葵の織村一夏への第一印象はそんな感じであった。

 

 

「あら、雑談なんてずいぶん余裕ですこと」

 

 

 嫌味を含んだ声に葵はその方向へ視線を向ける。一夏を挟んだ反対側に1人の女生徒が立っていた。ただでさえ目立つ見事な長い金髪にロールがかかった髪型が拍車をかけている。自信に満ちた青い瞳。ひと目で西洋人と分かる容姿だ。付け加えてとびきりの美少女である。

 

 

「なんだよ。こっちは話をしてる最中だぞ」

 

「くっ、またしてもそのようなお返事。あなた、本当に自分の立場がわかっていませんのね!」」

 

 

 一夏のやや素っ気ない態度に金髪女生徒のボルテージが上がる。“また”という言い回しからして似たようなやりとりが以前にもあったらしい。葵はそう推察する。

 

 

「あなたは、今日、わたくしとクラス代表をかけて試合をするのでしょう!? でしたら、ISの戦術教本を読むなり、わたくしのデータを調べるなり、今からでもできることはたくさんあるはずですわ!」

 

 

 なんとなくではあるが葵は事情を察した。どうやらこの女生徒。今日一夏と試合をするらしく、その一夏からやる気が見られないため、それが気に食わないらしい。

 

 

「おお! 確かにそうだな。そんなことを教えてくれるなんて、おまえ良い奴だな」

 

「なっ―――!?」

 

「・・・・・・おぉ」

 

 

 驚愕の表情で固まる女生徒を尻目に、葵も思わず呟きを漏らしていた。

 女生徒にああまで言われれば普通は余計なお世話だと怒る。そこまでいかなくともいい気分はしないだろう。だというのに、一夏は女生徒の言葉を素直に受け取った。相手を逆上させるためにわざとそう言ったというのなら腹黒いが、一夏の反応を見るに、おそらく素で返事をしただけであろう。

 

 

「あなた! わたくしを馬鹿にしておりますの!」

 

 

 驚愕から一転。女生徒はその白い肌を即座に赤く染める。

 

 

「なんで怒るんだよ・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 

 一夏に対し『仕方がないだろう』と言おうとした葵はなんとかそれを飲み込んだ。今この状況でそんな事を呟けばロクなことになるまい。

 

 

「まったく、これだから下賎で短慮な男がクラス代表になるなんて反対なんですわ」

 

「む」

 

 

 女生徒の言葉が気に障ったのか、一夏のやや雰囲気が鋭いものにかわる。

 

 

「そうでしょう? ここにいる男、その1人は言葉使いのなんたるかも分かっておいででない―――」

 

 

 一夏を指差し女生徒が熱弁する。そしてその指をそのまま葵へ向けた。

 

 

「もう1人は低俗(・・)なゲームにうつつを抜かす愚か者。下賤以外何者でもないでしょう?」

 

「―――低俗?」

 

 

 女生徒と一夏。2人がぎょっとした表情を葵に向ける。

 葵自身、自分がかなり低い―――いわゆるドスのきいた声を出していたことを自覚していた。しかし、それを自覚しても尚、女生徒の言葉は葵にとって看過できないものだ。

 

 

「撤回してもらいたいな。えっと・・・・・・」

 

 

 女生徒の名前を口にしようとした葵だったが、そういえば名前を聞いたことがない。

 

 

「セシリアだ。セシリア・オルコット。イギリスの代表候補生らしいぞ」

 

「らしいではなく、正真正銘代表候補生ですわ!」

 

「・・・・・・で、撤回してくれるオルコットさん?」

 

 

 一夏とセシリアのやりとりを半場無視して、再び葵は問う。極めて冷静に、少なくとも葵本人はそのつもりで。

 

 

「わたくし、わざわざ撤回なさることを口にしたりはいたしませんわ」

 

 

 セシリアの胸に手を当てたその姿は誇らしげですらある。葵は再び反論しそうになった言葉を寸前で飲み込んだ。態度から見て、葵が何か言ったところでセシリアが前言を撤回する可能性は低いだろう。だが、何も言わないという選択もこの問題に関してだけはしたくない。どう言えばいいのか、すぐには思い浮かばなかった。

 

