機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第二章

 「……最外殻でこの規模なら、連邦軍の総数はかなり密集してるはずね」

「どうりでここまで何も居ないわけだ。腹決めて守りに入られると厄介だね」

 パイロットのクロエ・ワシントンの分析に、ドナ曹長が付け加えた。地球連邦軍はボルネオ島最後の航空基地を失い、航空優勢をも失った。対する公国軍はこの機会に一挙に東南アジア占領を加速したかったが、航空部隊の損耗率は高く、熱帯雨林と河川、湿地が広がる大地では思うように進撃できない。その隙に連邦陸軍は後退、領域を最低限にまで狭める事で最後の砦を守ろうとしていた。

「よし、後退するぞ」

 連邦軍の勢力圏を抜け緩衝地帯に入る。泥色の流れは何度もカーブを描き合流や分流を繰り返していた。

「もういいだろう。上を進もう」

 クロエ少尉が胴体のメインバラストタンクに注水されていた水を排水し、ウォータージェットを始動した。足裏、背部ランドセルに設置されたウォータージェット推進器が装甲板の隙間から吸い込んだ水流を噴き出し、アッガイの駆体を浮かび上がらせる。

 アッガイの足はスクリューを含むが、ザクのパーツを主に流用して構成されており推進器というよりも、重厚な機体を地上で支える歩行脚としての色が強い。それでも、バラストタンクから排水し、ランドセルの大型ウォータージェット推進器を組み合わせれば最大速度五十三ノットが可能となる。

 再び水面に顔を出したアッガイは背泳ぎの姿勢で進む。モノアイは自然に頭部頂上付近に移動し、前方視界を確保している。

 「無線封鎖解除、データリンクオンライン」

 アッガイに搭載されたデータリンクシステムがランダムな中継基地を介して偵察大隊の上級部隊と彼女らを繋いだ。レーダーの探知距離が拡大し、付近の友軍の配置が更に追加される。ここはキナバル鉱山基地のレーダーサイト圏内だ。ドナが偵察によって得られた情報をリンクシステムで友軍に送信する。

「これでお仕事は完了!」

「さあ、帰還しましょう。風でも浴びて」

 少尉は水密壁に守られたコックピットブロックを解放した。ハッチだけでなく腹部に縦に渡るカバーごとである。機械的な駆動音が響き、タラップにもなっている腹部カバーが開くと、並列複座のコックピットが露出する。シートはアッガイの天地、前後に揃っている。仰向けに正面から赤い太陽光を浴びた彼女らは眩い光に一瞬怯んだものの、すぐに座席に体を固定しているベルトを外した。

「やっぱ太陽光は気持ちがいいね」

「ええ、ちょっと無遠慮なぐらいだけど」

 水平に倒したコックピット。パイロットスーツを腰まで脱いでいるドナはシートから尻を浮かし日光浴を楽しんだ。

 アッガイの頭部が水をぬるりと裂き、関節部から吸い込んだ水を吐き出す音が心地いい。水中機特有、中でも抜きん出て秀でるアッガイの静音性が機械音をなるべく軽減してくれるから。

「あと十分で《ホテル・ボート》に到着」

 尻をつけモニターと計器、自動操縦システムを監視するクロエ少尉が時計を見る。

「風が気持ちいい! そんなところつまらないよ!」

 クロエはドナの日焼けした首元を見て思う。相変わらず遠慮のない奴だ、と。彼女の簡易階級章は曹長。クロエは少尉だ。本来ならば士官と下士官には部隊指揮官とその補佐役という超えられない壁があるはずで、教育課程も大きく異なるのだが、彼女にはその自覚はないらしい。不躾な発言を次々に飛ばすドナ・ワトソン曹長だが、軍旗に厳しいクロエもこればかりは悪く思っていなかった。

 単座式のMSにはできない戦い方が、このアッガイにはできる。パイロットは本心で互いを信頼しなければならないし、お互いを理解しなければ最大限の能力は発揮されない。

 それは彼女の、通常の陸戦型MSより陸戦において不利とされるアッガイのパイロットたる信念だった。

「私は根暗なのでね。狭いところの方が落ち着く」

「宇宙に住んでる人間の言葉とは思えないね」

 ドナの答がおかしかった。クロエは少し笑う。既に夕日が差し込み始めていた。

「頭部機関砲の感想は?」

 アッガイの頭部にはモジュール式の105mm機関砲が四門装備されている。彼女の部隊では必要に応じて取り換えることができた。今回の威力偵察では、105mm機関砲二門と20mm機関砲二門の新しい組み合わせの試験も兼ねていた。

「20ミリの発射速度が過剰な気もするわ。対空の流用だから仕方ないけれど」

「ふむ。報告しておく」

「あとFCSの調整も微妙」

 辛口コメントですね少尉、と機体に戻ったドナが笑う。風を浴びるのもいいが、告白すればエアコンの効いた機内の方が涼しくて快適だ。開放してしまった今では大して変わらないが。

