魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 なんで二次創作での王国はすぐに滅んでしまうん。




『青の薔薇』への依頼

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国王都リ・エステーゼ。

 

 歴史ある、だが華やかさの欠けた街。旧態依然とした政治色をそのまま反映したかのような、口さがない帝国人などに言わせれば「カビの生えた」街並みだ。とはいえ、さすがに中央通りは多くの店舗が並び賑やかだ。多くの商人たちが忙しなく働いており、住人たちの表情も明るく活気がある。

 その中を衆人の注目を浴びながら歩を進める集団があった。

 女性ばかりのその五人組は、王国では知らぬ者なく帝国や法国にもその名が響きわたるアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』と呼ばれた。

 ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。チームリーダーであり、やたら目立つ白銀の鎧を纏う彼女は王国貴族アルベイン家の令嬢でもある。病気が高じて実家を飛び出したという。

 戦士ガガーランは最初期からの古参で、面倒見のよい兄貴分……ではなく姉貴分だ。

 小柄な仮面の少女()は謎多き魔力系魔法詠唱者のイビルアイ。

 忍ぶ気などないといわんばかりの肌の露出が目を引く忍び装束、上で縛りまとめた金髪が揺れる、双子(三つ子のうちの二人らしい)の忍者、ティアとティナ。

 

 彼女らは王都の冒険者組合から火急の要請を受け、今まさに組合へと向かっているところであった。

 

「しっかし緊急の依頼とは穏やかじゃねえな」

 

 首を傾げる巨漢・・・ではなく、大柄な女性戦士のガガーランの言葉にすたすた歩く双子が揃って眉を寄せる。

 

「鬼リーダーがお姫様の頼みごとばかりホイホイきいて、しょっしゅう不在だから」

 

「体が空いているときは速攻で依頼をねじ込むのは当たり前」

 

 そこでふと言葉を切り、リーダーへ視線を流し何故か頬を染める。いかにもわざとらしく。

 

「体にねじ込む。速攻で」

 

「やだ、リーダー卑猥。でも大胆」

 

「張っ倒すわよ」

 

 もともとチーム内でもとりわけ冗談めいた戯言を連発する二人だが、それぞれ歪んだ性癖を持つが故、下ネタの頻度も多く、今日は久々にチームメンバー勢揃いといこともあってか、初手からかっ飛ばしていた。

 それに対してわりと本気の怒気を籠め吐き捨てるラキュースを後目に、ローブを目深にかぶったイビルアイが先へと促す。

 

「なんにせよ組合に着けば説明はあるんだ。急ぐぞ」

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 冒険者組合に到着した途端に組合長に泣きつかれた。

 なんでもずいぶん無茶な依頼があり、しかも依頼主がアダマンタイト級冒険者を求め固持し、連日朝から晩まで組合に押し掛け居座っているため、途方に暮れていたらしい。

 しかもそれは、見惚れんばかりの美女だという。

 彼女の美貌ゆえに、今日まで多くの男性冒険者が下心満載で声を掛けたが、かなりキツめの口調で軒並み断られていた。彼女の辛辣な罵倒に対し、不快感よりも驚きに固まる者がほとんどだったのだが、気短なのか癪に障ったのか、気勢を上げた者たちがいた。が、その悉くが、せいぜい軽い捻挫や打撲程度であったが、ぶちのめされた。それも武器道具などを使わずに徒手空拳で、だ。

 居合わせた魔法詠唱者が場を収めようと、慌てて拘束系の魔法を向けたがするりと躱され、逆に吹き飛ばされる羽目になった。

 彼女の放った魔法によって(・・・・・・)

 そう、依頼を持ち込んだその女性はなんと魔法詠唱者であった。しかも第三位階の魔法まで使用できるのだという。

 これには囲んでいた野次馬も驚愕し、以降は触らぬ神になんとやら、とばかりに近付く者もおらず、時々遠巻きに視線を向けるのみといった状態が続いているとのことだった。

 事のあらましを聞かされた『蒼の薔薇』も、これには流石に驚愕するやら呆れるやらで顔を引き攣らせていた。

 しかし、そんな愉快な人物がわざわざアダマンタイト級冒険者をご指名とは、一体何事か。多分に興味を掻き立てられた。

 

 

 

 

 早速とばかりに応接も兼ねた会議室のひとつに案内され、件の依頼主に引き合わされた。

 なるほど、それは「黄金」とまで称えられるリ・エスティーゼ王国の第三王女と親しく、自らもその美貌を褒めそやされることが少なくないラキュースをして感嘆せざるを得ない、魅力的な女性であった。

 歳は二十を過ぎた程だろうか。映る全てを見下すかのような冷たさを感じさせる双眸も、彼女の美しさを際立たせてさえいた。

 

 ナーベ、と彼女は名乗った。

 ただ「ナーベ」と。

 家名や、出身の村などの所属を示す名を持たないのかとラキュースやガガーランは疑問にも思ったが、おそらくは偽名であろうと判断した。

 魔法詠唱者の技能には、ある程度などでは済まないだけの教養が必要だ。元となる才能も勿論必要だが、難解な書を読み解き、理解を深め取り込み、血の滲む研鑽の果てにこつこつと使用可能な魔法を身につけていく。

