機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第十章
ドナの瞳には、はっきりとスマルツァ短機関銃の照準器が映っていた。その照門の中心に男達がいる。
人数は三人。いずれも武装している。一人はアサルトライフル。もう一人は狩猟用の散弾銃。最後の一人はピストルだ。ドナが真っ先に照準を合わせたのは、アサルトライフルを抱えた長身の男だった。
彼らはワークシャツやポロシャツといった―およそ正規の軍人にはあり得ない―服装で沼地の入り口に立っている。そしてみなが頬づけもなっていない姿勢で銃を彼女に向けている。彼らの外見すべてが、軍隊での教育を受けていないことを物語っていた。
「お前、ジオンか? 子供達をどうするつもりだ」
ピストルを持った男が、緊張を感じさせる、けれども芯の通った声で問い詰めた。右手に握られた拳銃は、しっかりと銃口でドナの胸を指している。
「落ち着いて。たまたま出会っただけ。私はあなた達に用はない」
ドナの左胸が花火のように音を立てている。ドナの声が沼沢に溶け込んだ。
彼女の視線は、冷静に彼を観察していた。トリガーガードの中で指が引き金にかかっている。彼の指に刻まれた皺までくっきりと見えるようだった。
「そうだろうさ。俺達のことなんか、知ったこっちゃないだろうさ!」
猟銃を構えた男が、声を荒げて一歩前へ出た。反射的にドナは銃口の先を移す。だが相手は三人。誰に向けたところで、大した違いはないと思えた。
「待て。なぜジオンがここにいる? もうここも戦場になるのか?」
ピストルの男が、猟銃を制止する。ドナは、どう答えれば刺激せずに済むのか分からなかった。子供達の話では、連邦軍が駐留しているわけではないらしい村が、連邦軍の敵である自分の目的にどう反応するか予想できなかった。
「それは言えない。でも、私達は連邦軍に見つからずにここを通る必要がある」
一瞬だけ考え、ドナはそう答えた。
「駄目だ。お前らジオンが来るだけで畑は焼かれるし、村も住めなくなる。今すぐ引き返さないなら―」
散弾の威力が頭をよぎった。最初に引き金を引けば、あとは賭けになる。だが先に撃たれれば、賭けにもならないだろう。素人とて、この距離で外すわけがない。猟銃の男を撃ち殺し、そのまますぐに残りの二人に弾をばら撒けば、生きてこの状況を脱することができるだろうか。
狙いすぎず、引き金を引きながら銃身を横薙ぎに動かせばいい。撃ち漏らしたり、間に合わなかったりしないように何往復かする必要があるだろう。それでも賭けだ。即死しなければ共倒れになるかもしれない。
「待って」
ドナのボディアーマーに小さな力が加わった。
「この人、悪い人じゃないよ」
少女がベルトを掴み、ドナの半身に重なるように立つ。激発する寸前まで引き金を引いていた指から少しずつ力が抜けた。
「馬鹿! 離れろ!」
「落ち着いてと言ったでしょ! 子供の前で殺し合いができるの!?」
人質にするような言葉に居心地の悪さを覚えつつ、ドナは続けた。
「私はここを通りたいだけなの。連邦軍に見つからなければ、ここで戦闘はしないと約束できる」
男達の目に迷いが生じたのを、ドナは肌で感じ取っていた。彼らはピストルの男がどう判断するのか知りたがっている。
「私が死んだら、ここが戦場になるよ。私はそれを望んでない」
ドナは、緑色の瞳でピストルの男をまっすぐ見つめた。茶色い目が一瞬だけ彼女から逸らされると、彼の口が開いた。
「お前、薬は持ってるか?」
彼女は銃は下げずに、片手で左脇のメディカルポーチを開いてみせる。中に詰め込まれたガーゼや鎮痛剤、ステイプラーや鋏が見えたはずだ。
「それをくれれば、見逃してやる」
「おい冗談だろ。なに考えてるんだ。こいつを通したら……」
男の額を伝う汗を見ながら、ドナは考えた。背嚢やアッガイのストレージには予備の医療キットがある。ここでポーチごと渡しても、戦闘を避けられるのならいい条件だと言える。
しかし―。
「バッグの中にもある。怪我人がいるの?」
「ああ。村にはほとんど医療物資がない」
ドナは逡巡し、構えた短機関銃を降ろした。男達はまだ銃口を彼女に向けているが、ドナには既にその選択肢を捨てていた。
「私をそこに連れて行って。少しなら手当ができる」
