機動戦士ガンダム0079 Universal Stories 泥に沈む薬莢 作:Aurelia7000
第十九章
クロエはアッガイの機体を起こすと、林縁で放射状に展開したMS部隊に近付いた。中隊長機らしい緑色のグフは鋭いモノアイレールに一つ目を滑らし、アッガイとの通信回線を開く。
『たった一機でご苦労だった。ワシントン少尉だな? マイケル・B・ウェイド少佐。第二十MS強襲大隊、第一中隊長だ』
「制海中隊、クロエ・ワシントン少尉であります。敵機甲連隊の大半は北方の農園です。我々の爾後の行動については何か?」
『まあ落ち着け少尉。観光案内でもして貰いたいところだが……。まずは場所を変えよう。レディだとは思わなかったもので、こんな場所ではな』
「お気遣いに感謝します少佐」
通信が終わる。降下したMSは九機。三機がグフで、残りが第一旅団仕様のザクだ。ザクはどれもカスタムされているが、中でもバックパックに使い捨てロケットが追加装備されているのが特徴的だった。予備弾薬や腰に下げたバズーカなどの重量分をカバーする為の装備なのだろう、とクロエは予想した。
「レディだってさ」
ドナが笑う。降下前に民兵らしき集団を始末した時には不満を露わにしていたが、戦闘が始まって気分も吹き飛んだのだろうか。
ザクの背中に追加されたロケット・ブースターが切り離され、柔らかい地面に落ちる。あくまで降下用の装備で、固形燃料を使用するため使い捨てのようだった。
一個中隊のMSとアッガイは、そのまま森林内に進んだ。ただでさえ樹冠の陰で暗い森が、夜空に浮かぶ月の光さえ遮っていた。
二個小隊のザクに守られながら、三機のグフと共に森を行進するアッガイ。ショルダーアーマーの攻撃的なシルエットの中に混ざってもその巨体は目立っていた。その腹の中、二人の兵士は自分たちの運命を知らないまま腐葉土を踏み締める歩みに揺られている。
「ゲリラと連邦軍が共同戦線を?」
ドナが口を開いた。沼地で葬った五人あまりの男たちを言っているのだろう。
「森林内の民間人は一部武装していて、友軍と戦闘になることもある。でもこの街に展開してる部隊と協力しているなら、かなり組織化されてると考えるべきね」
「ラデンが……。村で会った人が、仲間たちは連邦軍に合流したって言ってた」
ジオン軍は展開地域に住む市民を現地人と呼称していた。ドナが村で知り合ったらしい男をそう呼ばなかったことに気づいていたが、クロエは何も言わなかった。
「地球人口を考えれば自然ね。連邦地上軍の常備兵力では総力戦はできない」
うん、とドナが返し、クロエは続けた。
「軍も非正規戦の可能性は想定してた。そうでしょう? 敵が元民間人でも私たちの仕事は変わらない」
「分かってる」
『SEADに反応して出てきた敵機が上空をうろついている。ここなら落ち着いて話せるだろう』
二人の会話は、一つ目のアイ・コンタクト、レーザー通信によって遮られた。睨みつけるような細いモノアイスリットから放たれる刺すような視線がメイン・モニターに映し出されている。
『この作戦には方面軍だけでなく、地上機動師団の航空部隊が参加している。レーダーサイトでガウの姿を見た連邦軍は、バンジャルマシンへの侵攻を恐れて主力部隊を温存しようとするだろう』
主力部隊、つまりはこの街で牙を研ぐ第五機甲連隊だ。
『司令部の読みでは敵主力は第一旅団との接触を避けて後退する。それでは困る。我々は彼らに用があるのだからな。そこで我々は、本隊よりひと足先に訪問することとした』
ウェイドと名乗った中隊長の紳士的な声が二人のヘルメットに響く。淡々と説明される作戦は、二人にとっては部分的に初耳だった。軍隊において知ることは知るべきことと同義であり、偵察機には偵察に必要な情報しか与えられていなかった。
『いくらMSとは言え、一個中隊で戦車連隊と正面から戦闘すればすぐに全滅してしまう。我々の目的は攻撃ではなく、敵の後退を遅らせ、第一旅団の手が届くまでこの地に敵を止めることだ。もっとも、我々が降下したことで、いくら寝ぼけていたとしても敵はその意図に気付いたことだろうがな』
「南下する一級道路の封鎖に我々も参加する、ということですか」
『いや、その機体―アッガイにしかできないことをしてもらいたい』
ウェイド少佐はグフのマシンガンを持っていない左腕を動かして言った。モビルスーツにプリセットされたハンドシグナルをアッガイのOSも読み取り、意図がモニターに表示される。第三小隊に前方へ進出しての警戒を指示したようだ。
