機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
「ドナ、ドナ! ドナ・ワシントン曹長、起きなさい!」
ドナは波に揺られるアッガイのコックピットの中で目を覚ました。
「まったく。よくわざわざコックピットの中で寝るわね」
声の主は予想通り、クロエだ。空は既に少し青く、鈍い紺色が見下ろす彼女の背景を覆っている。
「朝食を摂って。今、整備班がアッガイの最終チェックをしてるから」
「は、はい!」
ドナはアッガイのコックピットで、エアコンが作動していることに気づいた。ヒューが自分の寝ている間にハッチを閉め、空調までつけてくれていたのだろう。
甲板に置かれた木製の机にはサンドウィッチとマテ茶が用意されていた。既にパイロットスーツを着ているクロエが、食事を済ましたらすぐにシャワーを浴びるようにと促す。
「せっかくの浄水設備も、あなたのような女に使われるのでは嘆くだろうね」
「うん? シャワーが喜ぶんじゃあなくて?」
サンドウィッチを頬張りながらドナは答えた。ボートは停船している。
「せっかく毎日風呂に入れる贅沢を提供していても、水浴びもせず寝るのだもの」
クロエは胸を揺らして笑った。
「うら若き乙女だから一日浴びないぐらい汚くありませんよだ」
「この気候が問題よ。それに今回は最悪、しばらく水浴びはできないわ」
朝食を口に放り込んだドナは、食器を机のはじに寄せるとシャワーへ向かった。この船は小さいし有り合わせだけれど、この厚生には感謝しなくては。宇宙艦勤務だったらこうはいかない。シャワーを浴びるどころか、体を拭くのも手間だし、何より水の節約がため頻度が少ない。この船なら、乗ってる間は使い放題だ。
甲板に面した、つまりは一階部分のシャワー室に入る。男女兼用、この船唯一のシャワーだ。
ノーマルスーツのデザインを流用したパイロットスーツを脱ぎ、下着も手すりに引っ掛ける。
カーテンを広げてバルブを開いた。頭上から注ぐ冷水が、彼女の体の脂を洗い流していく。
「気持ちいいー!」
シャワー室から漏れ聞こえたその声に、クロエは思わず茶を吹き出しそうになった。馬鹿か、あいつ。
兵士たちが彼女らの愛機に作戦用の物資を積み込んでいく。偵察用のアッガイには、通常より豊富な収納機能にトイレまで備えられている。長時間の隠密行動を可能とする為だ。
「よく眠れましたか? 少尉殿」
ローリンソンが甲板に降りてくる。
「ええ、おかげさまで。ご飯も美味しかった」
そりゃあよかった、そう言いながら煙草を取り出し、口に咥えた。許可を求めるジェスチャーに微笑みで答えて、クロエも貰うことにした。
ローリンソンが可愛がっている船橋要員の兵が火をつけてくれる。
「地球産の煙草です。予備はバッグに入れました?」
「常用はしないの。こうして喫煙者に紛れるときだけね」
気付けば周りの兵も煙草に火をつけている。戦場通貨というだけあって、煙草は兵士達にとって最も身近な嗜好品だ。
「船長、その煙草どうやって手に入れたんです?」
ローリンソンの持つ煙草はジオン軍の支給品ではない、地球の市販品だった。官製煙草の特徴的な銘柄がない。
「伝手だよ」
短く言うと、彼は煙を吐き出す。
「げ、なんだここ喫煙所!?」
シャワーを浴びたドナが甲板で椅子に座って煙草を蒸す人々を見て最初に口走ったのがそれだった。
「まあ、地球は馬鹿でかい喫煙所みたいなもんでしょうよ」
兵の誰かが言うと、みなが笑った。
「曹長もどうです?」
「私は煙草は吸わないの。みんなコロニーに帰ってもやめられなくて貧乏になるよ!」
コロニーで煙草を吸うのは、一種の贅沢だ。理由は言うまでもなく、空気の貴重さにある。その言葉にヒューが大笑いし、ローリンソンに次ぐヘビースモーカーの兵に言った。
「ウェイド、お前は駐留軍で続投だな!」
「次はもっと涼しいとこじゃねえと脱柵だ」
兵士達が戯れる背後で、ドナは手早く装備品のチェックを済ませる。彼女がコパイロットとして同乗するのは、単に操縦の補助の為だけではない。偵察の手段として、時には自らの足でMSが入れない場所に出張る必要があるからだ。そういう理由で、彼女の個人装備は一般的な偵察兵と変わらない。そしてそれを使う時には、MSの装甲板に守られていないのだ。自然、自分の装備は自分で確認しなければならない。一通り済むと、アッガイのコックピット内に仕舞い込んだ。
それを見た兵達が煙草を灰皿に突っ込み、各々甲板に並び始める。