「手を抜いたら死ぬのは私達よ」

 クロエは呆れた、と肩を竦めて応える。

「操縦を手動に切り替え。コックピット閉鎖するわよ」

 手慣れた動作でアッガイのオペレーションシステムのモードを変更する。気密隔壁の閉じ切る音が鳴り、僅かジェネレーターの駆動音がコックピットに響くのみとなった。

 アッガイの推進方向を映し出すモニターには小さな船が映し出されている。落日の反射ではなく誘導灯が、赤く点滅する。

『こちら《ホテル・ボート》。帰還を歓迎する。チェックインの準備を』

「了解、《ホテル・ボート》。クイーンズルームをお願い」

 ドナが無線機に吹き込む。《ホテル・ボート》はジオン公国軍河川哨戒隊の船だ。とはいっても、小型の客船に推進器やら申し訳程度の機関銃やら通信設備やらを詰め込んだだけの代物だが。

『悪いが用意できたのはお古のベッドだけだ。しかし飯はあるぞ』

「ありがとう。それで充分」

 死と隣り合わせの戦場を征く兵士にとって、安息の寝床と食事があれば文句はなかった。今日も生き残ることができた二人を、大きくて丸い機体が仮住まいへと運んでいく。

 アッガイの機体は背泳ぎのまま《ホテル・ボート》に係留される。船の甲板では半裸の若い兵士が忙しなくウィンチを操作していた。

「自己診断システム、オールグリーン。FCSスタンバイモード。排熱監視装置、循環制御装置停止。注水パイプ接続確認、排熱・冷却システム外部委譲。ジェネレーター出力安定。フロー正常」

「データリンクシステム、通信マネージ終了。各部以上なし。メモリ外すよ」

「オーケイ。こっちはおしまい」

 作戦データや戦闘記録、機体の情報が書き込まれたトランプ大のメモリーカードとタブレット端末を携えたドナの手をクロエは引いてやる。男勝りな身長をシャープな骨格で繋ぎ、アスリートのような筋肉で形作られたクロエに比べて、背も低く小柄なドナは妹分のように見えた。

 桟橋を渡りながら頭部に生えた二つのフックで《ホテル・ボート》に係留されたアッガイを眺める。ドナはアッガイを可愛い可愛いと褒めちぎってうるさいが、クロエには恐ろしく映る。MS-06に比べても大柄な体躯。頭部に口を開いてる四門の大口径砲。腕部にはミサイルランチャーと高周波で振動するアイアンネイルが装備されている。MS-06のジェネレーターを二基も抱えたこのMSM-04アッガイは、偵察用ではあっても十分凶悪な兵器なのだ。

 光学センサ、照準レーザー、赤外線妨害装置などが複合されたモノアイを一瞥し、クロエは船内に入った。

 元河川遊覧客船《ホテル・ボート》、増強されたエンジンでアッガイを曳航する。常に稼働するエンジン音がモビルスーツに比べ煩いのがはじめは不満だったが、慣れればどうということもない。

「今日の偵察で中規模の集団がまた西に進んでいるのが分かりましたね。別の偵察隊の報告では、集結はこのミンドールという街である可能性が高いそうで」

 《ホテル・ボート》の艇長、つまるところ公国地球制圧軍東南アジア方面軍、制海中隊第三支援小隊長であるヒュー・ローリンソン曹長がクロエらに声をかけた。

「我々はしばらく河川周辺の作戦行動が命令されてるから、叩くとなれば動員されるでしょうね」

 《ホテル・ボート》は第三支援小隊が運用するボートのうちの一隻で、他に《パパイア・ガレオン》《マングローブ》と愛称が付けられた同様の河川艇が存在する。それぞれ一機ずつのモビルスーツを支援する為に航行しており、第三支援小隊は制海中隊第三モビルスーツ小隊とを一体として連絡を密にしている。

 偵察は、ジオン公国軍の地上戦において非常に重要視された。それは彼らに許された投入戦力が余りに少ないからであり、それを最大限有効活用しなければ、MSの優位性をもってしても、数に勝る連邦陸軍には敵わないと容易に予想されたからである。

「防衛線を構築する時間は与えたくないでしょうね」

「ええ。既にかなり戦力が集中してきています」

 狭い室内で、机に置かれたディスプレイに地図が表示され、光源が増える。地図の上には彼女たちが集めた、連邦軍の位置や規模が重ねられることで、それが一定方向へ集中していく様が見てとれた。