「なんでそうなるんだ! ジオンを村に入れるなんて」
猟銃の男が言った。彼が一番気が短い。
だが、ピストルの男を無視して行動するほどの蛮勇はないらしい。
「アシエの奴が死ぬよりマシだろ。それに俺達は連邦軍じゃない」
ピストルの男が銃口をドナの体から逸らす。渋々といった様子で隣の二人も銃を下ろした。
「銃は預かる。これから村にお前を連れていくが、途中で連邦軍に会ったら捕虜とでも言うから観念しろ」
ドナはサブマシンガンを男に渡す。拳銃もあるが、それは渡すことを拒んだ。男は何も言わなかった。
沼沢からぬかるんだ獣道を歩く。彼らは地理を熟知しており、易々と岩に挟まれた小川や斜面を通って進んだ。驚くべきことに、子供達も似たように行軍の難しい密林を歩いていた。
その間も、猟銃の男がリーダー格になにやら耳打ちしている。彼はこの状況が気に入らないようだった。アサルトライフルを抱えた男は、ドナの後方で子供の手を握っている。
大木の枝にとまった美しい羽の鳥が奇妙な一行を見下ろしていた。ドナはノーマルスーツの腕時計で時間を確認する。村で用事を済ませ、穏便に沼地まで戻ればアッガイが通れる迂回路を見つける時間はあるだろう。
そうして道なき道を進むと、やがて有機質の土壌の中に開けた空間が出現する。直径数メートルはある大樹の影に、いくつかの人工物が並んでいるのだ。
そこには高床式の住居がところ狭く集合している。おそらく元々は現在よりさらに小さい村だったのだろう。年季の入った木造建築といくつかのコンクリート製の建物の他に、一目見れば急造と分かる建物が見える。
「いいか? あまり村の連中を怖がらせるな」
前後を囲まれたままドナは村に入った。片手に掴んだヘルメットからはまだ泥水が滴っていた。
「ここに住んでるのは、近くから逃げてきた奴らが多い。若いのは少ない」
男が聞かれるでもなく、そして殊更教えるようでもなく独り言のように呟いた。
中央に建っている木製の建物に入る。簡素な作りだが地面から離された床板と大きな窓のおかげで、見た目の印象より内部の空間はずっと涼しい。
「おいおい、ジオンの人間まで面倒見る余裕はないぞ」
六つほど並んだベッドの奥で、ドナを見るなり言った男がいた。
「違う。こいつにアシエの手当をしてもらう」
「そうかい。僕の手には負えなかったから助かるが……大丈夫なのかい?」
ピストルの男は、その男をラデンと紹介した。コミュニティの中で学があって、その代わり力仕事は不向きだからここで怪我人や病人の世話をしているのだと言う。
ぶっきらぼうに説明する彼の接し方やラデンの目線で、ピストルの男がこの村全体にリーダーシップを発揮しているのが分かった。
「よろしくラデン。他にも見た方が?」
ドナは背嚢を床板の上に降ろし、メディカルポーチを開いた。
ベッドに寝そべる三名の人物を一瞥する。ある者は背中を向け、ある者は黙って目を閉じている。
「抗生物質が足りないんだ。それさえあればいいと思う。でも彼女は重症だ。ところで、名前は?」
「ドナ。悪いけど、手伝ってもらうよ」
そう言ってアシエと呼ばれた女性に目を向ける。意識はないものの、かろうじて呼吸をしている状態だった。自分よりいくつか年下に見える。
ドナは肌着で寝ている彼女の前に立つと、ノーマルスーツのグローブを外し、代わりにゴム手袋を両手に嵌める。
「聞こえる? 医者じゃなくてごめんね」
呼びかけには反応しなかった。
「出血は?」
「ない」
養成課程で叩き込まれた戦闘医療の手順を思い出す。専門のメディックには遠く及ばないが、少数で行動する偵察兵には、一般の歩兵よりはいくらか発展的な処置技術が教えられていた。
ドナは聞きながらアシエの体を触り、実際に出血がないことを確かめる。
「外出血はない。呼吸は……」
アシエの口元に耳を近づけ、呼吸音と頻度を確認する。速く浅い呼吸だが、閉塞音はない。
「ラデン、彼女が最近怪我をしたり病気になったりしたことがあれば教えて」
「熱病だと考えてる」
聞きながら、ドナはアシエの脈を測る。
「この辺りではよくあるんだ。鼠の持っている菌が、泥か何かを踏んだときに傷口から感染する。それによく似てる―」
手首の動脈が感じ取れず、片手でラデンの言葉を遮った。
