機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
EFGF―地球連邦陸軍―のマーキングが施された軽攻撃機のコックピットで、操縦手が風防の外側に広がる青空を眺めて言った。
「よく晴れた空です。粒子もない」
青く澄み渡った空には、彼らを悩ませ続けるミノフスキー粒子も検出されず、ジャングルとはうって変わって遮るもののない視界が広がっている。操縦手と機長兼射撃手を収めたコックピットの真下には機関砲とセンサーポッドが装備され、射撃手に熱線画像その他の拡張された情報を提供している。
戦場には常に霧がかかっていると比喩で表現されるが、地球連邦軍という人類の編成した軍事組織で疑いなく頂点に君臨した組織にとっては、全球監視を可能とした軍事衛星網によって極限まで薄いものとして考えられてきた。分離主義勢力などは、個人の顔貌までも判別可能な偵察衛星によって監視し詳細に把握した上で叩き潰す。そうした戦略上の想定はジオンに通用しなかった。地球侵攻作戦に先駆けた衛星制圧作戦によって地球連邦軍は神の目に等しい監視網を失い、ミノフスキー粒子のカーテンが電子偵察も不可能とした今次大戦において、偵察は生身の人間と航空機に頼らざるを得なかった。
だがファンファンのような垂直離着陸攻撃機にとっては悪いことばかりではない。MANPADSに怯え、戦闘機には歯が立たないファンファンも、今の戦場ではいくらか自由である。小型集積回路の無効化というおそらくどんな軍事研究も予想しなかったであろう状況。そして大規模な航空戦が痛み分けに終わり連邦もジオンも虎の子の戦闘機を出し渋っている現在、空をもっとも自由に飛んでいるのがファンファンである。
並列複座コックピット右側、射撃手の三等軍曹はコンソールに並んだいくつかの画面とキャノピーの外の景色とを見比べて沈黙を貫いていた。オーバーオールタイプの被服にベストを着込み、フライトスーツと共用のヘルメットを被った男は、フライトボードを取り出して仰いで見せる。
「だよなあ。まるで攻勢が始まったみてえな言い方だったけどよ」
ジオン軍が攻勢をかける時には、かならずホワイトアウトがセットだ。在来の戦術では質的にも量的にも、蓄積された経験値的にも彼らに優位はない。だからミノフスキー粒子を散布して、こちらの目や耳をつぶした上でモビルスーツを使って高価値目標を叩きにくる。前線が混乱しているからといって仮にも後方に位置していた砲兵隊が唐突に攻撃され、すぐに通信が途絶した。その状況を見て司令部はミノフスキー粒子の霧の中で電撃戦が始まった可能性に頭を支配され彼らを派遣したのだろうが、冷静に考えればおかしな話だ。最前線がミノフスキー粒子に包まれたのなら、その中の様子は分からずとも霧がかかったことは司令部からでも把握できる。そして敵が企図した作戦目標も散布の規模によってある位程度推測できるというものなのだが、今回は全く逆だ。
「しかも前線とは連絡がつくんですよね」
「ああ。差し詰め、どっかの馬鹿が予備弾を落として攻撃だと勘違いしたんじゃねえの」
フライトボードには付近の味方陣地が書き込まれている。撤退の最中、地球連邦軍が誇る高度な官僚機構があっという間に再編計画を立て、書類上でかき集めた周囲に展開しているはずの部隊を配置させた図。部隊名や所属はめちゃくちゃになったが、命令書が一枚届けば指揮系統が暫定され指揮官にはやるべきことが通達される。お陰で兵隊は大隊本部が丸ごとザクの足の裏にこびりついた汚れになっても何をすべきか半日もすれば決まっているという仕組みだが、反面、ミノフスキー粒子に包まれていれば難しくもなる。そこは指揮官の能力に依存する領域というわけだ。
「付近の部隊は接敵していないんですよね」