 義務教育など無いこの世界においては識字さえ技能として評価されるだけの価値がある。それでも魔法詠唱者とは、読み書き計算ができます、程度では到底追いつかない職種なのだ。帝国の逸脱者さえ、生まれはともかくその過程においてはその時代ごとの、当時最高水準の教養の薫陶を受けてきている。権力が絶対性を持つ社会構造の現代においては、(今は無頼者であったとしても)魔術師はそのほとんどが、ある程度の裕福層出身である。なかには平民であってもタレントなどによって特別才覚が発揮される者もいるが、稀な例である。

 そのため、その上品な所作や美貌もあって、流石にラストネームさえ無いとは思えなかった。

 だが、そこに触れる者はいない。そのようなプライバシーは不干渉が原則だ。実際に、冒険者をはじめ偽名の実力者など、それこそ掃いて捨てるほどいた。

 にこやかに、初めまして、と挨拶をし、順に自己紹介をしていく『蒼の薔薇』。ナーベの方は続けざまに名前を言われ、少しばかり目を白黒させている様子だったが、優秀な魔法詠唱者であるならば、特に覚えるのが難しいなどということはないはずである。

 速話を聞くことにする。

 が、すぐにラキュースたちは困惑し、何とも言えないとばかりの空気が漂う。

 

 依頼内容は長期の時間を拘束されるうえ、かなりの困難が見込まれるものであった。

 曰く「トブの大森林から北に向けアゼルリシア山脈の麓まで、そこに住まうあらゆる知的生物・種族の調査」とその情報の行政(ようは王家)への報告。

 提示された内容に、『蒼の薔薇』からは呆れの色が洩れた。荒唐無稽にもほどがある。そんなことが一つのチームのみで可能であるならば、王国はとっくにトブの大森林を支配下に置いている。

 王国領でありながら未だその詳細な地理さえ不明なのは、ゴブリンやオーガをはじめ様々な種族が跋扈し、たとえ軍を動かしてもその掌握が困難であると認識されており、放置されているからだ。中でも『森の賢王』と呼ばれる伝説の魔獣のような強大な存在たちが、それぞれの縄張りを競っているため一応の均衡が保たれているとも噂される。

 そんな中へ種族的には脆弱であると認識されている人間(実は一名そうではない)が少数で赴けば、排斥や捕食のためこぞって襲い掛かってくるのは明らかだ。

 難題である。依頼料が破格であったのも納得がいくというものだ。

 正直、貴族出のラキュースでさえ驚くような金額は、あって困るというわけもなく、金銭よりも冒険そのものに関心が強い傾向のある彼女たちからすれば、やりがいがあるというのも結構な話だ。

 だが、それでも無茶が過ぎると判断せざるを得ない。仲間の安全を鑑みて、ラキュースは依頼内容の達成は見込めないと、はっきりと伝える。

 それに対して、ナーべは予定調和とばかりに返答する。

 

「構いません。まさに、それが不可能であることを証明して頂きたいのです」

 

 流石にその言葉に、ラキュースたちは訝しげな表情を隠せなかった。

 

「ええと……、どういうことですか?」

 

「俺らの任務失敗が目的……? なんだ、誰かが俺らを追い落としたいって話か?」

 

 妙な話にはなってくれるなよ、とイビルアイなどは溜め息をつく。 

 

「いいえ、そうではなくもっと大局に立った話です」

 

 ナーべは続けて説明する。

 今回の話は『蒼の薔薇』のみに依頼しているわけではなく、トブの大森林に近いエ・ランテルやエ・レエブルといった他の都市の上級冒険者たちにも同様のものが提示されているという。ラキュースの叔父アズスが率いる『朱の雫』にも依頼は回っていた。

 並みの兵士以上の実力者たちによる大規模な探索を行い、それでも実情の把握が困難であるという結果が出たとして。まあ、間違いなくそうなるだろうが、その結果報告を、政界に繋がり深いラキュースや、貴族にもツテのある幾つかのチームの手によって王宮に持ち込んで欲しい、というのが依頼の正確な内容であるとのこと。

 国王派と貴族派に割れ、内乱への道を突っ走っている現状では、操縦しきれない余計な問題など両派閥ともに抱え込もうとはしないだろう。

 そのため、国王や王国上層の下す判断は、これまでと変わらぬ「放置・不干渉」であるのは明白だ。

 だが、対応は変わらずとも、その中身はだいぶ違う意味を含むことになる。

 何も手を出さずに危険を冒したくないからと放置するのとは違い、正規の軍隊や調査隊ではないとはいえ、今回は王国内にあるかなりの戦力を以て「実際に手を出してみて放置することを選択した」のだ。つまりは―――

 

王国にその一帯を治める能力なし(・・・・・・・・・・・・・・・)。それを証明し世に知らしめる。おわかり?」

 