そして彼女の心臓が動いている、小さな証拠を感じ取る。脈は弱まり、速くなっている。ショック状態だ。
ドナはアシエの細い指先を圧迫し、遮断された血液が毛細血管に再び流れ込むまでの時間を観察した。
「……敗血症性ショック? 発熱も確かにある」
菌が体内で増殖し、免疫システムの暴走によって血圧が下がると、全身の臓器に十分な血液が送れなくなることで、ショック状態になる。
処置方法は抗生物質の投与と輸血だ。抗生物質も粉末血漿も背嚢にある。
だが、ドナには違和感があった。
「教えてラデン。発熱はいつから?」
「三日前のはずだ」
「私が知ってるより進行が早いね。その熱病は本来、体に斑点が出るんじゃない?」
ドナはアシエの体から目を離さずそう言った。
典型的な敗血症では、出血斑が皮膚に出る。だが彼女の皮膚は、浮腫んでいるだけで出血斑は見られない。
「ああ、確かにそうだ」
「変だね。ところで彼女、どうやって排泄してる?」
「ここで寝込んでからはほとんど。水は飲ませてるんだけど」
高熱を出して意識のない人間を目の前に、自分が下せる診断名はあまりにも少ない。行軍中や戦闘中の負傷に最低限の応急処置を施すための知識しかないのだ。
このまま手がかりがなければ、最大公約数的な対処として抗生物質の投与と点滴をして、後は彼らとアシエの体に任せるしかないだろう。
だがそれで別の原因であれば?
感染症でなければ?
致命的な見落としをしてたら。
目の前にいる、この名前しか知らない女は死ぬだろう。
「くそ……」
ドナは毒づくと、アシエの体を起こし、背中を含め全身を念入りに確認する。
浮腫んだ皮膚。赤らんだ全身。
そして、外出血の有無を確認するだけでは必要なかった、肌着をめくった中も見る―
「ラデン。この痣は?」
―そして、太腿の内側に紫色の痣を見つけた。
「斑点か? ああいや違う。発熱する少し前に、君たちの軍隊が落としていったポッドを見に行った時のだ」
「何かにぶつかったり、挟まれたりしてできた打撲?」
「ああ。男たちでどかして、助かったらしい。元気そうだったよ」
その時、ドナには幸運の光が差し込んだのが見えた。地球に神がいるとすれば、神はここで自分の僅かな知識で救える命があることに目をつけて、あの子供達と自分とを巡り合わせたのではないか。
打撲や圧迫で筋繊維が壊死する。それだけでは致命傷にはならない。むしろ、ただ打ち身をしたり、挟んだだけにすら見える。だが皮下の筋繊維は―。
「―クラッシュ症候群だ。壊死した筋繊維が毒素になって、腎臓を麻痺させてる。このまま放置したら、確実に助からない」
全身の浮腫み、極端な尿量の減少、発熱。どれも腎不全の兆候だが、原因は感染症じゃない。脳の奥に残っていた座学と演習の記憶が蘇る。
「彼女は君のキットで助かるのかい?」
ドナは打撲痕を触診し、そこの筋肉が硬くなっていることを確かめると背嚢を開いた。
「ねえラデン。いいこと教えてあげる。宇宙ってとこはね、放っておくと誰も生き残れないの」
床板に広げた布の上に、輸液や注射器、カートリッジや消毒液を取り出す。その中には簡素なマニュアルも含まれていた。
「だからジオンはこうして、死を遠ざけるための道具には余念がないんだ」
ペン型の無針注射にグルコン酸カルシウムと印字されたカートリッジを接続する。
ドナはもう一度、自分の判断が正しいのか考える。自分は軍医ではないし、衛生兵ですらない。
そして、アシエの二の腕に突き当てた。圧縮空気の短い破裂音。注射が終わると、皮膚には小さな赤い痣が残る。
このカルシウムが致死的な不整脈を防ぐはずだ。だがこれだけでは、根本的な対処にならない。
「―ましてや私の相方は、宇宙船が買えるほどの予算を注ぎ込んで練成したパイロットなの」
そう口走ったドナの表情が、そう、不敵に笑っているように見えたラデンは、彼女の視線の先に意識を集中させた。
ドナはアシエの右腕の静脈を見つけ出し、駆血帯で血流を止める。浮腫んだ皮膚を何度か叩き、太くてまっすぐ通った血管を探すのが手順だが、虚脱した彼女の血管は皮膚の下に隠れたままだ。
「くそっ」
ドナはベストから懐中電灯を取り出し、ラデンに持たせる。それでも目視で血管を見つけるのは困難だった。
「落ち着け、落ち着け」
