魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 何故か最後の三話分を先に書き上げてしまい、その内容に向かって行きつつ矛盾しないように次の話を構築するという謎作業に陥っています。
 漫画や小説、映画でも続編が過去の話とか結構ありますけど、あれって何げに物凄くしんどい手間が掛かってたんですね。




墓地の騒動 (後編)

 

 

 

 城塞都市エ・ランテルでも最高級の宿『黄金の輝き亭』で、モモンは『青の薔薇』に依頼内容を語る。

 そう、依頼だ。

 冒険者組合でイビルアイが(正確にはイシュペンに)声を掛けてきたのをこれ幸いと、共同墓地の話を持ち掛けたのだ。

 とはいえ周囲に人が多かったため、彼女たちとは後で落ち合う時間と場所のやり取りのみでその場は別れ、モモンは組合長のアインザックに報告をしに向かった。

 そして夕刻、『黄金の輝き亭』へ来たモモンはアインザックの署名の入った羊皮紙を見せ、、正式に「エ・ランテル冒険者組合からの」依頼として『青の薔薇』を雇うこととなったのだ。

 昼間に会った時に、そのまま冒険者組合の会議室なり組合長の執務室なりで報告とともに話をしてしまえば良かったのかもしれないが、モモンは何となく苦手とするイシュペンがずっと付き纏ってきそうに思えたため、敢えて場所を変えたのだった。

 モモンから話を聞いた『青の薔薇』はこの急な依頼を快く引き受けてくれ、リーダーのラキュースなどはかなり意気込んでいた。彼女は目を輝かせながら、

 

「闇夜に(うごめ)く悪の組織、死者を冒涜する異端者たちに我が魔剣の鉄槌を!」

 

 などと口にするものだから、モモンなどは古傷を抉られ悶えていた。

 彼女の仲間たちが、また始まった、みたいな顔で呆れていることから、どうもこれは平常運転らしい。

 やばい、この人アレな病気持ちだ。今の台詞も絶対所々に「✝」とか入ってるだろ。

 その危険性に戦慄したモモンはつい小声で、

 

「多分あとで後悔しますよ」

 

 と忠告をしたが、それを受けたラキュースはふんすと鼻息荒く胸を反らす。

 

「フッ、人々の平穏を乱す輩を打ち倒すのに怯みなどしません。如何なる強敵であろうとも、窮地を乗り越え薙ぎ払って見せましょう」

 

 違う、そうじゃねえ。

 何故だろうか、心強い援軍を得た筈なのに、ひどく不安を抱くモモンだった。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 共同墓地を囲む外壁に衛兵を配置し、食糧確保のためだろう、日に一度市井に紛れる数人も常に把握していた。

 深夜、あと少しで日付も変わる頃。主犯格の男と他十一名の黒頭巾、その全員が揃っているのを確認した。一人として逃がさないように包囲を二重にし、一つは外壁に留まり、一つは霊廟を囲む。前者は衛兵たちで、後者は冒険者たちで構成されていた。

 いよいよ大捕物に挑むのだ。

 

(さて、お膳立ては整えたが、上手くいくかな)

 

 他の者たちとは別の意味も含め、モモンは緊張していた。

 当然のように金級の冒険者であるモモンは霊廟を囲む班に加わり、周辺を警戒していた。まだ建物の地下の連中には気づかれてはいないようだ。近くに控える強行突撃を担当する班に目配せをする。

 彼女たち……一人は仮面で表情が見えないが、『青の薔薇』の面々は不敵に笑い、リーダーであるラキュースは強く頷く。

 包囲している他の冒険者の幾人かも頷き、ある者は緊張からか唾を飲み込む。

 

 

 瞬間。

 轟音が響く。

 今まさに突撃しようとした霊廟の正面から、石柱を壊しながら巨大な頭蓋骨が躍り出てきた。

 相手の意表を突くはずが逆に不意打ちを受け、その場は混乱した。

 皆が礫を避け、衝撃から逃れようと飛び退く。

 

「どわっちゃ!?」

 

「何、ナニなに何!? ってあれは……」

 

「霊廟が崩れる、退避、退避ー!」

 

 流石にそれなりの冒険者たちだけあり、混乱は一時のみ。すぐに全体の態勢を整える。そんな彼らを尻目に、出てきた骨の化物が背伸びをするように上体を起こし翼を広げる。

 見上げるイビルアイが忌々しそうにその名を口にする。

 

「―――骨の竜(スケリトル・ドラゴン)

 

