機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

24 / 33
第四章

 濁流をかき分けて進むアッガイの頭部に、一羽の野鳥が留まったのをサブカメラの映像で眺めていた。休みながら移動ができると横着にも考えたのか。

 携帯食料を齧りながらクロエは地図を開く。軍用の官給品だが、品質はほとんど民生品と変わらない。正確な地理情報は軍が独占しているなどという事は今時あるものではなく、一般に流通しているものとの差異は偵察の成果が書き込まれていることや、作戦行動に必要な情報が記されていることぐらいだった。彼女たちが活動に使う川幅や水位の情報も多くは民間の情報をあてにしている。

「そろそろあの監視部隊が睨んでいた地域だ。異常はない?」

「なにも。水源に近いところに拠点は置くと思うけど」

 ドナの意見はもっともだと思いつつ、しかしそれで何もないと判ずるのも予断だ。上陸する決心をしたクロエは、アッガイの機体をその場に留めた。

 乱された水流がアッガイの頭部を撫で回し、横着な鳥が羽を広げて飛び立つ。慣性を殺した機体が岸に正対すると、腕部のアイアン・ネイルが収納状態から展開されて地面を捕らえた。それを支えにして大柄な脚部を地面に持ち上げたアッガイは、見た目には肥満体の熊か何かが無理に水から出ようとしているように見えただろうか。

 片膝をつき、右腕の爪を地面に突き刺した姿勢のままアッガイが硬直する。忙しなく前後左右を索敵したモノアイが異常のないことを確認すると、胸部に設置されたコックピットハッチが開いた。近くで注意深く観察しなければそれと分からない繋ぎ目がはっきり分離し、ハッチを兼ねた装甲板が上向きに開くと、ウィンチが垂れる。

 ハッチの中から、腰に装備品を巻き、サブマシンガンを提げたヘルメット姿のノーマルスーツが現れた。サスペンダータイプの弾倉入れにダンプポーチ、索敵に必要な道具が詰め込まれた小さな背嚢を背負った彼女は、ヘルメットのバイザーを目の高さまで下げる。アーマーの追加されたヘルメットに、ポケットなど宇宙用の純然たるノーマルスーツに比べ地上作戦での機能性が向上したスーツ。通気性こそ悪いが一応の排熱装置がついた、彼女のようなコックピットと地面を行き来する偵察要員特有の装備だ。

 ドナ・ワトソンはワイヤーの先にあるペダルに足を乗せると、グリップのボタンを握り地面を目指した。片手片足を宙に浮かべたまましばらく待ち、地面が近づくとワイヤーの伸長を停止。五十センチほどの高さを飛び降りた。

 振り返って見上げると、特徴的なザクとお揃いの冷却装置からまだ水滴が垂れている。操縦席に収まっているクロエに合図を送ると、ワイヤーが巻き戻されてハッチが閉まった。見届けてドナは一息つき、サブマシンガンを抱えて茂みの中に入っていく。

 アッガイで敵の目の前まで進んでいくのは偵察行動として上策とは言えない。目立つ上に、見通しの悪い場所ではMSには隙が多いからだ。随伴歩兵も僚機もIFVのお供もいないMSが、ジャングルで知らぬ間に歩兵に忍び寄られたら、目も当てられないだろう。

 アッガイという複座機が偵察用に重宝されるのはこれも理由の一つだ。MSを“路上駐車”することなく、偵察要員を送り込むことができる。

「無理はしないこと。パトロールの巡回が確認できればそれだけで価値はあるし、アッガイで裏側に回り込める」

 クロエの忠告を脳裏に呼出し、ドナは警戒しながら草木を分けて進んでいく。ノーマルスーツのブーツは既に泥だらけになって、一歩一歩気持ち悪い感触を彼女に伝えた。

 アッガイから降りてしまえば彼女はたったひとりの偵察兵だ。生身で戦闘になれば、分隊以上の単位で巡回する敵に対して歯が立たない。それが彼女の限界だった。

 前後不覚に陥りそうな緑と茶色の空間を進んでいく。日はまだ真上より低い位置にあるのに周囲はほんのり薄暗い。日光を吸収しようと樹木が枝を伸ばした空間のせいだ。狭いようで広い、不思議な空間だった。こいつらみんな、人間のことなんか知らぬ顔で何十年もここにいるのか―。少なくともコロニーの植物は、どこに何を植えるかを決めた設計者の存在があった。ここの植生にはそれがない。あるとすれば、地球それ自身だ。