『道路は我々で抑える。だが後続が次から次へと現れては時間まで保たないかもしれない。農園と市街の間に掛かる橋を破壊し、敵の後退を妨害してもらいたいのだ』
危険な役目だった。それに橋梁への破壊工作に失敗すれば、ウェイドたちは機甲連隊にすり潰されることになる。クロエは頭に入っている機体の武装と橋のスペックを確認するため、一瞬だけ返事を遅らせた。
「できるだけのことはしようよ。やるしかないみたいだし」
ドナが言うと、クロエは自分が言った言葉を思い出した。無茶は自分の判断でしたい、とドナには言った。チョークポイントである橋の防備は間違いなく厚いだろう。アッガイは単機で乗り込むような機体ではない。
「分かりました。最大限の努力をします」
クロエは答えた。
『助かるよ、少尉。勲章を楽しみにしておけ』
「工作装備ではないので、お約束はできません」
『構わん。我々と旅団の運命を賭ける』
『少佐! 敵が既に橋を渡って市街を進んでいます』
ジオン訛りの強い、若さのある声が無線で飛び込んだ。ウェイドが遣わせた部隊のパイロットだろう。モビルスーツの高い無線出力が、森の先で橋と道路が見える位置から敵の動きを伝えている。
『時間がない。川に入るまで援護する。なに、気負うことはない。我々はあくまで時間を稼げばいいのだ。橋を破壊した後は浮橋を展開する工兵を妨害してくれると助かるが、無理はしなくていい』
「了解。川に再侵入し、橋梁破壊を試みます。成功後は継続して渡河の妨害を」
『素晴らしい。さあ、仕事に取り掛かろう。精鋭第一中隊を信用していい。さっさと逃げ足の早い連中を掃除して援護に向かってみせるさ』
二個小隊とアッガイはジャングルを再び進み始めた。足音が響くのも厭わずに、その先にある河川へアッガイを進ませるため駆け足で林縁を目指す。
『アッガイは二人乗りって聞いた。そっちは二人なのか?』
森林を突き進む一団の中、ウェイドの部下が無線を飛ばした。無愛想な声音だった。
「はい! ワトソン曹長であります!」
ドナが元気よく答える。
『そっちも女性か。いや……他意はないんだ。二人きりだものな。それが自然か』
なにやら自問自答する相手方。回線にもう一人の声が割り込む。
『絡むなよ中尉! まあ、羨ましいってんなら分かるがな』
「羨ましいですか? 何日間も密室に篭りっぱなし。しかも川の底で外気すら補給できなかったり。すごい空気ですよ、ここ」
クロエが冗談めかして返した。隣のドナがクロエにだけ聞こえるように不満を垂れた。
「私が臭いって言いたいんですか? 少尉?」
「いや?」
『そうか、大変だな。だが男臭いよりはずっとマシさ』
『大尉には無理ですよ、堪え性がない』
バズーカを腰に下げたグフが、ウェイド機にモノアイを向ける。どこか人間らしいその仕草で、この無線の相手は少し離れたザクの小隊なのだろうと分かった。
『くそったれのセクハラですよ、第二小隊のおっさん共!』
回線に張りのある女性の声が加わる。
『相手する必要ないのよ。私はリンダ。中尉だけど気にしなくていいわ。リンクしてないんだった。ええと……あなた達から見て左にいるグフに乗ってる。よろしくね、クロエと……』
「ドナです! ドナ・ワトソン」
『ドナね。この中隊に女性は私だけなの。嫌になっちゃうね軍隊って。二人だけで敵の主力を見つけ出すなんて凄いわ』
リンダと名乗ったパイロットが操るグフは、先ほど指揮官機にモノアイを向けた機体だった。思わず口を挟んだのだろう。軽快な足取りが、モビルスーツという鋼鉄の鎧越しにパイロットの人間性すら感じさせる。
「光栄です。小隊でビンゴを引くのが自分たちだとは、正直思いませんでした」
『貧乏くじを引いたってのが正直なところでしょうね。でも私たちがついてるわ』
「とんでもない。貢献できて……それに、こうして話し相手がいるのは良いものです」
『うるさくてごめんなさいね、クロエ。ドナも』
『俺も仲間に入れてくれ。そうだ、賭けに参加しないか? 今日で何割の61式を食えるかってな』
ドナがサイドモニターの隙間からクロエを見ると、彼女は肩を竦めていた。
『全部よ、全部! 二人を巻き込まないでください! それよりパーティに招待するわ。賭けに負けた小隊の奢り。手ぶらで来て良いわ』
ロブスターのパーソナルマークが入ったグフが、強面を前に向けたまま言う。
「お邪魔でなければ、ぜひ」