呼吸を鎮め、目を閉じて全身の神経を指先に集中する。わずかな触感の変化から、かろうじて血管を見つけ出した。弱りきった血管を逃さないよう、親指で押さえつける。
見つけ出した血管を覆う皮膚を消毒すると、左手で押し留めた血管に針を押し込んだ。慣れていなければぎょっとするような深さ。
「……入った」
針の先に黒ずんだ血液がわずかに流れ込んだのを確認すると、ドナは針を寝かせてカテーテルを血管内に挿入した。ドナは息を吐き出すことを許される。
生理食塩水のパックをカテーテルに繋ぎ、ラデンに持たせる。
「これはただの生理食塩水。これだけじゃ意味がない」
ドナは床からもう一つの輸液のパックを持ち上げると、今度は注射針で炭酸水素ナトリウムを注入する。
「この点滴で、血液をアルカリ性に傾ける。腎臓に毒素が詰まらなくなって、排尿が再開するはず。だから衛生を保って。もし出なければ、腎臓はもう死んでる」
ラデンが、一瞬だけ顔を上げたドナの翠眼をまっすぐ捉える。
ドナはもう片方の腕にラインを確保すると、炭酸水素ナトリウムと利尿剤を入れた輸液を点滴する。
「……正直、私がもっている液量で足りるか分からない。だからいくつか薬品を置いていく。調合法も教える。あなたが彼女を救って」
「分かった。やれるだけのことはやったんだね」
「うん。でも、もし助からなくてもあなたのせいじゃない」
ドナはラデンの瞳を見つめた。医者のいない村で、彼はドナ以上に少ない知識に期待されて、アシエや他の病人を看病していたのだろう。彼が自分の能力以上に、悲痛なまでに役目を果たそうとしているのは伝わってくる。
「ありがとう、助かったよ。他はよくある熱病だ。抗生物質さえ貰えたら、なんとかなる」
そう答えるラデンの視線の先を追うと、ベッドの男がいつのまにか上体を起こしてこちらを見ていたことに気づいた。
その男が水の入ったガラス容器を、何も言わずに細い腕でドナに差し出した。
「ありがとう」
ドナは彼の腕を見ながら受け取ろうと腕を伸ばす。だが患者の男は、グラスを持った手を離さず言った。
「自分たちの戦争の後始末をしてるつもりなのか」
顔色の悪い男の言葉に、ドナは沈黙で応える他なかった。
アシエの怪我は、ジオンが地球に降ろした無人降下ポッドを見に行った時に負ったものであると言っていた。
確かに、ジオンの戦争遂行が間接的な原因だ。
「医者にかかれないのだって、戦争のせいだ」
男はゴム手袋をしたままの女兵士に、怒りを滲ませながら問いかける。ドナはまた答えなかった。答えられずにいた。
「おい、よせよ。この人が決めたことじゃない」
「いいか? お前だってな、戦争がなけりゃ大学に行ってたんだよ」
止めようとしたラデンの顔が曇る。
「若い連中はみんな、連邦軍について行ったよ。家族の仇を討って、お前らが無茶苦茶にしたカリマンタンを取り戻すんだってな!」
口汚いスラングで指す連邦。彼が戦争に、ともすれば連邦とジオンの区別なく軍隊に嫌気がさしているのが分かった。この村に住み続けてきたのか、流れ着いたのかは分からない。
「いい加減にしてくれ!」
ラデンが声を荒げて言った。
「生活が変わったのはみんな同じだよ。この人と争って何になるっていうんだ。今は生き残ることが先決だろ?」
それが本心から発している言葉なのかドナには分からなかった。
「この人がいなかったらアシエは死んでたかもしれないんだ。怒鳴る元気があるなら川に行って漁を手伝ってきてくれ!」
ラデンが代わりに受け取った水の入ったグラスを取らず、ドナは荷物をまとめた。そしてラデンに促されて建物の外に出る。南中高度を超えた太陽が、二人の顔に容赦なく光を浴びせる。
「―これだけあれば、アシエの分もなんとか足りると思う。教えた通りに希釈して、回復を記録しながら点滴を続けて。誰かの手伝いがあった方がいい。抗生物質は分かるね」
いくつかの薬剤を渡し、その使い方をラデンに説明したドナは手短に告げた。
「大丈夫。きっと助かるよ」
「ああ。分かった。さっきは悪かったね……みんな弱ってるんだ」
気にしないで、とドナは答える。
「あの人の言う通りだから」
「……実は僕、あんた達の放送を見たことがあるんだ。戦争が始まる前にさ」
あんた達。ジオン公国。
「自治州のような権利もないし、経済的にも制限がかけられてる。だから独立運動を始めた……。始めは理解できると思ってたんだ」