 

「なあ」

 

「うん?」

 

 

 葵が逡巡していたわずかな間に一夏が声を挟む。

 

 

「さっきから何なんだ。2人もクラスのみんなもDSの話題になると変になる。DSに何かあるのか?」

 

「ISのことだけでなく、そちらの事も知りませんのね」

 

 

 呆れるようにセシリアは首を振る。葵も態度には出さないが、同じ気持ちだ。

 しかし、一夏はめげない。

 

 

「で、なんでなんだ?」

 

「わたくしよりも詳しく知っている方がそこにいらっしゃいますわ。そちらに聞けばよろしいでしょう」

 

 

 そう言って、セシリアは去ってゆく。もう葵と口論する気分ではないのだろう。

 葵としてはセシリアに言い足りないが、ここで引き止め何か言ったところでセシリアの考えが変わるとは思えない。不完全燃焼この上ないが、この場はこのまま終わらすしかないようだ。

 一夏が何かを発しようするのと同時に教室の扉が開く。次の授業の教師だ。雑談する時間はもうなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきの事について教えてくれ」

 

 

 次の休み時間突入早々に一夏が葵に声をかけた。葵は少し考える。

 

 

「それはDSの事? それとも今の授業で織村が間違えた内容の事のどちらだ?」

 

 

 先ほどの授業は数学。そこでたまたま問題解答を教師に指名された一夏はものの見事に撃沈している。ちなみに葵は指されこそしなかったが、一応正解を導き出した。

 

 

「DSについてだ。・・・・・・その後にさっきの授業の事も教えて下さい」

 

 

 一夏はバツが悪そうに頭をかく。後半になるにつれて声が小さくなるのはいいが、近くで聞き耳を立てている女子にはしっかり聞こえているだろう。

 

 

「授業の方は自分で頑張ってくれ。それでDSについてだけど、別に知らなくてもいいんじゃないか? 困ることなどないよ」

 

「そうかもしれないが、みんなの態度がどうしても気になるんだ。俺の時とはあまりにも違いすぎる」

 

「それは別にDSの事だけじゃないと思うんだけど・・・・・・」

 

「? 他に何かあるのか?」

 

 

 首を捻る一夏に葵は小さく溜息をついた。

 仮にDSの事を抜きにしても一夏と葵でクラスの面々の態度が違うのは当たり前だろう。

 

 

「鏡を見れば一目で分かるよ」

 

「?? どういう意味だ?」

 

 

 言われてすぐに容姿の違いに想像がいかないあたり、一夏は天然なのか、無頓着なのか、葵も判断に困るところだ。

 それは兎も角。

 DSについては一夏に教えても構わないだろう。幸いにして、他のクラスメイトたちは知っているようなのでクラスのど真ん中で説明しても、葵に不利益になることはこれ以上ないと断言してもいい。何せ今が最底辺だ。

 

 

「説明の前に、織村はDSについてどの程度まで知っている?」

 

「ISのゲーム、くらいにしか知らないな」

 

「正確にはインフニット・ストラトス疑似体感型バーチャルゲーム『Dream Soldier』 『DS』は通称だよ」

 

 

 葵は説明を続ける。

 DSの起源は約9年前。ISの存在が世に広まった白騎士事件の1年後にまで遡る。当初からISは女性にしか起動できないとは通説であったが、当時はまだ男性にも動かせるように研究と解析を続けている機関・科学者が多数存在した。後にDSを作ることになる『Dream Kingdom社』通称『DK社』のマイク・アンダーソンもその1人である。彼は掛け値なしの天才ではあったが、その彼をしてISの最重要パーツであるコアの解析を成功させることはできなかった。そして彼に残った物は大きな挫折感とそれ以上に膨大なIS関連の情報と技術である。幾ばくかして、彼はこれを何かに利用できないかと考えた。ISを作ることも考えたが、コア解析の失敗が多少堪えていた彼は少し違う形でこれを流用・発展させることを思いつく。それがDSというゲームだ。球体状の母体に搭乗者の動きをほぼトレースさせる装置に仮想空間の投影と脳波コントロールを兼用したゴーグルを一体化し、ISのPIC技術流用により反重力空間すら備えたそれは『男でも使えるISシュミレータ』として瞬く間に絶大な人気を博した。あまりの完成度の高さから一部国家軍部でも導入が検討され、現実的な部分まで話し合いが進んでいた時にある小さな―――後に大きな物となる事件が起こる。