涼しげな朝のジャングルクルーズに、甲板を打ち鳴らすブーツの音と整備兵の声がこだました。
『ご武運を』
「ええ」
「はーい!」
クロエは隣のドナを見た。ヘッドセットを首にかけ、その上で短い赤髪が風に靡いている。
ドナもクロエを見た。彼女の白い首筋に、結ばれた黒髪がかかる。
「行きましょう」
二人はコックピットに潜り込む。並列複座のアッガイのコックピットでは、肩が組めるとはいかないものの、フレームの隙間から相手が覗ける。前を向くとまだ夜の面影を残した空が広がっている。
「コックピット、閉鎖するわよ」
パイロットシートを露天状態にするように大きく開いた腹部の開閉機構を閉鎖する。ゆっくり閉じたと思うとブロックが地面と水平を保つため九十度ほど回転し、それが済むと静かになり、メインモニターがモノアイからの景色を映した。
その一瞬は、二人の吐息とジェネレーターの作動音だけがここの音だった。
「エンジン始動、固定解除。ジェネレーター出力安定、注水パイプ排出。排熱・冷却システム正常。自己診断システム、オールグリーン」
「FCS通常。OGS起動」
機体が船から切り離され、揺れが大きくなる。クロエはそのまま機体各部の動作チェックを済ますと、スティックをアイドル状態まで動かした。
「《ホテルボート》、離脱」
ドナがモノアイの動作確認ついでに、船がアッガイの発進の邪魔にならない位置まで移動したことを告げた。
「チェック終了。問題なし」
「こっちも」
ウォータジェットの推力をゆっくり上げ、アッガイが航行を開始する。頭を船尾に向けていた為、一度《ホテル・ボート》の後方まで進み、反転を行う。アッガイの腹は水上で、まだ仰向けの姿勢だ。
「敵の前哨や警戒ラインを捕捉しつつ、できる限り奥まで浸透する。敵に気づかれてもこれを撃破し、それ以上は不可能と判断するまで偵察行動を続行するわよ」
「了解です。途中で輸送船か何か見つけられたら、一番楽だね」
アッガイのジェネレーターが出力を上げ、吊られた撞木が縄で轢かれるようにゆっくり水の中に加速した。背中側に進むのを慣性で感じながら、頭頂側に旋回したモノアイでアッガイを操縦する。
やがてジオンの勢力圏から離れると、ゆっくりと機体の姿勢が反転し、二人の居住性を向上すべくシリンダー状のコックピットブロックが回転した。百八十度回転できるわけではないので、ややベルトに吊られたような格好になる。髪を纏めておいた二人は、ハーネスのように体の要所を押さえつけるベルトでシートに固定される。ちょうど匍匐の姿勢で進むアッガイの胸部に、航空機のそれのように進行方向に向いたコックピットが位置するような形だ。
「このまま川沿いに南下する。機動偵察隊と一旦合流しましょう」
気の抜けた返事を聞いたクロエは、地図を見ながらアッガイの機体を隠しながら進めるルートを選び、進んでいく。あと少しすれば、前線哨戒に出ているMS部隊と合流できるはずだ。
彼女達の他に偵察任務についている部隊は少なくない。今合流をしようとしている機動偵察隊は、そんな偵察ユニットの代表格だ。浮遊機ワッパとMS -06の混成からなる機動偵察隊は、ザクが敵の突発的な行動に警戒しつつ中間地帯で哨戒を行い、ワッパがその機動力を生かして遊撃的に偵察を行う。簡易な編成ながら、公国軍地球侵攻作戦を支える重要な部隊である。
「このあたりね」
アッガイの頭部バラストを排水し、頭を軽くしてやる。水面から僅かに露出した前頭部のモノアイレールに、モノアイを合わせた。
「あった」
ドナがモノアイの照準を合わせた場所には、確かにジャングルには不釣り合いな人工物が落ちている。否、落とされている。百センチに迫るサイズのドラム缶のような物体。
120ミリザクマシンガンの薬莢である。拡大して映し出された表面には、赤い文字が書かれている。機動偵察隊のMSが置いた、警戒ラインの印だ。
「向こうもこちらに気づいているでしょうね。少し待ちましょう」
この合図の置かれた場所には、同様に機動偵察隊が設置したセンサーがある。映像をワイヤーを通して監視しているから、彼女らにも無線連絡をせずに気づくことができたはずだ。
二人が他愛もない会話をして少し待っていると、二機の浮遊機が現れた。薬莢のすぐ後ろに駐機した偵察兵達は、アッガイのモノアイに向かって手を振ってみせた。
「マットリオ軍曹であります。お疲れ様です」
陸に上がった二人に、ワッパから降りたフライトスーツ姿の男が敬礼する。
「制海中隊のワシントン少尉です。こっちは同じくワトソン曹長。ザクのところまで案内してもらっても?」
