魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 原作2巻あたりの時系列でしかし芸イベント発生。
 空いた時間的余裕はモモンさんの丁稚日記でもやろうかしらん。




『八本指』の蠢動

 

 

 王国でも都市部から幾分外れた地理にある開拓村、カルネ村。

 のどかで牧歌的、住人は120人程しかいないありふれた寒村である。

 少しずつ近づくその外観に、馬上の男はつい溜め息を吐く。

 後ろに続く同僚たちをチラリと見る。厳つい面構えの荒くれども。他人から見れば自分のナリも大差はないのだろう。実際、男も他の者たちと同様に、見たままのチンピラである。盗み、恐喝、殺しも慣れたもの。そんな男も今回の仕事は正直気乗りしなかった。

 男は今でこそ王都に居座っているが、元は貧しい寒村の生まれだ。

 故郷は王都から見て北のリ・ボウロロール領にあり、五人兄弟の三男坊であった。畑仕事に嫌気が差し村を出たが、学のない技術も持たない田舎者がやっていけるわけもなく、街の周辺で追い剥ぎや盗みで食いつないでいた。その後、ゴロツキの頭領に取り入り、今では地下犯罪組織『八本指』の傘下で荒事の使い走りをするに至っている。

 上司からの命令であれば文句一つ口にせず遂行するのが当然。男もそう思ってはいるが、ある開拓村の様子を見て来いと言われ、なんとなく、逃げ出してから一度も帰っていない故郷や家族を思い出してしまった。 

 今からあの村へ行き、場合によっては手荒な事もしなければならない。そう思うと気が滅入ってくる。

 

(頼むから、ゴネたりしないでくれよ)

 

 そう願いつつ、手綱を握る。

 目的地はもう目の前であった。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 馬に乗ってやって来た四人の男たちは、アインズ・ウール・ゴウンの所在を尋ねた。

 どこから話を聞いたのか、かの人物がこの村にとっての恩人である事を知っているようであった。

 

 トブの大森林に塒を構えていた野盗団が壊滅したため、その後釜を狙って、このところ無法者どもが周辺を荒らしていた。

 カルネ村にも強盗団じみた連中が襲いに来たことがあり、都合四度撃退している。それを為したのは、異邦からの客人である魔法詠唱者(マジックキャスター)やその配下の者たちであった。アインズは「街まで連行して衛兵に突き出してくる」と言っていたが、そこから話が流れたのだろうか。

 何事かと村人たちが集まってくる中、村長がアインズの不在を伝えると、次はその住まいを訊いてきた。

 

「村の外れにありますが……」

 

 つい村長が口を滑らすと、みなまで聞かずに男たちはずかずかと歩いていく。静止する声が続くが取り合わない。

 造りは他と変わらないが一際大きい家があった。まずこれだろうと、その戸に手をかける。が、鍵が閉まっているようでびくともしなかった。

 その手応えに少しばかり違和感を感じる。

 

(あん?木で組んだだけの掘っ立てにしては……)

 

 扉が頑丈に過ぎた。

 ボロ小屋は外側だけで、実はレンガや石組みではないのか。

 

 そこへ、村の者たちが慌てて駆け寄る。

 

「なんですか、あなたたちは! 無作法ですよ!」

 

「勝手なことをしないでくれ!」

 

 その目には困惑もあったが、それ以上に怒りが強く見て取れた。

 成る程、件の人物は随分と村の者たちに慕われているらしい。

 

「ちょっと中で待たせてもらおうと思ったんだがね」

 

「ゴウン様はいつお戻りか分かりません!」

 

「そうかい」

 

 男は考えを巡らす。

 強盗団に村を襲われ撃退したという話から、過剰に警戒されないように敢えて少人数で来た甲斐はあった。おかげで暴力沙汰になることもなく、村人たちの虚を突き勢いだけでここまで凌げた。

 そして必要な情報も得られた。

 

(この村は人質になり得る)

 

 慕われようから、魔法詠唱者との関係は良好なのだろうと窺えた。

 貧しくなんら得るものもない村を襲撃者から繰り返し守ったことからも、ゴウンとやらも村に対して愛着なり何なり、思うところはあるはずだ。

 

