機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第十二章

   第十二章

 

 サフィークの視線は自然とこの会議の異物へと向けられていた。中央の長机に並んだホルツ准将やソーンヒル大佐、デュクレ参謀長の三人と参謀部のスタッフ。その端に座る女。

 彼女を見るのはこれが初めてであった。

 総帥府の赤い制服にジオン軍ではほとんど見かけない緑色のネクタイを締め、タイトなスカートからはタイツがすらりと伸びている。ダークブロンドの髪をきつく結び、シャープな印象を与える銀色のメガネの下で冷たい眼が座っている。軍人の中に唯一混じった異物でありながら、怖気付くでもなく当然と言わんばかりの面立ちで鎮座する人物。

 ある意味、非常にジオン的な光景だった。

「閣下。会議の前ですが、私に挨拶のご許可を」

「構いません」

 彼女は手短に許可を取ると、静かに立ち上がる。

「占領政策局、アジア二課のゾーイ・ファン・ダイク特務少佐です。公国独立戦争において、軍部の皆様が解放した諸地域の統治を補佐する当局に、総帥府から特務士官として出向しています。ホルツ准将閣下の寛大なご協力により、軍政や治安維持に関して円滑な情報共有と意見交換のため、度々作戦会議に出席させていただいております」

 赤い口紅が塗られた唇で、言葉のひとつひとつから政治と役所の匂いを漂わせて言った。そして静かに着席する。

 サフィークが同じテーブルについている大尉の顔をちらと見やると、彼のブラウンの瞳には懐疑の色があった。

「ありがとうございます。総帥府と占領政策局とは今後とも……」

 ソーンヒルが答える。副司令の彼は、ホルツに代わって軍隊が持つ政治と役所の部分を大いに担っていた。

 ―占領政策局。ジオンの占領地域での行政を担う政府の組織だ。構成員は基本的に文民の官僚だが、彼女のように階級を有する総帥府からの出向もいるようだ。

 サフィークはソーンヒルの官僚的な言葉を聞き流しながら組織図を思い出していた。

 総帥を頂点とする公国軍と総帥府。そして内閣に属する行政府。占領政策局は行政府の組織であるために、総帥府からのお目付け役として彼女のような特務士官が派遣されているのだろう。つまりこのゾーイ・ファン・ダイクは、総帥府の代理人として方面軍における政治将校でありながら、同時に政策局にとっても触れづらい存在。ソーンヒルが慎重になるのも分かる。

 「……それでは、方面軍指揮官、訓示」

 ソーンヒルが呼びかけ、文字通り会議室にいたすべての男女が起立した。

「まずは作戦会議に先立ち、若くして勇敢にも先日北米戦線において戦死されたガルマ・ザビ大佐ならびにすべての将兵に対し、黙祷を捧げる。総員、黙祷」

 サフィークも瞼を閉じ、二十歳の青年への黙祷を捧げる。ザビ家の中でも国民からの人気が高かった人物だけに、国葬は異例の早さで行われ、その様相は全地球圏で放送された。会議室に掲げられた公王の御真影は見慣れた表情のままだが、彼の瞼の裏では、その悲しみがよく分かった。

 サフィークの旅団にも大勢、ガルマと同世代の青年達がいる。彼らは士官学校を出たばかりの新米から既に数年の軍歴がある下士官まで幅広いが、みなまだ若い人の子である。それを次から次へと泥沼の中に放り込み、溺れさせてこの戦争は続いている。気付けば地球に来てから半年が経っていた。

「本国……公国国民も、一刻も早い戦争終結を望んでいる」

 目を開き、自身に与えられた使命に立ち返る会議室の支配者。直立不動のままホルツに目線を送るのはダイクも同じであった。サフィークは特務士官の制度に明るくないが、士官教育は受けているのであろうと思った。

「重力戦線は厳しい。敵は優秀であり、我々の攻勢にもしぶとく耐えている。だがそれ以上に地球の環境こそ、我々の行手を阻む大きな敵だ」

 歩兵が主体の第三旅団を率いるサフィークにとって、その総括は痛々しいほどの実感であった。

 人が一生分に打つ量に匹敵するだけのワクチンも、どれだけ支給しても足りない靴下と下着も、この島では気休めにしかならない。顔に張り付く羽虫と、自身の汗だか区別もつかない泥水。そうした過酷な環境こそが、連邦軍の銃弾以上にジオンの将兵を容赦なく追い詰めていた。