 あらゆる魔法を無力化する特性を持つがゆえに、魔法詠唱者にとっては天敵とされている、ドラゴン型の人骨の集合したモンスター。

 しかし相性の悪いはずのイビルアイも冒険者の魔法詠唱者たちも不敵な笑みを浮かべる。中には鼻で笑う者もいた。

 前述した魔法無力化に加え、刺突武器の無効化や斬撃ダメージの半減などもなかなかの驚異ではあるが、目の前にいるのは見たところ3メートルと少し、翼幅も5メートルあるかどうか。この程度の大きさならば然程難敵ともいえない。

 スケルトン系ゆえに殴打攻撃に弱く、特殊な攻撃手段は持っていない。数の利がこちらにある以上、文字通り袋叩きにすればいいだけである。

 以前にカッツェ平野で鉢合わせた個体とは違う、その貧相な(なり)を見てガガーランが嘲笑う。

 

「いよう、起こすのがちっとばかし早かったみたいで悪ィな」

 

 そのまま戦鎚を骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の脚に叩きつけ、尻尾の反撃を避けるついでに(ひび)の入った箇所を蹴りあげた。

 攻撃を避けられ睨みつけるように唸るが、すかさず周囲から他の者たちが攻撃する。

 痛みを感じないのか怯む事もなく、煩わしそうに体を捻り暴れまわる骨の竜(スケリトル・ドラゴン)だったが、やはり多勢に無勢、徐々にその骨の体が砕かれていく。 

 

「そらそら!」

 

「魔法詠唱者だって殴るくらいは出来るんですよ!……どわあ!?」

 

「おい油断するな、お前は下がってろ!」

 

「こいつでトドメっ!」

 

 最後に冒険者の一人が正面から長槍を突き刺し口内から頭蓋を突き上げ砕いた。それが決定打だったのか骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は、その体を構成する人骨を散らばせながら崩れ落ちる。

 動かなくなった後も、周囲はしばらく戦闘態勢を維持し観察するがどうやら本当に終わりらしい。

 

「……ふう。皆さん、お疲れ様でした」

 

 構えを解いたラキュースが労いの声をかけるが、イビルアイが口を挟む。

 

「おい、それはまだ早いぞ」

 

「ええ、まだコイツをけしかけて来た奴らを捕まえていません」

 

「そ、そうですね。すみませんモモンさん」

 

「鬼ボスは戦闘の後はいつも仕切りたがる」

 

「自分に酔ってる。カッコつけ」

 

 仲間からの野次を受け、顔を真っ赤にしたラキュースが睨みつける。

 その姿にモモンが苦笑すると、誤魔化すように居住まいを正す。

 

「し、失礼しました」

 

「いえ。仲が良ろしいようで、羨ましい限りですよ」

 

 本心からの言葉だった。こうした雰囲気は嫌いではない。

 他の冒険者たちも、先頭直後であろうと余裕のあるその姿に、流石アダマンタイト級、と感心していた。

 

(ちょっと軽すぎる気もするが……いや、俺もあまり人のこと言えないけど)

 

「ただ、そろそろ改めて犯人たちを捕まえないと」

 

「ええ。……? イビルアイ、どうしたの」

 

 既に随分と崩壊した霊廟の入り口に顔を覗かせ、中の様子を窺っていた仲間の魔法詠唱者の姿にラキュースは眉を寄せる。無用心に過ぎないだろうか、と。

 戦闘の隙に犯人の黒頭巾たちが逃げ出した場合に備えて控えていた者たちも、何やら様子がおかしいことに気付く。

 一人の盗賊がひょいとイビルアイに並び、途端に顔を顰める。

 

「血の匂いだ」

 

 

 

 

 入り口付近はかなり崩れていたが、中はそれほどでもなかった。骨の竜(スケリトル・ドラゴン)が通ったのだろう、破損が直線上に続いてはいたが、霊廟全体を支える八本の大きな柱には異常は見当たらない。

 青の薔薇と、他の冒険者チーム複数から気配察知に長けた盗賊が三人、侵入を試みることになった。

 前日にモモンと盗賊が潜り込んだ地下には主犯格と目されていた坊主頭の男(カジット)が倒れているのみであった。彼の部下と思われていた黒頭巾たちの姿はなく、床には夥しい量の血溜りが広がっていた。

 その様子を見て口元を押さえるラキュース。冒険者として戦闘による流血には慣れてはいたが、凄惨な殺人現場のような状況はまた違うのか、嫌悪感に顔を顰める。他の者たちはそうでもないらしく、比較的平静だった。

 

「これは……」

 

「仲間割れ……にしちゃあ、死体が無いな。さっきの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)に使ったのか?」

 

「そこの気絶してるハゲを起こして聞くのが手っ取り早い」

 

