機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第十五章
ひび割れたアスファルトに、雨水が溜まっていた。
小さな町から幹線道路に接続するためのほぼ唯一の道路だ。戦争が起きる前は、木材を積んだトラックがよく走っていた。
車通りのほとんどない色褪せた道路を、軍用車両が走っている。先頭は四輪の軽車両で、雨合羽を着た兵士を乗せた簡素な車だった。その後ろを、帆のかかった六輪トラックが追う。
「ここです」
先頭の車が止まったのは街の中央にある公園の前だった。公園というよりはただの広場に近いが、今はそこにテントや木製の小屋が並び、少なくない人々が集まっている。
「軍の者です。何か足りないものはありますか? 医薬品とか、食料とか」
一番大きなテントで、車から降りた男はNGOのボランティアに尋ねる。男の制服は地球連邦軍のそれで、襟には中尉の階級章が貼り付けられていた。
「いつになったら俺達は帰れるんですか、軍人さん」
テントの中で座り込んでいた人々の中からそんな声が響き、男は制帽を脱いで向き直る。
「今日はちょうど、その話をしようと思って来たんです」
そう言うと男は、左右に立った二人の兵士の名前と出身地区を述べた。二人ともボルネオの農村地帯出身であった。
「ここはまだ安全ですが、皆さんの住んでいたような地域の多くがまだジオンの支配を受けています。軍も全力を尽くしていますが、非道な統治からの完全な解放はまだ進んでいません。しかし、近いうちにカリマンタンを、いや地球を、私達の手に取り戻す必要があります」
軍人の語りに、いつしかテント内の人々だけでなく、広場にいた人々までもが集まり始めている。
「詳しくはお話しできませんが、我々は近く、必ずやジオンに対する反抗作戦を行います」
その言葉が、人々の耳をより強く惹きつける。
「ジオンの兵器を凌駕する性能をもった我が軍の新兵器。そして故郷を取り戻さんとする将兵の魂。これらの前に、どうしてスペースノイドの独裁者が地球を支配し続けられるでしょうか」
男の演説は数分続いた。そして次第に、集まって来た人々からジオンへの不満や怒りが漏れ始める。
「なんにも知らねえで畑や山を踏み荒らしやがって!」
「そうだ! 宇宙へ帰りやがれ!」
そうした声が激しい雨音を掻き消すようになると、男はおもむろに紙の束を取り出す。
「これは、我が軍への志願書です。ここに名前を書いた方には、連邦軍のキャンプで衣食住を保証します。給与、年金、補償金と契約細則については、志願書に詳細がありますので確認してください」
一転して静まり返った人々に、男は畳み掛ける。
「みなさんが一人でも多くここに名前を書けば、それだけジオンの悪魔達が地球から出て行く日が近づくのです。さあ!」
一人の痩せた中年の男が立ち上がった。士官に近づき、奪い取るようにして志願書を受け取る。
「嫁も子供も死んじまった。奴らには返しきれない借りがあるんだ」
「お察しします。あなたの勇気と意志を、軍は歓迎しますよ」
士官は中年の腕を力強く握る。
「俺もジオンは許せないね」
続いて立ち上がる男。この男はさらに痩せていて、しかし士官は彼の手も握って言う。
「とはいえ、彼らのように即決するわけにもいかないでしょう。誰もが、誰か他人が自分の代わりに土地を取り戻してもらえたらと願っているはずです。その気持ちは分かります」
戦争への参加を迫られたかのように感じていた人々は、その言葉に安堵する。男の視点からはその表情がよく見えていた。それを確認した男は、思い出したように隣に立った兵士に体を向ける。
「軍曹。トラックの人道支援物資を降ろしてくれ。みなさんにはその手伝いをして欲しい。ここに来ているのは我々と運転手の五人程度なのです」
それなら、と何人かが立ち上がりかける。兵士は規律正しく敬礼し、立ち上がった男達に手招きをしてみせる。
彼らが近付いたタイミングで、中尉は語気を強めて言った。
「物資は決して充分とは言えません。このキャンプの全ての人を助けるだけの数はない。元凶に対する怒りを忘れないでいただきたい! 我々はみなさんの味方です。我々も苦しい。奴らを叩き出せば、すぐに生活を取り戻せるというのに。我々は正義の怒りをジオンにぶつける戦士を求めているのです」
