魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 予想外のプレッシャーが筆を進めさせた。
 ランキングは悪い文明。




冒険者モモン

 隙間風が入り込む空き倉庫で、安物のベッドに腰かけたまま、銀級冒険者モモン―――に変装したナザリック地下大墳墓の主、アインズ・ウール・ゴウンは思考に耽っていた。

 

 モモンとして銅級から冒険者という職に乗り出した当初は、飲み屋を兼ねた安宿に泊まっていたが、相部屋というのがいけなかった。

 不眠というアンデットの利点を生かし、昼夜問わず働き、時にはナザリックに帰還していたりと、ほとんど宿で寝起きしていなかったため、聊か以上に不自然さが目立ってしまっていた。

 厳ついが結構親切な安宿の主人が、なんで宿とってんだコイツ、という疑惑の目を向けているのには早くから気付いていた。だが当時は金銭的余裕が無く、そのうえで冒険者としての(偽装用の)活動拠点は必要であったため、この城郭都市エ・ランテルで最も安い宿は離れがたかったのだ。だがそれも、女性冒険者と相部屋になった日までであった。

 女性としてはなかなかの体躯の赤毛の冒険者は「今時珍しく初心だねえ」なんて笑っていたが、実際には偽装であるため寝泊まりなどしないのだとしても、自分と女性が相部屋だと知れたらどう動くかもわからない身内に心当たりがありすぎるアインズは、即行動に移った。

 以前に依頼を受けた、この街では有名人でもある薬師の老婆に頼み込み、依頼料を融通する条件で今は使っていないという倉庫の一角を借り、以降はそこを拠点としていた。

 

 

 

 

「そろそろ昇格試験を受けてみようかなあ」

 

 つい声に出して呟く。どうも周囲に人の目がないときの独り言が増えてきている気がする。

 悩みの種はこれからの方針に関してだ。ナザリック全体ではなく、冒険者モモンとしての。

 正直な話、このモモンという偽装は、アインズが個人的に自由な時間を確保するための方便である部分が大きかった。いや、情報収集も決して嘘ではないし、しっかり務め上げてますけどね。

 

 

 

 

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 オーバーロードであるアインズ・ウール・ゴウンは疲れなどとは無縁だが、その人格あるいは精神である人間・鈴木悟の残滓は疲れもするし休みも欲していた。ぶっちゃけ、階層守護者たちを始めとした、ナザリック地下大墳墓に属する配下の者たちから向けられる敬意に辟易してしまう時があった。

 ナザリックを去ったかつての仲間たちが残した、愛しい彼らの忘れ形見。アインズは家族も同然として扱っていたが、造物主たる曰く『至高の四十一人』に対する彼らの敬意は堅固に過ぎた。他の四十人が去ったことがトラウマになっているのか、妄執じみた忠義をアインズに向けているのだ。まるで四十一人に対して捧げていた全てのそれをアインズ一人に捧げようとするかのように。

 

 親友の子らにそんな態度をとられることにやり辛さを感じ、家族的なスキンシップに挑戦してみるが、どこか噛み合っておらず逆に恐縮し挙動不審になることもままある。そんな状況がずっと続くことに、とうとうアインズは耐えられず。カルネ村での牧歌的なゆったりとした時間を思い浮かべ、ナザリック最奥の玉座の間にて、その場の思い付きで「あ、そうそう、明日から冒険者として王国に潜入してみるわ」とか口走ってしまったのが、ことの発端であった。

 

 無論、階層守護者の猛反発を食らった。

 第一~第三階層「墳墓」の守護者、真祖たる『鮮血の戦乙女』、シャルティア・ブラッドフォールンは護衛として自分の随伴を申し出た。

 第五階層「氷河」の守護者、蟲王であり高潔な武人でもあるコキュートスはシモベたちに任せるべきではと提言し。

 第六階層「ジャングル」の守護者、双子の闇妖精、姉のアウラ・ベラ・フィオーラは身振り手振りボディランゲージを駆使し大声で、弟のマーレ・ベロ・フィオーレは弱々しい小さな声で、だがともにはっきりとアインズに再考を求めた。