「隣の小隊が緊急射撃要請で撃ちまくったらしいが続報はなし」
「どこに撃ったんです? 予定射撃?」
三等軍曹がHMDの下で口元を歪める。
「通報した部隊が展開してた廃村」
見なくても操縦手の反応は分かった。
何らかの理由で接敵と誤認した部隊指揮官が射撃要請をするが、座標を間違えて自分達に榴弾の雨を降らせた。そういう最悪の喜劇のような事が、戦争では時として起こる。
「威力偵察か何かじゃないんですか? コマンドとか」
「その時はこのファンファンの出番だな。俺はその方が嬉しいぜ、馬鹿がブラックラインの制服着てるよりよ」
地球連邦軍の制服は四軍共通である。胸元から肩までV字に流れる黒いラインはジャケットの胸元から見える開襟シャツがモチーフとも言われ、全ての将兵が常にその制服を着用する事が、単なる軍事組織に留まらない地球連邦軍の性質を示唆している。
「その時は前哨が見逃したことになります」
「今まで全部うまくいってりゃあ、今頃俺達は基地で昼飯食ってんだよ」
ベルトに拘束された両足の上に乗せられたままの紙箱を一瞥する。中身はレーション。陸軍航空隊所属の彼らは基地で温食を食べることができるが、任務時は別だ。上官の命令で友軍の安全確認とやらに駆り出され、飯を食う時間もままならなかった。
ファンファンのコックピットは悪くない居住性をしているものの、地面に比べれば何段も劣る。
AV 58ファンファンは連邦陸海軍の採用した垂直離着陸機だ。空飛ぶ戦車としての役割をとうに失っていた攻撃ヘリコプターが適応して、ジェットエンジンによる高速航行能力と非正規戦の要求する作戦空域における滞空能力、ペイロード等を兼ね備えた軽便な攻撃機であるファンファンを生み出した。
主翼のようにも見えるナセルに組み込まれた二枚のファンが、水平に機体を挟んで位置している。コックピットの後方にエンジンとモーターが存在し、その上部に武装が乗せられている。最もポピュラーなミサイルコンテナは円筒状の大きな装置で、小型の航空機が背負っている姿を正面から見るハエの目のようだった。
二人の小隊を構成しているファンファンはいずれもE型と呼ばれるバリアントで、機首の下に機関砲ターレットとセンサーポッドを装備している他、射撃管制レーダーがウェポンベイの間に置かれ、コンテナは左右で十発のものから小型で多連装のものへと換装されている。
「見えてきましたよ」
空に伸びるいくつもの黒煙がなければ、見逃すところだったかもしれない。モニター上の地図に、雑に置かれたピン。そこが目的地という意味だ。付近の部隊も律儀に言いつけを守って配置を固守しているから、彼らが第一発見者というわけになる。
くそったれのデータリンク・システムめ。通信衛星もなければ前線情報管理ユニットもない。おまけに散り散りに再配置された友軍が好き勝手に情報を上げたり消したりしている。司令部からは確認する術がないのだから、前線では確度の不確かな情報が混在しているのだ。
「どうやら全滅したのは本当らしいな。犯人探しの時間だ」
ファンファン四機が散開し、“現場”の調査に入った。
「上空、飛行物体確認」
アッガイの背丈を優に越すフタバガキの影に隠れたアッガイ。そのコックピットで、ドナが報告する。モニターには拡大された機影が映し出されている。
「数は四。ファンファンの一個小隊」
各種センサーは彼らがアッガイを捕捉していない事を示した。
「当たりね。敵の反応が過敏になってきてる」
これ以上は派手に動けない。だがより奥に踏み込まなければならない。そう考えながら、巨大な樹木の影を歩んでいく。
「タイプは?」
「E型。こっちは見えてない」
上空を飛ぶファンファンは、ヘリより大きなペイロードを持ち、それでいながらヘリより速く空を駆け抜ける。対戦車ヘリ、偵察ヘリを一度に代替した高性能な回転翼垂直離着陸攻撃機。