「少尉! 今、作戦司令部から司令書が」

 隣に位置する通信室から、慌ただしく兵士が駆け込んでくる。軍服のズボンに下着を着た姿の彼の手には、一枚のプリントが握られている。

「司令部も動くと決めたらしい」

 既に一読して呟いたクロエの持つ文書を、二人の曹長が覗き込んだ。

「十五日までに敵の集結地点及びその前哨基地を把握せよ、か。今日の部隊は、どこまで退がる気なんだろうね」

 ドナは地図に映された今日の偵察情報を眺め、それがこれまでに比して大きな規模であることを確認すると、指でその地点とミンドールとを結んだ。

「時間がない。今までの威力偵察ではなく、粘着して観察する必要があるな」

「ストーカーになれっていうのね」

 兵士が持ってきた茶を口に運びながらドナが呟く。

「ストーカーも勝てば結構。ローリンソン、明日の早朝に出る。アッガイの準備をよろしく」

「お任せを、少尉」

 体格の小さなローリンソン曹長が野戦帽を正し、敬礼をしてみせる。無精髭を蓄えた精悍な、漁師のような顔にはやはりこの船が似合う。

「私は整備班に話してくるね、バルカンのこと」

 そう言って、ドナは階段を降りていった。

 金属製のタラップを降りながらドナ・ワトソンは、露出した細い腕に巻かれた腕時計を一瞥する。

 時刻は午後七時半。既に《ホテル・ボート》のランプが灯り、甲板をオレンジ色に染めていた。

「曹長! アッガイの頭部機関砲はどうでしたか?」

「20ミリのレートを分間五百発まで下げて、FCSももうちょっと調整が必要かな!」

 声をかけた整備班の伍長のところまで駆け降りる。彼は年も近く、心許せる友人のような部下だ。ドナは軍隊の階級制度に馴染みきれないところもあってか、部下に気さくな面があった。それが整備班との絆を生んでいる。MSは細かな整備が欠かせない巨大な精密機械であるから、その使用者には整備を抜かりなく行うものが必要であることを、彼女はよく理解していた。

 かつてはここらの川で住民や観光客を乗せていた《ホテル・ボート》は今、MSを曳航して進んでいる。濁流を掻き分ける音に強化されたエンジンの音が混ざり、さらに整備兵たちの声と整備器具の動作音が今の喧騒を作り出している。

「FCSは曹長が調整しますか?」

 伍長、ヒューが工具を持った手で額の汗を拭いながら、アッガイの頭頂部あたりの甲板に立つドナを見上げて言った。彼がそのままアッガイの腹まで下がると、クレーンがゆっくり降りてくる。

「馬鹿! 曹長に当たったらどうすんだ!」

 クレーンに吊るされた金属製のフックを掴みながら怒鳴る。ドナと同じ支給品のタンクトップは汗が滲んでいた。

「フックぐらい避けられるよ。FCSの調整は私がやる」

 ヒューの腕を支えにして、甲板からアッガイの頭部に渡った。キュートな顔をしたアッガイも、モノアイが消えてクレーンのライトに照らされる姿は、妖怪のようだった。滑りやすいアッガイの表面を気をつけながら歩き、丸い腹部まで到達する。

 コックピットを開けると、仰向けになったシートが見えた。ドナはそこへ飛ぶこむと、待機モードのFCSを設定画面まで動かす。開かれた頭部は今、砲身周りが露出し、ヒューがそこにセンサーを取り付けているはずだ。

「砲身はまっすぐ向いてるー?」

「うんと……いや、すいません曹長。こりゃ砲身がずれてます。右にコンマ七」

 そりゃ狙ったところに当たらない訳だ。照準器ではまっすぐ向いたつもりでも、砲身がずれているのだから。アッガイの頭部機関砲は、頭部の旋回だけでなく多少は微調整が効くようになっている。FCSと照準が狂っているように感じたのはこの為だ。

「しっかりして! 死ぬのは私たちなんだからね!」

 クロエのようだと思いながらドナは怒ってみせる。まあ、FSCの再設定よりは機関砲の固定の方が、ドナにとっては手間が少なくて良い。

 クロエがいつも収まっている席から、ドナは空を眺めた。きれいな星空だ。閉鎖型コロニーのサイド3からは、外壁のモノレールぐらいからしか見られない光景である。

「あの中に住んでたなんてねえ……」

 空の闇に浮かぶ月を見て独りごちる。月の裏側に立てば、サイド3が見えるかも知れない。

「ここからは同じに見えても、恒星はそれぞれ遠いし……コロニーは地球の周りに漂ってるようにしか見えないんでしょうね、向こうの星からすれば」

 部下と機関砲を弄っていたヒューが彼女の独り言に答えた。そして続ける。

「まあ、向こうから見えるのはせいぜい太陽の光ぐらいで、地球はおろか、コロニーなんて見えやしないんでしょうけど」

 夢のないこと言うな、と返しながらドナは思う。きっと地球よりよっぽど進んだ星に住んでいる人々は、今の地球を見て、心底馬鹿なことをしているなあと、そう思うのだろう。

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