「我々の攻勢が遅延すればするほど、敵は戦力を立て直しより強大な敵となり、ますます我々の戦いも厳しくなるだろう。全球で戦う同胞のためにも、我々は明日にもこの戦線での膠着を打破せねばならない。公国の独立は諸君ら地球制圧軍将校の職責にかかっているのだ。以上」

 みなが着席する音が収まると、時代錯誤な片眼鏡の男―ソーンヒル大佐が会議の本題に進んだ。

「現在、重力戦線ではザクの被撃破報告数が増加している。その原因は部品消耗の蓄積や補給の停滞ではない。本質的な原因は、敵が対機動戦ノウハウを日進月歩、研究と実践を行なっていることにある。地球制圧軍司令部は長期戦への備えではなく、敵の重心を破壊し速やかなる解放地域の拡大をせよと訓示した」

 サフィークはダイクをまた見る。彼女の内心は読み取れないが、この会議に呼んだのは方面軍としては説明責任ということなのだろう。我々だって頑張っている、と総帥府に伝えてもらうための。サフィークはそう穿って考えた。

「我が方面軍においても状況は同様である。今回みなを集めたのはその件についてだ」

 ホルツが右手で促すと、今度はデュクレが立ち上がる。

「そこで我々では、第一旅団を中核とする敵主力部隊の撃滅作戦を立案しました」

 デュクレの視線はスクリーンに真っ直ぐ注がれている。サフィークがそちらを見ると、地図が表示される。地形で色分けされたボルネオ南部の地図だ。

「ボルネオ島に展開する地球連邦陸軍の兵力は主に、常設の第八歩兵師団、第九歩兵師団に方面軍からの増援である第十二騎兵連隊、第二レンジャー連隊、第四機械化混成連隊、第五機甲連隊、第十一海兵航空大隊が確認されています。第九歩兵師団は二ヶ月間組織的な行動が確認されていないため、第八歩兵師団に吸収されたものと思われます」

 おおよそ聞き馴染みのある敵部隊だった。特にサフィークにとって重要なのは、第二レンジャー連隊―メラトゥスで対峙している部隊だ。

「このうち、第五機甲連隊は島内の機甲戦力としては最大の、61式戦車を装備する戦車連隊ですが、現在は確認情報がなく、後退再編中であると思われます。詳細は情報参謀、ペトロヴィッチ少佐」

「情報参謀のペトロヴィッチであります」

 若い情報将校が立つと、スクリーンに幾葉の写真が表示された。海面から撮影された輸送船の写真だ。

「ジャワ海で制海中隊が行なっている通商破壊で撃沈した輸送船の積荷には61式戦車や歩兵戦闘車など、機甲連隊への補充と思われる装備が含まれていました。我々の妨害を逃れバンジャルマシン港まで辿り着いた輸送船の数から計算すると、我々が把握できているだけでも増強一個大隊規模の戦車が輸送されていると思われます」

 ペトロヴィッチは出席者に配られた資料を示しながら淡々と説明した。

 補足に口を開いたのは制海中隊指揮官、シュノク大尉だった。

「編制以後、我々制海中隊はこの海峡を通した補給路を妨害し続けていますが、ジャワの航空基地と駆逐艦隊の護衛により完全な封鎖には至っておりません。MS一個中隊とシーランスのみでは現状が精一杯です」

 スクリーンに表示されているのはボルネオ島南部と、連邦軍の方面司令部が設置されたジャワ島の間にあるジャワ海だ。

「我々としては、装備の拡充が必要であると認識しております」

「その件は上の返答を待っている。今日は配られたカードの話をしよう、大尉」

「……失礼しました」

 苦労しているのはどこも同じか、とサフィークは思う。それはそうと、方面軍直轄の制海中隊を率いるだけあって大尉は肝が据わっている。

「大尉の制海中隊から偵察任務に適する第三小隊を、島内における偵察に派遣しました。MSM-04アッガイを現地で徴用し改造した支援艇と組み合わせ、モビルスーツ単機による隠密偵察任務を行なっています」

 サフィークは耳を疑った。いくらモビルスーツとはいえ、原則的には三機一個小隊を最小単位とするのが作戦規定だったはずだ。たった一機のMSでは、偶発的な戦闘で簡単に撃破されてしまうのではないか。

