魔導国草創譚   作:手漕ぎ船頭

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 劇場版の特典がズルい。
 しかし北陸の上映が軒並み四月…orz




墓地の騒動 (前編)

 

 

 

 

 丑三つ時の城郭都市エ・ランテル。

 三つある城壁の外周内西側にはかなり広大な共同墓地を有する。

 南東にはカッツェ平野が位置し、そこで毎年帝国との戦争が行われるため、都市としては最前線ということもあって、回収した戦死者の遺体はほとんどがここに埋葬される。

 そのため、アンデッドが自然発生することも少なくない。冒険者が定期的に見回り対処することでこれまで大事になる事はなかった。

 そう説明され、先日金級冒険者となったモモンは、その墓所見回りの仕事を引き受けたのだが。

 

(あっちのでかい霊廟らしき建物から、めっちゃ怪しげな反応があるんだけど)

 

 交代早々、モモン(アインズ)の特殊技術(スキル)「不死の祝福」が大量のアンデッドを感知していた。

 恐らく地下にアンデッド発生を促す儀式装置がある。

 そう判断し、共同で依頼を受けた冒険者チームと相談し、盗賊を一人この場に残して彼らに先行して霊廟の前を通り過ぎてもらった。一方のモモンは盗賊と共に崩れた墓の陰に隠れ、様子を窺っていた。すると、冒険者チームが去ってしばらくして、柱の影から覗く何者かが見えた。それは腰を屈めこそこそと霊廟の奥へと入っていく。

 その姿を見送った後、罠や感知を警戒し盗賊の冒険者が先を行く。

 特に何の問題もなく、地下への階段を下り霊廟の最奥にたどり着くと、いかにも怪しげな連中が十人ほど集っていた。何をしているのかと、しばらく陰に留まっていると、どうやら掘り起こした死体を用いてスケルトンの作成を行っているらしい。足元からの反応を鑑みるに、作った端からこの下に埋めて隠しているようだ。頃合を計りそいつらを一斉に放てば街は大混乱に陥るだろう。

 モモンの隣で盗賊が「ズーラーノーン」と呟いた。それは確かアンデッドを悪用する魔術結社の名前であったと記憶している。

 

(こういう連中がいるから、アンデッドの評判が落ちるんだよな。うまく使えば疲労しない労働力として有用なのに)

 

 自分自身も死の支配者(オーバーロード)であるがゆえか、社会不安を誘発するようなアンデッドの利用には不快感を覚えた。その場にいる犯罪者(と思われる連中)を一通り見渡し、さしたる強者はいないと判断したモモンは、主犯格と思われる坊主頭の男の顔を確認して盗賊とともにその場を去った。

 

 

 

 

 そんな物陰の存在に気付くこともなく、坊主頭……カジット・デイル・バダンテールは心の中で不満を垂れ流す。

 

(おのれ、クレマンティーヌめ、一向に連絡をよこさん。未だ漆黒聖典とやらとの二足草鞋(わらじ)を続けているような輩、やはり信用すべきではなかった)

 

 あちらから協力を申し出ておきながら、姿を見せず便りもない女に毒づき、今しがた生み出したスケルトンを地中に隠す。死霊系魔法を補助する死の宝珠というインテリジェンス・アイテムの助けもあり、順調に手駒(スケルトン)の数は増えていたが、いかんせんその作業は地道だった。

 

(スケリトル・ドラゴンもようやく一体。このペースでは『死の螺旋』を実行に移すには更にひと月は必要か。死の宝珠も強力なアイテムではあるが、あくまで使用者の能力強化でしかないからな。もっと手頃に召喚魔法なりなんなりが使えるアイテムでもあれば、すぐにでも……)

 

 ―――己の未熟を我に押し付けるな。

 

 内心の愚痴を聞き咎め、死の宝珠に宿る意思が苦言を呈す。

 響く無機質な声に舌打ちを返し、カジットは次の死体に近付き作業を続ける。

 先程戻ってきていた見張り役に再び外へ行くよう指示する。

 

「もう通り過ぎたとは言っても暫くは油断するな。冒険者風情であっても鼻の利く者とているだろうからな」

 