 ドナが歩みを止めた。目線の先には、泥で柔らかくなっている地面に穿たれた大きな足跡があった。冒険小説じみた状況に思わず熱帯雨林に生息域を広げたビッグ・フット、なんて冗談を思いついたが披露する相手がいなかった。ただ大きさから言って、ミドル・モビルスーツのものに間違いない。

 腕時計型の端末で現在地を確認すると、ドナは足跡を辿って行動を再開した。これが本当に野生の未確認生物でなければ、この足跡は敵の拠点から伸びているはずだ。足跡に当たったことはラッキーだと思いつつ、慎重にやや距離を取りつつ、目立たないルートを選んで大きな足跡とは逆方向に歩いていく。

 雨季に差し掛かりつつあり一層湿り気を増してきた上に、常に何かの鳴き声が複数種鳴り響いている。宇宙育ちの生物学者にとっては楽園に他ならないだろうが、彼女にとっては勘弁してくれと思うばかりだった。動物好きの彼女だから、軍務と離れた機会ならばまた感想も変わるのだろうが、スペースノイドの中流家庭出身の身の上では詮のない仮定だ。

 多くのスペースノイドは地球の土を踏むことなく一生を終える。宇宙世紀〇〇七九年現在、サイド3出身者から多く地球来訪者が発生しているが、同じサイド3出身者の手によってその何倍ものスペースノイドが今後地球表面に足をつける機会を永遠に喪失したので、その割合はぐんと高まったことだろう。

 一定の歩幅でスタンプを押し続けていた足跡が、複数の人間大のものと合流した。否、ここから別れたのか。

 いよいよ拠点が近いと感じたドナは、姿勢を低く、用心して少しずつ進んだ。膝を地面につけ、目立ちそうな茂みをなるだけ揺らさないように、有機物でできた濃緑の洞窟を進むように近づいていく。

 少し踏み込みすぎたか。頭の隅でそう思いながらかき分けた枝の先が、一気に開け、水田になって視界に広がっていく。

 思わずその場に伏せ、周囲を確認した。サブマシンガンのグリップを握る手に力が入る。畑に立てられた案山子のように立哨が点々といるが、気取られた様子はない。

 数百メートルは続いている水田の向こうに、小さな村落が見えた。いくつかの農民の家だろう。田の面積こそ広いが、決して住民が多い村ではなかったと見える。どうやら廃墟らしく、連邦軍の特徴的な制服以外の人影はない。

 双眼鏡を覗き込み、倍率を限界近く上げる。家屋からは家具が運び出されて一箇所にまとめられている。略奪かとも思ったが、家から出てきた眠そうな兵士を見て違うと気づく。撤退の疲労を癒すために、屋根のある眠れそうな場所から邪魔なものを手当たり次第排除したのだ。

 彼女から見えた背嚢の山から概算するに、集落全体で二個中隊程度の兵が集まっているのではないか。

 至る所に無秩序に停車したトラックは生々しい弾痕を残すものもあるが、多くは偽装すらされていない。廃車に腰掛けた集団が順にライターを使い回し煙草に火をつける。その後方を装軌式の自走砲がゆっくり通りがかり、虚しい砂煙をあげた。

 戦場には前後の距離感があり、それ故に後方から砲撃支援を行う自走砲と歩兵が、こんな場所で同じ拠点に詰め込まれているのは尋常ではない。恐らく逃げ足の遅い自走砲が取り残され、後からやってきた歩兵と意図せず合流してしまったのだろう。士官らしい者が、下士官などを集めて机を囲んでいるのを見つけた。自分が突撃偵察隊員などだったら狙撃して撤収するだろう。格好の標的だ。だが自分の抱えるこのMP-71スマルツァは短い銃身から九ミリ弾を発射する短機関銃だ。反動がマイルドでジャングルでは扱いやすいが、そういう用途には不向きだ。