 主の意を汲み場を調整することに長けた、第七階層「溶岩」の守護者、最上位の悪魔であるデミウルゴスでさえ、御身の装備の質を下げるならばせめて大隊規模の護衛を、と表情を歪めた。

 みんな大好き大口ゴリラの階層守護者統括、サキュバスのアルベドは髪を振り乱し断固として反対した。ハネムーン先の選別ならば私が? 何言ってんのお前。

 

 かくして、二日に亘る説得の末、民衆の視点での情報の必要性と、その任にシモベたちが不向きであることを理由に、こじつけにこじつけを重ね、なんとか押し通すことに成功した。(納得してもらえたわけでは無いらしい)

 最終的に女性陣は、

 

「じゃあ、恐怖公の眷属たちに情報収集を任せるけど、部下に任せずお前たち自身で黒棺(ブラックカプセル)に毎日行って、恐怖公からレポートのまとめ受け取って来てくれる?」

 

 というアインズの言葉に、顔を引き攣らせ引き下がった。

 それだけでは、流石に道理が合わないと思ったアインズは彼女らに、そして男性守護者にも向けて、かねてより温めていた方針を語った。内心、テンパってはいたが、悟られないよう注意し取り繕って。

 

「今現在、セバスとソリュシャンが商人として偽り外界で任務に就いているように、お前たちには今後、ナザリックの外で活動してもらうことが増えるだろう。場合によっては守護者統括たるアルベドもだ。それはある程度の責任の上で判断が必要な事態が起こった場合、配下の者たちでは手に余ることが予想されるためだ。むしろ今後のナザリックによる周辺への工作は、そういった諸問題を誘発するものを多く含むこととなるだろう。今回の私の提案、私自身の為すべき務めもそのための布石の一つだと思ってくれ」

 

 そしてそれだけではない。

 むしろこちらが本題だ、と髑髏の王は続ける。

 

「ユグドラシルが滅びゆく中にあって、思いがけずこのような事態に陥り……そう、まさに異世界に、この世界に我らは転移した」

 

「私はお前たちに期待している。この世界で、ユグドラシルでは有り得なかった状況の中で、お前たちが成長してゆくことに。或るいはこれまでとは違う経験の中、新しい能力や才覚に目覚めはしないだろうかと。いや、お前たちならば可能性はある、そう私は確信している」

 

 重ねて口にする。強く意思を込めて。

 

「私は―――お前たちに期待している」

 

 

 

 

 よし、とアインズは内心ささやかな喝采を挙げた。支配者らしく、厳かな雰囲気を保ちつつ、高圧的でない程度に振舞えたと思えたからだ。

 

(自室でこっそり鏡見ながら頑張って練習したもんなー。よしよし、この調子で支配者ロールのスキルを上げていくぞぅ)

 

 そんな残念な実情は悟られまいと、見た目の変わることのない骨の顔に感謝しつつ。

 言葉が染み渡るように少し間を置き、ゆっくりと見渡す。

 唖然とした、表情が抜け落ちたとでもいうような顔が並ぶ。玉座に続く段の下で、アインズを見上げる両の目に光が戻ると同時に、それらは歓喜と感激の涙に濡れた。

 

「―――オオ、オオ! カクモ偉大ナル至高ノ御方! 必ズヤ、ゴ期待ニ沿ウ結果ヲ御覧ニ入イレマショウ!」

 

「やります! やってみせます!任せて下さい!」

 

「ボ、ボクも……! 微力ながら最善を尽くして……どんなことでも、やり遂げて見せます!」

 

