機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第八章

 スペースコロニーの街並みは、コロニーの外観がどれも殆ど変わらないのに対してバリエーション豊かなものである。コロニー内建築の古典的イメージは、人工空間内で養われた自然との調和であろう。広いバルコニーのあるモダニズム建築。プールの傍らで、快適かつ清浄な生活を送る男女が微笑む。そんな絵が思い起こされるが、無論そればかりではない。

 人類すべてを宇宙に移民させる計画のもと考案された建築には、そうしたいわばモデルルームのようなものもあったし好まれたが、実際には、人口問題の解決策として行われたために、極めて合理的かつ省スペース、省資材的なデザインのものが多い。またその中で人類文化への賛美に近い、懐古的なデザインでパッケージングすることで、居住者の感情を効率という冷たい響きの言葉から逃すような設計も発達した。かつて土壁やレンガ、木材を用いて作られたような建物が、先進的な設計技術と建築技法によって再現される。

 それらは長所と短所を宇宙コロニーでの実生活の中で検証し、住む人々や行政府の監督のもと、徐々に洗練されていった。

 もっとも特異かつ興味深い例として語られるのは、サイド3首都であるズム・シティの公王庁舎である。脱構築主義的な骨格を権威主義的な皮膚が覆い、独特な威圧感と外観が見る者に地球から派生した文脈から逸脱する勢力の存在を感じさせるこの建築は、スペースノイドが地球の文化から自立し、再現や懐古からの脱却を目指し、やがては自らの所有する文化と歴史を切望したことの表れであろう。

 しかしながら、ドナの生家はサイド3のとあるバンチに存在する、ごくありふれた住居であった。一階部分には雑貨屋とその店主の夫婦が住む部屋があり、二階からはドナの両親とドナが住んでいるような居住空間が積み重なっている。材質は全く違ったが、レンガを模した壁面がドナのお気に入りだった。

 その日も雨が降っていた。コロニーにも雨は降る。気象管理局の制御した人工的な気象現象に過ぎず、多くの場合通勤や通学に配慮して不便でない時間帯にだけ降り、コロニー内の植物に水分を補給し、街路や建物、あるいは空気の汚れを流すことがもっぱらの目的である雨であるが、人間がコロニーを人工物であると意識し過ぎないためには必要なものらしかった。風邪をひいて部屋に篭っていた幼い日のドナが雨音で目を覚ましテレビを点ける。その瞬間が、彼女の運命を、否、多くのサイド3市民の運命を決定した瞬間であった。

 子供にとっては退屈極まる番組がやっているとばかり思っていたドナの目に飛び込んできたのは、報道チャンネルの特番だった。『ダイクン氏逝去』というテロップの下で、すっかり頭の禿げた恰幅のいい初老の男性が口を開く。今となってはなんと言っていたのか覚えていないが、確か、ダイクンは託されたというようなことを言っていた気がする。

 何を。

 おそらくは、サイド3を。私たちの住む場所を。

 彼女達の住む場所が公国を名乗り始めたのは、翌年のことだった。

 市民を統一する君主を得て独立宣言を発し、連邦が搾取者であるとする論調が強くなっていくこの国で彼女は育った。

 ある日、彼女の学校で喧嘩が起きた。きっかけが何であったのかは知らない。だが、その出来事は別段突発的なものではなく、なんとなしに皆が感じていた抑圧感が、ひとりの男子生徒の言動を吹き出し口にして溢れ出たようなものだった気がする。その男子生徒は、クラスでは目立たない存在だったが、かといって目立たない者同士で仲間がいるわけでもないらしく、粗暴な何人かの生徒に囲まれて、まずは突き飛ばされたようだった。

 がたん、と。アルミのロッカーに彼の肩甲骨が衝突する音が聞こえ、振り返る。そこには体制を崩した男子と、それを囲み笑みを浮かべる何人かの生徒。そして傍観する周りの生徒達。囲んだ側の生徒の一人が、握った拳を振り上げる。