ラデンが煙草に火をつけ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。
「でも、コロニー落としで大勢死んだ。それに、この島には連邦政府の施設なんてほとんどない。なのに侵攻が始まって、俺達は住む場所を追われた」
ラデンが煙草を勧める。ドナはそれを取り、ラデンが火をつけた。
「あんたが決めたことじゃない。でも―あんたさっき、宇宙は放っておくと生きていけない場所だって言っただろ」
ラデンの吐き出した煙が、まだ高い太陽の光に透かされる。
「宇宙はそうかも知れないが、あんたらが住んでるのはコロニーだろ? 洪水で死ぬ人間もいないし、毒蛇や毒虫もいない」
地球はスペースノイドが思っているような楽園でも、独占して嬉しい場所でもない―そう言外に含まれていた気がした。
「確かに、地球がこんなに大変な場所なんて知らなかった。暑いし―すぐ泥だらけ」
ドナが片手でボディアーマーの隙間を広げる。残っていた泥水が彼女のスーツを伝って行った。
「でも空気はタダだし、この広い空も海も、全部があるよ」
普段は喫煙しないドナ。知ってはいたはずの煙草の匂いが、口の中では随分違う。肺にあまり入れないようにして、苦い煙を吐き出した。
「私が二歳の時、ジオン・ダイクンが独立宣言を出したの。もし今もジオンが他のコロニーのように連邦に従っていたら、私は死ぬまでコロニー税を払ってた。親はずっと払ってきてたから、私を大学に入れるお金なんて残ってなかった。経済制裁の影響で親が失業したクラスの子は、高校を辞めるしかなかった」
ドナは煙草の煙を吸い込み、口に溜めて吐き出す。
「軍に入った時、ここに来るなんて思わなかった。こんな風に……うまく言えないけど、何もかも、知らないことだらけだった。でも、連邦と戦うしかないなら、やっぱりこの道を選んでいたと思う」
そして一息に、頭の中で整理のついていないことを言葉にする。
「やるべきだと思ったんだね。……さっき、誰かも知らない女を助けたみたいに」
煙草を吸うタイミングが重なり、短い沈黙が訪れる。
ラデンの賢さが、この島の空気のようにドナの肌にまとわりついていた。
「同じ村にいた同年代の奴らは、みんな親や兄弟を失ってここに移ってからは食料すら足りなかった。だから迷惑をかけない為にも、軍についていったんだ。僕は漁ができないけど、兵隊なんてもっとできないから残された」
「ラデンだって自分にできることをしてた。アシエって子、あなたがいなくちゃ私が来る前に死んでたよ」
そこから見える村の建物。多くは木で組まれ、コロニーのどの建物より貧相に見えた。鶏を入れる木組の檻。コロニーなら食糧生産プラントから出てくる。合成されていない肉を食べたことがないなんて人はいないだろうが、ドナを含め、鶏を捌く経験をする者は少ないだろう。
「生きるためさ」
ドナの横顔をまっすぐ見つめてラデンが短く答える。
彼女は思う。この島に住んでいる人達にとって、大人や子供の区別なく、政府など遠い遠い存在なのではないか。
ただここにあるのは、生活でしかないのではないか。
彼女の足に踏まれた木の板も、その下の地面も、ひどく不安定なものに感じてきて、彼女はつい口走る。
「……地球には、連邦政府の役人とかNGOみたいなエリートしかいないと思ってた」
「僕も。ジオンはジークって、それしか言わないんだと」
ラデンが、自嘲するように口元を歪めてみせた。笑顔でも苦悶でもない、正直に言えば、ドナには見たことのない不気味な表情だった。
だが彼女には分かった。自分もきっと、同じ表情を浮かべていることに。
一年を通して殆ど変わらない日照時間。ドナの腕時計が音もなく震えるとほぼ同時に、雨が降り始めた。遠くから走って近づいてくるように雨音が増し、二人の持っていた紙煙草が濡れて火が消える。
ドナはヘルメットを被り、背嚢と短機関銃を持って村を出た。姿は見えなくても、そこに住む人々が自分を恐れて出てこないのだと分かっていた。
そろそろクロエとドナのジャングルクルーズも佳境です。キルケーの魔女楽しみだなあ
増やして欲しい要素はなんですか?
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