 とにかく、そこに人類史上最強の軍隊は見る影もなく、敗走兵が身を寄せ合っているだけだった。

 単独の偵察では十分すぎる成果と、しかれども危険すぎる深入りをしてしまったと自覚したドナは双眼鏡の機能で画像を記録すると、そのままゆっくり茂みの中に身を潜めて反転した。

 こんな場所で見つかったら、追い立てられ鬱憤を溜め込んだ連邦兵士が我先にと追い縋ってくるだろう。それだけは御免だ、と胸中に呟いたドナは慎重に、しかし急いでその場を離れた。

 『聞いたかよ。名誉の戦死を遂げられた大隊長殿の腹の穴は、背中の穴よりデカかったらしいぜ』

『失礼だぞ。それは敵に背中を向けていらしたからで、部下に撃たれたからではない』

 無線通信を下衆な噂話が駆けていく。連邦陸軍の上級曹長である男は、それを咎めることなく聞き流していた。黙ることを知らないこいつらが喋り続けていれば、ミノフスキー粒子が流れてきた時にまっさきに気づくこともできる。

『俺だって、こんなので見回りをしろって言いやがった上官には鉛玉でもくれてやりてぇよ』

 民生品改造のミドル・MS―という名称はMSの存在を前提にしているが、実際には人型重機はMSの開発より前から存在する―三機で、不釣り合いに広い警戒線を巡回する。鉱山のカナリアと呼んで差し支えない任務ならば、精々カナリアらしく鳴いているのが似合いか。

 フェイスと通称される、頭頂から正面までを包み込む装甲を開き、肉眼で周辺警戒をしながら進む。その歩行速度はMSとは比較にならないほど遅く、改造品故に装甲の重さに喘ぐモーターが過負荷の唸りを上げていた。エアコンなどという贅沢品は当然積んでいない。クリップ式のファンが無駄な抵抗をしているが、機体の排熱も相まって操縦席は灼熱地獄である。

『暴徒鎮圧用の歩行兵器よりはましってところだな。ん?』

 《ハンバーガー》という愛称が付けられた五メートルの愛機は右腕にマニピュレーターの代わりにM-60重機関銃を装備し、本来背中から生えていたはずのクレーンはサーチライトに換装され、暗視装置のない急増品にありあわせの夜間戦闘能力を与えている。

「なにか見つけたか? 伍長」

 男は生来無口だが、久しぶりに口を開いた。

『いや、なんでもねえです』

「そうか」

 一息つき、進行方向に向き直ったその時だった。視界を埋め尽くす枝葉の中に、ぼんやりと注意を引くものがあった。気をつけなければそのほかの自然物に埋もれてしまうが、意識すれば段々と鮮明な違和感を与える、折れた枝―。

 迷いなく、男は《ハンバーガー》の歩行速度を早めた。モーター音と、足が地面に沈み込む音とが響き、ぱたぱたと逃げ惑う鳥が奇声を鳴らした。

 走り始めて間もなく、地面に落ちた人工物を見つける。ヴァルタとかいう、ジオンの拳銃だ。

「おい、敵がいるぞ。本部を―」

 座席のストッパーに抱きしめられるように固定されていた彼の体に、9ミリ拳銃弾が突入する。カバーオールの上半身を腰で結び、シャツ一枚を身につけただけだった肌は水面のように容易く弾頭を受け入れ、内臓を掻き回されるに甘んじた。数発の拳銃弾は肋骨を時に砕き、時になぞり、思い思いの破壊を済ませると背中や脇を突き破って座席で潰れて止まった。