 そう言ってティアが近付き軽く叩くが目を覚ます気配がない。

 段々と腕に込めた力が強くなっていき、終いにはガンガンとほとんど殴りつけていた。しかしそれでも起きる気配はない。

 

「ふう、スッキリした。じゃなかった、これはおかしい。多分魔法で眠らされてる」

 

「今お前が殺しちまったんじゃねえだろうな」

 

「皆、ちょっといいか」

 

 イビルアイが地面を指し示す。

 血溜りに気を取られ気付かなかったが、よく見ると人骨が散乱し、見た覚えのある頭蓋も確認できた。先ほど自分たちが戦った個体よりも大きい物だった。どうやら、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は一体だけではなかったらしい。

 その体を構成していたであろう骨の破片がそこらじゅうに散らばっている。この地下室で激しい戦闘を行ったような形跡が無い事から、どうやら召喚直後に吹き飛ばされたようだ。

 

「魔法が効かないはずだよな。ってことは、この大きさ相手に接近戦で? まじかよ、おいおい……」

 

「まさか弓矢や投石てことは……ないか」

 

「本当に何があったんだ?」

 

 口々に憶測を述べる。

 

「残留物から読み取れることのみ、推論をまとめてみよう」

 

 ここでイビルアイが一つの仮設を立てる。つまり、怪しげな儀式を行っていた連中はとっくに第三者の強襲を受け全滅しており、先ほどの骨の竜(スケリトル・ドラゴン)はその何者かに対抗するために用いたものが、術者が意識を失ったため暴走したのだ。自分たちが突入直前に戦う羽目になったのは単なる偶然なのだろう。あくまで予想だが、と魔法詠唱者の少女は念を押す。

 

「……私たちの前に、誰かが先に侵入してたってこと?」

 

「そんな筈は無い! 昨日の発覚からずっと監視してたが、連中以外は誰も近寄っていない。巡回だって霊廟には近付かないようにしていた」

 

 ラキュースの呟く疑問に盗賊が答える。イビルアイに向き直り、他の可能性を挙げる。

 

「儀式の失敗とか、……さっきも言ったかもしれないが仲間割れって線は?」

 

「そこの主犯格の男がご丁寧に魔法で眠らされて、他は誰もおらず血痕のみ。広範囲に争ったような跡もない。まず間違いなく、これは第三者が引き起こしたものだろう」

 

「一体何がどうなって……」

 

 困惑が広がった。

 そこへ自分たちとは明らかに違う何者かの声が掛かる。

 

「教えて差し上げましょうか」

 

 青の薔薇も他の冒険者たちも瞬時に武器を構え、声の聞こえた方向から飛び退く。

 果たして、そこにいたのは直立する獅子であった。

 いや、ただの獅子であるはずがない。継ぎをしたマントのような物を纏い、背中からは蝙蝠を思わせる黒い羽が生えており、蛇の尾はユラユラと揺れている。頭からは捻れた角が一本生えており、その肉食獣の顔に浮かぶのは人間じみた笑みだった。

 この場にいる誰もが見知らぬ、人語を操る未知のモンスターがそこに居た。

 警戒し睨みつけてくる周囲の様子に、その化物は肩をすくめる。

 

「聞こえませんでしたか。ここで何があったのか教えて差し上げますよ、と」

 

 にんまりと笑う、獅子の顔。

 

「まあ、私の配下の者達の餌になって頂いたわけですがね」

 

 さも愉快そうに口元を押さえる。そこらの猫がするような動作であったが、ダガーのような爪の並ぶその隙間から緩められた目が爛々と光っているため、可愛さの欠片もない仕草だった。

 誰もが動けないでいた。目の前の存在が桁外れの強者であると肌で感じられたからである。無闇に攻撃すれば、次の瞬間にはあの鋭い爪で切り裂かれると容易く予測できた。

 それは蒼の薔薇の面々や盗賊たちを睥睨し、その視線がイビルアイのもとで止まる。興味深そうにじっと見つめている。

 不快に感じ、仮面の魔法詠唱者は睨み返し問いかける。

 

「何者だ」

 

「悪魔ですよ。見ればわかるでしょうに」

 

 呆れたような口調が返ってくる。

 悪魔。古い文献などで散見される存在。地獄だか魔界だかに住まい、時折この世に現われ人心を惑わす化物。

 

「ああ……そうですねえ、では、ヤルダバオト、と」

 

 そう名乗らせて頂きましょう。

 胸を張り両手を掲げて、その顔には今度こそ笑みを浮かべていると分かるほど、亀裂の如く口の端が釣り上がっていた。まるでその名が誇らしいとばかりに、自慢するかのようであった。