「ここでやり過ごす。念の為、火器管制を対空戦闘に」
「はい」
FCSの表示が変更され、兵装が自動選択される。高木の葉が作り出すキャノピーの隙間から見える飛行物体を、モニター上で小さなボックスが囲んだ。
―「通報があった地点を通過。友軍は?」
「動く人影、車両はなし」
操縦手の問いかけに答える。赤みのあるラテライト土壌に点在する木造建築の残骸には火が灯り、その周囲を黒焦げになった死体と、兵器の残骸、へし折られた木々が囲んでいる。
『《アーデア・ワン》より小隊各機。日没までには帰投する』
小隊長機の命令で四機のファンファンがさらに高度を落とす。操縦手が操縦桿を倒し、ファンファンはまだ炎の上がる残骸に接近した。センサーポッドの捉えた映像がモニターに映し出される。
「履帯痕がある。マゼラ・アタックじゃないな」
軍曹は未舗装の道路に残されたパターンを見て呟く。EFGFの自走榴弾砲とジオン軍の自走砲、マゼラ・アタックの履帯幅は全く違う為、容易に見分けがつく。だが空挺戦車のものかは柔らかい土壌のために判別がつかない。
ダウンウォッシュが黒煙を吹き飛ばし、自走砲の残骸で燻る炎の勢いが強まった。
『こちら《アーデア・スリー》。友軍以外の残骸は見当たらない。だが事故でもなさそうだ』
僚機が報告する。それは明らかだった。弾薬が暴発して全滅するような配置はしていないし、味方の砲撃で壊滅したようにも見えない。
「MSですか?」
「足跡があれば分かるんだがな。そっちは?」
男はHMDに表示される機首センサーの映像を見ていた。多目的センサーと共に男のヘルメットと同期された機関砲が旋回する。
「見当たりません。森の啓開路を探そうにも、砲撃で倒木だらけです」
『こちら《アーデア・ワン》、川沿いに死体を発見した。生存者なし。酷いものだ』
隊長機が川沿いで何か発見したらしい。敵は川から来たのか。あるいは川に逃げたのか。
「どうなってるんだ。ザクが川を歩いてきたのか?」
「水深から言ってないでしょう。奴らザクを胸まで水に浸けるのを嫌がる。それに……」
「分かってる。FEBAから遠すぎる、だろ? だが何で来てたって同じことだ」
もっとも、FEBA―戦闘地域前端―などという概念がここにあるのかは甚だ疑問だが。それにしてもここまでMSで川を呑気に歩いてきたというのは不合理だ。
「揚陸艇でも使ってるんですかね」
「で瞬く間に歩兵部隊と合流した自走砲一個小隊を壊滅、か……」
優秀なコマンド部隊であるなら、嫌な話だ。訓練にはあったとはいえ、正規戦で個人用ジェットパックや浮遊機を駆使する特殊部隊と戦闘するのは、あまりにも自分達の想定されてきた任務と違いすぎる。分離勢力やらテロリストやらの民兵をコスパよく処理するのがファンファンE型の任務なのだ。だがコマンド部隊の浸透があるとなれば、歩兵の山狩りと並んで真っ先に割り当てられるだろう。
「味方の砲撃で敵の火力すら見当もつきませんよ。運良く生き残りがいて報告が上がるのを待つしかなさそうですね」
「ふん。週末ってところか? その頃にはとっくにここも放棄区域から“公国領”になってるさ」
操縦手の男がサングラスに髭面の隣人を横目に見る。バイザーの薄暗い景色の中で、三等軍曹の自嘲的な笑みが白く映った。
「なああの木がへし折れてるとこ、何か通ったみたいじゃ―」
そこに彼らの基地で中継した指揮所からの通信が鳴り、台詞を中断する。
『《アーデア》隊へ、こちらHQ。北三十キロの地点で交戦状況。捜索は中止し応援に向かえ』
『《アーデア》了解』
操縦手がため息をつく。インカムでその音がはっきり聞こえた。その気持ちは男も同じだった。杜撰な撤退のせいで追い立てられている部隊の援護に連日駆り出されっぱなしだ。
