魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 生きてますよ?



 今回の内容は地味です。
 年末暫定決算終えたはずなのに間を置かず年度末決算に追われ、私の心もささくれ立っているため、めっちゃ真面目な思考で書きました。





王城

 

 

 

 何故自分がこのような役目を負わなければならないのか。

 その内心の苛立ちを隠すこともなく、厭味ったらしく盛大に溜め息をつく。

 背後に控える衛兵数人が反応しこちらを窺うような気配がしたが、アルチェルは無視した。

 アルチェルはリ・エスティーゼ王国において儀典官の役職を与えられており、この度褒章を与えるため王城へと招聘(しょうへい)した男、アインズ・ウール・ゴウンの出迎えとして城門前にて衛兵を連れ立っているのだが、件の人物がなかなか姿を現さず、機嫌が急降下していた。いや、元々この役目には不満があったが、ここにきてそれが加速したのだった。

 出自に拘るタイプであるアルチェルにとっては、たとえ財を築き成功した者であろうと平民は平民である。ゴウンなる人物には異国の貴族ではという噂もあったが、それが真実だとしても国交のない遠い地からの、しかも流れ者であるからして地位など捨てたも同然。そんな異邦人である以上この国では立場などあってないようなもの。王国経済への貢献があるにしても、そんな怪しげな人物を迎えるために自分が駆り出されなければならないことが甚だ不服なのであった。

 とはいえ役目は役目、仕事は仕事。王より命じられたからにはしっかりと務めを果たさなければならない。途中で放り出すわけにもいかず、王城へと繋がる大通りの向こうへと睨みを利かせ鼻息も荒くふんぞり返るアルチェルであった。

 

 それからしばしの時を経て。 

 最初それを見たとき、アルチェルは我が目を疑った。それが現実の光景だとはとても思えなかったためだ。

 6頭の八足馬(スレイプニール)に引かれた豪奢な馬車が4台、列を成して近付いてきた。それらはアルチェルらの前に止まると、先頭の馬車の御者席に座る老執事が声を掛ける。手に持ち見せるのは王家の印が施された招待状である。

 

「馬上より失礼。我らはイプシロン商会より参りました。お召しにより我が主人アインズ・ウール・ゴウンが今到着致しました」

 

 その言葉に、未だ衛兵らが固まる中、アルチェルははっとして儀仗を胸の前に構え畏まって返事をする。

 

「は、確かに承りました。ようこそお越し下さいました、アインズ・ウール・ゴウン様の御来城、心より歓迎致します。申し遅れました、私は儀典官の任を賜るアルチェル―――」

 

 口を動かしつつ軽く背後の兵たちへと振り返り、硬直したままの彼らを視線で叱咤する。それによって幾らかしゃんとした姿勢になるのを忌々しく睨みつつ、城門の向こうへと手で指し示す。

 

「つきましては、この先我らが案内を務めさせて頂きます。申し訳ありませんが誘導に従って下さいますようお願い致します」

 

「ありがとうございます。よろしくお願い致します」

 

 4台の馬車を先導し城門をくぐる。そのまま王城の正面まで来るとアルチェルは御者席に座る老執事に向き直り、客人らにはここで馬車から降り入場して貰う旨を説明する。

 馬車は部下の兵が厩に誘導するため、それに従うセバスと他の馬車の御者(実はコキュートス配下であるビートル種族のソードマスターらの偽装)は後から合流することとなる。

 指示を受けアインズたちは馬車から降りる。着飾っているとはいえ仮面をつけたいかにも怪しい風体のアインズには胡乱気な視線が向けられたが、続いてアインズの差し出した手をとり姿を現したソリュシャンの美貌にはアルチェルも衛兵たちも目を見開いた。更に他の馬車からもあまりに見目麗しいメイドたちが幾人も降りてきたためかなり衆目を集めた。城の入り口にいた護衛の兵や遠巻きに見ていた通りすがりの兵や使用人らも含め、周囲の人間たちは全員が驚きのあまり固まってしまった。

 その様子を眺め、冷静にアインズは考察する。

 