 次第にその姿が黒い霧となり薄まっていく。

 

「では、今日はこのあたりで失礼させて頂きますよ」

 

「ま、待て」

 

 イビルアイの静止の声とともに、ティナが苦無を投擲するが、それはするりと影をすり抜け、こん、と床に突き刺さる。

 もはやそこには何者も居らず、気味の悪い静寂だけが残った。

 十秒か、或いは二十秒か。しばらく何も起きないことを確認して、ようやく大きく息を吐き、その場の面々は戦闘態勢を解いた。

 

「おい」

 

 イビルアイに声をかけられ、ラキュースが頷く。

 

「皆、とにかく此処を出ましょう。ティア、そこの男を縛って連行してくれる」

 

「ああ、目を覚まさないんだったら、運ぶのは俺がやるよ」

 

 盗賊の一人がそう提案する。先の頭を殴りつける対応を見るに、この双子に任せると引き摺ったりして今度こそ殺しかねなかった。唯一生き残った、二重の意味での重要参考人である。そんな阿呆みたいな理由で失いたくはない。もちろん、いくらアダマンタイト級冒険者であっても女性に力仕事を任せては、という男の矜持も働きはしたが。

 とぼとぼと出口を目指す。皆無言である。

 当初の目的は一応は果たした事にはなるだろうか。しかし、とてもそれを喜ぶような気には誰ひとりとしてならなかった。

 しばらくして、霊廟の入り口でこちらを心配そうに覗き込む影が見える。

 青の薔薇たちの無事を確認し顔を綻ばせるモモンの姿に、どうやって説明したものかと、一行は陰鬱な気分のまま無理矢理笑みを浮かべ手を振った。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 スレイン法国。

 周辺国家が信仰している四大神とは別に、更に二柱を加えた六大神信仰を掲げている、神殿勢力が治める宗教国家である。

 一般人の参拝・拝礼を受けている水の神殿に、その女性はやって来た。

 祝福を、御利益を求めて信徒・非信徒問わない長蛇の列に普通に長い時間を掛けて並び、よく分かっていない無知な者たちの案内も兼ねた相談を担当する神官の一人の前に立ち、消え入りそうな声でおずおずと用向きを伝えた。

 

「あのう、イプシロン商会の使いの者ですけど……」

 

 差し出された羊皮紙には、商会と神殿のそれぞれの印と、バハルス帝国の通商許可印が記されていた。

 それを受け取った神官は、法国内での新たな流通・商業のための正式な取引に関して、一席設けてあることを事前に知らされていたため、神殿の奥、一般の者は立ち入りを禁じられている先まで案内する。

 国外からの要人などを接待する際に使用する部屋に通され、既にそこで二人の護衛の者と共に待っていた女性神官に、案内を受けた女性は頭を下げる。

 

「ど、どうも。イプシロン商会から遣わされた、ツアレニーニャ・ベイロンといいます」

 

「これはご丁寧に。私は神官長よりこの度の担当を申し付かっております」

 

 女性神官も名乗ると、ツアレをテーブルを挟んで自分の向かいにあるソファに座るよう促す。

 しかし、ツアレはおろおろと挙動不審な様子で、一向に座る気配がない。

 訝しげな視線を受け、意を決したように彼女は肩に掛けていた革の鞄から、クリスタルの結晶のような品を出しテーブルに置く。

 

「こ、これを」

 

 それを見た女性神官はその顔に驚愕を張り付かせた。

 それは魔法封じの水晶と呼ばれる物で、同様の物が法国にも幾つかが秘宝として保管されているということを知っていたからだ。

 

「こ、これは、一体何処でっ!?」

 

 喰って掛かるかのような勢いで問う。深くは事情を知らないのだろう、むしろ護衛の者が女性神官を宥め抑える程であった。

 質問を受けたツアレは、その剣幕に怯えを見せたが、

 

「神官長のどなたかにお目通りを」

 

 と、なんとか口にした。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 謁見の間より今しがた退室した人物について、ジルクニフが思ったのは「欲しいな」というものであった。 

 バハルス帝国の現皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスは、『鮮血帝』の異名でもって恐れられる絶対君主である。先代までの皇帝が少しずつ準備を整え、今代に至って掌握した騎士団の軍事力を背景に貴族の大粛清を行い絶対王政を確固としたのはいいが、あまりに改革を急ぎすぎたため、慢性的な人手不足に陥っているのが目下の悩みである。