 

 

「なんだ事件って?」

 

「これそのものは事件っていうほど仰々しいものじゃないよ。某ネット掲示板である討論がされていたんだ。題名は『IS操縦者とDSプレイヤー。戦ったらどっちが強い?』っていうよくある、たられば話。これをアメリカの番組プロデューサーが目をつけたのがそもそもの始まりだったんだ」

 

「IS操縦者とDSプレイヤーの対決でもやらせたのか?」

 

「そういうこと。もちろん、ISは男では動かせないからDSを用いることになったんだけど、結果をいえばDS側の一方的な勝利で終わったんだ。5対5の全員がね」

 

「一方的って、まあDSならDSプレイヤーが有利なのも当たり前か」

 

「そう当たり前。普通に考えればそうなんだけど、そう考えられない人が結構多かったんだよ」

 

 

 葵自身はリアルタイムではなく後から知った口ではあるが、当時のネット掲示板の醜悪さは見るに耐えないものだった。

 DS信者は『同じ土台に立てばやはり女は男には勝てない。ISがすごいだけだ。驕るな馬鹿女ども!』

 IS信者は『たかがゲームで勝ったくらいで偉そうに! だから男は低脳だっていうのよ!』

 と、オブラートに包めば(・・・・・・・・・)、こんな口論を繰り返していた。

 

 

「で、これが現実問題にまで発展してそこそこ世間を賑わせたんだけど、当時ニュースとか見なかったのか?」

 

「ははは……」

 

 

 乾いた笑いを浮かべる一夏に、少し呆れながらも葵は話を続ける。

 

 

「それらが終息して残ったのはIS側とDS側の決定的な溝。導入が決まっていたシュミレータは現場のIS操縦者からの猛烈な反対にあって頓挫するし、少ないけどIS側のDSバッシングは今でも続いているよ」

 

 

 葵は示すようにクラスに視線を一瞥する。おそらく一夏との会話を聞いていたであろう。何人かの女子が葵に先ほど以上の侮蔑的な視線を返してくれた。

 

 

「いや、ちょっと待ってくれ。俺の周りにもDSをやっていた奴はいたけど、そいつらは女子と普通だったぞ」

 

「それは中学での話だろう? 普通の女子はそうだろうけど、ここはISの総本山みたいな場所だよ。条件が違う。それに―――」

 

「それに?」

 

「あ、いや何でもない」

 

 

 そう言って葵を口を紡ぐ。

 葵が他のDSプレイヤーより目をつけられる理由は確かにある。確かにあるが、それを自分の口から言うのは、はばかられる。それに、こちらは本当に一夏に必要ない情報であろう。

 

 

 

 その後の休み時間は、葵と一夏が会話をする機会は遠のいた。理由は簡単。女子たちが一夏に代わる代わる話かけるため、一夏が葵に声をかけられなかっただけである。一方の葵に話かける女子は皆無だ。

 

 

「(これからはこんな光景がデフォルトになるんだろうな・・・・・・)」

 

 

 一夏と女子たちの青春のひとコマをどこか遠い景色のように眺めながら、葵はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうこうしている内にあっという間に半日が過ぎ、葵がいる現在地はIS学園内にあるIS競技場の1つ『第三アリーナ』、その観客席だ。何百人も入りそうな広大な観客席であるが、今は1年1組が借り切っているため、まるで寂れているかのように空いている。

 皆が最前列にいる中、ただ1人、葵は最後列で上空を見上げていた。アリーナ中央の競技スペースでは白と青の二つが絶えず動き回っている。それぞれ、一夏とセシリアが操縦しているISである。小耳に挟んだところ、セシリアのISは『ブルー・ティアーズ』という彼女専用機であるらしい。一夏の方は全くの無名機であるようだが、こちらも専用機で間違いあるまい。

 事前の説明でこれがクラス代表を決める戦いというのは分かるが、今葵の胸中を占めているのはそんな些細な事ではない。

 

 