『小隊各機。聞こえたな。犯人探しより今困ってる味方の援護だ』
隊長機が捜索を切り上げ、上昇する。
「それで、何と言おうとしたんで?」
「ん? いや、なんでもねえ。MSにしろコマンド部隊にせよ、これ以上先には進めねえ。さっさと向かうぞ」
薄暗い木の影に向いていたファンファンのガトリング砲が機首方向に向き直る。編隊を組んで飛び立っていくファンファンを木々の隙間からモノアイが確認した。ザクは言わずもがな、アッガイですら探知されかねない距離だった。二人は小さく息を吐き出した。
「忙しそうだねえ。どこいくのかな」
「さあ。とにかく、これで私たちは仕事ができる」
そう言うとクロエは慎重にモノアイをレールに沿わせて一周させると、安全を確認しアッガイを動かす。頭部に乗っていたらしい尾の長い猿が慌てて近くの木に飛び移った。口笛を鳴らすドナの隣で、クロエが呟いた。
「危ない橋を渡ってる」
「橋? 崩れてもアッガイなら泳げる」
「そういう話じゃ……」
来た道を戻り、上陸した水辺と同じところからまた川に入る。アッガイの体重で川底が崩れ、これ以上濁ることもないと思われた泥色の川が一層濁った。地面についた腕を離すと、アッガイはゆっくり水面下に沈んでいく。機体表面の泥色を溶け込ませるように。川魚がゆらと逃げ惑うのがモニターに映り込む。
アッガイの胴体メインフレームは、ザクのそれを流用している。ザクのコックピット前面は不可動の装甲板に塞がれているが故、搭乗は左胸のハッチから行い、シートが隔壁を挟んだ右胸に移動し、稼働部の脆弱性がその動線以外に存在しないコックピットブロック内に封される。そのためザクの胸部には殆ど容積の等しい区画が左右に並び二つ存在する。アッガイは前面装甲板を取り外したコックピットブロックの二区画を隔てる壁を排し、その両方にシートと計器を固定した構造となっている。コックピットブロックを守るモノコックフレームは、装甲板を張り合わせアッガイの外装を構成する。そしてコックピットフレームは内殻に囲まれ密閉されているが、最外殻の装甲板の内側はすべてが水密構造ではない。機体の各部を三種類のレベルに区分し、水密処理の優先度を変えているのだ。川の水が関節の隙間から入り込み、装甲板の内側を満たし始める。コックピットにはそれを感じさせるくぐもった音が響いていた。
―クロエとドナが潜入する地域から、三十キロほど公国軍勢力圏に近づいた密林。遅滞戦闘を命じられた歩兵部隊が構築した即成の陣地は、それでも存外に強固な作りをしていたために、小規模な攻撃があってもなお最前線の前哨基地として存在し続けられていた。
張り巡らされた塹壕がお互いに接続され、いくつかのキルゾーンを形成している。そこに向けて、なるべく目立たぬように配置された無反動砲や機関銃。防壁を並べて作られた建物は迫撃砲をいくつか擁しており、敵の前進に備えている。
本格的な侵攻の前には、単独ではとても維持できない程度の作りだが、浸透戦術には対応可能である―ということらしいが、どうも正規戦にいまだに慣れきっていない上層部が非正規戦のノウハウを強引に引用したものだと、ベテランの下士官の目には映った。
HQと使用者には呼ばれるにわかづくりの建物は、塹壕を横に広げて作った地下室よりは何かと使い勝手が良いので見逃されている。隣に並べたテントが兵舎がわりだ。戦闘時にはもちろん何の役にも立たない布張りだが、旧世紀の塹壕戦でもなければ、寝床や休憩所まで泥水に浸かりたくはないというのが兵達の切実な希望だ。これらの設備を防壁とフェンスで囲い、砲迫撃のリスクには目を瞑ってきた。
テントから目を擦って出てきたのは夜間の警戒シフトについていた兵士で、下半身はPE用の半ズボン。上半身は裸でドッグタグだけ首から吊るしている。その金属製の板切れに記された名は、ジムというありふれた名だった。