 そうだ。瑣末な事で失敗するようなことはあってはならない。

 長年の悲願を果たすため、時間という問題を克服するため、まずはアンデッドの連鎖召喚儀式『死の螺旋』を成功に導かねば。

 意気込み、カジットはかざした手に魔力を込めた。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

 真紅の流星が明けの空を横切る。

 血の如く赤い鎧を纏ったシャルティア・ブラッドフォールンが愛しき我が家、ナザリック地下大墳墓へと帰還する。

 スレイン法国を横切り、アベリオン丘陵を越え、ローブル聖王国まで、飛行と隠蔽魔法を用いた隠密偵察を敢行してきたのである。

 アベリオン丘陵にはデミウルゴスの運営する実験牧場があるが、今回は敢えて経由していない。牧場の露見を防ぐためというのもあるが、《ゲート/異界門》などの転移手段を用いずナザリックから直接侵攻する場合を想定しての地形の把握などがメインとなる任務であったからだ。

 途中で野生の鷲獅子(グリフォン)やよくわからない未知の飛行生物などに遭遇し襲いかかってくる事もあったが、徹底無視してブチ抜き蹴散らし突き進んできた。

 アインズが聞けば「もったいない、確保して欲しかったな」と惜しむかもしれなかったが、あまり臨機応変な対応が得意ではないシャルティアは「強行偵察」とのみ請け負った責を彼女なりに万事全うしてきたのだった。命じた方も多くは望んではいなかったので、それはそれで、まあ現状問題は無かった。

 己の居住している部屋のある地下聖堂に辿り着き、それほど間も置かずに《メッセージ/伝言》により声が掛かる。

 

『シャルティア。帰ってきて早々申し訳ないが、至急第九階層の会議室に来てくれないかね』

 

「デミウルゴス? おんしも帰って……。ええ、構わないでありんすが」

 

『ちょっと手伝って欲しい事があるんだ』

 

 この男の勿体ぶった言い回しはいつもの事だが、今回のそれには何やら多分に含むものを感じる。

 敬愛する主人の命によるかもしれないため、戦闘形態を解除し、普段着用している黒のボールガウンを身につける。

 さて、一体どのような要件なのだろうか。

 叶うのならば、愛しい御方に直接寄与できるものであれば良いのだが。

 

 

 

 

            ▼

 

 

 

 

「思った以上に時間くったなぁ。さて、詰所には伝えたし、作戦もしっかり練った。城壁の見張りにはあの冒険者チームが加わってくれてる上にこっそり非番の衛兵も動員してる。あとは囲い込んだ後の突撃要員なんだけど……」

 

(別に俺一人だけでも大丈夫なんだけど、それをやっちゃうとねえ)

 

 あまり過剰に活躍しすぎないよう辻褄を合わせなければいけないと頭を悩ませながら、ようやく辿り着いた冒険者組合の入り口へと進むモモン。

 昼も近付き、そろそろ小腹が空いてくるかという頃。

 組合の扉を開け中に入るとすぐに、いつもとは違う雰囲気に気付く。

 ごった返すなどという程ではないが、普段以上に人が多く、その人口密度のためか熱気が篭っているかのように錯覚する。

 何かあったのだろうか。共同墓地の件は今自分が伝えに来たわけだが、それとも簡単な連絡だけはされていたのだろうか。それにしては騒がしく、下手人たちに勘付かれないよう装っている風には見えない。モモンは情報を得ようと周囲を見渡すが見知った顔が少なく、とりわけ親しくしているチームはゼロだった。

 漆黒の剣、虹、天狼、クラルグラ。せっせと構築した人脈である他の上級冒険者チームも―――いや。

 

(実力のある連中が軒並み居ない?)

 

 訝しむモモンの背後からゆっくり近付く影があった。

 なんとなく気配を感じ、振り返るとようやく見知った顔が、

 

「モーモーンーさーん」

 

「うおおおおおおおおぅ!?」

 

 どアップで迫っていた。組合受付のイシュペン嬢であった。

 突然のおどろおどろしい登場に、ついモモンは変な声が出た。

 何の騒ぎだと周囲の冒険者たちが視線を向けるが、そこにいる二人の姿を確認するとすぐに顔を逸らし、そそくさと距離までとった。

 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。

 既にエ・ランテルの冒険者組合では、この二人が揃った時にすべき対応は周知のことであった。

 その現実に当事者の片割れであるモモンは納得がいかないものがあったが、立場が違えば自分とて同様の反応を示したであろうことは想像に難くない。

 だがなぜ自分はこの受付嬢に目を付けられてしまっているのか、皆目見当がつかなかったが。

 しかし、せっかく顔見知りが向こうからやってきたのだ。モモンは勇気を振り絞って訊ねた。

 

「ご機嫌よう、イシュペンさん。今日は何かいつもよりも混雑してるようだけど、何かあったん…」

 

「はいそれがですね」

 

 食い気味だった。

 目が爛々と輝いていた。なにこの人。

 

「先日、多くの冒険者を募った依頼のことで」

 

「……ああ、アレですか」

 

 一週間ほど前に、『リリー』と名乗るメガネをかけた美女がトブの大森林の大規模調査の依頼を持ち込んだ。政治色が強く見受けられたものの、組合長のプルトン・アインザックはうまく断りきれず、結果として依頼の貼り出しを許可していた。

 困ったものだとモモンは呟く。

 

「傍迷惑な話ですよね」

 

(仕掛けたのは俺なんですがね!)