「これがIS同士の戦い・・・・・・」

 

 

 葵がIS戦を見るのはこれが初めてである。もちろんニュースでならスポーツ枠で何度も映像をみているが、やはり肉眼で見ると迫力が違う。

 

 

「セシリア頑張れー!」

 

「織村君も負けるなー!」

 

 

 女子たちが本気とも面白半分ともとれる声援をアリーナ内の両者に送っている。

 しかし、試合はセシリアの一方的な展開だ。レーザー弾のスナイパーライフルと4つの高速浮遊砲台を巧みに使い分け、一夏を翻弄している。一方一夏は、片手に構えた近接ブレイドでどうにかセシリアに斬り込もうとしているようだが、その試みは今のところ一度も上手くいっていない。

 

 

「(織村はなんで射撃武装を使わないんだ? 射撃に自信がない、のかな?)」

 

 

 近接ブレイドのみに拘る一夏に葵は訝しむ。だが、自信がないのだとしても、すでに10分以上射撃武装を使わないのは少しおかしい。仮に機動動作と近接戦闘に絶対的な自信を持っているとしても、現状は一夏の完全不利。牽制に射撃を加えてもよさそうなものだ。

 

 

「(もしかして、あのISって射撃武装を一切積んでいないんじゃ・・・・・・?)」

 

 

 予想というよりほぼ確信である。それ以外考えられる要素がない。

 しかし、その後の展開は葵の懸念を大きく裏切るものだった。射撃の雨をくぐり抜け、なおかつ高速浮遊砲台を全機撃墜し、セシリアに肉薄するという快挙を一夏は成し遂げる。直後、ブルー・ティアーズのミサイルに撃ち落とされかけるが、その瞬間真白い光が一夏を包んだ。

 

 

「あれって一次移行(ファースト・シフト)じゃない!?」

 

 

 クラスメイトの誰かがそう叫んだ。

 光が消えた後に現れた一夏のISの形状が変わっていた。今までが白色ならば、今度の機体色は純白といっても差し違えないほどの輝きを放っている。

 一次移行

 葵が読んだ参考書によれば、専用機のシステムがその搭乗者用に最適化し、内外ともの変化することをこう呼ぶらしい。

 純白のISが眩い光を放つ刀剣を携え、セシリアに迫る。輝きが眩すぎてまるで光が走っているかのようだ。そして、その光剣がセシリアを捉えるまさにその瞬間。低音のブザーがアリーナに響き渡る。

 

 

『試合終了。勝者―――セシリア・オルコット』

 

「は?」

 

 

 こうして葵の初めてのIS観戦はなぜ決着がついたのか分からないまま幕を閉じる。

 後日、一夏が負けた理由は、純白のIS『白式』の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)が原因だったことを知るのだが、この時その事実を知るよしもない葵は間抜けにもポカーンと口を開いた状態でアリーナを眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、クラスメイトたちは各々に先ほどの試合について盛り上がっている。当事者である一夏も数人の女子に捕まり、尋問攻めにされている最中だ。

 葵はそんな様子を尻目に教室を出た。声をかける者は誰もいない。いや、正確には極数人が声をかけようかどうか迷っているらしかったが、嫌われ者認定されている葵に対し、それを押してでも声をかけてくるものはいないだろう。

 

 

「(まあ当然か)」

 

 

 女子とはそういう生き物である。葵はそう納得していた。それにこの後は副担任である山田真耶から職員室に来るよう言われている。声をかけられて遅れるよりはマシであろう。

 

 

「ここが今日から立花君の部屋になります」

 

 

 真耶と合流し、葵が連れられてきたのは寮の1階。目の前にある扉の先が自分の部屋であるようだ。この優しい副担任は説明だけで済むのに、わざわざ部屋まで案内してくれた。些細なことではあるが、今日一日針のむしろであった葵にはその小さな優しさが嬉しい。

 ―――嬉しいのだが、1つ気になることがある。

 

 

「山田先生、お聞きしたいのですが・・・・・・」

 

「はい、なんですか?」

 

「もしかして、1階に部屋があるのって俺だけじゃないですか?」

 

 

 聞いた瞬間、真耶が石像のように固まった。それで葵には充分に意味が伝わる。

 