「―――っ。―――グ、ゥ…! いと高き御方、四十一人の至高を束ねた長よ! なんと恐ろしい方だ。なんと計り知れぬお方だ。恐れ多くも私が抱く、智謀を以てその影に並ばんとする大望を見透かし尚も挑めと仰る! ええ、挑みましょうとも! 果たしましょうとも! ああ! 果てまで見渡し底まで飲み干す尊き君臨者よ!」

 

「ア゛イ゛ン゛ズざま゛ばばばばぁあアアあああああああ! そこまで、そこまでの信頼をこのワタクシめにぃぃいいい!」

 

「うホぇ、やっべ、アインズ様かっけぇ。これは、これはもう! プロポーズと受け取っても宜しいんですよね! ね、アインズ様! さあ、いざ子作りを!」

 

 

 夜伽の相手はマカセロー! バリバリ

「やめて!」

 

 

 

 

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 その後、参考までにとアインズは大図書館で、潜入任務に役立ちそうな資料を漁った。

 

「うーむ、こちらの世界の人間は我々と比べてどうも貧弱らしいしなあ。装備の質を落として、能力隠蔽のアイテムを重ねて。そのうえで身分と実力を隠して市井に溶け込むとなると……」

 

 『遠山の銀さん』『暴れん坊大公』……

 

「これ、絶対たっちさんが持ち込んだ映像媒体だ……」

 

 『ダークバロン・ライジング』

 

「これはウルベルトさんだな」

 

 何やってんだあの二人。

 えーと、確か他に、数字のコードネームを与えられた英国の紳士風エージェントが活躍する映画があったはずなんだが……あれ、無い? おっかしいなあ。

 

 行く先々で女性と関係を持つ? 現地妻など認めません。by自称后×2

 

 

 

 

「さて。まずは街の住民に気安く接して溶け込む平凡な冒険者。これは、えーと名前はモモンでいいや。こっちは別に正体がバレようと隠し通せようとどっちでもいいや。魔導師アインズ・ウール・ゴウンは―――セバスたちに任せている商会を足掛かりにこの地での安寧を求める隠遁者。世間の異形種に対する反応を鑑みるに、当面は人間として取り繕うべきかな。……あ、人間の外装は一つしかないから、モモンと同一人物って速攻で分かっちゃうかな。よし、仮面で顔を隠そう。なんか一般の魔術師のイメージって適当みたいだし、いいだろ。で、使えるのは第五? 第六? くらいかな、帝国に使える奴が居るらしいし。で、魔法は強過ぎて加減が利かないから、有事の際には剣士として漆黒の鎧を纏って、自ら先頭に立ち部下たちを守り時に鼓舞する、謎多き支配者」

 

 うむ、悪くない。

 そして掲げるべき目標は。

 

「偏見による差別、忌避による戦争の抑制。同盟をもって為される恒久的繁栄。あらゆる種族を許容し、それぞれの持つ性質を考慮し、擦り合わせ歩み寄り、その共存を実現する。我がナザリックを上に頂く、全種族の巨大共栄圏」

 

 そして、愛すべき仲間たちの子らに、永劫の安寧を。

 

 

 

 

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 と、カッコつけたはいいものの、目先の個人的な目的はストレスの元から逃げることである。

 そのうえ、異世界であろうとやはり世間は世知辛いものであるらしく、気ままな冒険の日々とはいかなかった。

 

 

 組合に登録している正式な冒険者といえど、銀級程度であればフリーター・・・雑務請負人と大して違いはない。当人はどう思おうと社会的な認識ではそんなものだ。

 これで積極的にランク上限ぎりぎりの高難易度の依頼をこなし続けているというのであれば、新進気鋭の新人という扱いもないではなかったのだろう。しかし、外からでは見えない民衆の目線での世俗調査という名目上、民衆の生活に沿った依頼をメインに引き受けているため、銀級にはなったが、そのままほぼ頭打ちの状態であった。

 たまにこっそりトブの大森林やカッツェ平野へ行きモンスター狩りをしているため、鬱憤はそこまで溜まってはいないが、そろそろ未知の冒険も体験してみたいという思いも強くなってきていた。