「危険ではないか? それにモビルスーツを少数で潜入させたところで、偵察範囲には限りがあろう。それなら引き続き通商破壊を……」

 発言者はサフィークではなかった。声の主は彼の二つ隣に座るオルロフであった。大きな声が会議室に響く。

「シュノク大尉の発案なのか!?」

「詳しい説明がある。まずはそれを聞いてもらおうじゃないか」

 今にも拳を振り上げそうなオルロフをソーンヒルが宥める。オルロフが返す間もなく、参謀長デュクレ中佐が部下を指名した。

「作戦参謀コヴァルスキであります。ご懸念の偵察任務ですが、アッガイ三機はそれぞれ単独で河川や沼沢を行動し既に情報収集で成果を上げています。数度の活動の結果、参謀部では可能と判断しました」

 サフィークはオルロフでなく、その奥に座るベックの表情を見た。ここまでは当然、彼は承知しているのだろう。

「アッガイのガン・カメラがあります」

 スクリーンに映像が投影される。

 ただの濁った水が映っていたのが水面に変わり、アッガイの頭部カメラが収録したものであると分かる。暗視映像だが、ザクのものより数段鮮明な映像だ。そこにはかなり接近した連邦軍の小部隊が映っている。

 カメラは映像を拡大し、焚き火をしている兵士達と、その背後に映った装甲車を観察する。装甲板に書かれた部隊名、プレートのナンバーまで克明に読み取ることができた。映像にはアッガイが解析した情報が映し出され、装甲車の種別が表示されている。

「こんな至近距離まで……」

 オルロフが唸る。サフィークも陸戦型のMSで偵察機というのは初めて見た。

 映像が切り替わる。今度もまた同様に河面から頭を出したであろうアッガイの視界だ。映されているのは歩兵戦闘車である。AFVの機関砲がこちらを指向し、機関銃は既に火を吹いている。

 機関砲弾が発射されるが、アッガイにダメージはないようだ。今度は画面の端で閃光が走り、頭部から発射された105ミリ砲弾が歩兵戦闘車を襲う。爆発する装甲車を確認すると、再び映像は水面下を映し出し、そこで止まった。

 「アッガイは極めて優秀なセンサーとモジュール兵装システムを頭部に配置しています。機体は静粛性に優れ、二名の乗員による柔軟な運用が可能です。また、敵部隊との偶発的戦闘においてもザクを凌ぐ生存性と環境に適応した戦闘能力を発揮します」

「なるほど。モビルスーツと言っても、ザクとは違うというわけか」

 腕組みしたオルロフが満足そうに答える。相変わらず切り替えの早い男だ。肝を冷やしかけたサフィークは静かに息を吐き出した。

「その通りです。我々は移動可能な支援艇を前進拠点とするアッガイを、事前の分析によって敵の大部隊が存在する可能性の高い三つのエリアに派遣しました。航空偵察や衛星偵察には現状不可能な、より敵地の中心に浸透した偵察行動が可能です」

 続く説明によれば、ボルネオ南部の港湾都市バンジャルマシンを守るように引かれた防衛線の数十キロ後方に位置する都市のうち、情報部は三つまで候補を絞ったという。そこへアッガイが一機ずつ浸透し、そこからたった一つの当たりを見つけ出す。

 「……特定した第五機甲連隊の集結地点を第一旅団が強襲します。いずれの候補地も、敵部隊の防衛線を突破することになりますが、ベック大佐は可能と。私もこの作戦案を承認しました」

 言われてベックはおもむろに立ち上がり、彼はあらかじめ協議していたであろうこの作戦について短い説明をした。

「連邦軍の戦線整理が追いついていない今が絶好の機会だ。これを逃せば、戦力を再編した機甲連隊に狭隘な地形で正面から挑むことになる」

 ベックは断言する。

「ただし、この作戦には重要な成功条件があります。第二旅団、第三旅団がそれぞれ担任している地域から、第五機甲連隊を守るための増援を出させないことです。そのため、我々は三旅団の指揮官を招集する必要があったのです」

 サフィークは背筋を伸ばす。主役は第一旅団。だが第三旅団にも活躍してもらう―その意味を理解し始めた。

 つまり―。

「つまり、その作戦の間は我々が同時に攻勢をしかけ、敵を拘束し―」

 サフィークは手元の書類を見ながら初めて発言した。

 ―つまり、我々は囮というわけか。第一旅団の攻勢が失敗した場合、あるいは我々の拘束が失敗した場合、再起不能にさえなり得る作戦だ。

「囮をやれというのだな。余裕だ!」

 サフィークの確認をオルロフが打ち消すように被せて言った。被せてまで言うことではないではないか、とサフィークは思った。

「サフィーク中佐。何かご懸念が?」

 デュクレが助け舟を出す。サフィークは端的に続けた。

「一つはその集結地点がどこかによって状況が変わること。特に、我々の担任地域に近かった場合、戦線は混乱するのではないかと」

 作戦参謀は大きく頷き、手元のリモコンでスクリーンの画面を切り替えた。

「これがボルネオ南部における連邦道と候補地の配置です」

 そこから作戦参謀の説明が続き、この作戦の全体像を理解することになったサフィークは、おそらくこれがこの戦域におけるジオンの優位性を決定づけるか否かを左右すると理解した。

