機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢   作:Aurelia7000

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第十三章

   第十三章

 

 腰まで水位のある小川を歩く。頭上には高く聳え、二重三重に折り重なった高木の枝葉が影を作っている。

「はあ……はあ……」

 ドナはスコールに全身を洗われながら、夕方にしては暗い森の中を歩いていた。クロエが待つアッガイへの合流予定時刻まであと数十分。疲労が足取りを邪魔するが、ここで休むわけにはいかない。

 ―ジャングル内の民間人。村人達との遭遇はアクシデントだったが、なんとか切り抜けた。無垢な子供達、ピストルの男、ジオンのポッドのせいで死の淵を彷徨っていたアシエという女、怒れる病人、ラデン。

 出会ったアースノイドのことを思い出しながら水辺を下っていく。小川が氾濫原と見分けがつかなくなり、やがて大きな川面に合流する。

 ドナは手頃な岩を足がかりにして地面に登り、そこから岸辺に近付いた。背嚢を下ろし、ジッパーを開く。ふと、入れた覚えのない紙箱が入っていることに気付いた。

 煙草の箱。自分に返す前、ラデンが入れたのだろう。

 それを戻し、ドナが取り出したのは水筒ほどのサイズの機械だった。頭に取り付けられたフックに解いたパラコードを結びつけると、それを水面に投げ込む。しばらくすると水面が不気味に浮かび上がり、見慣れた曲面が姿を現した。

 モノアイレールを一周した一つ目が彼女を捉える。カメラに向かって親指を立てたドナの頭上に、アッガイの太い腕が突き出された。

 背の低い草が生えた水瀬からアッガイの胴体に、その巨大な腕で懸架されたドナの体が近づく。降りた時と逆の手順で、アッガイやドナの痕跡を残さずに回収した。開いたハッチに足をかけたドナは、アッガイの腕にあるフックからカラビナを外した。

 時間は一八四五。村を出て迂回路を検索したドナが帰還した。

「ギリギリセーフ。あっちにうまく通れそうな場所がある。氾濫原だね」

 夕日を背にしたドナが、短機関銃をクロエに手渡しながら言った。小川で雑に洗ったヘルメットのバイザーには水滴がつき、ドナの笑顔に重なっている。

「了解。早く機内に」

 クロエに促され、ドナはコックピットの狭いフレームへと入り込んだ。彼女が背嚢とヘルメットをストレージに放り込み、起こしたシートに体を預けるや、クロエはハッチを閉鎖する。

 二人のノーマルスーツは、綺麗なままのクロエと雨と川に洗われたものの泥汚れが残るドナとで対照的だった。

「上陸する。陸上行動は短縮したい。迂回路を案内して」

 川を囲む暗がりになっている密林とラテライトで濁った川面。

 そしてそれらを赤く照らす夕日が多重構造の装甲板で遮られると、今度は電子処理された光景が視界に広がった。

「雨が降ったからまだだいぶ地面は緩んでると思うけど、ここは通れる。高木層が分厚いから、隠れる場所もあるし、人が通った痕跡もない。少なくとも車両が通れるような場所はなかった」

 広げた地図にマーカーでドナが書き込む。赤い線は今いる流域から一時的に上陸し、連邦軍が居座る座礁船を迂回してもう一度川に戻り、ミンドールへと向かうためのルートだ。

 アッガイは川の中を少し戻り、川の流れが作った小さな沼で鋼鉄の巨体を水面から持ち上げた。泥を踏み締めて森の中へ進むが、確かに地面はアッガイの巨体が動くために必要な条件を備えている上、岩や倒木が多く人が好んで通るようには見えない。

 目立たぬようゆっくり両足を動かすアッガイの機内で、コックピットはそれに合わせて揺れている。

「あの座礁船を迂回したら日の出まではルートを進んで、日中は川底に機体を隠す。そこで休息にするけれど、あなたは航行中、先に休んでいなさい。かなり疲れているみたいだし」