 

(金級であれば定期的なモンスターの間引きだけでなく、他に脅威がないかの外部調査の依頼も受けられるしな。他の冒険者とチームを組むようにと組合が五月蠅いのがネックだが。万全を期すというのはわかるが)

 

 正直、エ・ランテル周辺であれば既に情勢は把握しているため案内役も必要なく、他の人間がいても足手纏いでしかない上に自由に力を振るえないため、アインズにとっては組合の配慮も有り難迷惑でしかなかった。

 縁があり、親しくしているペテル・モーク率いる冒険者チーム『漆黒の剣』の面々を思い浮かべる。

 先日、金級に昇格し、これで収入が増えればカツカツな生活をしなくて済むと、喜んでいた。

 リーダーの剣士ペテル。

 酒場でキツめの女性にアタックしては蹴り飛ばされている、レンジャーのルクルット・ボルブ。

 温和なドルイド、ダイン・ウッドワンダー。

 向上心強く、貴族に拐かされた姉を探している、第三位階まで辿り着いたマジックキャスターのニニャ。

 バランスの良いメンバーだ。モモンとの関係も良好で相性もいい。

 彼らであっても、鉄火場にあってはモモン―――アインズの目からは足枷としか映らない。

 

 だが、それでもそろそろ昇級はしてもいい頃合いだろう。流石にもう銀級のままでいる必要もないように思える。

 すでにモモンという人物はエ・ランテル内ではいくらか顔も売れ、受けた依頼は問題なくこなす手頃な銀級冒険者という扱いだ。とにかく情報通と信頼関係を築くことを優先し、手当たり次第に仕事を引き受けてきた。

 街の各区画の顔役の雑務、オリハルコン級や金級の雑務雑用、商人の資材手配の雑務・・・おもに雑務しかしていない気がするが。

 同じエ・ランテル内にある資材置き場からたかだか200メートル離れた店への輸送護衛などという依頼もあった。護衛よりむしろ荷運びの手伝いがメインだった。もはや取り繕う必要もなく、体のいい人足である。

 とにかく、そうした努力の結果、人間関係とそこから得られる情報は安定していると言っていい。

 

「よし、今後のナザリック全体の活動ためにも、俺個人が鬱憤を溜め込んでちゃダメだよな。うん、そうゆーことにしておこう!レッツ未知の冒険!」

 

 あとひとつ、実入りのよさそうな仕事を終えたら昇級試験を申請しよう。そう意気込んで、久々に組合で顔を合わせた「漆黒の剣」と合同で大口の依頼を受けた。

 受けたが。

 

 

 

 

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 ある貴族の依頼であった。

 税として徴収した農作物の、取引のある別領地への輸送の護衛という内容であった。「漆黒の剣」との共同依頼であったが一人当たりの報酬がそこそこ良かったため、二つ返事で引き受けることとなった。

 貴族からの依頼ということもあり、道中貴族嫌いなニニャがこれでもかと仏頂面を晒していたが、他は何事もなくなんとも楽な仕事だとルクルットなどは上機嫌でいつも以上に陽気であった。

 だが、少し見晴らしの悪い、道の両脇に樹木草木の茂る場所へと着くと、ともに護衛していた貴族配下の私兵たちがモモンと「漆黒の剣」を囲み剣を向けた。とはいえ、なんのこともなく、あっさり返り討ちとなったが。リーダーであるペテルがいくらか動揺えていた横で嬉々として攻撃魔法を放つニニャがいたりしたが、何ら問題はなかった。うん、問題などなかった。

 

 武器を取り上げ無力化した私兵を、ダインの植物操作の魔法で手足を拘束し、諸共伏せている同行していた監督官を問いつめる。なんと、この監督官自身が、依頼主の貴族本人であった。

 彼はある貧乏貴族の長子であるという。

 