「まずいなあ……」

 構えた機関銃を下げ、仕留めた機体に近づく。高さは五メートルといったところか。短足で猫背、胴の太い機体に首はなく、二足歩行する豚の貯金箱といった見てくれだが、見上げる姿はマッシブで威圧感に満ちている。先日ワッパを追い回したミドルMS、足跡の主。兵装は背中からベルトリンクを繋いだ13.2ミリHMGで、右腕に無理矢理取り付けられている。前面装甲を開けていてくれて助かった。生身ではとても太刀打ちできまい。

『曹長!? どうしたんです! ―くそが、曹長が死んだ!』

 無線機からノイズ混じりの声が聞こえる。ドナはますます陰鬱な気分が差し込むのを感じた。

 馬鹿でかい騒音を響かせて距離を詰めてくる追手に対しては、隙を作って先制するしかなかった。クロエもそうしただろうが、それで全てが解決するわけでもなく、拳銃を拾ったドナは潜んでいた茂みに戻り、そこからさらにアッガイを目指した。

 銃声が聞こえるほど近くに仲間がいたのだろうか? 通信相手はやはり武装したミドルMSだろうか。もはや装甲を開けっ放しになどしないだろう。真っ直ぐ走ることすらままならない熱帯雨林で連邦兵に追い回される。現実となりつつある最悪の想像を頭から追い出したドナは、とにかく先を急いだ。

 一時間ほど走っただろうか。休憩を挟んでいても息は上がりっぱなしだ。森林の奥から男どもの声が聞こえる。様々な音が入り混じるジャングルの中でも、人間固有の音、つまり言語はよく耳に届く。威圧の口汚い罵倒を口々に叫びながら近づいてくる。

 短機関銃を銃帯で抱え、泥を蹴飛ばしながら草を分けて進む。隠れてやり過ごす選択肢もあるかもしれないが、それでも走り続けるしかなかった。ノーマルスーツはすでに股間の辺りまで泥だらけになっているし汗が蒸れて不愉快だ。しかし脱ぐわけにもいかない。この熱帯雨林には毒のある虫や爬虫類、植物がいくらでもいるから。

 視界を閉ざす大きな葉を掴み、どかそうとしたその時、銃声が鳴り響いた。

 思わずその場に伏せ、周囲を見渡す。まだ射撃は断続的に続いている。連邦軍のアサルトライフルの射撃音だ。速くなる一方の鼓動を押さえつけ、周囲を索敵する。視界などあってないようなものだが、どうやら発見されたわけではないらしい。

 適当に撃てば葉や蔦を貫通してまぐれに当たると考えたのか。目の前を通り過ぎる甲虫に心の中で質問する。答えは得られなかったが、そのまま伏せて進むことにした。腹を撫でるような泥の感覚に耐えて、木の根や腐葉土、石ころの上を這って行く。額から流れた汗がヘルメットの縁を伝って泥に吸われていった。

 追いつかれる―。そう感じた時には銃撃の恐怖を忘れ、立ち上がっていた。短機関銃ががちゃがちゃと異音を立てるのも気にせず、ひたすらに駆け出した。まだ昼下がりだというのに夕方のように薄暗いのは生い茂る樹木が日光を遮ってしまうからだ。そのために足元は見えづらく、何度も足を掬われそうになる。なんとか転倒せずに、走り続けた。

 ミドルMSは足が早くない。出てきた応援の歩兵と歩調を合わせるまでもなく、同じ速度で行進を続ける。MSという大型人型兵器の実用性を担保したのは、他ならぬミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉だ。従来型のバッテリー駆動に比較して、その出力と安定性は抜群であり、人型という本来エネルギー消費の大きすぎる形状の大型機械を機動兵器たらしめる事に成功した。翻ってミドルMSは、MSの登場以前から存在し―モビルスーツと呼ばれるようになったのはMSの開発以後であるが―汎用重機としてのニーズを埋めていたものの、熱核反応炉を備えるMSに比べればその出力は建築重機類として必要なレベルに留まる為、機械としての存在感はMSとは比較にならない。