 その言葉に、『蒼の薔薇』の面々は目を剥く。

 それは他国か、あるいは何某かの勢力が、件の土地を王国から切り取るための方便となり得る。いや、それこそが目的であることは明白だったからだ。

 

「そんな話、黙認できるわけ……!」

 

「そう。貴族でありながら家を飛び出したお転婆でも、自国の不利益には加担できない?」

 

 涼しい顔でズケズケと言うものである。

 ビキ、とラキュースの表情があまり人前で見せて良いとは思えないものになり、横から双子がフォローを入れる。

 

「この国にそれなりに愛着があるのは確か」

 

「でもそれ以前に、そもそも冒険者組合は国という枠に捕らわれず、介入もしない」

 

 そうだ。戦時下に他国より、自国への工作を依頼されないために、また、自国から冒険者の徴用を要請されないように、組合にはその制約がある。

 その不文律がを守っているからこそ、国家を超えた活動を許容され、害為すモンスターなど外部からの脅威から民衆を守ることが可能となっているのだ。

 それを破れば、冒険者らの活動をバックアップし身柄を保証している組合の存在意義が立ち消える。

 

「いや、この依頼ではそれは理由にならない」

 

 規則を盾に依頼を断ろうとするも、だが否定の言葉は彼女らの仲間から上がった。

 

「おう、イビルアイの言う通りだ。むしろこの話は依頼だけ見れば『本腰を入れてトブの大森林を王国領に取り込む』ことに繋がる。それも確かに国政に関わるっちゃそうだが、周辺の開拓村のことを思えば、力なき民衆を守るためのもの。俺ら冒険者の仕事としちゃあ別におかしくもねえ。依頼内容自体は問題がねえんだ」

 

「ああ。それに依頼主の求める『本当の目的』を知っていたとしても、ようはそもそもの依頼を達成してしまえば良い。そうすれば悪巧みも瓦解する」

 

 まあ流石にそれは無理だろうが。

 そこまで口にして、小柄な仮面の魔法詠唱者は、不安そうに眉根を寄せる自分たちのリーダーに目を向ける。

 

「だが、それでも。やはり私も依頼は断ることを提言させてもらうよ」

 

「おうよ。これで俺も入れて満場一致だ。悪ぃな、別嬪さん」

 

 建て前が成立しないのであれば、何のことはない。ただ普通に依頼を断ればいいのだ。

 二人の言葉にラキュースは顔を綻ばせる。

 

「……ガガーラン、イビルアイ! ありがとう! ティアとティナも! 聞いての通りよナーベさん」 

 

 なんとなくドヤ顔を向け、依頼を持ってきた女性に言い放つ。

 

「申し訳ないのだけれど、『蒼の薔薇』は正式にこの依頼をお断りさせて頂きます。構いませんね」

 

 そもそも達成困難が見込まれる話だ。他にも依頼されているという冒険者たちも半数近くは断るのではないか。

 提示された金額ゆえに、引き受ける者もそれなりに居るだろう。上級冒険者としての風評もあるため、おざなりな仕事はしないだろうが、危険だと判断した時点で撤退するのは当然だ。

 まず間違いなく、大森林の攻略は為されることはない。その結果は、依頼にそう記されてあるために王宮にも伝わるし、ことの次第が世に知れ渡りもするだろうが、それがどうした。誰が見ても不可能なことが不可能だと確認できただけのこと。

 職業軍人である騎士を抱える帝国でも、周辺国家最強戦力を有するとも言われる法国であろうとも、一朝一夕では実現困難な話なのだ。自国の領地を掌握できてない、などと王国を非難する声など広まることはないだろう。

 

 そうですか、と口にしナーベは立ち上がる。

 依頼の拒否に対して思うところなど無いように見受けられる。それが、いささか不安を抱かせる。

 

 

 ―――確かに、あらかじめ穏便な条件は示しましたよ。

 

 

 それだけ言い残し、制止する間もなく部屋から去っていった。

 残された『蒼の薔薇』は、不穏な物言いに首を傾げ顔を見合わせるのだった。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 新興の勢力がその独立を唱えるのならば、自領を守り維持できることを他国に認めさせなければならない。

 どれだけ経済的に富み、優れた政治的手腕を奮い、外交・調略によって周辺国家に影響力を持とうと。武力によって押し潰されてしまえば何の意味もない。

 稚拙で単純な話になってしまうが、どれだけ明文化された世界であろうと結局のところ、最後には暴力こそがモノを言うのだ。

 

 力を示すため、最低限一度はどこかで戦争を仕掛けることになる。それは(かね)てからの計画である。

 できればそれは一度きりが理想だ、とは慈悲深き至高の存在の言葉だ。

 だが。

 今回の顛末、その次第によっては、テーブル上での話し合いだけで済ませられたはずの予定が、一つ崩れる。

 目論見通りに(・・・・・・)

 

 

 

 

 これよりしばらく後にはなるが。

 どうも、地獄を一つ多く、王国は味わうことになるようだ。

 

 

 

 

 




 アインズ「目論見通り」(目論見通りとは言っていない)
 もう分かんねえなコレ。



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