 曰く、権力も財もなく痩せた狭い土地しか持たない貴族などは、義務や責任を果たすことに日々追われ、貴族であるという僅かばかりの誇りに縋ってそれを維持するためだけに奔走する、名ばかりのものである。

 特産品もなく貧しいが故に、周辺の同じような事情を持つ貴族と協力して、互いのささやかな産出品を分配・提供し合うことで生き長らえるのが関の山。だが今期の彼の領地は不作が続き、さりとて他の盟友貴族たちから爪弾きにされないためには、取り決められた必要量は提供しなければならない。しかしながら、そのためには領主貴族家の自分たちよりもさらに貧しい領民たちから強制的に徴収するしかない。

 

 日々少しでも現状を改善しようと行っている、自領の土地に合った新しい作物や家畜の飼育検証を通じ、ともに尽力し交流している領民たちを、これ以上苦しめたくないと思い悩んだ末、輸送中にモノが失われたことにしようと画策した。護送を依頼した冒険者が欲に駆られ、物資を強奪したことにすれば、とりあえずの体面は整えられる。

 それならばワーカーに依頼したほうが説得力はあったのでは、と疑問を呈すと、そもそも貴族がワーカーという無頼者に依頼すること自体体裁が悪すぎるとのこと。

 

「まあ、納品物の護衛という公務的仕事を、裏仕事が多いワーカーにわざわざ頼むと、かえって不自然さが目立ってしまうか」

 

 なぜ冒険者組合に依頼しなかったのか、と突っ込まれるのは明白である。

 

 

 

 

 彼には弟が二人いた。

 次男は病に冒され、父親が金銭惜しさに神官の治療を断念し、薬草のみの治療に頼った結果、看病の甲斐なくそのまま病死した。領地の未来を憂い、神官の手を借りなかったことに対し恨み言一つ口にせず、逆に世話をかけたと謝りながら息を引き取った。

 その亡骸を前に、弟を哀れみ、兄としての己の不甲斐なさに打ちのめされた。

 三男は、前領主であった父にとっては後継者の予備の予備程度の扱いであったため、相応の教育も受けられず、さりとて貴族としてのプライドも捨てられず、捻くれた成長をしてしまっていた。肥大化した自尊心と根拠のない自信に裏打ちされた、浅い考えをさもご大層にひけらかし、作法も礼節も身につけず、取り繕う上辺さえ持ち合わせない。

 その有様を前に、弟を嘆き、兄としての己の至らなさを思い知った。

 

 このままではいけない。

 そう思い挑んだあらゆる試行錯誤は、しかし前提として専門知識と資金が圧倒的に足りないという、絶望的な結果を得たのみとなった。

 

「農作物の品種改良や、既存の作物に適した土の検証はどうしたって時間が掛かりすぎる。複数の検証を平行して行う余裕など人材的にも予算的にもないし、さりとて一つ一つ地道にやっていては何世代掛かるかわかったものではない。生産系の魔法を体得している術者は全体数が少なく、ほとんどは既に大貴族や豪農に囲い込まれてしまっている」

 

「他の手段で貴族として、領主としての地力を上げるとなると、独自に新しいコネクションを構築したりすることになるが・・・。それは権力闘争に参加するということでもある。世話になっている中堅貴族たちの関知しないところでそんなことをすれば、まず間違いなく潰される。たとえ上にはバレなくとも、そういった活動をする以上、行動というものは同程度の立場の者たちには感づかれる。遠からず周辺の他の領主たちから避けられるようになるだろう」

 

「ようは、どうしたって手詰まり。これが三流以下の貴族の限界さ」

 

 だから、せめて現状を維持しつつ、これ以下にならぬよう努力していくしかない。だというのに今年は悪天候が続き、作物が悉く傷んでしまった。もはや領民を飢えさせないためには、道義に反する行為に手を染めるしかなかった。少なくとも、今の彼にはそれしか実行可能な手段が無かった。

 