圧倒される人々。住む場所を追われ、難民キャンプで日々をやり過ごしていた彼らにとって、生気のある軍人は強い刺激を感じさせた。その顔を、士官の男はまじまじと見つめてやる。
「……………」
その目に恐れの色があれば、男は再び軍曹を呼び出す。
「軍曹、所属は?」
「東南アジア方面軍第九師団第一歩兵大隊であります!」
「第九師団は今何を?」
「第九師団は師団長以下幕僚団が全滅! 現在再編中であります!」
直立して答える部下を帰すと、男はさらに畳み掛けた。
「これは戦争なのです。我々の権利と生存を賭けた。ジオンはすぐそこまで来ているのです。あなたが尻込みすれば、明日にも村で虐殺が行われるでしょう。今こそ市民としての義務を果たすべき時だ!」
男は聴衆、特に応募すべき男達ではなく、むしろその後ろで聞いている女や老人を見渡す。
「今日の夜また来ますから、その志のある方は、トラックで基地までお連れします」
男はそう言い残すと、物資を降ろした一台と、積んだままの二台のトラックを率いて街を出ていった。
「相変わらず演説がお上手ですね中尉」
ラコタの後部座席で軍曹が呟く。
「ギレン・ザビ並みかな? こういう時でもないと役に立たないことだ。いらない特技だよ」
「軍にとっては重宝するでしょう」
有り体に言えば彼らの任務はリクルーターだったが、実際、それは非常に重要なものだった。
「上層部は難民に武器を配ったりしてるが、戦後のことを考えると得策じゃない。ジオンに向けて撃ってるうちはいいが、我々に向かってこないとも限らないからな」
「これだけ地球をめちゃくちゃにされてるのに、いまだに自分で志願してないような連中が使い物になるんですか?」
軍曹が道端で乗り捨てられている車を一瞥して言った。
「あの台詞は百パーセントが出まかせって訳じゃない。キャンプの寝る場所とか、飯の配分とか、そういうのに目がいってると、募兵ポスターぐらいは無視できてしまう。だからこうして、目を見て言ってやる必要があるんだ。お前も連邦市民なんだぞってな」
半世紀もの間、人類は戦争を忘れることができた。地球の市民は、肥大化した環境維持のための経済システムの中にあってその僥倖を享受してきたのだ。中尉や軍曹のような職業軍人は、彼らに対して異端である。
「たまに死んじまったり手足が飛んじまったりするのに目を瞑れば、本気で勧めたいんですがね。あんな場所で保存食を食うより良い」
「俺は本気で勧めてるよ。ジオンは徴兵した若者を戦わせてるが、我々は強制はしない。次のキャンプじゃ君が喋るってのはどうだ?」
「勘弁してください」
彼らのような部隊が集めた志願兵達は、東南アジア方面軍に新設された郷土防衛師団に配属された。平均的な訓練期間は数週間、最短で五日であった。
ミンドール。市庁舎前の広場に、そうして集められた志願兵達が集まっていた。彼らはバンジャルマシン郊外の訓練所で即成訓練を受け、ミンドールに運ばれてきた。そこからも訓練を受けながら、来るべき戦闘に備えている。
「少尉、いつ俺達はジオンと戦うんです?」
二十歳に届かない年齢の兵士が、小隊指揮を任された士官に尋ねる。まだ若さを残した頬を雑に置かれたランプの灯りが照らしていた。
「今は守る時だ。奴らはバンジャルマシンを落とそうと躍起になってる。そうなればこの島は完全に奴らのものになるからな。俺達はここで、奴らの南下を食い止めるんだ。そうして息切れした瞬間、軍と一緒に反撃に打って出るのさ」
「戦争なんか早く終われば良いのに。軍から貰った金で勉強したいんすよ、俺」
「そうか。建築学をやるといい。復興で必要になる」
隣で聞いていた別の男が会話に加わった。彼もリクルートされた一人だった。
「俺は高校の教師だったんだ。今のうちから何か教えてやるよ」
「それはちょっと……戦争が終わったらで」
「おいおい。俺は大学通いながら将校になったぞ」
少尉が笑う。
そうして時間が過ぎるうちに、空き箱に座った少尉を囲んでいた兵士の中で最も年長だった者が歌を口ずさみ始めた。
旧世紀に、ボルネオ島に領土を持っていた国の独立闘争期に作られた曲だ。連邦公用語ではないインドネシア語の歌詞は少尉には分からなかったが、《恐れず進め》という曲名、それにメロディは知っていた。
民族には、政治体制が変わろうとも、暦が変わろうとも容易に忘れることはない記憶がある。
―侵略者を許すな。
―侵略者に我々を裁かせるな。
―侵略者に我々を支配させるな。
―侵略者を許すな!