「勿論です少尉殿。必要なら、無線で報告を上げますのに」
茂みに隠してあったバイクを引き摺り出しながら軍曹が答える。軍務に勤しむ職業軍人といった、厚みのある背中には、SMGを吊ったスリングが巻かれている。
「失礼ながら、バイクの運転は?」
人並みにはできるつもりだと答えると、キーが刺さったままであるベンク製バイクのハンドルを叩き、
「ここら辺はそこまでぼうぼうじゃあありませんが、ハードなドライブになりますよ」
と笑ってみせた。予感はしていたものの、クロエは仕方もなく、ため息をついて振り返った。
「ドナ! お前はアッガイの見張りをしておけ。何かあったら無線を使ってもいい!」
やや離れていたドナ・ワトソン曹長が一際大声で了承の旨を伝えると、クロエはヘルメットのバイザーを下ろした。ジャングルの中をバイクで走るともなれば、枝やら虫やらが顔に飛び込んでくるに違いないが、わざわざそれらとキスをしてやる義理もない。
「自分は上を飛びますから、付いて来てください」
マットリオ軍曹が再び愛機のワッパに跨る。クロエはキックスターターを思い切り踏み下ろした。
ドナはワッパが撒き散らかした泥がパイロットスーツのボトムスに付着したのを見て思わず顔を顰めたが、走り出したクロエを見送る頃には既に意識の外にあった。
見張りを任じられたドナと、同じく見張りを言いつけられたワッパの偵察兵は、二人で世間話に花を咲かせるのであった。
聞けば、どうやら連邦は後退しているらしいというその日その日の同様の報告を基に、哨戒ラインを進め、それに合わせて浮遊機隊の偵察も少しずつ前へ進む。退屈な日々を過ごしているらしいというのは、ドナ達と同じなのだった。
「出くわすフェディの連中は毎度固まってるから、ちょっかいをかけるわけにもいかねえですし、見学させて貰っては退散する。そんな感じでさあ」
恐らくは田舎のバンチ出身なのであろう、訛りのきつい公用語で彼は語る。
「攻勢に出られれば、纏まった休みだってあるのかも知れないのにねえ」
「偵察隊の自分らには、どの道あんまり纏まった休暇はないもんで。モビルスーツパイロットの曹長さん達は違うんでしょうが」
あははー、と軽い笑いを漏らすドナ。
「私達だって、この島を占領したら、今度は海峡の制海権やら向こうの島の上陸偵察やらで余計に忙しくなるかも知れないよ」
アッガイは、南米ジャブローのジャングル奥地への潜入を企図して設計されたMSであるから、同じ熱帯雨林を持つ東南アジアでの運用は適していると言える。だが、水陸両用MSたる以上は、やはり海洋での戦闘も任務になろう。
「偵察の辛いところですね。地球に降りてきて四方八方敵ばかりじゃあ、休む暇はねえってことで」
ワッパのファンを包むカバーに腰掛ける兵士は、アイアンネイルを錨代わりに川で一休みを決め込むアッガイを眺めて言った。ワッパの薄っぺらいシートを譲って貰ったドナが返す。
「まあ、泥だらけの川よりは広い海の方がマシかもね」
一方、生い茂ったジャングルをバイクで突き進むといった苦行を乗り越えたクロエは、森林に佇むザクの足元にたどり着いていた。
既にマチェーテを振るう腕がかなり上達してしまったかも知れない。
「お疲れ様です。MS隊のヨナス曹長であります」
金髪のMSパイロットが握手を求めた。長身で、頭にはギャリソンキャップを構えた二枚目と言った見てくれの男だ。ワッパを駆る軍曹とは対極のルックスである。
「アッガイのパイロットがこんなにも美人でいらっしゃるとは」
「よろしく曹長。ワシントン少尉です。あなたが偵察情報を?」
私が一番近いザクのパイロットですから、とヨナスと名乗った男は答えた。ジャングルの洗礼を受け気が立っていたクロエは、できることなら小隊長にしか用はないと言ってやりたかったが、MS隊がどれほど間隔を空けているか分からない以上は、これ以上あの森の中へ進んでいく方が嫌に思えた。
「二日ばかり牛歩の如く前進して様子を窺っておりますが、特に動きはありません。司令部への報告がまだの偵察情報が、こちらです」
彼が差し出した電子ペーパーには、周辺の地図に重ねた兵力のアイコンが映し出されていた。クロエが《ホテル・ボート》を出る際に確認した情報から推測した敵陣営の撤退行動と概ね一致している。
「もう暫くは単に後退するようね」
「ええ。かなり大胆に下がりやがりますね」