(確かに彼女らは美人だ。そう設定したし、仲間たちがその情熱を惜しみなく注ぎ造形を創り上げた。もとよりゲーム内のキャラ、その美貌は現実離れしてもいるだろう。だが冒険者をしていて思った事だが、そもそもこの世界の人間たちとて顔面平均値はえらく高い。男女問わず元の世界ならば十分芸能界でやっていけるような容姿の奴がゴロゴロしている。だからこそ不思議だ。何故そこまで驚く。人間の美醜などある一定以上は差など感じないだろうに)

 

 アインズから見ても、アルベドやシャルティア、アウラやマーレら、メイドたちなどナザリックの「美しく」創られた者たちは確かに類い稀な美貌を誇っている。どれだけこの世界の人々の容姿が全体的に優れていても、ナザリックの者たちの方が上だとは思う。だがそれは親バカというか身内贔屓が多分にある為だともアインズ自身は思っていた。

 元より人間・鈴木悟であった時よりさほど美人とは縁の無い人生だったこともあり、人並以下の美感しか持たないアインズでは「凄い美人」と「物凄い美人」の差など判別できよう筈もない。正直、色眼鏡無しであったならばナザリック外の美女を見てもシモベらと美しさの優劣を測ることなど出来はしないのではとさえ思っていた。

 だが、こうも度々彼女らの美貌に驚く者たちを見ると、その考えも間違っているように感じる。

 

(ああ、そうか)

 

 そこでアインズは思い至る。

 顔面偏差値の高い世界であるからこそ、その採点はかなり細かいのだ。

 つまりアインズの美感は10点制でこの世界の人々は100点制なのだ。

 アインズから見れば9と10は1点差、似たり寄ったりの「凄い美人」で括ってしまうが、この世界では90と100という感じで10点もの差が目視できているのだ。いや或いはもっと細かく1000点制の配分かもしれないが、ともかく要は美しいものに慣れているが為に美的感覚も研ぎ澄まされており、その判別がアインズよりも細かいのだろう。

 そういえば、この世界では人間種は常に絶滅の危機に瀕している為か、女性などは生存本能に影響を強く受け容姿を度外視してでも強い男に惹かれる傾向があったはず。それも加味すると、ひょっとしたら本能的により優れた存在としての気配を感じ取り、純粋な美感に下駄を履かせている部分もあるのかもしれない。

 

(なんにせよ、我がナザリックの子らはこの世界の者たちの目にはとりわけ良く映るということか)

 

 自分の仮説に一人納得しているアインズの前で、またも最初に再起動を果たしたのはアルチェルであった。

 彼は取り繕うと、ソリュシャンら連れの者らの美貌にお世辞を口にし、これまた先ほどと同じく固まったままの衛兵達を叱咤し、自分が先頭に立ち兵らを最後尾に回して客人の城内への案内を続けた。

 豪奢な装いの仮面の男を先頭に、見目麗しい女性たちが列を成して廊下を進む様は、城内を行き来する使用人や衛兵、武官文官の注目の的であった。

 そんな異様ともいえる集団をアインズの横に立ち先導しているため、周囲の訝しげな目が自分にも向けられているように感じて、アルチェルはやはりこの役目を受けたのは失敗だったのではと思っていた。こんな衆目を集めまくりの、妙に肩身の狭い思いをしなければならない仕事など、正直面倒でしかなかった。

 変な汗がじっとりと額に浮かび、忌々しく思いながら袖口で拭う。

 

 

 儀典官はアルチェル一人だけではない。他にも5人おり、それぞれ式典などの際には儀仗兵を20人ずつ統率する任を帯びている。

 今回彼が客人の出迎えに選ばれたのは、他の者らよりも仕事量が僅かばかり少なかったという理由であった。

 昨今密輸などの不正に関わったとされる貴族や役人が数名ほど罪に問われ、その職務を解任されたうえで無期限の謹慎を言い渡されていた。はっきりとしたことは公表されていないが、風の噂ではどうも悪名高き『八本指』に関わる話らしい。その貴族たちの穴埋めとして、現在彼らの仕事の一部を儀典官たちで肩代わりしていた。