「そりゃあ、くたくたですよ、少尉さん」

 あっけらかんと返すドナに、クロエは続けた。

「そういうことじゃなく。ミドルMSに追い回されたり、目の前でそれがミンチになるところを見たりして―自分が思ってる以上に疲れているんじゃないかって」

「え……」

 ドナは意外に思い、言葉を失った。

「鼻歌を、歌っていたでしょう」

 クロエが短く付け加えた。

「でも、そんなのって当たり前のことじゃない?」

 ドナが返す。

「あーいや、いやいや、鼻歌がじゃなくて、戦争ってそういうものでしょ」

「ええ。そうね。でも休息は必要。この作戦が終わったら申請してあげる」

 ドナは少し考える間を置いて、それから小さく拳を握った。

「クロエも一緒?」

「ええ」

「やった! 休暇ってどれくらい? 私ブルネイ行きたい!」

「さあ。ジオンは人手不足だから」

 はしゃぐドナの隣でアッガイを操縦しながら、クロエは自分の判断を反芻した。

「この道はどうやって見つけたの」

「えっとですね。現地人と接触しまして……」

 クロエは思わず、フレームの隙間からドナの顔を見て言った。

「どうしてそれを先に言わない。これが罠だったら―」

「それはないよ。彼らの村まで確認して、連邦軍の影はなかった」

 そうして軍人としての義務と友人としての信頼から、ドナはクロエに昼間のことを話した。

「医療物資と引き換えに戦闘を避け、現地人に医療行為をして帰りにこの抜け道を検索して帰ってきたと」

「はい」

「軍規上は問題ないけれど、私のコパイロットとしてはあまり好ましくないな」

 クロエは正面のモニターから目を離さずに言い放った。

「村に大勢のパルチザンがいて、彼らの捕虜になったりしたら目も当てられない。それに、ジオンの物資を受け取ったことで連邦軍の報復を受けるかもしれない。そのことは考えた?」

「……うん。分かってる」

 反省しているらしいドナの横顔を一瞥すると、短く息を吐き出してクロエは言った。

「無理をしなければできない作戦をしていることは私も分かる。でも、その無理は私が判断したい」

「うん」

「まあ、結果としては良好。この抜け道を使って無事にミンドールまで辿り着ければ、仕事は済んだも同然。敵がいてもいなくても、あとは帰るだけ」

「えへへ」

 まだ褒めたわけではない。しかし、できかけの既成事実をクロエは受け入れることにした。

「あなたがする無理を、ここで待つ身にもなって欲しいわね」

「すみません少尉」

 とはいえ、この先でドナが再び単独偵察を行う可能性はぐっと低くなるだろう。連邦軍が座礁した船舶で警戒していたラインの、さらに内側に入り込むのだ。所詮は軽歩兵である彼女が単独で行動するには危険が大きすぎる。

「顔、泥だらけよ」

 タオルを渡しながらクロエが言う。顔はヘルメットに守られているはずだったが、髪も肌も茶色い泥がついている。

「ヘルメットを沼に落としちゃって。全身泥の中に突っ込んだりもしたんだけど」

 作戦行動中にシャワーを浴びるのは不可能だ。アッガイの機内でドナはスーツのジッパーを開け、腕を抜き出している。ドナの汗の匂いが広がった。

「降下地点を外れたジオンのポッドを漁ろうとして、巻き込まれた女の子がいたの」

「そう」

 クロエはドナの言葉に、特段反応せずモニターを見つめていた。アッガイの関節の駆動音が静かなコックピットに鈍く響く。

「壊死した部位から毒素が流れてたから、毒素を抜けるように物資を渡してきたの」

「お医者さんと相席できて嬉しいわ」

「なんでそういう意地悪を言うんでしょうか少尉殿は」

 ドナは肌着姿でベルトを腰の前に回すと、クロエに聞こえるように言った。

「OK! 警戒とナビゲートに入る」

 クロエはパンツとタンクトップ姿で操縦桿を握るドナを横目に見て、小さくため息をこぼした。

「仕方ないじゃん! 気持ち悪いし!」

「何も言ってないわよ」

 アッガイは冠水した泥の中を進み、やがて支流に繋がる沼に辿り着いた。地図によれば、この支流を下り合流することで、あの座礁船をパスしてミンドールまでのジャングルクルーズが再開できる。

「言ったでしょ、休んでいていいって」

 クロエに言われたドナは、コンソールから手を離した。

「あーあ。パジャマ持ってくればよかった」

 そして下着を脱ぎ始める。腰に地球制圧軍の刺青が見えた。

 クロエがアッガイを濁流に沈めると、機体が傾き、ドナが少しうるさかったが気にしない。

「よいっしょ。下着まで汗でびちゃびちゃ。少尉殿のお言葉に甘えて、着替えたら寝るね」

 ドナは言いつつ、傾いたコックピットの中で器用に体を支え、露わになった肌をタオルで拭いていく。

「よく休むこと。ここからが正念場。ミンドールまで近接する」

 航行を再開したアッガイのコックピットで、クロエが静かに呟いた。

「はい少尉」

 暗く夜の顔を見せ始めた夕焼け空。川底には既にほとんど光は入らず、昼間よりもずっと暗い空間が口を広げてアッガイを飲み込んでいた。

 ミンドールのような都市は連邦一級道路で接続され、連邦政府によって基幹道路網が整備されている。連邦一級道路を補完するのが二級道路や三級道路だが、さらに小さい道路は連邦自治州や自治区といった下位の行政主体が管理している。