 駆け足の兵士がヘルメットの鍔を持ち上げると、重機関銃をぶら下げたミドルMSが木々を揺らしながら歩くのが見えた。彼の少し前をゆっくり歩いているその機械は、ジャングルでの工事用に用いられていた代物で、人手不足を補う為に改造されたのだと小隊軍曹が話していたのを思い出す。レビルはジオンに兵なしと言ったそうだが、それは連邦も同じ事だ。ジオンに比べれば頭数は多いかもしれないが、軍隊というのは非常に人間の数に頼った運用をする。MSとかいう一人で操縦できる機動兵器があればまた違うのかもしれないが、やはりあまりにも広大な地球を守るには人手が足りないのだ。

 彼は自分達が追っている足跡の主を少し想像してみることにした。足が小さいから女か子供だ、とやはり小隊軍曹が言っていた。自分は難民になるか兵士になるかを選ばされて銃を選んだ身だ。飯を乞う看板よりはマシだと思った。だがジオンの人間はなぜ軍人になろうと思ったのだろうか。コロニーと隕石とが降り注ぐ前は彼にも普通の生活があったように、スペースノイドにも普通の生活があったはずだ。同級生に何人か兵学校に行った奴がいたことを思い出す。

 地球の侵略のために軍人になろうと決めたのか。快適なコロニーでの普通の生活を捨ててまで。

 ドナは、掻き分けた草木の中に見覚えのある地形を見出していた。後少しでこの偵察のスタート地点だ。木々が開け、川沿いに広くなった場所に飛び出す。

 しかし、アッガイの機体はそこには見当たらない。

 場所を間違えたのかと体がじわと冷たくなるのを感じたが、そんなはずはないと考える。潜航しているのか? それとも何か、トラブルか―。

 開けた場所だから隠れる場所がない。川の水分を含んでよりどろどろとした泥濘の中、ドナは飛び込むようにして伏せた。硬い地面よりはいくらか体が沈んで隠れられる。

 振り返ると、頭のない不恰好な人影と、それを囲う連邦軍の兵士達が見えた。

 その時、水飛沫と共に水面から浮かび上がった茶色い人工物が、ドナの視界に黒い影を落とす。それはおよそ信じられないような有機的な振る舞いで長く延伸すると、その場にしゃがみ込んだドナの体を超えて、その後ろに追い縋っていた巨体を目掛け剛腕を振り落とした。

 水筒のような形状をしたウェポンベイからは収納されていた四本の鉤爪が伸びており、類人猿めいた人形重機を叩き潰す。回路がいかれたのか引き金を握る手が一緒に潰れたのか知らないが、重機関銃が虚しく空に向かって乱射されている。

 アッガイのフレキシブルアームから滴る水を浴びながら、ドナは腹ばいに伏せてその暴力の発露を見続けていた。

 地面に叩きつけられたアッガイの前腕部の下でミドルMSがどのような状態にあるかは想像するだけ無駄に思えた。幅三メートルに届かんとする残骸はそのまま地面をひきづられるようにして薙ぎ払われ、もう一機のミドルMSを吹き飛ばす。二機の間にいた歩兵がどうなったかは細事に過ぎない。いつの間にか胴部まで水から出していたアッガイの頭部機関砲が短く、しかし致命的なバースト射撃を開始する。

 乗機中は全く気にならなかったが、まさに吐き出すと形容するのがふさわしい瞬間火力と閃光、凄まじい勢いで吐き捨てられる薬莢の迫力に気圧されて、自身の安全の確保という目的以上にドナは低い姿勢のままを保った。

 怒れる川底の住人―それがその光景の印象だった。

 20mm機関砲弾は掠っただけでも致命的な人体の破壊を招く。木々を粉砕し、爆風が葉を散らす。人間だったものは赤黒い霧となって今生に別れを告げつ霧散する。高く打ち上げられるのがぼろ衣なのか人体の一部なのか判別もつかない。泥と人とが一緒になって弾ける様は、まさに、殺戮であった。