 そう至った顛末を思い出し、ついアルチェルは不快げに鼻を鳴らす。

 王国は一枚岩ではないが、その中で二つに割れ争っている両派閥もまたそれぞれ一枚岩ではない。国王派はどちらの王子を上に戴くかで後継者争いをしているし、貴族派もその政治思想によって細かく分派していた。不正に関わったとされる連中の顔ぶれは国王派・貴族派双方のものであったが、貴族派に属しているアルチェルにとっては同じ貴族派であってもその連中のしたことは唾棄すべきことであった。

 例えば、今回の話で罷免された一人にスタッファン・ヘーウィッシュという巡回使がいたが、彼には普段から使用人らに対する暴力行為や非合法な娼館へ入り浸っているという黒い噂が絶えなかったため、アルチェルは事あるごとに糾弾していた。まあ、派閥ごとの鍔迫り合いの範疇より逸れることもなかったためあまり効果はなかったが。

 あまり言いたくはないが、そうした後ろ暗い話はスタッファンやアルチェルの上司にあたる一部の大貴族にも無いわけでもなく、そういった貴族の品位を貶め平民に侮られるような遠因になりうる行為には心を痛めてもいたのだ。

 彼は貴族至上主義であり差別主義者であった。だがそれゆえに、麻薬なぞにうつつを抜かしゴロツキどもと付き合うような貴族を心底軽蔑していた。そのためそうした馬鹿どもが左遷されたのは諸手を挙げて歓迎していた。そのせいで余計な仕事を負わされることになっていようともだ。

 別にアルチェルはそこまで道徳心や狭義心に溢れているわけではない。徹底的に被支配層を蔑視しているがために、自分たち貴族を選ばれた存在だと自負しているがために、その思想を汚す者らが許せないだけである。

 そういえば、件の巡回使はイプシロン商会に何やらやり込められ、そこから罪状が露呈したという噂もあった。商会の借りている屋敷から憔悴して逃げ去る姿が目撃されたとか。噂は噂でしかないが、もし本当ならば己の横に立つ人物にそれとなく感謝の言葉の一つも送ろうかとも思う。

 思うが。

 視線をアインズに向け、すぐに戻す。

 もう一度、アルチェルは不快げに鼻を鳴らした。

 別にそこまでの義理はないと考え、憮然とした表情を隠しもせず、会話は規範通りのもてなしの言葉のみに留めその役目をこなした。

 

 

 

 

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 謁見の間での叙勲式は簡素なものであった。

 奥の玉座にはリ・エスティーゼ王国の国王ランポッサⅢ世が座しており、その右に戦士長ガゼフ・ストロノーフ、左に第一王子であるバルブロと第二王子ザナックが並ぶ。王族から少し離れた位置に儀典官アルチェルが進行役として立ち、他に貴族らは誰一人並ぶこともなく、扉前に二人、ガゼフの横に二人、騎士が控えるのみ。

 ランポッサⅢ世の前に傅くのもアインズのみで供をする者はおらず、セバスら配下の者は宛がわれた客室に待機している。

 国交のない遠い異国の者を招喚するにあたって、儀礼や常識の差異から余計な波紋を広げないよう王国側が配慮したためである。

 アインズとしてもそれは都合の良いものであったため、セバスらは難色を示したものの強引に押し通した。ナザリックのシモベらに、下等な外の者に対して主人が膝をつき頭を下げる姿を見せるわけにはいかなかったからだ。アインズの体面もあるが、それ以上にいきなり王城内が血に染まるようなことは避けたかった。

 無論だからといってアインズを敵地で一人にさせるわけもなく、シャドウ・デーモンが護衛として影に潜んではいた。自動湧きのポップモンスターや召喚モンスターも忠義篤くはあるが、感情ではなく本能で命令を尊守するため、感情的になりやすいNPCらと違いたとえアインズが侮辱されようと、怒りはするがその義憤によってアインズの望まない暴挙に出る可能性が低いためアインズも随伴を認めたのだった。

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)としての理由から仮面は外すわけにいかず、このままで宜しいでしょうか」

 

「おお、構わぬよ。そなたはこちらの招いた客人、変に遠慮する必要は無い」

 