「こいつら、なんなんでしょうか……」

 

「わからんが……良からぬことのように思える。ゴウン様かメイドのどなたかにすぐにお伝えしなければ」

 

 周囲の村民たちから警戒の眼差しが強くなる。

 面倒事になる前に仕事を終えた方が良さそうだ。

 少人数で来たため袋叩きにあえば堪ったものではないが、見たところ腕っ節の強そうな人物はいない。ゴウンという魔法詠唱者はともかく、彼ら自身は素人同然だ。もし囲まれても強引に抜け出すことは可能だろう。

 そうした内心の判断とは別に、周りがざわつく中微かに聞こえた単語に疑問を抱く。

 

(……は? 今なんて言った? メイドだぁ?)

 

 こんな寒村で耳にするとは思わなかった、実に似つかわしくない言葉である。

 或いは、件の人物の使用人か何かが村に逗留でもしているだろうか。だとすれば少しばかり厄介である。

 どちらにせよ、すぐに行動に移るべきだと男は判断した。

 仲間に目で合図を送る。

 そして自分たちを遠巻きに窺っていた村民の中から、何人か幼い子供を見繕った。

 

(よォし、頼むぞ)

 

 途端、四人の男たちは一斉に駆け出した。

 驚く周囲に構わず、ゴロツキの一人が女の子を一人抱え、そのまま走る。

 背後の村人たちから悲鳴と怒号が上がる。

 

(よし、確保! あとは馬で逃げ切るだけだ)

 

 与えられた仕事の完遂を確信し、知らず口元に笑みが浮かぶ。

 男達に命じられたのは、アインズ・ウール・ゴウンに対する手札として、彼が懇意にしているという村から人質として、できるならば子供を攫ってくるというものであった。

 そしてそれは、思っていた以上に簡単に事が運べた。上の者たち―――八本指の差配によっては、自分たちも件の商会から甘い汁が吸えるかも知れないし、上司からの評価も上がるだろう。

 そう胸の(うち)で皮算用をする男の前で、女児を抱えた仲間が転倒した。何かに足を取られたようだ。

 

「お…っいおい! 何してやがる! 急ぐ……ぞ…」

 

 同輩の見せた間抜けぶりに怒鳴るが、その言葉は尻すぼみになっていく。

 見ると、倒れた男は膝から下が無くなっていた。

 

「……な……え?」

 

 何が起こったのか理解できずに、男もその仲間もつい足を止めてしまった。

 そんな彼らに影が落ちる。巨大な何かが陽の光を遮って。

 何だこれは。何が起きた。

 あまりの状況の変化に厳つい図体を萎縮し顔を上げる。すっかり怯えたその目には、銀の混じる雄々しい毛並みの、素人目にも強大だとわかる威容の魔獣が映った。

 あまりのことに、男たちは見上げたまま声が出なかった。

 獣らしかぬ知性を秘めた双眸が男らを射抜く。

 

「こらこら、人攫いなどみっともないでござるよ。殿に用があるみたいだったので傍観していたでござるが、不埒を行うというのであれば、(それがし)が成敗するでござる」

 

「しゃ、しゃべ……」

 

 目の前の恐ろしい魔獣が人語を解することに驚愕する。

 かなり高等な個体である。

 無理だ。太刀打ちできるわけなく、逃げようとすれば殺される。これは人間にどうこうできる存在ではない。

 足から力が抜け、その場にへたり込む。見れば他の二人も同じように尻餅をついていた。

 足を切断された一人は痛みにのたうつ事もなく、ぴくりとも動かない。倒れた拍子に頭を打ったか、それとも出血によるものか、どうやらショック死してしまったらしい。

 魔獣の背後では、鱗に覆われた蛇のようにくねる尾がゆらゆら揺れていた。僅かに血が付着している。あれが目の前の惨状を引き起こしたのであろうか。

 村人たちが駆け寄ってくるが、魔獣がそちらへ顔を向け静止の声を掛ける。

 

「まだ危ないでござるよ。皆は近付かない方がいいでござる」

 

 それに対し、解放された少女を抱き抱えつつ村長が答える。

 

「ありがとうございます、ハムスケ様」

 

「なんのなんの。殿に村の守護を仰せつかっているゆえ、当然のことでござるよ。村の皆にも世話になっているでござるし。……おお、ザリュース殿、参られたか」

 

 会話の途中でこちらに向かい歩いてくる者がいたが、その姿を目にし、再びゴロツキたちは驚きと恐怖に身を固める。

 なんとそれは蜥蜴人(リザードマン)であった。

 それも二匹、槍を持ち防具を纏っていた。

 

(何なんだ! 何なんだよ、この村は! 化け物どもに支配されているとでも言うのか!)