『ドナ!』

 モノアイが左右して周囲の安全を確認するやいなや腹部の大型ハッチが開くと、前倒しになり地面までの橋となり、モニターの鈍い光が内部のクロエを照らして見える。

「無事だよ! 泥だらけになっちゃったけど」

 ドナはアッガイの機銃掃射で飛び込んできた頬の泥を拭うと、そばかすのある頬を歪め、白い歯を見せ笑ってみせた。モノアイがそれを認めて控えめな光を放つ。

 タラップ状になっているアッガイの開かれた腹部を登りながら、何度か体を震わせて申し訳程度に泥を落としてコックピットのシートに尻を落ち着かせる。やはり一番落ち着くのはこの座席の上、アッガイのコックピットだ。

 些か長く感じた偵察行動であったが、クロエへの共有はあっという間であった。

「聞いてたほどの規模じゃないね。ミドルMSも民生品の改造だし」

「ええ。でも砲兵がいるなら数は減らしておきたい」

 並列複座のコックピットに収まる二人が並んで話す。クロエの体に密着したノーマルスーツはわずかに光沢を感じさせるほど綺麗だが、ドナのノーマルスーツは泥を塗りたくったように汚れ、その上半分は既に空っぽのまま腰に巻き付けられている。たっぷりと汗を吸い取ってしまった黒い肌着と顔を拭うのに使ったタオルを首にかけたその姿はMSパイロットというよりも戦場の匂いの染み付いた歩兵のようだった。

「あなたはスペースノイドのくせに宇宙服が嫌いなのね」

 クロエは嫌味でもなしにそう声かける。MSパイロットが地上で着用するパイロットスーツは宇宙用の流用だ。バックパックは装備していないが、生命維持機能も残されているためウェイトさえ用意すれば潜水もできる。

「スペースノイドだからって生まれた時からノーマルスーツ姿だったわけじゃないよ」

「なるほど、隙あらばありのままの姿を曝け出したいと」

「人を露出癖の人みたいに言わないでもらえますか少尉さん!」

 ドナが言ってクロエは笑う。死線をくぐり抜けた直後であっても、この密室は二人の空間だ。ならば交わされる会話も二人だけの会話なのだ。

 クロエはドナの持ち帰った写真を確認した。集落に落ち延びた小規模な部隊。この地区全体で組織的行動が崩壊しているのでなければ、末端の敗走兵というべき集団だ。

 地図には写真が撮影された場所が記された。

「できれば交戦はまだしないでおきたかったけど……仕方ない。攻撃して動きを見ましょう」

「それが斥候だもんね。少尉さん、私の下着と靴下の仇討ちよろしく!」

 ドナが合流した位置から少し離れたところから上陸したアッガイは、木々をかき分けながらジャングルを進んでいた。機体各所のセンサーを駆使し警戒しながら進んでいく。

 泥でぬかるむ不安定な土壌は、人間だけでなくMSにとっても歩きにくい地形だ。加えて乱立する植生が歩行と状況把握を阻害する。戦車のみならず、大型兵器にとって視界の悪い地形は単独行動に適さない。アッガイも最高速度で駆け抜けるわけにもいかず、一歩一歩を確かめるようにして進んでいた。

 モノアイはメイン・パイロットであるクロエの操作に従っている。ドナが対空警戒に使うのは性能は劣るが機体各所に設置されているサブカメラだ。

 モノアイレールに沿って埋め込まれたセンサーが捉えた光学映像を正面のモニターに映して見つめるドナの横顔を、クロエは横見に見た。自分が助けにこなければ敵兵に囚われていただろうに、微塵もそうとは思わせぬ表情だった。

「……少し、無理をしたね」

 クロエが呟く。それが叱責や追及からくるものではないと分かってか、ドナは気をつけないとねー、とにこやかに言ってみせる。

「でもこの子に頼ってばかりじゃ悪いもんね」

「アッガイは兵器よ」

 ドナは相変わらずアッガイを気に入っているようだ。着任時は自分がMSの乗組員になる事のみならず、愛機がアッガイである事への喜びを隠さなかったのを思い出す。

「こんなに可愛い兵器ってある? クロエも、ゴッグじゃなくてよかったじゃん」

 61式戦車の主砲に耐えるゴッグの正面装甲は他の比肩を許さないが、アッガイの方が性に合っているとクロエも感じる。もっとも、MSパイロットは皆、それぞれの愛機に対してそう思うのだろうが。