「おい、何だあのトラックは」
彼が怪訝な視線を向ける先には、数台のトラックが止まっている。運転席の天井に備え付けられた機関銃を任されている見知らぬ顔が、不快そうにこちらを見遣った。
「よせよ、臨時再編だか補充だか何だかで、今日から一つ屋根の下なんだぜ」
「ああ? 驚いたなこんな場所に越してくる奴らがいるのか」
どうりで朝っぱらからクソうるさいわけだぜ! と彼が当たり散らすのを聞いていたトラックの帆が揺れる。
帆の隙間から出された手が、気だるそうに中指を突き立てる。
周りの兵士がそれに過剰に反応してトラックに詰め寄ろうしたり、あるいはそれを静止しようとしているところに、トラックの運転席の扉が開く音が聞こえる。
反対側の扉を開けて降車した人物がトラックの荷台側をわざわざ遠回りして、彼らの前に姿を表す。それはごくありふれた容貌の部隊指揮官に過ぎない男だったが、ジムをはじめとした囲んでいた兵士たちの意を削ぐには十分だった。彼の制服には迷彩柄のようなものはないが、既に泥と煤、そして何より人間の血液によって元の外見は失われている。
「君達の睡眠を妨げたことは申し訳ない。だが部下たちだって死ぬほど疲弊している。今は、味方同士でいがみ合う時ではないはずだ」
雨以外の水に久しく触れていないであろう髪は、さまざまの不純物と脂で固まり、顔面は陰影が見てとれないほど汚れている。無精髭の下の唇はひび割れ、目には不気味な光が点っている。地獄のような最前線に置かれた人間のする目の色であることは、塹壕で敵と睨み合ってきた彼らにはすぐに分かった。
彼の襟についた階級章は中尉。
不満そうに姿勢を正し、敬礼する兵達に彼は続ける。
「誰も彼も、望まない待遇を受けてる。ジオンのせいで。違うか?」
抑揚のない台詞は、銃声の中で叫ぶ以外に声を出す術を忘れた人間が、ただ叫ばないだけで喋っている声で発せられた。思わず兵士達がブーツを合わせ敬礼で応じる。
「中尉殿。失礼ですが、あなたがCOで?」
「そうだ。彼がこの、第三二歩兵大隊第一中隊第二小隊の指揮官だ」
新たに加わった落ち着きのある声に、兵士たちと中尉が敬礼を向ける。この前哨基地の責任者を務める、サントソ大尉だ。
「第二大隊A中隊第一小隊。二十七名ただいま到着しました。命令書はありませんがご容赦ください」
どう見ても彼の率いてきたトラックは小隊の規模ではなかった。それに彼を見れば、嫌でも想像がつく。どんな過程を経てここに至ったのか。そして、再編とやらでこんな最前線で遅滞戦闘を命じられた胸中。
「部下が失礼をした。ひとまず貴官らは休んでくれ。幸いここにはシャワーもある」
狭い陣地内でもひときわ存在感を放つ半袖姿の男が、黒い肌に汗を浮かべて笑って見せた。
曹長! サントソが張り上げた声に、ジムがブーツの両足を揃えて応える。
「手の空いた者で中尉の隊とテントを設営しろ。機材は後回しでいい。トラックの偽装も忘れるな」
トラックから重機関銃を下ろしながら、ジムはその主の中尉に話しかける。
「どこにいたんです? ここに……来る前は」
「ずっと東だ。大隊本部が消えてなくなって、今度は中隊本部が月まで吹っ飛んだ」
よくある話だが悲惨だ。確かめる方法は全くないが、彼の大隊の最高階級者がこの男である可能性すらある。
「俺達も似たようなもんです。司令部が書類の上でした再編でここが割り当てられて……上級部隊に知ってる顔は、今や連絡に来たガキみたいな少尉だけ」
部下に重機関銃の弾薬箱を預けて、尻のポケットから安い煙草を取り出す。中尉に一本差し出すと、彼は折れたその一本を荒れたふたつの唇に挟んだ。
「何はともあれ、仲間が増えるのは心強い」
「配給の煙草争いが加熱しそうで」
制服の中で潰され、汗を吸った煙草。地球軍省が用意し、そのエンブレムを模った星の印刷されたパッケージ。