 そうした遣り取りを経て、アインズは国王の人柄に僅かに触れた。

 流石に式典ともあって、その後は形式ばった口上から始まって装飾された短剣と王国内での各検問でのフリーパスを保証する手形などが授与された。一通りの段取りが済むとフリータイムというか、お互いに当たり障りのない社交辞令の応酬が続いたが、国王ランポッサⅢ世は時折二人の息子や娘に水を向け冗談も交えた会話が為されたため、厳格な王というよりは仁愛によって慈しむタイプの泰平の王に見えた。問題はその器が然程大きくはない上、かなり古びて(ひび)割れているという事であったが。

 

(好々爺というのとも違うが、本来ならば今王国の抱えている問題なんて看過することなど無い真っ当な人物なんだろうな。だからこそ甘く見られて一部貴族らの専横を許し腐敗が進んだともいえるが)

 

 そうした内心を仮面で隠し、会話の間を選び予め計画していた通りにアインズは進言する。

 

「不躾かとも思いますが、恐れながらランポッサⅢ世にひとつ具申致したく」

 

「ほう、何かな」

 

 思いのほかあっさり応じられたが、そこへ横から遮る声がした。

 

「父上、待って頂きたい。アインズ・ウール・ゴウン殿、客人とはいえいくらなんでも無礼ではないか。いくら王国に対し貢献のある身とて、王を前に……」

 

 第一王子バルブロであった。その眉根はさも不快といわんばかりに歪んでいる。

 だがその言を他でもない父王が制する。

 

「よい。魔法詠唱者として大成しただけでなく(あきない)においても卓越した手腕を示した御仁だ。その言葉には耳を傾ける価値がある」

 

(いえ、そんな大層な事はしてないんです、すみません)

 

 そもそも商会の経営を軌道に乗らせたのはほぼセバスの采配である。

 なんとなく申し訳なく思いながら、礼を述べつつアインズは己の希望を口にする。

 ここ王宮で明日開かれる、六大貴族も交えた御前会議の最後に自分を同席させて欲しい。そこで王国との直接の商談を行いたいのだ、と。

 

「何がしかの献策をご期待されたのならば、それを裏切ったようで申し訳ありませんが」

 

「はははっ、気を遣わずともよい。しかし成程、ここは商魂逞しいと評すべきか」

 

「宜しいのではありませんか父上。商談であるならば、我が国にとっても大きな利を見込めるやもしれません」

 

 そう口にする第二王子ザナックへバルブロが忌々しげに視線を向ける。

 どちらかといえば頭より体、知力よりも武力に傾くバルブロにとっては、ザナックのような口先小手先の話の運び方は嫌いであった。

 しかし敢えて何かを言うことはない。得意な領分の棲み分けができている以上、王位継承の直接的な争いでもない限り嘴を差し込むつもりも無かったからだ。

 息子の言葉にランポッサⅢ世は頷く。

 

「そうだな、うむ。アインズ・ウール・ゴウン殿、貴殿の明日の会議への同席を認めよう。機密もある為、貴殿が先に述べたようにその最後になるが構わんかね」

 

「はい。無理な要望を受け入れて下さり、そのお心遣い痛み入ります」

 

「うむ。これより暫くの後、歓迎の晩餐を用意している。貴殿だけでなく連れの者らも楽しんでくれ。では……」

 

 ランポッサⅢ世は儀典官に視線を向ける。それを受けアルチェルは声高に宣言する。

 

「これにて、アインズ・ウール・ゴウン殿、並びにイプシロン商会への叙勲式を終了致します」

 

 

 

 

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「少し、いいでしょうか」

 

 謁見の間より出て少し離れ、その場から立ち去ろうとするアインズに声をかける者がいた。

 

「あなたは確か……戦士長殿でしたか」

 

 王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。

 一介の平民に過ぎなかったが、かつて行われた御前試合において優勝したために王直々に召し上げられた武人である。

 彼の「戦士長」という肩書は、騎士位の授与に対し貴族たちからの反対が多かったがゆえに、新たに作られたものである。帝国にも職業軍人たる騎士はあるが、王国のそれは一代限りの貴族位を与えられた兵士の事を指す。王直属の親衛隊でもある騎士は当然剣の腕を重視するが、それでも身分がものをいうお国柄のため貴族の三男などがなることが多く、平民をその職務に据えるのに多くの者が難色を示すのは避けられないものだったのだ。