 第四地上機動師団ボルネオ方面軍が絞り込んだ、三つの候補地―いずれかで東南アジア方面軍主力部隊が集結と再編を行なっている―はいずれも一級連邦道や鉄道、河川交通網が通る主要な都市やその近郊だった。

 マゼラ・ベースが二級道路の路肩に停車している。低木をドーザーブレードで押し倒し、樹影の下で偽装網を被ったこの戦闘車両は、合計で数十両に上る車列の一台であった。マゼラ・ベースは強襲戦車マゼラ・アタックの車体部とそれを流用したAPCを指し、この車列のほとんどが、砲塔のないこの車両だ。

  121―第一中隊第二小隊一号車は、他の車両と同じく周囲を待機の兵士達に囲まれていた。ある者は車体から伸ばしたタープの下でハンモックに入り、ある者は車体の上で寝そべり、ある者は兵員室の中で寝ている。

「このクソ暑いジャングルにへばりついて何時間経った? タヴァレス」

「さあ? お前は飽きずに喋り続けてる」

 車体に寝そべるジェンキンスは一班の擲弾手。一号車を割り当てられた第一分隊は現在待機中で、大人しくしている他の分隊員とは違い、彼は暇を持て余しているようだった。

「畜生。東岸に展開してる歩兵大隊はよ、地元の女だとかクソPOGの女だとかを連れてよ、今頃ビーチで乱交してんだぜ畜生」

「キャー、あたしスペースノイドのイチモツって初めて見たわ。無重力に適応して触手みたいになってるんだと思ってた」

 分隊機関銃手を務めるタヴァレスがMG-74のフィードカバーを拳で叩きながら裏声で返す。

「笑えねーぜ。降りてきてからこっち、いつも同じ景色だ。南国の島だっていうから期待したのによ」

 スコールの雨水がまだ残るマゼラ・ベースの屋根の上で濡れるのにも構わず寝転がっているジェンキンスは、裸の体を掻きながらそう言った。

「島っていうか大陸ってサイズですもんねえ」

 機関銃助手のダウダが、マゼラ・ベースの前方に取り付けられた機関砲の銃身から水を抜きながら相槌を打った。

「どうせすぐ使うんじゃねえの?」

「分かんないですよ。詰まったら嫌だし」

 粗暴だがいつも通り。そういった様子の兵達を遠巻きに眺めている女がいた。

 彼女はペレイラ少尉。この第八装甲突撃大隊第一中隊第二小隊の指揮官である。

 軍用車両の中でも特に巨大なマゼラ・ベースではすれ違うのもやっとの広さの道路の両脇に、似たような様子で兵達が退屈を紛らわせている車両と、警戒に駆り出されて無人になっている車両とがほぼ等間隔で並んでいる。

 彼らは第一旅団の機械化歩兵部隊であり、旅団の戦闘部隊はみな同じように大隊単位の集結地で命令を待っている。

「ジェンキンス! 敵地で33がジャムを起こしたらお前がその場で直せ! リー! 狙撃銃のスコープと全員分の暗視装置のバッテリーを確認しろ」

 分隊長のフォード軍曹の声が響く。ペレイラにとっては頼れる下士官の一人だ。彼はすぐにこちらに気付き、彼女の元まで歩み寄った。

「中隊の方では何か動きがありましたか?」

「……待機だ」

 軍隊では階級差は絶対。特に、人数とその統制が肝の歩兵では。ペレイラはまだ小隊長としても駆け出しの少尉だったが、彼女よりずっと軍歴の長いフォードは指揮官として尊重してくれる。

「少尉、あれを……」

 フォードが指を指した先には、中隊が保有する武器小隊のマゼラ・カンプがあった。マゼラ・トップのかわりに33ミリ機関砲を一門備えた砲塔を載せた歩兵戦闘車だが、その車体には他のベースと同じように銀色のサイが描かれている。大隊のシンボルマークだ。