 

 だが、生贄にされる側としては堪ったものではないし、発覚した以上はそのまま捨て置くわけにもいかない。自分たちが、ひいては冒険者全体が侮られることの無いように、落とし前はつけねばならない。

 依頼料に加え、違約金や賠償金は支払って貰わなければなるまい。事情を知ってしまった以上、人がいい「漆黒の剣」のメンバーはそれ以上追い詰める気にもならないし、敢えて醜聞を漏らすつもりも無い。モモンとしても、労働対価さえ得られるならば他はさして関知するものでもなかった。

 約一名、舌打ちをするスペルキャスターさんがいたが。

 

 とはいえ、支払われるべき金銭そのものが期待できないため、このまま、はいサヨウナラというわけにもいかなかった。

 どうしたものかと困惑するペテルたち、不安そうに見上げる領主たちが窺う中、モモンは暫く思考の中に意識を沈めた。

 現在ナザリックが展開している作戦を照らし合わせ、ひとつ思い至る。実直な老執事と金髪の巻き毛が美しいメイドの顔が浮かんだ。既に多くの商人と繋がりを持っているという報告も。

 不承々々だと隠しもしない表情で口を開く。

 

「土地はそれなりにあるんですよね?」

 

 モモンの問いに貴族青年は訝しげに頷く。

 

「あ、ああ。とはいえ殆どが痩せた土地だ。開墾した土地も大して肥えているわけでもない」

 

 その僅かばかりの田園や畑も、度重なる農業改革の試みで一部使い物にならなくなっていた。

 だがモモンはそれで構わないと言う。

 

「とりあえず、私の知己に商人がいます。そちらに話を通しておきますので、後日面合わせして改めてそちらで情報の遣り取りをして下さい」

 

 それと、と続ける。

 

「今回の依頼については、しっかり料金を頂きます。こちらも仕事としてやっている以上そこはキッチリお願いします」

 

 振り返ると、「漆黒の剣」の面々も頷く。

 

「商人と話をされた後、状況が改善され、いくらか先の展望が……何かしらの目処が立ったら、仲介料を頂きます。今回の我々に対する一連の行いについての補償はそれで構いません」

 

 その寛大、どころか願ったり叶ったりな処遇に、沙汰を受けた男は目を見開く。

 あるいはこれは怪我の功名となり得るのではという期待が、明らかに見て取れた。「漆黒の剣」からもそこまで差配してあげるのか、と驚いている気配が伝わる。

 

「……あ、ありが―――」

 

 貴族青年は口を開く。

 

 だが、

 

 

 

 

「感謝は不要です」

 

 モモンは切り捨てた。

 何か勘違いをしているようならば、今の内に考えを改めてもらわねばならない。

 助けを請う立場である以上、たとえ対等の契約であろうとも、当面は件の商人に頭を押さえつけられることとなるだろう。領主であろうと貴族であろうと関係ない。貧しさから困窮しているのだ、確約された希望もなく商人の援助を受けてしまえば、その先は自転車操業の借金地獄だろう。よぼど土地の改善が上手く嵌まることでもない限り、苦境そのものは変わらない。

 

 おそらく、どれだけうまく話が進んでも、彼のこれ以降の人生から苦難がなくなることはないだろう。何の有用性も示していない者に過剰な援助を申し出るつもりもないし、これ以上の肩入れをする事もない。そして今回のように手を差し伸べたとしても、望んだ結果が得られることのほうが稀だろう。

 偽りの人間としての顔の裡で、アンデットゆえ感情が抑制された冷徹な思考の中で、モモンは―――アインズ・ウール・ゴウンは切り捨てた。それ以上は関わる必要などない。

 この零落寸前の貴族の青年は、よほどのことがない限り、これからも零落寸前であることは変わらないのだ。

 

 

 

 

 




 チャンスは与えるが、結果を手繰り寄せるのは自力で。
 ホント世の中って世知辛い。




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