 失敗すれば突出した方面軍の主力MS部隊は甚大な被害を避けられないだろう。そして敵はさらに戦力を回復する。なけなしの航空戦力も、既に不足しているのに補充されないという水陸両用MSも失うかもしれない。そして勿論、この作戦のために各正面で攻勢に出る第二、第三旅団の戦力もだ。

 それがたった三機の、否、当たりを引くたった一機のアッガイにかかっているのが不自然なところだ。だがこの戦争は、そうした綱渡り的勝利を積み重ねて今日も続いているのではなかったか。

 多くの命が、無数にある責任のもとで危険に晒される。

 無数にある責任はそれぞれ別の肩に乗っているが、この場合、アッガイのパイロットの肩に乗っているものの大きさは他の比ではない。パイロットはそのことを知っているのだろうか。

 久しぶりのブルネイにいくらか明るかったオルロフとサフィークの表情も、会議の終盤になると固くなっていた。

 会議に出席している面々は、それぞれがリスクを背負っている。サフィークがそれとなく見回すと、特に青い顔をしたコールマンとまったく変化のないダイクの顔が見えた。

 「だが一つ確認させて頂きたい。問題は連邦空軍ではないのか。最もジャワに近いのは我々。旅団の防空能力で凌ぎきれと?」

 オルロフの詰問にコールマンの顔が硬くなる。だがサフィークも今度ばかりは助けてやるつもりはなかった。

 実際、連邦空軍は持てる限りの兵力を使って阻止を試みるだろう。その時に味方が空を放置していては絶望的な戦闘になる。部下をそういう戦場に放り込むわけにはいかない。

「航空戦力については……」

 コールマンが立ち上がる。彼がダイクの表情を伺ったのをサフィークは見逃さなかった。会議室の重力の中心を敏感に感じているのだと理解した。

「方面の航空戦力の回復は……補充が遅延しています。ただ、この作戦において、地上機動師団と連携しその戦力の一部を……」

 腕組みをしたオルロフがため息をついた。コールマンにベックが厳しい視線を送っている。

「万全とは断言できかねますが、この作戦において十分な支援を約束するものです。……長期化しなければ、ではありますが」

 歯切れの悪いコールマンに、隣の大尉が小さく舌打ちをしたのが聞こえた。サフィークはあとで咎めねばと思ったが、同時に共感もしている。防空能力に最も劣るのは第三旅団だ。第一旅団が近くで作戦を初めて、レンジャーと空軍に挟まれればひとたまりもない。

「この作戦はもとより短期決戦である!」

 ベックが言い切り、デュクレが航空作戦についても補足を行う。サフィークはベックの断言が気になり横目に確認しようとしたが、やはり心のうちは分からなかった。

「ここで敵の主力を叩けば、残るはバンジャルマシン」

「ジャカルタ市とは別個に交渉中です」

 珍しくダイクが口を挟んだ。ジャワ島の人口過密地帯であるジャカルタは中立として扱われ、戦争難民の流入先になっている。占領政策局はそことパイプを持っているのか。

「バンジャルマシンでダンケルクをすれば我々もひと段落ということだ。戦力は厳しい。だが、ここが正念場であると肝に銘じて欲しい」

 その後いくつかの連絡事項と調整を経て会議が終わり、あとはアッガイからの報告を待つだけになる。

 部下達に発破をかけてやらねば、と考えながらサフィークは他に合わせ立ち上がり、お決まりの文句を揃えた。

「公国独立のために。ジーク・ジオン」

 ―ジーク・ジオン。ジオン勝利。

 帰りの連絡機に向かう車内で、行きと同じベニテス少尉が言いつけを守って考えていた雑談の種を披露したが、サフィーク中佐はそれを相手にしてやらなかった。




50周年企画、楽しみですね。
お台場のユニコーンガンダム立像は大規模メンテナンスを入れて今日まで立ち続けているそうです。
少し気が早いですが、お疲れ様でしたユニコーン。

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵
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