 

 あまりの光景に、男は混乱する頭の中で激しく毒づく。

 そんな彼らに視線―――恐らくは侮蔑が込められた―――を向けた蜥蜴人の一匹は、銀毛の魔獣に話しかける。

 

「周囲を見て回りました、怪しい気配は感じられません。あの方の施された探知魔法にも反応は無いようですし、やはりこの四名だけかと」

 

「もう三名になっちまったけどな」

 

 そう口にして、もう一匹の大柄な蜥蜴人が鼻で笑う。その右腕は一際大きく発達していた。

 村の人間たちは彼らにも感謝の声をかけている。それに対し軽く手を振りながら、(うずくま)る襲撃者たちを睨めつける。

 

「やっぱこの前の事もあるし、防壁の建設は急いだ方がいいかもなー。しっかしガキをかっ攫うのが目的とはね。人間って奴はもちっとマシかとも思ってたんだが、この村の連中が例外なのかねえ」

 

「堕落した者というのはどの種族にもいるものさ。この者らはさっさと連行しよう。死体も片付けねば。しかし……今日はユリ殿がいなくて幸いだったな」

 

「……おう。あの姉ちゃん、ガキが絡むと怖えからな」

 

 メイド服を着た眼鏡の首無し騎士の姿を思い浮かべる。

 普段は生真面目かつ知的な女性だが、教師であった創造主の影響か子供が傷つく事に心を痛め、ナザリックの者以外が害を為すならば烈火の如く怒りを露にする。そんな自分たちよりも遥か上にいる強者の性格を鑑みて、三匹はぶるりと身を震わせた。

 そんなユリも、普段はルプスレギナと交代でカルネ村の監督を行っているが、この日はどちらも不在であった。ここ数日は、何やら別件で各都市を回っているらしい。

 その間の村の警護を任されたのが、見た目は巨大なジャンガリアンハムスターのハムスケであった。

 彼女はトブの大森林南部を縄張りとし、人間たちからは伝説の魔獣『森の賢王』として恐れられていた存在であったが、アウラに発見された後に「会ってみたい」と求めたアインズに引き合わされた。一度は命のやり取りを希望したしたが、そのずんぐりむっくりな姿に期待が外れたアインズのスキル『絶望のオーラⅠ』に屈服し、彼を「殿」と呼び忠誠を誓う。

 以降は西部のナーガ・リュラリュースと共にトブの大森林の監督や周辺の村の警護を命じられていた。

 

 ザリュース・シャシャとゼンベル・ググー、二匹の蜥蜴人がこの場にいるのは、単なる偶然である。

 あらゆる種族の融和を目論むアインズは、この世界で支配下に置いた者達に、生態として無理のない範囲での互いの交流を推奨した。

 それを受け、蜥蜴人たちが営む養殖によって育った魚の一部を流通に乗せ、果物や薬草と引き換えにしていた。このカルネ村もささやかながら取引先の一つだ。

 同族であるはずの人間たちからの度重なる襲撃によって、人間不信の高まった村人たちからすれば、友好的で村の助けにもなってくれている異形の者たちの方が信頼できたし好感も持てた。そのため、好評のまま取引は続き、この日も泥蟹や魚を売りに訪れていたのである。

 襲撃者たちからすれば不運な話だった。

 

「よっし、んじゃ預かってるスクロールで眼帯のチビちゃんに連絡を取るか。コレちゃんと使えるんだよな? ほらハムスケさんパスな」

 

 試験的なものとして使ってくれ、と預かっているスクロールを懐から取り出しつつ、ゼンベルは友人に尋ねる。

 