「可愛いからじゃないけど……。それにアッガイが可愛いって、感性変わってるよ」

「私たちの相棒になんて事言うの!」

 腹の中で女二人が自らの容姿で言い争っているとは知ってか知らずか、アッガイは寡黙に歩みを進めている。四十トンの機体が二足で運ばれる度に、周囲の木々がどしんと揺れる。

「そろそろだよ」

 ドナが這ってきた道を戻り、敵の集結地点に近づきつつある。

「攻撃して本隊の反応を見る。いくよ」

 メインパイロットの操作によってFCSのモードが切り替わる。それまでの慎重な足取りから、大胆な機動に変わり、アッガイがジャングルを突き進む。

「ドナを泥だらけにした復讐ね」

 開けた集落跡に飛び出した。民家がいくつか、水田の奥で肩を寄せ合っている。未舗装の道路に駐車している自走砲に照準を合わせ、頭部20ミリ機関砲を発射する。一秒にも満たない射撃で、自走砲は炎に包まれた。不意を突かれた兵士たちが散らばるのが見える。武装している者、そうでない者、彼らを纏めようと声を上げる指揮官らしき者。

「九時方向、タケヤリ!」

 ドナが目敏く発見した対戦車ミサイル射手の照準を機体各所に設置されたマルチランチャーの煙幕で妨害すると、頭部機関砲を指向し、反撃を行う。

 半壊した民家の屋根を越えて土煙があがったのをドナは見逃さなかった。

「二時方向、赤い屋根の民家に車両らしき影」

「了解」

 クロエは腕部武装ユニットの120ミリ砲を選択すると、敵との間にある民家に撃ち込んだ。対戦車用に装填されていた徹甲弾は石造の壁を紙細工のように貫通し、家の反対側で爆発が起きた。

 奇襲に慌てた連邦軍の兵士たちも、ようやく反撃を開始する。まとめて置かれていた小銃を手に取り、手近な掩体に身を隠す。あるいはトラックの重機関銃を一つ目の巨体に向けて撃ち始めた。

「目標、一つ目の化け物! 後方確認よし、撃て!」

 伍長が叫ぶと、部下が背負った対戦車ミサイルが発射される。使い捨ての発射筒を投げ捨て、水田の窪みに身を隠した。

 発射されたミサイルは上昇した後、赤外線反応を求めて弾頭のシーカーを起動する。排熱の少ないアッガイだが、かろうじて砲口に残った熱を探知した。シーカーに映った寸胴の機体は、皿のような巨大な頭部を持ち上げ、ミサイルを一瞥する。

 モノアイ―多目的複合センサーであるMSのカメラ・アイには自己防御装置が組み込まれていた。ミサイルシーカーに対して欺瞞を行うと同時に、非可視光線のレーザーがシーカーを無力化する。ミサイルは誘導を失い、明後日の方向に着弾した。

 ミサイルを撃った彼らの位置とその周辺に20ミリ砲弾が殺到する。止めに105ミリ多目的榴弾が炸裂した。

 抵抗は命の浪費だと察した兵士たちは散り散りに森へと逃げ、勇敢にも立ち向かった兵士たちは機械的に射撃される20ミリ機関砲の餌食となり今生に別れを告げる。

 煙幕を展開し全速力で後退する自走砲が直接照準を試みるが、回避行動を取りつつ接近するアッガイに成す術などなかった。

 アッガイの右腕から今度はアイアン・ネイルが展開する。鈍い光を放つ鉤爪だ。六枚の刀身はヒート・ホークのように赤熱化することこそないが、高周波で振動している。

 フレキシブル・ベロウズ・リムと呼ばれる、伸縮の可能な両腕の間合いに入った自走榴弾砲の固定式戦闘室を、アッガイの鋭い鉤爪が薙ぎ払う。輪切りにされた砲身が宙を舞った。それでも果敢に戦闘室上部の機関銃をアッガイに向けるもう一両に、名前通り蛇腹のような見た目をした腕が伸び迫り、矢尻めいて固められた爪が突き刺さった。爆発は起きない。白煙の中で、沈黙した戦闘車両と腕を戻すアッガイだけが存在していた。