 それを認識した時には既に、ドナの体は彼らの間に割って入っていた。

 自分でも、なぜこんな状況に身を置いているのか分からなかった。

 その後は、ドナも一緒になって殴られるとか、あるいはそれをかわして男子数人を相手にのしてみせるといった劇的な展開にはならず、ばつが悪そうに生徒達はどこかへ行ってしまった。そして彼女の背後にいた男子生徒も、そっけなく礼を言って、その後卒業するまで、ドナとは一言も言葉を交わさなかった。その間に、鬱屈した少年達が再び暴力沙汰を起こすようなことはなかった。

 ドナが、その後ジオン公国軍となる組織に入隊したのは、ある意味当然の経過といえよう。

 目の前の事象に、ごく実直に感じ、考え、自分にできる行動を起こす。

 それは、軍隊という組織の中でも通用するメソッドだった。知識と思考の蓄積さえ正しければ、常に行動が最善の結果をもたらし、行動しない者は敗北をのみ得る。

 それが真理であればこそ、ジオンは連邦にゆっくりとした緩慢な死を強制されるのではなく、行動する力を蓄えたのだ。

 「地球に住む人々と、宇宙に住む人々―。こうした区別は、宇宙世紀が始まったばかりの頃にはありませんでした」

 大きなモニターの前で、教師がそう語りかける。表情は穏やかで、彼の発する言葉は教育庁が定めた方針に則りながらも、頭の中ではもっと複雑な光景を思い浮かべているのだと、その時のドナには考え付かなかった。

「両者の対立構造が強く意識されるようになったのは、地球連邦政府が宇宙移民計画を停止してからです。地球環境の保全を名目に地球に残った人口は十億超。それが過大であることは、誰の目にも明らかでした」

 表示されたのは棒グラフで、旧世紀における環境保全団体職員の地球全土の合計と、宇宙移民で地球に留まった人数とが比較されている。

「地球は、数多の生命―これはもちろん、人間を含みます―を育んだ、宇宙でも稀に見る惑星です。人類社会にとって決して独占したり、失ったりしてよいものではありません。ですが地球連邦政府のエリートは……」

 地球連邦のエリート。しつこいぐらいに、あらゆる場所で聞く言葉だ。社会科の苦手なドナですら、覚えてしまうぐらいに。それは一定程度、プロパガンダであっただろう。だが自国民に、悪意のある解釈を教える学校などあるだろうか? 連邦政府は、確かに最高ではないかもしれませんが、一生懸命頑張っています。とか、コロニー建造には莫大なお金が必要でしたが、エリートがいればこそ私達は飢えずに生きていられるのですとか。私たちは地球連邦に感謝しながら、三代にわたる借金を誠実に返済しましょう、とか。

 しかしもしかすると、この教師の優しく繕った言葉が、教室の鬱屈した空気を生んでいたのかもしれない。いや、その当時、毎日のように流れる経済制裁のニュースや首相談話のせいで教師を含む皆がそう感じていたのかもしれない。

「地球は人類すべての宝ですから、私達もその在り方を考えていく必要があるのです」

 「―地球は人類すべての宝、ねえ」

 密林で、教師の言葉を反芻する。あの人は多分、兵士にならずに済んだだろう。だから人類の宝とやらが、こんなにも汚くて、臭くて、湿気と熱気に満ちていて、不快で、薄暗く寂しい場所だと知らずに生きていくはずだ。

 脛まである沼地を、水草をどけながら歩く。ただでさえ装備で重い足が、泥にとられて余計に重く感じる。頭上には、おそらく樹高二十メートル近い木が乱雑に生えていて、競うように伸びた枝についた葉が自然のパラソルを形成している。地面は沼だが、アッガイの歩行には問題ない。ここに来るまでの道も、時折サブマシンガンのストックを地面につけて確かめた。自重を支える湾曲したバットプレートがどの程度地面に沈み込み、泥が付着するかで地面の硬さをおおよそ把握する古典的な方法だ。