『はは、まさか! 立役者だぜ、あんた達はさ』
「やった!」
ドナが歓声を上げた。
『大尉は酒癖が悪い。気をつけた方がいい』
『馬鹿野郎、言うんじゃねえやい』
ザクのパイロットと、グフに乗るリンダ中尉。パイロットらしい余裕のある雑談が巨人の間で交わされる。密林の中で一瞬だけもたらされたその空気を、指揮官の声が引き締めた。
『おしゃべりはそこまでだ。部下が失礼した。大きな戦場は久しい。みな昂っているのさ、色々とな』
ウェイドが作り込まれたジェントルマンで部下を嗜める頃には、数キロの森林を踏破し、先頭を進むポイントマンが林縁に到達していた。最初に先行した小隊はさらに先の、川に沿って分布する林に身を潜めている。
『待ちましたよ。市街地に展開する熱源があります。我々の排除を狙ったものかと』
『ワシントン少尉。川まで開けた低地を通る間、我々が援護する。足を止めるな』
「了解」
森の影から東側を伺うグフ。ウェイド少佐の合図を待つ。
突然、林縁で警戒していたザクが体勢を崩した。遅れて乾いた破裂音が聞こえる。
『撃たれたぞ!』
『二時方向! 市街道路! 61式!』
『制圧射撃!』
脚部を失ったポイントマンのザクを森の中に引きずりながら、僚機がマシンガンを連射する。120ミリ弾の発射薬が燃焼し、短いコマンド・ライフルの砲口で大きく花開いた。
『中隊、クイーンズを援護するぞ! 行け!』
ウェイドの合図に合わせ、中隊のMSが同時に射撃を開始した。短い連射ごとに立ち位置や姿勢を変えながら、150ミリの戦車砲弾を回避する。
61式戦車の放つAPFSDSは運動エネルギーによって対象を破壊する砲弾であり、ミサイルなどとは速度が全く異なる。数キロ先で発砲炎を検知したならば、到達までは数秒の余地しかない。
彼らは検知された照準用レーザーや光学分析による砲身指向検知で予測による回避ができるが、それでも万全ではないのでランダムな動きを加えているのだ。
「行くわよ!」
クロエが駆動系を切り替え、操縦桿を倒すと、二人の体はシートに押し付けられた。そして上下に振り回される。アッガイが両足を素早く繰り出し、屈んだ姿勢のままぬかるんだ地面を全力で走り出す。
開けた地形だ。遮るものはなにもない。
発砲炎と爆発が照らす市街の西端には、やはり戦車部隊が見えた。残骸の影から飛び出し、こちらに指向された砲口をアッガイのセンサーが検知する。
クロエがペダルを踏み込んだ。背中で推進剤の爆燃による衝撃を感じながら、ドナは踏ん張り、センサーを操作して脅威を探す。彼女にはコパイロットとして、クロエに息を合わせることで急加速などに対応する必要があった。警告音が鳴った時にはクロエの次の操作が分かるようでなければ、反応が遅れて体が保たない。
前方推進で砲弾を回避。だが61式戦車は150ミリ滑腔砲を二門備える。一発目を避けても、回避を読んだ二発目がすぐに来るはずだ。クロエは踏み込んだ足を引くと、出力を上げて間髪入れずに再びペダルを蹴りつける。
対物センサーが後方を通過する高速の飛翔体を検知した。再加速しなければアッガイがいた位置を切り裂いた戦車砲弾だ。
「上空!」
ドナはスティックでモニターを操作し、舌を噛まぬよう短く言った。
上空から駆け降りてきたセイバーフィッシュが機首の機関砲を掃射する。スラスターを止め脚で制動したアッガイは、右腕を掲げて防御した。数発の機関砲弾が頭部と右腕に損傷を与えたが、短い掃射だったことが幸いした。
アッガイは再びスラスターを吹かして前方に跳んだ。
「次はまずい!」
クロエが言った直後、林縁のザクが気付き、上空のセイバーを射撃し始めた。
林まで残り百メートルほど。
アッガイが地面を蹴って全速力で走る。
「くそ!」
―警告音。吐き捨てたクロエは両足でスラスターを操作し、斜め方向に機体を捻った。
「うわ!」
ドナが声を漏らし、ほぼ同時に至近を戦車砲弾が掠める。同じ軌道を辿っていれば被弾していただろう。
クロエがノズルの角度を変え、出力を最大にしてもう一度機体を推進剤の反作用で弾く。斜めに跳んだアッガイが、重い機体を持ち上げて上方へ向かった。
「やばっ」
ドナは小さく唸ると、フットレストに乗せた足に力を込める。Gの後、不快な浮遊感。単純なスラストダッシュより高度を取ったおかげで被弾は回避したが、目の前の林に着地するための姿勢制御はかなぐり捨てた格好だ。