「そのはずだ。ハムスケさん頼みますよ、そいつの具合の検証も大事な任務なので。いろんな素材で試すと言っていたが……」

 

「俺らもそこそこ有能さを示さんと、皮を剥ぎ取られかねんしなー」

 

「うう~。くわばらくわばら、でござるよ~」

 

 再び、三匹は身を震わせる。

 そんな異形と、平然と彼らと接している村民たちを、信じられないという顔で見るゴロツキたち。

 彼らは今まさに自分たちが窮地に陥っていることも忘れ、お迎え(・・・)が来るまで呆然と蹲っていた。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

「ですから、事前に通商組合や貴族院には確認を行い問題がないと―――」

 

「口頭だけでは困りますよ。書類にしたためて農産共同組合や他の部署にもまわして擦り合せをしないといけませんからな」

 

 セバスは表情は平静であったが、先程から続く会話に内心うんざりしていた。

 

「一旦、イプシロン商会で行った融資に関して明細を提出して頂けませんかねえ」

 

 王都の巡回使だという男、スタッファン・ヘーウィッシュは、贅肉で膨れた腹を揺らす。

 イプシロン商会が行った地方貴族への融資の件について、違法性があるとの通報があったと主張し、王都のセーフハウスに乗り込んできたのだ。

 後ろには王国の兵士も引き連れていたが、セバスの目を引いたのは、スタッファンの横に控えた、目つきの鋭い猛禽のような風貌の男だった。余裕のある服装のだぶつきから見て、武器も仕込んであるのだろう、血生臭い空気を纏っていた。まず正規の兵士ではないだろう。

 どうやら、ようやく釣り餌に獲物が掛かったらしい。

 屋敷に招き入れ、応接間に通す。王国の兵士は玄関と応接間の外にそれぞれ待たせた。

 このスタッファンという男、今は席を外しているソリュシャンの美貌に驚き下卑た笑みを浮かべていたが、応接間で事のあらましを話し出すと、なかなかどうして、口が達者なものであった。

 セバスは始終、融資について事前に問題のないことを各方面に確認した旨を説明するが、それでは不足だったのだと難癖をつけてくる。規定が緩いがゆえに、その合否は役人の胸先三寸であるところが大きいようで、ましてや異国人という扱いのセバスでは、弁では些か分が悪かった。

 

 

「まあ、事前に確認を取ろうとされているので、悪質なものではないようですが、不手際はそちらのものですしねえ。どうしてもというのであれば、今回に限り私の方で止めておいてもいいのですが……」

 

 濁した先は、袖の下かそれ以外か。

 ここで応じれば以後も搾取され、応じなければ後日強硬な手段で責め立てる。

 融資の明細を寄越せと言うあたり、そちらにも噛み僅かでも甘い汁を吸い出す気でいるのが見て取れる。

 蝗害(こうがい)を思わせる下劣さである。

 セバスは静かに息を吐く。 

 

(やはり、要らぬ配慮は捨てるべきか。御方のため、煩わしいモノは速やかに片付けてしまいましょう)

 

 イプシロン商会の老紳士セバス、ではなく、ナザリック地下大墳墓のハウス・スチュワード、セバス・チャンとして判断を下す。

 

「では、本日はこれでお帰り下さい」

 

「―――は?」

 

 直前とはうって変わって温度のない口調で放たれた言葉に、スタッファンは一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

「私どもの方に手落ちがあったというのであれば検討させて頂きますとも。口頭では困りますので書類にしたためてお願い致します」

 

 その物言いに、巡回使の男は激昂する。

 

「なんだね、それは! 無礼ではないか! この場で即刻引っ立てることもできるのだぞ!」

 

 普段は隠している加虐趣味な部分が吹き出し、目が釣り上がる。

 この目の前の老い()れだけではない。部下の不徳は主人の責任、あの金髪の令嬢も引き摺り倒してやる。美しい髪を掴み、気の強そうな表情が苦痛に歪み、涙を浮かべ懇願する姿を思い描く。

 怒りのみではない、欲望を含む打算を込めて、強い口調で自らの護衛として侍る男に命じる。

 