 とはいえ当の騎士らは、人格者であり忠義厚い優れた武人である彼に敬意を払い認めていた。自分たちの親や推薦してくれた貴族らの気持ちも分からないではないが、騎士になるだけあって彼らは貴族的慣習や権力に伴うしがらみよりも、戦士としての誇りに重きを置くような者らであったためだ。

 ともあれ、今アインズに話しかけてきたのは、平民の希望の星、騎士や戦士の憧れる益荒男、そういう人物だった。

 

「改めて、ガゼフ・ストロノーフです。私が口にする事ではないかもしれませんが、この度は無理な招喚に応じて頂きありがとうございます」

 

「いえ。こちらこそ過分な評価を頂き、光栄な事であると同時に身に余るものとも思っております。王国と陛下には重ねて感謝を」

 

「何を、感謝するのはこちらの方です。あなたの商会のおかげで最近の大通りは実に賑やかだ。それだけでなく複数の孤児院の創設まで援助して頂き、そのうえ……その、何というか、恥ずかしながら、先だって一部とはいえ国の膿を取り除けたのもあなたの助力あっての事と聞く。本当ならば王国はあなたにもっと―――」

 

「いえ、その先は不要。丁度良い処に落ち着いたと私は見ていますよ」

 

「……(かたじけな)い。こうして直接あなたに会えてよかった」

 

 そう言って深く頭を下げるガゼフ。

 その真摯な態度に、アインズは好感を覚えた。

 手を差し出すと、ガゼフは一瞬迷ったようだがその手を取り力強く握った。

 

「私のことはガゼフで構いません」

 

「では私に対しても敬称は……」

 

「いや、せっかくの申し出ですがそれは私の立場上ご遠慮させて頂きたい。なにぶん平民上がりの身であるため、私の行動は貴族らには鼻につくことが多いようなので」

 

 王に迷惑が掛かるような事は避けたいのだろう。こうして王の客人と個人的な会話をするのも危うげなはずだが、それでもこうして直接礼を伝えるためにアインズに接触するあたり、ガゼフという男の実直さが窺い知れた。

 世知辛いものだと、アインズはその身を慮って苦笑を漏らす。

 

「ご苦労なさっているようだ。ということは、あなたは晩餐会には?」

 

貴族(アレ)らの手前私のような粗忽者は居ない方が都合が良い。代わりに貴族に縁ある騎士らが王の護衛を。明日の会議には顔を出しますが」

 

 どちらにしろ、華やかな場は苦手だとおどけて見せる。

 アインズも内心ではそのガゼフの意見に大いに賛同したかったが、おくびにも出さずただ相槌を打つに留める。

 

「そうですか、それは残念。っと、では私はこれで」

 

「呼び止めてしまい申し訳ない」

 

「いえ。ではまた明日お会いしましょう、ガゼフ殿」

 

「ええ」

 

 そうしてセバスらの待つ客室へと戻るアインズの背を、ガゼフはもう一度頭を下げ見送るのだった。

 

 

 

 

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 今回の招喚にてアインズが供にと連れてきたのは商会の顔でもあるソリュシャンとセバス、見栄えを良くするためもあって世話係としてホムンクルスの一般メイドを6人、護衛も兼ねてソリュシャンの姉であるユリ・アルファと、シャドウ・デーモンなど隠密能力のあるモンスターが22体であった。

 アインズの陰に潜むシャドウ・デーモン以外は用意された客室に留まり、モンスターらはその能力を活用し周囲に展開していた。

 アインズに宛がわれた王城の一室は、随伴のシモベらの目から見れば見窄らしいものであった。

 この世界の基準でいえば、客室とはいえ王城に相応しい絢爛さであったが、ナザリック地下大墳墓とは比べるべくもない。セバスやユリ、ソリュシャンは主人が納得しているのであれば致し方なしと、眉を顰めはしても自分を抑えてはいたが、一般メイドらの中には至高の御方には相応しくないと不満を隠すこともなく頬を膨らませる者もいた。