クロエの目線は大した意味を失った電子ペーパーから、膝立ちのザクへと移る。脚部装甲はあちこちが煤焦げて変形している箇所すらあり、左右非対称な肩のアーマーには、被弾の形跡があった。モノアイを鎮めた椀型の頭部には、スリットの隅にジオンの紋章が描かれている。
「割と腕はいいのね」
「光栄です。酷使されているお陰で、あんなマークも付けてもらえます」
二人は胸部の装甲板にペイントされたMBTの黒いシルエットを見ている。数は六。
「わざわざそれを聞きにここまで?」
「奥まで突っ込んでみるつもりなのでね。実は撤退支援でファンファン一個飛行中隊が待ち伏せてましたでは、生死に関わる」
腕組みをして考え込んだヨナスは、やや間を置いて口を開いた。
「昨日、ワッパ隊が接近した地域に、やけに警戒が厳しい区域がありました。奥には陣地でもあるのかも知れないと、我々では考えたんですが……」
「何か?」
言い淀んだヨナスの言葉の続きを促す。
「いえ、我々としては、ザクまで使って浸透するわけにはいきません。しかしもし予想が当たっていた場合、ワッパだけで進むのは危険です。かといって本部の応援を呼ぶには未確認がすぎると思い、決めかねていたのです」
ヨナスはタブレット端末を取り出し、地図を表示させた。
「この辺りでミドル・モビルスーツに追いかけ回されたそうです。連中、どうも野戦レーダーまで使っているようだったと」
「ミドル・モビルスーツ?」
ミドル・モビルスーツは、名前こそモビルスーツのものを借り、縮小版のように名乗ってはいるが、実態は人型重機に過ぎない程度の代物だ。全高も五メートル程度で、軍事においては簡易な武装を施すこともあるが、基本的には作業用、工事用である。
「ええ。連中にはワッパのような兵器がありませんから、ジャングルをジープより多少素早く移動するのに使っているようです」
「そうか。他には?」
「ワッパの連中は勘が鋭いですからね。ヤバいラインというものを察知して、すぐに逃げ帰ってきました」
偵察兵の任務のうち、欠かせないのが無事に帰還するという項目である。どんなに貴重な情報を得ても、持ち帰り、報告しなければ利用しようがない。その点彼らは優秀であるとのことだった。
「なるほど。助かったよ曹長。壮健でな」
「は。少尉こそ」
金髪のパイロットを後にして再び茂みを二輪車で走る苦行に挑もうとした時、彼が彼女を引き止めた。
暇を持て余し、アッガイのシートで仮眠を決め込んでいたドナは、地鳴りのような足音に目を覚ました。無論天変地異の類ではないことは彼女にもわかったが、振動と騒音には度肝を抜かれるような思いだった。
見上げた彼女の頭上には、公国軍主力MS、ザクの影がある。
ドナは思わず唾を飲み下した。樹木をへし折り、草葉を吹き飛ばしながらゆっくり歩むその超硬スチール合金製の巨人は、人間の視点からはやはり悪魔か何かの魑魅魍魎にしか見えないのだった。
「まだ報告に上がっていない陣地が未確定ながら予想されるそうだ。まずはそこの偵察を行う」
『下ろしますよ少尉!』
ザクの掌がゆっくり地面へと向かい、重厚な巨擘に掴まったクロエの髪が揺れる。
「女性はもう少し丁重に扱うんだな! ありがとう!」
クロエがザクに向かってそう声を投げかけると、ザクは彼女を乗せていた掌を開き、指を曲げてみせた。ピースサインである。
ワッパ隊と共に再び森の中へ引き返していったザクを見送るでもなく、二人はアッガイに乗り込み、再びその推進器を作動させた。
「大体の位置しかわからんからな。任務の大枠に変更はない」
「自分の目で見て確かめるしかない、てわけ」
一刻も早くこの巨大な島を「解放」するためには、敵の抵抗を許される限り正確に把握した上で進撃する必要がある。相手は半世紀以上地球を統べた軍隊。通常兵器で対抗するのにはやはり限界があり、MSを有効に使わなければならないのだ。
アッガイは川を下り続けた。水深が浅いため上空から発見される可能性がある。モノアイはレールに沿って上向に向けられている。
クロエのメインモニターには計器類が地図と共に表示されている。空を見るのはドナの仕事である。空に敵が現れた時は、彼女が頭部の機関砲で対抗するのだ。
この川が、単に地球という惑星の環境がもたらした水の流れに過ぎないことを思うと、クロエには人類が地球の表面に生えた苔のように思えた。苔は地球全体を覆い、汚し、宇宙へと旅立つ。その苔が共食いを始めようとも、地球にはなんら影響ないのだと―。
だが、そうではないことを彼女は知識で知っている。
コロニー育ちの彼女にとって地球が想像もつかないほど壮大な存在であることに変わりはないが、それでも、人類の科学力が地球を滅ぼしかねないことを知っている。