それは地球連邦が国家に代わり全人類を統べる機構として君臨していようとも変わらぬ、根源的な記憶である。
国家の枠組みを忘れ去り、地球連邦市民として生きてきた彼らが《ジオン》という外敵に対して想起したのが、植民地支配と侵略の記憶だった。
連邦成立により公教育から姿を消してもなお歌い継がれたその歌を、いつしか少尉の周りだけでなく、広場全体の兵士達が声を揃えて歌っていた。
連邦軍の正規兵も、多くは地元出身である。郷土防衛師団の兵士だけでなく、周囲にいた兵士達も輪に加わる。中にはアジア以外で生まれ育った者も含まれていた。
誰もが地域語を知っているわけではない。
誰もが歌えるわけではない。
だが、彼らの結束と決意を固めさせるには充分であった。
「ジオンくたばれ!」
「ジオンくたばれ!」
かつては独立のために歌われた歌が、宇宙世紀の今、再び侵略への抵抗を胸に歌われている。
「大尉、あの旗……」
ある中隊副指揮官の中尉が、民兵達がどこかから持ち出してきた紅白旗―インドネシア共和国旗を指差す。
「いいんですか? 曲がりなりにも連邦軍が国旗掲揚なんかして……」
中隊長の大尉はコーヒーを片手に窓際の中尉の隣に並ぶ。
「ああ、確かに反連邦的と捉えられかねないな」
地球連邦軍の将兵は、地球連邦を構成した個別の国家ではなく、人類社会全体を統治する連邦政府そのものに仕える。特定国家の旗を掲げることは、この理念に反する行為であった。
人種や民族、歴史、文化を乗り越え遂に人類を一つにまとめ上げた存在、地球連邦政府。その軍隊は人類社会たる地球連邦にのみ帰属する。
大尉は静かに窓の外から聴こえてくる合唱に耳を傾け、言った。
「だがそれ以上に反ジオン的だ。今はそれがあればいい。歌詞の意味わかるか?」
「自分は地域語は……」
「俺もだいぶ怪しいが―正義を守り進め。勝利し、侵略者を払い除けろ―そういう歌だよ」
市庁舎の一室から広場を見下ろしていた二人を、有線電話のベルが引き付ける。その内容は、まさにこの歌を実践する時を感じさせるものだった。
Cornel Simanjuntak, "Maju Tak Gentar"
新作ガンダムにNetflixの実写版ガンダム。嬉しいニュースが二つも飛び込んできたので、調子に乗って更新していければと思います。
相変わらず遅筆ですが、終戦までお付き合い頂ければ幸いです。
文章中にあるMaju Tak Gentarですが、歌詞の引用はしていません。
増やして欲しい要素はなんですか?
-
人間ストーリー
-
戦闘シーン
-
モビルスーツ
-
普通兵器
-
歩兵