「これは罪の隠蔽を図っているとみた!おい、このボケ老人を連行するぞ、さっきの女もだ」

 

 

 ……。

 …………。

 ……………………。

 

 

 

 

 返事がない。

 隣を見ると、先程までそこにいたはずの護衛―――サキュロントの姿が無かった。

 慌てて見回すが、見当たらない。護衛対象である自分から離れる理由などない。突然のことに スタッファンは動転した。

 ソファから立ち上がり、応接間から出る。目当ての男どころか、そこに立っているはずの兵士の姿もなかった。

 

「どういうことだ!」 

 

 はみ出た腹を揺らし、玄関まで走りその扉を開ける。だが、そこにも人影はなかった。

 

「ど、どこへ…」

 

「さて、あなたは此処へはお一人でおいでになられましたが」

 

 セバスの投げかけた言葉に振り向く。老執事が背を伸ばし立っていた。

 

「な、なんだと。何を言っている、私は確かに、サキュロントや兵たちと……」

 

 よもやこの家の者に何かされたのか。自分がサキュロントを連れて来たように、傭兵か何かを雇い隠していたのか。

 だが、兵士はともかくサキュロントは容易く害せる人物ではない。『八本指』の警備部門を統括するゼロという男が率いる『六腕』、そのうちの一人で『幻魔』の異名を持つ男であったからだ。

 しかし悲しいかな、物々しい肩書きを連ねる軽戦士は何も為すことなく姿だけ見せて、とうに消え去ってしまったのだった。

 

いいえ(・・・)

 

 自分の納得できる理由を必死に考えていたスタッファンは、強く力の篭った否定に、びくりと肩を震わせる。

 

あなたはお一人で来られたのです(・・・・・・・・・・・・・・・)、ヘーウィッシュ様」 

 

 その声に、その姿に、言い知れぬ恐怖を感じ後退る。

 屋敷を見上げると、ここが実は得体の知れない魔境だったのでは、という錯覚にさえ陥る。

 耐えられなかった。

 言葉にもならない唸るような悲鳴を上げ、スタッファンは走り去った。

 道中、無様を衆目に晒し不審な目を向けられていたが、当人は構うこともなく、肥満体を必死に動かし逃げ続けた。少しでも早く、あの屋敷から遠ざかりたかった。

 その後ろ姿に、セバスは丁寧に頭を下げた。

 

「くれぐれも、気をつけてお帰り下さい」

 

 幸いにも、口にした言葉は届かない。

 もし届いていたら、スタッファンは恐慌によってその場に蹲り、一歩も動けなくなっていただろう。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 王都の一角。とある高級料理店の奥、隠し扉を抜けた先で、八本指の緊急会議が行われていた。

 神官にも見える装いの議長と各部門を仕切る長たちが席に着き、警備部門の長以外は背後に護衛を立たせている。

 しかし、欠席は裏切りの画策と見做すルールがあるにも関わらず、空席が一つあった。

 

「ヒルマは?遅れているのか」

 

 一人が、その席にいつもならば座っているはずの、麻薬取引部門の長である女について尋ねる。

 現状不審な話は聞かない。王国での麻薬「黒粉」の流通は成功しているといっていい。今ヒルマが離脱することは考えられない。今回の会議も奴隷売買部門からの要請だった。だからただの遅刻だろうと思ったのだ。

 見渡すが、反応が芳しくない。他の長らも関知していないらしい。

 すると、奴隷売買部門の長であるコッコドールが口を開いた。

 

「さっき人を遣ったから、じきに来るでしょ」

 

「なんだ、やはり何かあったのか?」

 

 その問いに、唇を歪め言いにくそうな表情を見せる。

 

「……私のトコで扱ってる商品がね、根こそぎ消えたのよ」

 

「逃げたのか?」

 

 それはまた、大したポカをやったものだと溜息をこぼす。

 八本指は、元は別々の組織だった各部門が同盟のような協力体制をとっているに過ぎないため、時には他の部門を蹴落とすようなことも珍しくない。今回のコッコドールの話も、他の長からすれば鼻で笑いはしても心配をしてやるような義理は無かった。