かつて、核兵器の濫用によって地球が滅ぶことを危惧した二つの大国がついに決戦に踏み切ることがなかったように、その後も人類は核兵器を大規模使用することはなかった。
理性を保ったと言っていいだろう。だが、その理性故にこの戦争の継続は担保されている事は否めない。南極条約によって、破滅のトリガーループの外側で殺し合っているのだ。
不意な寒気を覚えたクロエを知ってか知らずか、ドナが口を開く。
「いつまで続くんだろうね、こんな戦争」
「仮にジャブロー以外のすべての地域を占領しなければならないとしたら、一年では済まないでしょうね」
仮に連邦軍総司令部ジャブローが今日この時に陥落したとしても、地球各地の連邦勢力がすぐさま降伏するはずもない。だが、どんな要衝もジャブローよりは御し易いはずだ。
「クリスマスは本国に帰りたいなあ」
ドナの言葉に、クロエは自分がいつしか本国に帰ることを当分諦めていたことに気付いた。
いや、一度や二度、地球にうんざりして帰りたいと思ったことがあったかもしれない。だが、生真面目な彼女の理性がそれを押しとどめていたのだ。
「電撃戦がこの戦争に勝つ要なら、降伏させるまで休暇はないかも」
だよねえ、とドナが不満げに漏らす。
思えば、クロエだって帰れるのなら帰りたいのだ。戦争がなければ。だが戦争を始めたのはジオンではなかったか?
この戦争の大義に間違いがあるとは思わない。ではいつからそうせざるを得なくなってしまったのか。私達に残された選択肢は、いつから“これ”のみになってしまったのか。
―クロエは考えることをやめた。栓のないことだ。彼女は評論家でも歴史家でもないのだから。
ジオンが戦争に踏み切ったターニングポイントは、後世の歴史家が語るであろう。
「クロエ、去年のクリスマスは何をしていたの?」
「家族といたわ。その―しばらく会えないかもねって」
「私は演習だった。森林地帯の地上用訓練なんて意味あるのかって、よく言い合ってた」
コロニーに大きな森はない。曹長であるドナは、地上戦闘における偵察行動を訓練していたのだろう。
「MS適正が高くなければ、さっきのワッパのパイロットが部下だったかもね」
「今となればアッガイの二番席が適任だよ。天職かも」
クロエはというと、MSパイロットとしてのコースを修了した後、MSによる偵察や海洋、河川についての知識を叩き込まれた。
「ここに着任するまでずっと潜水艦勤務かと思うような訓練。歩兵の次は艦隊勤務かよって思ったね」
彼女達はアッガイの実戦投入まで来るべき水陸両用MSの運用に備えた訓練を行なっていた。中にはザクのパイロットや比較的投入の早かった海洋戦力から転身した者もいるだろうが、彼女達は比較的後になって実戦を経験したパイロットなのだ。
「大変ね」
「少尉さんほどじゃないよ。座学ほんとに辛かったもん」
水陸両用MSのパイロットには様々な出自の者がいる。なぜならば、水陸両用MSの必要性を感じた軍があらゆる人材を引き抜き、養成に充てたからだ。MSM-03には元ザクパイロットや元潜水艦乗りやその候補生―潜水艦勤務というのも、地上侵攻作戦の計画に沿って定められたのだから、その前はまた別の職掌に着いていたかも知れない―が多いと聞く。翻ってアッガイは偵察系が多いのか。
適正をどのように判断していたのか詳しくは知らないが、偵察部隊配属予定が変更になり追加訓練、という境遇は二人の一致するところであった。
そんな二人は、アッガイというMSを駆り、地球に流れる無数の水流の一つを遡って進んでいた。このとき、公国軍の支配地域の境界線から十五分程度の外側であった。
第二章で登場人物の名前が被っていたため修正しました。
ついでに描写を追加しました。
増やして欲しい要素はなんですか?
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人間ストーリー
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戦闘シーン
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モビルスーツ
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普通兵器
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歩兵