 少し長めに降ったスコールがやみ、眩しいほどの日光が草の隙間から差し込んでいる。気象管理局を幼稚園のプレイルームに貸し出したような天気だ。ドナは流石に慣れたが、不親切な天気だといつも思う。

 沼地ももうすぐ終わろうとしていた時、不意に人間の声がした気がして、ドナは腰を落とした。そのままゆっくり、濁った泥水に足を広げ伏せる。自分が立てていた水の音が鎮まり、けたたましいジャングルの雑音が再び辺りを支配した。

 猿か何かの鳴き声か―そう考えたその時、視界に何かが飛び込んできた。おそらくは木製の、人工的に工作された飛翔体が、緩慢なカーブを描いて飛び込んできたのだ。

 その工芸品は、ドナの伏せたすぐ先の沼に音を立てて落着した。

 ドナは背嚢が水浸しになるのも構わず、二十センチほどの深さに全身を沈めた。爆発するかもしれない。そうも思ってはいたが、どこかでこの先の展開が予想できている自分がいたからだ。幸いノーマルスーツのおかげで水密は保たれ、溺れずに済む。

 水中でゆっくり仰向けになり、濁った水に目を凝らしてみたものの、水面の上は全く見えない。ヘッドセットの聴音装置は機能していない。しかしそれでも、複数人が沼地に足を踏み入れたのは感じられた。視界のない泥水の中で、ドナはじっと耐えている。胸の前にはMP-71が両手でしっかり握られていた。

 沼を、泥水と底に沈澱した泥をかき乱しながら右往左往する何者か。熱をもっていたはずのドナの体に冷たい感覚が走った。水温のせいではない。短機関銃を握るグローブの中で、手汗がびっしょり濡れていた。呼吸装置が酸素を提供するヘルメットの空間内を、くぐもった水の音とドナの荒れた呼吸とが埋めていく。少しでも体を動かせば、沼の水が震えて、彼女がどこにいるのか丸わかりになる、そんな強迫観念のような懸念に支配されそうになる。そしてその瞬間、見えない水面の上で放たれた銃弾が、彼女の頭や太ももや首を、切り裂いてしまうかもしれないのだ。

 すぐそばに一人がいるらしいと、全身を撫で回す水の感触と不明瞭な音が教えてくれる。

 ヘルメットに、こつんと音が響く。そしてクッション越しに、何かが当たったと感じる。それはそのまま仰向けになったドナの、顔面に伸びる―。

 ―手。日焼けした、皮の薄い掌がバイザーに張り付く。わずかに見えていたドナの視界に、大きな掌が現れたのだ。ドナは小さく息を呑む。口を塞がれたわけでもなく、息苦しかった。

 否。

 確かに、大きいと感じたのは事実だ。だがよく考えてみれば、小さい。

 掌なのだから。Sサイズの彼女のヘルメットにつけられたバイザーすら覆えない、小さな掌だった。ドナは左腕を伸ばして、その小さな掌が繋がった腕を掴み、強く引き倒す。入れ違いに立ち上がり、その者を水中に倒しながら、右手で抱えたサブマシンガンを沼地にいるであろうもう一人の人物に向けようと振り上げた。

 が、その銃口は行き場をなくして空中に向けられることになる。

「―子供」

 彼女の目がとらえたのは、十歳にも満たないであろう子供の姿だった。Tシャツにハーフパンツを穿いた女の子だ。ドナがまだ離していなかった腕を引き上げると、こっちはずいぶん軽い体重の男児が水中から持ち上げられる。

 飛んできた工芸品に、小さな手。ドナの直感は正しかった。しかし、その先のことまでは刹那に思い付かなかった。率直な感想が、バイザーの閉め切られたヘルメットの中で溢れる。

「どうしよう……」

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
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