 

「ああ、やっぱりそうなんですね」

 

「ど、どうしてわかったんですか?」

 

「いや、他の人はみんな階段に向かっていったじゃないですか。それでもってこちらに向かう人は誰もいないでしょ? 後は色々と想像です」

 

 

 おそらく、男子だからとかそういう理由だろう。寮が女子たちと一緒なのは仕方ないにしても、せめて階層くらいは別にしたいというのは学園側からすれば当然の処置だ。

 ただ1つ葵には気がかりがある。隔離されている理由が想像通りであるのなら、なぜ一夏の部屋は女子たちと同じ階層なのだろうか?

 

 

「(学園側も何を考えているんだろうね・・・・・・)」

 

 

 葵を邪険扱いしているのか、一夏を特別扱いしているのか。それぞれ思い至る理由はあるが確証などはない。

 これといった落としどころには至らず、葵はそこで思考を止めた。考えるだけ時間の無駄である。

 

 

「え、えっとですね。先生もこういった生徒間で差をつけるような扱いはどうかと思ったんですよ。でもすでに決定した事項を覆す権限は私にはないんですけど、立花君の気に障ることも重々承知なんですが―――」

 

「え、あの、山田先生? 落ち着いてください。別に文句があるわけではないですから」

 

 

 葵は真耶の話をやや強引に遮る。そうしなければ永遠にまくしたてていそうだったからだ。

 

 

「と、とりあえずこれまでの説明でなにか質問はありませんか? シャワーの使い方とか何でもいいですよ」

 

「・・・・・・いや、さすがにシャワーくらい分かりますよ」

 

 

 一生懸命なのは分かるが、何かと空回りしている真耶だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荷物の片付けもそこそこに、シャワーを浴びた葵はベッドに仰向けに倒れこむ。シミ一つない天井を眺めながら考えるのは、ISを動かせるようになってからいつもと同じことだ。

 

 

「・・・・・・これからどうしよう」

 

 

 “これから”と一言に言っても、含ませる意味は複数である。

 例えばIS学園卒業後。今でこそISを動かせる男は一夏と葵の2人だけであるが、さすがに3年も経てば、もう幾人か見つかるかもしれない。そうなれば、やや窮屈な今の生活もいくらか自由になるだろう。だが、もしそんな楽観的予測が外れ、3年経った後も誰も現れなかった場合は、今よりも窮屈な生活を強いられるかもしれない。さらにその先は? どうなるのか予想もつかないし、現実的な予想は恐ろしくてしたくもない。

 しかし、そんな不透明過ぎる未来よりも、透明度の高い未来が葵には待ち構えている。すなわちすぐ明日以降の“これから”だ。

 昼間のクラスの様子を葵は振り返る。

 

 

「(ああも予想通りだとはね)」

 

 

 女子たちの反応は葵の予想通りだった。

 否。予想通りだと語弊がある。小学・中学時代に接してきた女性至上主義紛いの女生徒や女教師たちと変わりがない。

 その女子たちにとって、DSプレイヤーというわかりやすく、かなり目立つ存在であった葵はいい標的だった。

 そして、その関係性は面識のある女子のいないIS学園においても継続することはもはや決定的である。違うのは、この学園は葵の味方となる男子は皆無というところか。

 

 

「(織村は・・・・・・ダメそうかな)」

 

 

 味方になりそうな唯一の男子を葵は思い浮かべるが、直後自分の思考に首を横に振る。当てになりそうにない。悪いやつではないが、事この件に関しては言い方は悪いが役に立たないだろう。

 結論としては、やはり一人で頑張るしかない。まあ、元々変えようのない結論だ。それに考えようによっては、苦手な女子たちと仲良くする努力と比べれば孤独の方が些かマシだ。

 ふと、意識が薄れていくのを葵は感じた。

 入学初日ということを除いても疲れることの多い日だった。早い時間だが、眠くなるのは仕方がないだろう。

 せめて、明日は今日よりも穏やかでありますように。

 そんな小さな願いを思いながら、葵は眠りについた。

 

 

 

 

 しかし、世の中そうは上手くいかない。葵の前途多難の学生生活は、まだ初日を終えただけである。

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