「曹長、私と部下で車を運転する。君は助手席で案内してくれ」
「分かりました。何人か荷台に残してください。偽装を手伝ってもらわなきゃ」
幌の内側にいた兵士達は血だらけだったが、この基地で手の施しようがない重症者はみな後送され、酷い者でも腕を吊っている程度だった。
「傷の深い者はこっちへ。HQにベッドがある」
「ありがとう。助かるよ」
特技兵が負傷者に手を貸すのを横目に、ジムが助手席に乗り込む。血がこびりついたシートには薬莢が転がっている。六輪トラックの荷台から兵士達が降りると、中尉はハンドルに手を置いた。
「道沿いに二百メートル。そこに土壌が悪くて木が生えてないところが。高木のキャノピーが覆ってるから、ネットをかければ空からは見えない」
「来る時に見た。ラコタがあったところだな」
ややぬかるんだ地面の上をタイヤが転がり、窪みや石を乗り越えるたび車体が軋みごちゃごちゃした音を鳴らした。陣地にいる全員が乗る分のトラックはない。だが彼らの合流で、負傷者を運ぶ能力が手に入ったのは僥倖だった。いくらか気が楽になったのか、着いたばかりの時より饒舌になった中尉が口を開く。普通の会話の方法を思い出すためにリハビリテーションをしているようでもあった。
「もし撤退することになったら、互いに援護しながらここまで走ります。運がよけりゃあ、逃げ切れますよ」
「この陣地はいつから?」
「ええと……空軍が撤退してからです」
「奴を見たことは?」
「しょっちゅうです。ここの規模が大きくなってないか確認するんだと大尉は言ってました。一昨日は無反動砲で―」
そうじゃない、と中尉が脇道に入りながら言う。
「ザクだよ。一つ目の人形野郎」
「ああ、それなら……後退する前に一度だけ」
交戦はしていなかった。もとより十八メートルの巨人なんかは、歩兵の領分じゃない。陣地には対戦車ミサイルを強化したのがいくつかあるが、あんなものでどうにかできる相手ではないのだ。
「ジャングルじゃ、いつも戦車がいるとは限らない」
中尉の口振りは、そのザクとの戦闘をしてきたというものだった。無理もないだろう。最前線に送り込まれる前に大隊の損害が増えすぎたために再編されたジムの歩兵部隊と違って、彼の部隊はおそらく、正面からザクの突撃を受けて粉砕されている。
「戦車部隊の奴らは、俺達より逃げ足が早いですから」
「そうだな。もし奴がここに現れたら―」
その先の言葉を待ち受けていたジムだったが、目の前の疲弊した男からそれを聞くことはなかった。
頭を揺さぶる爆音には聞き覚えがあった。つい先日、敵の偵察部隊が撃ち込んできた無反動砲だ。夜中のことだったが、テントからヘルメットとライフルを掴んで走り出し、塹壕に飛び込んだ。各所に設置された機関銃や擲弾銃が茂みに向かって掃射を始めると、それ以上の追撃はなかった。
その時と同じ爆発音が陣地の方から響き、うるさかったジャングルの動物達が静まり返る。彼らはトラックを脇に停めると偽装網を適当にひっかけ、銃を片手に走り出した。
増やして欲しい要素はなんですか?
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人間ストーリー
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戦闘シーン
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モビルスーツ
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普通兵器
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歩兵