 彼らはアインズがその場に居なくとも、ナザリックの忠臣らしく直立不動で待機していたが、ふいにセバスが顔を部屋の入り口ドアに向ける。それが意味することに気付かない者などこの場のはおらず、即座に動こうとするメイドのフォスを視線で牽制し、ソリュシャンがドアを開ける。果たして、そこにはノックしようと腕を上げた姿勢で固まるアインズが立っていた。

 脈絡なく行動を先読みされたため暫く固まっていたアインズは、頭を垂れ主を迎える部下たちの姿にふうと息を吐き室内に入る。

 ドアが閉められると、ソファに腰を沈めたアインズは仮面を外し本来の姿、正真正銘の髑髏の貌、死の支配者の玉体を晒す。

 その眼窩に赤い光が灯り、人間に擬態していた時にも幾らか漏れてはいたがより濃密に広がる絶対者の気配に、その場のシモベたちは安堵とともに改めて姿勢を正す。そう、これこそが我らの主君、偉大なる至高の存在と。

 

「やれやれ」

 

 肺も無いのに何処から空気を出しているのか、アインズは溜め息を吐き出す。いやこれホントにどうなってんの。

 

「お疲れ様です。何か御座いましたか」

 

 何やらありげな様子を見せる主人にセバスは声を掛ける。 

 

「いやなに、滞りなく済んだ。ただその後、ガゼフ・ストロノーフ……戦士長だという男に呼び止められてな。少し話をしたのだが」

 

 答えるアインズは僅かに首を傾け、皮肉気な口調で続ける。

 

「まっとうな人物だったよ。この国の中枢には似つかわしくない程にな。だからこそ息苦しい思いをしているようではあったがね」

 

 だがああいう人間は嫌いではない。主人の口にした言葉を聞き、シモベらはそれぞれ異なる感情を表情の下に隠した。

 セバスとユリは幾分機嫌の良さそうな主人の様子に安堵し、他の者も多くはアインズが面倒な些事の合間に気分を紛らわせられる物を発見できたことを喜びつつ、少しの嫉妬をその対象に抱いた。ソリュシャンは微笑みの裏であれこれと考えを巡らしたが、すぐにそれらを打ち消した。

 

「しかし彼には申し訳ないが、ナザリックの未来のため、我々は王国にとって災いとなるしかない。まあ、とはいえ今夜は晩餐会。取り敢えずは歓待を受け楽しむとしよう」

 

「人間風情にアインズ様の御心を潤せるとも思えませんが」

 

「ちょっと、ソリュ」

 

「ははは、そう言うなソリュシャン。こういった外界の者たちの営みを見るのも時には良いものだ。それにお前たちにとっても勉強になるだろう。かつても今も、ナザリックの結束は堅固と私は確信しているが、それ以外の組織・国家ではいかに様々な思惑が踊っているのか実際に見ておいて損はない」

 

 口にしつつ、アインズは先ほどの式典の際に気になっていたことを思い返す。

 式の間、その美しい顔に絶えず微笑みを浮かべていた一人の少女のことを。

 その名はラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフ。その美しい相貌と金髪から「黄金」の二つ名で呼び親しまれているこの王国の第三王女。事前の諜報による情報をまとめていたデミウルゴスが、面白いと評しながら要注意ともしていた人物だ。なにやら奇怪な精神構造と油断できない明晰さを有しているとか。

 優秀な部下からの忠告を意識して観察してみれば、確かにその目は一切笑ってはいなかった。静かにこちらを品定めする、というか、まるで珍しい昆虫でも眺めるかのような、冷徹な分析がそこにはあったように感じさえした。

 アインズにとっては正直苦手な種類の人物ではあった。

 

(腹芸は苦手というか自信なんて全くないが、経験の少ないNPCらに任せるのもそれはそれで不安だしなあ)

 

 迂闊に会話でもしてボロは出したくない。他はともかくあの王女だけは可能な限り接触を控えよう。

 アインズはそう密かに誓うのであった。

 

 

 

 

 




 いわゆる中継ぎの回。
 その裏で今後王城はいつでも制圧可能な状態になったとさ。




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