 優秀な側近で周りを固めたため、ちょっとした身の回りの雑務から伝令のような使い走りまで、彼らに任せなければならない時がある。まさか何処へ行くにもメイドを連れて歩いたり、重要な機密文書の散乱する部屋へただの使用人や雑兵を招き入れるわけにもいかない。皇帝ともなれば、使い走りにも最低限の質というものを求めざるを得ない。

 適度に弁え分別を持ち、不快でない立ち回りで気配りのできる、信用に足る世話係は以前より欲していたのだ。そう、例えば、今の今までこの場で自分に謁見していた男のような。

 

「なかなか優秀そうな人物を抱えているな、イプシロン商会とやらは」

 

 重要な取引相手には、大抵あの執事(セバス)が窓口として応じているそうだが、随分ともったいない使い方をするものだとジルクニフは思った。

 人材豊富とは羨ましい限りだ、と口にする主君に、近くに侍る帝国四騎士の一角、『雷光』バジウッド・ペシュメルが苦笑とともに伝える。

 

「いや、そうでもないらしいですよ。ゴウンってのから商会を預かってる別嬪(べっぴん)さんが、これまたかなりの()(まま)嬢ちゃんらしくて。あんまりにも当たりがキツ過ぎるんで、重要な話から下らない雑用までのほとんどを、側付きのあの爺さんが名代でやらされてるって話っすよ」

 

「詳しいな」

 

ウチの(・・・)にせがまれて、あの商会の品を買いに行かされたもんでね。その時に店主にいろいろと」

 

 バジウッドは娼婦上がりの妻と四人の愛人とともに暮らしていた。皆仲が良いらしく、亭主である彼は尻に敷かれて幸せいっぱいらしい。僅かでも妻たちの関わる事を口にすると顔が緩み自慢げになるため、同じ帝国四騎士の一人『重爆』レイナース・ロックブルズなどは、露骨に顔を顰めていた。

 バジウッドの世間話から、皇帝付きの秘書官ロウネ・ヴァミリネンが引き継ぐ。

 

「以前にもご報告申し上げたかとも思いますが、我が国にもかの商会の品はそこそこ流通しております。あれから更に調べましたが―――高級な物が多いため購買者の多くが裕福層ですが、目の肥えた彼らからも概ね好評で悪い話は聞きません。値段の高さも販売を請け負っている店がつけているものであって、イプシロン商会は別に暴利というわけでも……というかむしろ良心的な価格設定でやってますね。扱う品の多くが上質なために、裕福層が買い占め、味を占めた店側が客の足元を見ているような状態らしいです」

 

「成る程。あまりにも悪質な店に対しては容赦する必要はないぞ」

 

「はい。そうさせて頂いてます」

 

 こちらの意を汲むことに長けている優秀な秘書官に意地の悪い笑みを向ける。

 

「なんと、越権行為か。いつから貴様は俺の許可無く為政に口を出せるようになった?」

 

「問題のある店をピックアップしてあとは勅を待つばかりなだけですが。それと、口はむしろどんどん出せといつも仰っていたはずでは?」

 

「無駄口でさえなければな」

 

「ならば今回は如何ですか」

 

「ふむ、いや、こんな優れた部下に難癖を付けるとは酷い男だな、鮮血帝とやらは。機会があれば私が叱っておいてやろう」

 

 ごほん、と周囲の誰かから咳がこぼれる。

 

「―――で、なんら後暗い物のないはずの相手からの、裏があり過ぎるこの度のお話、お受けになりますか? 」

 

 許されているとはいえ皇帝に対しても気安い口調のバジウッドの調子に引きずられたのか、脱線しかかった話をロウネが戻す。

 ジルクニフは口元に笑みを浮かべ、答える。

 

「ああ、受けるとも。こちらに損の無い話だしな」

 

 彼のその判断は、この場に居る者全員が予想できていたものであった。

 皇帝の言葉を受けるとともに、各員が必要な作業へと移る。それらを見渡し、ジルクニフは玉座の背もたれに体を預ける。

 どちらにせよ、書類も揃えた正式な取引は少し後になる。今後の展開は王国のとる対応次第だが、まず間違いなく、やらかしてくれるだろう。

 あの国がどんな具合に馬鹿を見せてくれるのか、当面は遠くから眺めさせてもらおうか。

 

 

 

 




 スケリトル・ドラゴンの大きさに関しては書籍の記述やアニメ版の映像の擦り合せです。
 それと、この作品のヤルダバオトの姿は、グノーシス主義の思想にある解釈ではなく、それについて記された文書の一つ「ヨハネのアポクリュフォン」を参考にしています。
 彼やツアレの今の立ち位置についての裏方の話は次かその次の話あたりで。





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