 散発的な発砲が奥の森から続いているが、アッガイの脅威にはならなかった。

「いまのところ増援の気配はなし。このまま―」

 クロエが次の行動を口に出そうとしたその時、アッガイの警報装置が不快な警告音を発する。モニターの警告表示は垂直方向。

「砲撃!」

 ドナが言うや否や、クロエが機体を動かす。緊急回避を命令された機体が、見た目に似合わぬ機動性をフルに発揮すると、コクピットを強烈なGが襲う。短足を前後し駆け出したアッガイは、森の中を目指す。

 空中を曳火射撃の炸裂が走る。頭部装甲を破片が弾く音が響いた。

 アッガイの腕部は通常、稼働部品を減らし静粛性を高める目的で固定され、擬似的に通常MSと同様の構造をしている。だが一度ロック機構を解除すれば、最長で機体高に迫る長さまで伸長可能であり、有機的な一連の関節機構の連携で素早い動きを可能にする。アッガイは器用に両碗をくねらせ、進路上の木々を曲げ、あるいは支点として機体の退避をサポートした。

 クロエとドナはMSの緩衝装置をもってしても激しく伝わる揺れと内臓が浮かんでは押しつけられる不快な感覚に喘ぎながら、機体を操縦する。

 森の木々に潜り込んだアッガイの後方モニターには、一瞬前までアッガイのいた集落に鉄の雨が降り注ぐ光景が映し出されていた。

 木々が薙ぎ倒され、立ち込める砂煙と爆発炎をまた爆発が吹き飛ばす後方視界は、MSといえども生存を許さない地獄である。

「味方ごと砲撃するなんて!」

 ドナが叫ぶ。MLRSのクラスター弾だったら。混合していた榴弾が直撃していたら。アッガイの対砲迫レーダーが作動していなかったら。パイロットの反応が遅れていたら。死の間際であった実感が押し寄せる。それはつい三時間ほど前まで敵に生身で追い立てられていたことよりも強く、ドナの心臓を刺激した。

「修正射はなし。観測射撃じゃない。自分の座標だけ伝えたんだわ」

「自分も吹き飛ぶ覚悟で……」

 連邦軍の砲兵は密集することを好まない。正規戦においては、散らばって展開した自走砲がデータリンクの指示で射撃を行い、間髪入れず対砲兵射撃に備えて有機的に陣地転換を行うよう教わってきたからだ。彼らのドクトリンの中枢とも言えるデータリンクシステム、衛星ネットワークシステムは侵攻初期の衛星制圧によって殆ど無効化されたとはいえ、教えられた戦い方すら放棄することは軍人にはできない。現在も連邦軍の砲兵は戦い方を変えていないと確認されている。

 そして射撃から弾着にはタイムラグがあるものである。さらには砲撃要請から射撃までも誤差0秒とは言えない。それなのにあのタイミングで榴弾が降り注ぐということは、近くに似たような連邦陸軍の砲兵部隊が展開しているという証左だ。

「昨日の戦車小隊に加え今度は複数の砲兵小隊。敵の規模が大きくなってきたわね」

「そろそろ尻尾が掴めるかな」

「ええ」

 ドナが書き込みを入れた地図を取り出す。クロエはそこに撃破記録を書き入れると、現在地を確認した。

「アッガイに損傷はなし。残弾は8割。砲撃はびっくりしたけど、まだ余裕だねこの子は」

 オートで歩行するアッガイを監視するドナ。揺れるコクピットの中で、二人の士気はまだ高い。

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。