 

 依頼料が破格であったため、ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』をはじめ、結構な数の上級冒険者チームが参加したものの、大森林に住まう魑魅魍魎たちの猛攻に遭い、ほうほうの体で帰ってきていた。さして強くもないゴブリンやオーガでも、集団で断続的に襲って来られては流石に堪えるものだ。そのうえ、連戦で疲弊した彼らの前には、広大な縄張りを持つ『森の賢王』だの不可視の魔法を操る『魔蛇』だのが現れ、散々に打ちのめされたらしい。「これ以上森を荒らさなければ見逃す」との警告を受け、三日目には全チームが撤退し誰も彼もが依頼を放棄した。

 出世欲の強いことで有名な『クラルグラ』のリーダー・イグヴァルジなどは「しばらくはゴブリンは見たくもない」とボヤいていた。

 不思議と死者は出なかったが、負傷者多数で依頼は完遂ならず、お粗末な結果が報告として王宮へ送られたのみ。見逃してもらった以上は当分は森には近付けない。そんな顛末だったはずだ。はずだった。

 

「それが、どうも再度トブの大森林へ潜ったチームがいたらしく、彼らを回収するためにこの街のミスリル級総出で出立したんですよ、昨日」

 

「はあ?」

 

 何だそれは。一度わざわざ忠告までされて見逃されたというのに、約定を違えたならば今度こそ魔獣たちは容赦などしないだろう。

 

(だというのに何故)

 

 浮かんだ疑問に答えたのは、やはりイシュペンであった。

 

形振(なりふ)り構わず逃げたので、高価な武器やアイテムを落としてきてしまったから探してくると」

 

「アホですか!?」

 

 アホだったのだろう、多分。

 流石のイシュペン嬢も、遣る瀬無いといった表情で溜め息を吐く。

 

「そのチームも回収に向かったチームも全員既に帰還されて、まあ軒並み満身創痍だったため今は神殿併設の療養所に。幸いそこまで重症と言えるような方はいらっしゃらなかったみたいですよ」

 

(……帰ったらハムスケを労ってやるか)

 

 そう密かに決意するモモン。

 殺さずに、だが今後舐められない程度に痛めつけるのは、さぞ骨が折れたことだろう。

 

「で、問題はその後でして」

 

「え、あ、はい」

 

 自分の命令を忠実に守っているらしいペットに思いを馳せていると、ずずいと顔を近付けるイシュペン。近い近い近い。

 あれ、あなた受付嬢ですよね。仕事しなくていいの。いいのか。そうか。

 

「今日の昼頃に王都からアダマンタイト級冒険者の方たちが遥遥(はるばる)いらっしゃいまして。王宮への報告だけではわからないことも多いとかで、件の探索に参加された方たちに事情聴取をされてるそうですよ。ただ最有力の情報を持っているはずの虹、天狼、クラルグラといったチームは軒並み……」

 

「ははあ」

 

 街に帰還したばかりのうえベッドで唸っている者たちに長々とした事情聴取は酷だろう。

 

「それで、それ以外の人たちが応じていると」

 

「はい…ああ、いえ。殆どの参加チームからはもう話を聞き終えてまして」

 

 成る程、長話に疲れて彼らは帰ってしまったわけか。

 そう納得していると、奥の廊下に通じた扉が開き、その無骨な装いが不思議と似合う女性が五人、モモンたちのいる大広間に歩いてきた。

 その場に詰めていた冒険者たちがざわつく。

 

「青の薔薇……」

 

「青の薔薇だ」

 

 口々に呟き、周囲は更に喧騒に包まれた。

 どうやら今この場に残っている連中は、遠い目標たるアダマンタイト級冒険者を一目見ようという、言わばファンだとか野次馬だとかいった類であるようだ。

 確かに全員が女性で構成されていると(かね)てより噂に上ってはいたが、皆整った顔立ちの……んん? あれ、おとこ…ああ、いや、うん。とにかく周囲の注目もやむを得まいという集団であった。