機体の振動音が何重にも響き、モニター上の光量増幅された木々が凄まじい速度で近づく。アッガイはそこに目掛け、枝葉を吹き飛ばしながら着地した。
教義上は着地ではなく、落下とか飛び込みと言った方が正確だった。
フレキシブル・ベロウズ・リム―伸縮するアッガイの両腕―を伸ばし、地面に突き立てて衝撃を緩和したこと、重量級の機体が頑丈であること、歩行装置が優秀であること。
いくつかの要因が組み合わさり機体は無事ではあったが、重い衝撃にコックピットが強く揺さぶられた。
「おえっ。久しぶりに思い出した……。機動兵器って……」
ドナは周囲を見回して呟く。アッガイが前傾姿勢で突っ込んだおかげで、樹高が低めの二次林でもセイバー・フィッシュの追撃はなかった。
クロエは機体の診断を一瞥しつつ荒れた呼吸を整えると、無言で機体を動かした。アッガイが起き上がり、低姿勢のまま水面へ向かう。
『ナイス・マニューバ! 体操選手と言うには太り過ぎだがな! 幸運を祈る!』
ウェイドの通信が入り、後方で林縁にいたザクがスラスターを吹いて中隊と合流する光が見えた。アッガイとは違っていくらか身軽な上昇だ。
林は百メートルもなく、そのまま河岸まで続いている。市街地の近くとはいえ、簡易な河川敷があるだけで護岸などはない。そのままアッガイは、水際での攻撃を避けるため川に飛び込んだ。
「なんて手の早い制空戦闘機。危なかった」
気泡を帯びて水中で姿勢を変えたアッガイのコックピットで、クロエがようやく口を開いた。帯びていた殺気が霧散して安心したドナは、いつものように明るい声で返す。
「SEAD対処で、対地兵装がなくてよかったね。ドップは逃げられたかな」
「どうかしら。やけに腕のいい戦闘機だったから」
戦闘機もそうだが、61式戦車の射撃もだ。降下部隊に反応しての展開も早ければ、MSのスラスター機動を前提とする連装砲の使い方。連邦軍がこの戦争に適応してきていることは火を見るよりも明らかだった。
クロエは第一中隊の命運に一抹の不安を抱いた。聞く話ではグフは陸戦に特化した推進器配置とシステムがあるらしいが、ザクはチューンされた宇宙機に過ぎない。アッガイも似たようなものだが、スラスターで機動できると言っても限界がある。
着地のための姿勢制御が空中での猶予時間を強制するからジャンプ、ホップ機動はそれほど機敏でないし、軌道そのものを変化させる能力も高くない。つまり、クロエがアッガイで実演したような空中での軌道遷移は限定的だ。アッガイはさらに重いので、ぎりぎりで回避するだけで姿勢を崩してしまっていた。
「橋に接近して警戒部隊を確認する。必要があればまずはこれを排除」
クロエが短く方針を宣言した。
「待って。……モーター音が複数。大きい」
パッシブソナーの音声を聞いたドナが言うと、クロエはアッガイの推進器を停止した。アッガイが慣性で進みつつ、水の抵抗で減速する。
「時間がない。アクティブソナーを使って」
「了解。ピンガー」
カバーのついたボタンをドナが押すと、アッガイの頭部から音響パルスが発射される。すぐに返ってきた反射波が、二キロ先の戦闘艇を捉えた。数隻の軍用ボートだ。
アッガイのセンサーではまだ細かな識別まではできていなかったが、実際にP-72系河川戦闘艇、P-71系高速哨戒艇、加えて小型哨戒艇がそれぞれ二隻ずつ、アッガイに向かって進んでいた。
先頭を航行する小型哨戒艇は、十メートルほどの小さな船体に機関砲を二基載せたジャングルボートと呼ばれるもので、小さなレーダーと三名による目視だけが頼りだ。
「アクティブソナーで間違いないか」
「はい。やはり敵の水陸両用モビルスーツである可能性が高いかと」
臨時編成の戦隊で旗艦を務めるP-72の艦橋で、ソナー員が答える。P-72は島嶼や河川交通路での警備用に開発された戦闘艇で、潜航艇や工作員対策としてソナーが装備されていた。主砲は75ミリ速射砲。二基の20ミリバルカン砲に加え、ロケット爆雷、有線誘導ミサイル、軽量魚雷まで装備している、河川における最大級の戦力である。
「艦隊が手を焼いている奴だな。奴ら川にまでMSを持ち込むのか。対潜戦闘! 橋に近づけるな」
密林航路における戦艦とでも呼ぶべき二隻の戦闘艇が、中型のP-71とジャングルボートを散開させる。水面下に潜むMSを仕留めるべく戦闘態勢に突入した。
増やして欲しい要素はなんですか?
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