「サイは、目が悪いんで相手が分かる前に突撃して、車や鉄道にぶつかってずいぶん死んだそうですよ」

「そうなのか。詳しいんだな」

「ええ。でもこの大隊のサイは鉄のサイです。何にぶつかったとしても、吹き飛ぶのは相手の方だ」

 士官学校を卒業したばかりの新任士官を何人か見てきたフォードは、ペレイラの面持ちに緊張の色があるのが分かっていた。だが彼女は、地図を見るわけでもなく、作戦についてもほとんど部下に話さない。とにかく待機しろと伝えるだけだ。

 フォードには、彼女も詳しくは聞かされていないが、それを部下に悟られまいとしているのだと想像がついた。

 見透かされるのを受け入れたように、ペレイラは褐色の頬を緩ませて言った。

「いい群れに入ったわ。旅団は優秀な人が揃ってるし、機材もいい」

「ここ最近は、それを使う機会がなくて欲求不満ですがね」

 空はすでに夕焼けに染まり、奥の方から段々と青の向こう側、夜の色が見え始めていた。

「そろそろ交代の時間ね、寝てる連中を起こして集合」

「はい、少尉」

 フォードが駆け足で121の方へ向かう。ペレイラはその後ろから特に急ぐでもなく車両へ向かい、自分のライフルとヘルメットを取った。ポンチョはスコールが降った時から被りぱなしだった。

「第二分隊と交代する! 三十秒で出発だ!」

 隣で怒鳴るフォードの肩越しに、二級道路を近づいてくるサウロペルタが見えた。小さく笛の音も聞こえる。

「げっ、憲兵だ」

 ジェンキンスが溢す声が聞こえた。

「小隊指揮官!」

 サウロの助手席に座った憲兵隊員がペレイラのヘルメットにある指揮官章を見て呼びかけた。

「車列が通ります。幅が大きいですから、気をつけて」

 言われて道の小隊車を見たが、どれも道の上からは外れている。盛り土を崩してしまっているほどだ。警告だけして憲兵隊の高機動車は走って行ってしまった。奥の第三小隊に同じことを言っている。

「なんだってんだ」

 文句を垂れる兵士達が道路を渡ろうとした時、ちょうど別の走行音が聞こえ始めていた。

「鉄のサイも、あれに轢かれたら死体も残らんかもな!」

 ペレイラは言うとフォードに目線を送る。彼は苦笑いを浮かべた。

 運転席の左右に張り出した特徴的なエアインテーク。規格外の車幅と重量。モビルスーツを運搬するために作られたトレーラーが道を走っていた。サムソン・トレーラーと呼ばれる輸送車両である。

 それが何両も列をなし、連邦二級道路をこちらに向かって走っているのだ。

「ついにモビルスーツまで出てきやがった!」

 騒ぎに気づいた他部隊の兵士達も道の端に集まり、見物人と化している。

「イェア! 最高だぜ!」

「グフですよ! どの中隊なんだ!」

 同じジオン軍に所属する者であっても、モビルスーツを間近で見る機会は意外と少ない。彼ら装甲突撃大隊をはじめ機甲科はMSの進撃速度に追従できるよう編成されているが、それでも装甲車と二足歩行するスラスター付きの化け物とではテンポも運用もまったく異なる。

 駐屯地であれば話が変わるかというと、これもまた機甲科とMSを同居させる規模であれば敷地は広大で、なかなか近づく機会はない。

 十八メートルの眠れる巨人を運ぶ車列を見ようと集まった兵士達は、道路を走っていくトレーラーに思い思いの台詞を投げかけていった。

「頼んだぜ!」

「フェディどもを叩き潰せ!」

「泥飛ばしやがったな!」

「こっちにも補給回せ馬鹿野郎!」

「なんで自分の足で歩いてねえんだ!」

 ペレイラは兵士達が飽きて罵詈雑言を吐きかけるようになるほどの車列の台数を数えていた。MSを積んでいないものも合わせて、十二両。サムソンでないトレーラーも合わせると更に多い。一個中隊のMSが、目の前を通り過ぎて集結地点に向かって行った……。

「今度の作戦はとびきりデカそうだな!」

 迫力のある車列が鼻を掠めて行った興奮と退屈な待機を打ち壊した騒ぎがまだ冷めていない兵士達の中で、ペレイラは一人、拍動が早まっていくのを感じていた。

 

増やして欲しい要素はなんですか?

  • 人間ストーリー
  • 戦闘シーン
  • モビルスーツ
  • 普通兵器
  • 歩兵
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