 苦虫を噛み潰したような顔でコッコドールは続ける。

 

「店員や客も消えてるのよ」

 

「……何? 何だと?」

 

「だから、今日の夕方、『店』の中にいたはずの連中が一人残らず全員消えてンのよ! ご丁寧に金や顧客名簿まで一緒にね!」

 

 実際には書類に関しては、帳簿やたわいない領収書に至るまでまさに手当たり次第という体であった。

 それが王都にあるコッコドール直轄の全ての非正規の娼館で起こったのだ。

 その内容はいち部門のみならず組織全体にとっても由々しき事態だった。何者かが八本指に敵対し、実際に損害を与えているのだ。

 議長や長たちが驚く中、一人黙して動かなかった男が口を開く。 

 

「俺からも一つ。サキュロントが姿を消した」

 

 警備部門の長であり、裏社会最強とも言われる『六腕』率いる男、ゼロ。

 彼の言葉に、今度こそその場は紛糾した。

 

「どういう事だ、それは!」

 

「よもやサキュロントが手引きしたのか!?」

 

「知らないわよ! 残った私の部下だけじゃどうにもならないから、この会議の招集だけじゃなく、人手を借りようとヒルマに遣いを出したのに……あっ! あいつが来ないのって、まさかヒルマもグル!?」

 

「馬鹿な! あの二人にそこまで親密な繋がりなど無かったはず」

 

「そもそも動機がない。奴らとて我らを敵に回すことの恐ろしさを……」

 

「待て、取り敢えず待て!」

 

 議長の声で、混乱に沸く場がひとまず静まる。

 周囲の落ち着きを確認し、議長は改めてゼロに問う。

 

「ゼロよ。サキュロントはいつ……?」

 

「最後にその姿が確認されたのは、今日の昼に巡回使の護衛として送り出した時だそうだ」

 

 巡回使。

 その言葉に、その場の全員に思い当たるものがあった。

 

「イプシロン商会か……!」

 

 近頃は王都でもよく名を聞く商会が、貧乏貴族相手に融資を始めたという話があった。

 王国にあってそれは八本指の金融部門の領分であり、余所者の勝手を許容するわけにはいかないと、先立って報復することが決まっていた。

 まずは揺さぶりとして巡回使のスタッファン・ヘーウィッシュを動かし、難癖を付け脅迫する手筈になっていたのだ。それが確か今日実行されたはずであった。

 その護衛を任せられたのがサキュロントだった。

 タイミングから考えて、娼館の件も商会の手の者による仕業である可能性が高かった。

 巌の如きとされるゼロも、流石に苛立ちで表情を歪める。

 

「巡回使……スタッファンだったか、奴に確認を取るため部下を向かわせたんだが、どうも要領を得ない。自分の家に閉じこもって出てこない、とぬかす」

 

「何だ、それは」

 

「いや。末席とは言えサキュロントは六腕に名を連ねた強者だ。その彼が屠られるような現場を目撃したと考えれば、あの小物ならば怯えるのも頷ける」

 

 合点が言ったと、長たちは互いに確認しあう。

 そして議長も含め、皆が同時にゼロに視線を向ける。

 

「ゼロよ、正式に警備部門に依頼しよう」

 

「言わずとも良い。俺直々に出向いて、調子に乗った馬鹿どもを潰すまでよ。残りの六腕も全員を出す。ただ、下らん体裁などはこの際無視してしまうが、いいか?」

 

「構わん。今の八本指の力ならば後のことなどどうとでもなる」

 

 議長のその言葉に、最強を自負する男はニィと獰猛な笑みを浮かべる。

 ならばあとは簡単だ。

 自分たちが誰に歯向かったのか、愚か者どもにあの世で後悔させるまで。

 

 王国の闇がその魔手を、セバスとソリュシャンに伸ばそうとしていた。

 

 

 

 




 ツァレ「袋に入ってスタンバる前に、ヒロインへの道が閉ざされた」
 セバス「いえ、最悪を事前に食い止めたのですが…‥」

 彼女は何人かに抱かれはしましたが、まだ命に関わるほどの手酷い暴行は受けていません。
 ただし、原作よりはマシという程度。




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