 ふいにススっとモモンの肩口に近づき囁くイシュペン。

 

「モモンさんはあまりご興味ないようで」

 

「え? いえ、そんな事もないですけど」

 

「そうですか? てっきり顔の綺麗な男性の方がお好みなのかと」

 

「ブフォうっ!?」

 

 突然の同性愛判定に吹き出してしまうモモン。

 慌てて振り向き問い質す。

 

「何言ってんですかアンタ!?」

 

「いーえー? ただ、漆黒の剣のニニャさんとか、薬師のバレアレさんのお孫さんとか、随分親しくされていると噂になってますよ? モモンさんも含め、三人とも女っ気無いですしー」

 

「あれはそれぞれの専門分野の話で盛り上がってただけですよっ!」

 

 とんだ誤解である。

 確かに二ニャもンフィーレア少年も男らしからぬような端正な顔立ちだが、生憎とモモンにそちらのケは無かった。恐らくは彼らにも無い……はずだ。

 二ニャとはユグドラシルとは違うこの世界独自の魔法技術について、ンフィーレア・バレアレとはユグドラシルではフレーバーテキストでしかなかった薬草やポーションの知識について。その相違の考察のための情報収集として、確かに頻繁に会話はしていた。

 だが、よもやそのような噂が囁かれていたとは。

 モモンは戦慄した。もし知人に、いや、まかり間違ってナザリックの者にその噂を知られてしまったら、支配者として立つ瀬がない。顔を綻ばせるマーレの虚像を頭の中からうち払う。別に性的マイノリティに関しては否定も何も思うところなど無いが、一方的な誤解を向けられ被害を被るのは願い下げであった。

 

(勘弁してくれ)

 

 全く予想外の精神攻撃にモモンはかなりダメージを受けていた。

 こんな時に限ってアンデット特有の精神安定化は働かない。人間に偽装するアイテムのペナルティで種族特性が半減しているのもあるが、普段は喜びの感情まで抑制するくせに、助けて欲しい時に助けてくれないとは、はなはだ扱いに困るスキルではないだろうか。

 

「と・に・か・く。変な風評被害の便乗は止めて下さいっ」

 

 

 

 

 小柄な仮面の魔法詠唱者(マジックキャスター)が不自然に立ち止まる。

 首を(めぐ)らし、野次馬たちの集う一角を向く。その視線は、受付嬢とこそこそと言い合っている冒険者に注がれている。

 仲間の様子を訝しみ、他のメンバーも歩みを止める。

 ラキュースが問う。

 

「どうしたの、イビルアイ?」

 

「いや……」

 

 応え、再び足を進める魔法詠唱者。

 ひょいとその横に並び、ティナは声を潜める。

 

「……強い?」

 

「いや、然程ではない。ラナーのとこの坊主よりマシくらいか」

 

 先ほど目に付いた男についての評価だ。

 中年より手前くらいの、錫杖などの装備を見る限りは魔法詠唱者だろう。胸に下げたプレートは(ゴールド)だった。

 王国の王女ラナーに仕える少年兵(クライム)は鍛え方次第では将来性があるとも言えたが、あの男は年齢的にもう頭打ちではないだろうか。魔法の研究に勤しんだり、装備に手を掛けたりすれば、ミスリルを経て或いはオリハルコンにも至るかもしれないが、それでも有望株というほどではない。イビルアイが気に掛けるような人物では到底なかった。

 それでも視界に入ったのは、なんとなく懐かしい気配を感じたからだった。

 

 脳裏に浮かぶ映像があった。恐らくは実際の記憶にあるものではない、ただの朧げなイメージだ。

 遠い過去、ここではない何処か。

 仲間とともに冒険に挑み、旅を続け、笑い合う女の子。

 

 なんでもない、ただの感傷。

 いつか見た何かに似たものが、今そこにあったかのような気がしただけ。

 それだけだ。

 

(そういえばツアーにもリグリットにも、長く顔を合わせていないな)

 

 過去にはそれこそ十年単位で会わない事もあったはずだが、なんとなくそれを寂しく感じる。

 

 

 

 

 先程と変わらず、じゃれあうような声が続く。

 

「あの魔法詠唱者のコ、さっきはどうして立ち止まったんだろ」

 

「盗賊の双子と並ぶと、自分の色んな小ささが一際目立つから距離とったんじゃないですか?」

 

「オイそこの受付嬢、聞こえてるぞ」

 

 

 

 




 アイちゃんルート?
 んなもんねえよ。




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